姉弟同盟
個人的に革命的な発見をした翌日。
俺は朝飯を食ったあと、部屋にこもり、糸を紡ぎ出していた。
「術式いらずでこんなことできるんだ」
魔力の可能性への惚れ直し。
輝く蒼い糸という厨二属性とかいう好こ要素。
「でも、魔力消費はやいな」
魔力を糸として指でつまんでも切れないくらいの強度で1m作り出す。
現在の俺の最大魔力保管量の50%を使って2分維持するのが限界だ。
水中に絵の具で線を描くに等しい。
魔力オンリーの糸は、物質として不安定すぎる。
「うーん、土のなかに魔力を流し込んだ時は、地中に残ってたんだよなぁ。空気が魔力を霧散させやすいのは明白。なら物に魔力を宿したら?」
俺は石っころに魔力を宿す。
ふむ。ほとんど霧散していない。
物質に魔力をあたえるほうが遥かに安定する。
「純魔力を固体化したらどうだ?」
俺は土の魔力を固体化する感覚を知っている。
ずいぶん練習したノウハウをもちいて、純魔力を固体にする。
「ひとまず、結晶化したな」
俺は手のひらサイズの儚いクリスタルを見つめる。
魔力は溶けだしているが、それでも先ほどよりは安定感がある。
「これを繊維にして、紡ぎ合わせて強度を確保できれば……あぁ、魔力が足りん」
発想は溢れてくる。やりたいことは無限だ。
けれど、そのためのリソースがない。
「まぁいいか。焦ることはないや。トムに錬金術、教わりにいこっと」
今日も授業日だ。
昨日の続きをやると言われている。
昼過ぎのことだ。
工房にヘラがやってきた。
「ちょっと、来てくれない?」
真剣な様子のヘラに手招きされて、俺たちは植物栽培所へいった。
キレイ草とヌメヌメ草が育てられていた花壇に異変が確認されていた。
花壇には巨大な草が生え散らかしていたのだ。そのサイズはトムの背丈に及ぶ。
「あちゃー、これは……これはどういう状態なんだ?」
「わかんないけど、この大きい奴はキレイ草やヌメヌメ草じゃなさそうだわ。たぶん、雑草のたぐいね。めっちゃ草って匂いしてるわ」
「となると、何かがトリガーになって、雑草が元気になったとか? うーん、トレントの木炭をいくらか砕いて土にいれたけど、もしかしたら吸収率の関係で、いまになって爆発的に雑草を成長させたのかもしれない、か?」
俺は押し黙っていた。
言えなかった。土の魔力を流しこみましたって。
たぶんこれ俺のせいだよな? うわぁ……申し訳ねえ……。
「父さん、キレイ草とヌメヌメ草を取りに行くんでしょ? 僕も連れて行ってほしいです」
「藪から棒になんだ、アイズ。この前も言ったけど、お前はつれていけない。森のなかだからな。流石に危ない。わかってくれ」
頑な声音だ。これは説得できなそうだ。
「うわぁ、おおきい草!」
マーリンも騒ぎを聞きつけてやってくる。
ふと、視線が俺に向いた。なんで俺を見るんだよ。
なんとなく視線を逸らした。
「まぁ失敗にはなれっこだ。同じ現象がほかの花壇でも起きてないか確認してみて、記録をとっておこう。イレギュラーがこの花壇にだけ起こった可能性もあるしな」
「そうね。そうしましょう。にしても立派な雑草。どれだけ栄養をもらえばこうなるのかしら? トレントの木炭ってすごいのかもね」
この日の騒動は俺をそうとうにヒヤヒヤさせたが、犯人が見つかることはなかった。しいて言えば『トレントの木炭』が犯人ということになった。
────
「王国歴1073年9月」
カレンダーを読み上げる。
「これって本当に1073年間も誰かが数えてるんですかね、マーリン姉さん」
「えらいひとたちが数えてるってパパが言ってたよ、弟。暦院っていうんだって」
ヘラから俺は1070年3月産まれと聞かされている。ので暦が正しいのなら3歳半になったことになる。時間が流れるのは早い。
「父さんたち帰ってきませんね」
「パパはいつものことでしょ? でも、ママも仕事しないって言ってたのに、結局、工房で『艶薬』作ってるね」
夏はキレイ草とヌメヌメ草がとれる時期なので、トムはほぼ毎日いない。
「ねえ、弟、ちょっといい?」
「どうしたんですか、マーリン姉さん」
マーリンは俺の手を握ってひっぱる。
3歳も年上の姉の力に逆らえず、俺はされるがままに遊び部屋へ。
ちいさい体には不釣り合いなほど大きなベッドの下に手をつっこむ姉。
