ロマンを求める者たち
数日が経った。
俺はトムやヘラからさまざまな錬金術を教えてもらっていた。
「キレイ草とヌメヌメ草の群生地、僕も連れて行ってくれませんか」
「ダメに決まってるだろう。森のなかだぞ? すごく危ないんだからな」
「いつになったら連れていってくれるんですか、お父さん」
「もっと大きくなってからだ」
「それっていつですか?」
「さあいつだろうなぁ~」
「……お父さんって僕のこと愛してないですよね」
次の実験のために釜が煮立つのを待っている間、俺は思い付きでそんなことを言ってみる。トムが俺のことをずいぶん放置して錬金術に日夜打ち込んでいることへの苦情である。
「いきなり何を言い出すんだ、お前は。愛してるに決まってるだろ。森につれていかないのも大事にしているからこそなんだからな?」
「でも、ちいさい我が子を放っておく時間が長いのではないでしょうか」
「あぁ、そういう話……いきなり話題転換するじゃん。こほん。いいか? 錬金術っていうのはすごくお金がかかることなんだ。俺やヘラはそれなりに裕福な家に産まれたおかげで、それぞれ錬金術師になれた。これは幸せなことなんだ」
「いきなりなんですか? 話を逸らそうとしても無駄ですよ、お父さん」
「いいから聞けい」
「異議あり」
「異議なぁあし!」
大人の大声つよすぎて草。
「まぁ困ったことに年々、家の資産が減っていくんだけどな」
「恵まれてるって話をしてませんでしたか、お父さん」
「錬金術師が儲かる仕事とは言ってないぞ? 錬金術師ってのは、なるのは難しく、これを生業にしていくのはもっと難しい」
「世知辛いですね」
「まったくな」
「何にそんなお金がかかるんですか?」
「まずは道具だ。道具がなくちゃはじまらない。うちは先々代から錬金術師の家だから、まぁ、器具はそろってるほうだがな」
大事に使っているのだろう。
うちには古い道具がたくさんある。
「あと、工房を見ればわかるとおり、この地域では採れない材料がたくさんあるだろう? これは全部、買い揃えないといけないんだ。ここは田舎だしな。ここまで行商人がくる回数は少ないし、なにかと割高なんだ」
「では、もっと栄えている都市に住めばよかったんじゃないですか?」
「俺たちは領主さまに優遇されてるし、自由都市へいくわけにはいかないだろう。それに都市は都市で大変だ。都市には鉱石類も、魔法生物素材も、薬草もない。なんでも金がかかる。この村に居を構えることには、キレイ草とヌメヌメ草という『艶薬』の主要材料をコストをかけずに調達しまくれると」
自然が近いことには、錬金術上のメリットもあるんだな。
「まぁとにかく、錬金術師はせこせこ働かないといけないってこと。革新的な技術や手法を生み出せれば、金持ちの仲間入りできるかもしれないけどな? でも、そうした研究には金がかかる」
「それじゃあ、研究をやめればいいんじゃないですか。日々、生きていくためだけに働く。僕たちには『艶薬』という安定商品があるのでしょう?」
トムはムッとする。
「何を馬鹿なこと言ってるんだ。それじゃあ、錬金術師やってる意味がないだろ?」
「意味、ですか?」
いつもと違って気迫があったので、気圧されてしまう。
「新しい術法を発明する。魔力の秘密を、自然の法則を発見する。それで自分の名前のついた遺産を錬金術師の歴史に残す。研究をやめたらこうしたものは絶対に手が届かなくなってしまうんだぞ?」
「……っ」
「資金繰りに困って情熱を失った錬金術師を見てきたよ。あとは商売に傾倒しすぎたやつとかな。でも、本当は違うだろう? 俺に言わせればロマンに欠ける。世界の秘密を解き明かす研究は、金にならないかもしれないけど……それは楽しい」
トムの眼差しは遠くを見ているようだった。
「ん、湯が沸いたな。よし、それじゃあ、本日も錬金術を伝授しよう」
その横顔に不覚にも胸を打たれた。
あぁ、俺もそう思うよ、トム。
金もいい。安定した生活もいい。
でも、ロマンがなくちゃいけない。
それがなくちゃ楽しくない。
その夜。
寝る前にすべての魔力を消耗するのが『やることリスト』にある。
魔力保管量を成長させるのと、土属性の魔術神経を育てるためだ。
たいていはこの鍛錬のあとは疲れて起きていられない。
なので眠たくなってもいいように、自然と就寝前の日課になった。
「よし、これで50%くらい使えたな」
俺は艶々の泥団子みたいな石っころを”土の魔力で押し出す”。
純魔力をぶつけて衝撃で押すより、土という属性に干渉して、転がす感覚で押すこの方法は、魔力の消費量が遥かに少なく、緻密な動作を可能にする。
例えば1m転がしたあとで減速させる──とかね。
ふと、疑問がよぎる。
これって押すことしかできないのか?
引いたりすることは?
さっそく試してみる。こっちに来い。こっちに来い。
魔力で引っ張るイメージをしたら、今度は石がこっちに転がってきた。
「くくく、これはすごい。革命なのでは……?」
魔術式をつかわずとも、魔力で物質に干渉できることは知っていた。
押すのは一番簡単で、以前から使えたが、いまは”引く”ことを覚えた。
「ん? これはなんだ、か細い、光の、揺らぐ線……?」
俺は眼に映る情報のなかに、石をひっぱる力の正体を視認した。
俺の手元と石っころの間に……光の糸が見えたのだ。
「糸……? これで引っ張ってたのか。気づかないもんだな。自分でやっておいて」
もう一度、石を向こうの壁まで転がした。
今度は『糸で引っ張っている』という意識を明確にもって引いた。
ひゅん! 床のうえを転がっていた石っころは跳ねあがって向かってきた。
どうにか両手でキャッチして顔面を守った。
ひやっとしたのは一瞬だ。
すぐに俺の興味は”発見”に向いた。
「糸、糸、糸は繊維の塊……絡みあって、長くなっていく……!」
実際に指で触れ、その凹凸、表面、儚さ、さまざまな情報を知ってるからこそ、鮮明にイメージすることができる。俺は無意識のうちに「モノを引っ張るための道具」として糸を採用していたんだ。
俺は右手に純魔力を集中させる。
左手の人差し指と親指でネジネジする。
指の間に蒼く輝きをはなつ糸が生成されていく。
額に滲む汗。身体が熱い。呼吸がはやくなる。
「これは魔力の糸……ッ!」
トム、俺も見つけたかもしれないよ。ロマンってやつをさ。
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