その手に蒼く輝く糸が握られ、俺の眼のまえに差し出される。
「あう」
「ずっと前からなんか変だなーってお姉ちゃん思ってたんだ~」
「えっと……」
「弟にないしょで部屋を調べてたら、今朝、みつけちゃったよ」
「なんのことか、わかりませんね……」
「ママに言っちゃおうかなー!」
マーリンはすごく楽しそうにキャッキャした。
「ま、待ってください、マーリン姉さん、話し合いましょう」
「私、気づいてるんだから! いつもいっしょにいるんだからわかるよ、魔術をこっそり使ってることもさ~」
「そんな鬼の首を取ったようにはしゃがないでください、マーリン姉さん」
「ふふーん、弟の焦ってるとこみるの好きー!」
ええい、テンションあがって手がつけられん。
しまいにはスキップして部屋を出ていこうとする。
「お母さんに言っちゃおうかな~!」
「させるかぁ!」
俺はマーリンの握っている糸へ指向性をあたえた。輝く魔力の糸は跳ねあがると、たちまちマーリンの手足をぐるぐる巻きにし、その場で自由を奪う。俺の魔力100%の糸だ。意のままに操ることができる。
「はわわわわ……っ!?」
マーリンはびっくりして言葉を失う。
ガタガタと奥歯の鳴っているのが聞こえてきた。
潤んだ赤い瞳は俺のことを見上げて、たちまち大粒の涙をこぼしはじめた。
「う、うぅぅ、おとうと、ごわい……っ」
「そうですよね……すみません、マーリン姉さん、やりすぎました……」
「うぐ、ぐすん、うぐぅう、恐すぎる、つぶされる……ッ」
俺は大人しくなったマーリンを解放してあげた。
糸の威力に怖気づいたのか、姉は静かにベッドに腰かけていた。
「……」
「……」
すごく気まずい空気だ。
俺が前世の子供の頃もあった、こういうの。
上の兄弟と喧嘩して、互いに押し黙る時が。
「……動いたら私のことぶっころすつもり?」
久しぶりに口を開いたマーリンの言葉である。
「そんなことするわけないじゃないですか、マーリン姉さん」
「そっか。よかったぁ……弟に、ぶっころされると思ってた……」
彼女はホッとひと息ついた。
「どうして、魔術を使えるの、魔術書見せたことないのに……?」
マーリンは輝く糸を指でつまみあげる。
「それにコレ! 私もしらないやつ……こんなすごいの、お姉ちゃんだってまだパパにおしえてもらってないよ!」
「魔術式は使ってないですよ。魔力放射です」
「魔力放射でつくれるの? ど、どうやって?」
「教えてもいいですけど……母さんに言わないでくださいよ? 僕が魔力の実験をしてるって」
「言わない!」
「父さんにも言っちゃだめですよ?」
「言わないもん! お姉ちゃんのこと信じて!」
「……じゃあ、代わりに魔術書を見せてくださいよ」
「魔術書は……パパに見せちゃダメっていわれてるもん」
「じゃあいいです。そっちは」
「でも、魔力の糸教えてもらうから、ちょっとだけなら見せてあげてもいいよ! 交換で」
トム、姉さんはこっち側になったよ。
「これは魔力の塊です。純魔力を結晶化させると安定するでしょう? やわらかい結晶を作るのが第一目標で、それを細い繊維にするのが第二目標です。手物の小細工で、結晶繊維まで作ることができたら、あとは糸紡ぎの要領で束ねるんです。そうすると、魔力がエネルギー状態だった時より、遥かに霧散しにくくなって形状を維持できるようになります」
「ごめん、弟、えーっと、最初からもっかい言って?」
姉のお目目がぐるぐるして顔から熱がでていた。
「弟、どうしよう、私、全然、言ってることわかんない……ぐすん」
マーリンの瞳に大粒の涙があふれだす。
「あぁ! もう姉さん泣かないでくださいよ、僕も困っちゃいますから」
「ぐすん、だって、私のほうが、お姉ちゃんなのに、上手に、できないから……うぅ、弟の言ってること、わかんない……から……うぅ」
「大丈夫ですよ、僕だってここまで形にするのに2カ月もかかったんですから。やればわかりますから、さあ僕に任せてください」
「うぅぅ、ぐすん……うん、わがっだ」
マーリンは泣きながら、なぜか俺の頭を撫でてきた。
まったく手のかかる姉上様である。
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