ロマンを求める者たち

 数日が経った。

 俺はトムやヘラからさまざまな錬金術を教えてもらっていた。


「キレイ草とヌメヌメ草の群生地、僕も連れて行ってくれませんか」

「ダメに決まってるだろう。森のなかだぞ? すごく危ないんだからな」


 日々、見習い錬金術師として知識と経験を積むなかで、両親と話す機会もさらに増えた。これまではトムもヘラも、羊の世話や、外へのお出かけ、錬金術工房にこもっている時間が長く、俺はマーリンと過ごす時間が多かった。


「いつになったら連れていってくれるんですか、お父さん」

「もっと大きくなってからだ」


 まぁヘラは俺に構ってくれてたけど。

 マーリンとの比率で言えば4:6くらい。4がヘラね。


「それっていつですか?」

「さあいつだろうなぁ~」


 トムに関してはわりと放置気味ではあった。

 マーリン比率でいえば1:10だ。


 たまに不死羊の遺灰をもってきて「うえーい! これお前の好きなやつー!」ってやったり、食事の時に話したりする程度だった。あとは仕事ばかり。父親なんてそんなものだろうけど。


「お父さんって僕のこと愛してないですよね」


 次の実験のために釜が煮立つのを待っている間、俺は思い付きでそんなことを言ってみる。実際、まったく気にしてるわけじゃないけど。


「いきなり何を言い出すんだ、お前は。愛してるに決まってるだろ。森につれていかないのも大事にしているからこそなんだからな?」

「でも、ちいさい我が子を放っておく時間が長いのではないでしょうか」

「あぁ、そういう話……いきなり話題転換するじゃん。お前の口調を聞いているとちいさい我が子であることを忘れちまうが」

「子ではなく、他人として見ていると。どうりで愛されていないと感じるわけです」

「ネガティブだな! 反抗期ってやつかな? よし、わかった。アイズ、ほらこっちにおいで。よーしよしよし♪」


 抱っこされて頭を撫でられる。


「こほん。いいか? 錬金術っていうのはすごくお金がかかることなんだ。俺やヘラはそれなりに裕福な家に産まれたおかげで、それぞれ錬金術師になれた。これは幸せなことなんだ」

「いきなりなんですか? 話を逸らそうとしても無駄ですよ、お父さん」

「いいから聞けい」

「異議あり」

「異議なぁあし!」


 大人の大声つよすぎて草。


「まぁ困ったことに年々、家の資産が減っていくんだけどな」

「恵まれてるって話をしてませんでしたか、お父さん」

「錬金術師が儲かる仕事とは言ってないぞ? 錬金術師ってのは、なるのは難しく、これを生業にしていくのはもっと難しい」

「世知辛いですね」

「まったくな」

「何にそんなお金がかかるんですか?」

「まずは道具だ。道具がなくちゃはじまらない。これが一番金がかかる。うちは先々代から錬金術師の家だから、まぁ、器具はそろってるほうだが。でもな、これらは常に古くなるんだ。いろんな場所で日々、錬金術は進歩している。新しい道具も発明される。それを手に入れないと」

「技術革新に取り残されたら、たちゆかなくなるってことですか」

「ちょー世の中のことわかってるじゃん。なんなのお前、頭良すぎじゃね?」

「それほどでもないですよ、お父さん」


 トムは不気味なものを見る眼差しを向けてきた。


「こほん。まぁあとは、ほら、工房を見ればわかるとおり、この地域では採れない材料がたくさんあるだろう? これは全部、買い揃えないといけないんだ。都ならある程度、品ぞろえがいいだろうけど、ここは田舎だしな。ここまで行商人がくる回数は少ないし、移動の途中で劣化する素材はもってこれないし」

「では、もっと栄えている都市に住めばよかったんじゃないですか?」

「簡単に言ってくれるな。俺たちは領主さまにある程度、優遇されてるし、自由都市へいくわけにはいかないだろう。なにより都市は都市で大変だ。どこから何を手に入れるにしてもお金がかかる。都市には鉱石類も、魔法生物素材も、薬草関連もまずないからな。一方でこの村に居を構えることには──」

「なるほど。キレイ草とヌメヌメ草という『艶薬』の主要材料をコストをかけずに調達しまくれるこの場所には、都市部にはない明確な優位性があると」

「ねえ、話を先回りするのやめないか、アイズ? それ嫌われるぞ」


 トムは拗ねたように唇をとがらせる。


「会話のなかでオチが読めたので」

「だから、それが嫌われるんだって。まったく。賢すぎるというのも悩みものだな。まぁとにかくだ。錬金術師はせこせこ働かないといけないってこと。そして、続ければ続けるほど、金が減っていくってことだ。革新的な技術や手法を生み出せれば、金持ちの仲間入りできるかもしれないけどな? でも、そうした研究には金がかかる」


 金になる成果をだすその日まで、悪循環のなかを走り続けるしかないってことか。

 

「それじゃあ、研究をやめればいいんじゃないですか。日々、生きていくためだけに働く。僕たちには『艶薬』という安定商品があるのでしょう?」


 トムはムッとする。


「何を馬鹿なこと言ってるんだ。それじゃあ、錬金術師やってる意味がないだろ?」

「意味、ですか?」


 いつもと違って気迫があったので、気圧されてしまう。


「新しい術法を発明する。魔力の秘密を、自然の法則を発見する。そうやって、自分の名前のついた遺産を錬金術師の歴史に残す。研究をやめたらこうしたものは絶対に手が届かなくなってしまうんだぞ?」

「……っ」

「資金繰りに困って情熱を失った錬金術師を見てきたよ。あるいはやる気のないやつや、商売に傾倒しすぎたやつとかな。でも、本当は違うだろう? 俺に言わせればロマンに欠ける。世界の秘密を解き明かす研究は、必ずしも金にならないかもしれない。自分の代じゃわかりやすい結果を得られないかもしれない。けど……それは、きっと楽しい」


 トムの表情はうっとりとしていた。

 どこか遠くを見ているようだ。


「ん、湯が沸いたな。よし、それじゃあ、本日も錬金術を伝授しよう」


 その横顔に不覚にも胸を打たれた。

 あぁ、俺もそう思うよ、トム。


 金もいい。安定した生活もいい。


 でも、ロマンがなくちゃいけない。

 それがなくちゃ楽しくない。

 

 夜になった。


 寝る前にすべての魔力を消耗するのが『やることリスト』にある。

 魔力保管量を成長させるのと、土属性の魔術神経を育てるためだ。


 たいていはこの鍛錬のあとは疲れて起きていられない。

 なので眠たくなってもいいように、自然と就寝前の日課になった。


「よし、これで50%くらい使えたな」


 俺は艶々の泥団子みたいな石っころを”土の魔力で押し出す”。

 純魔力をぶつけて衝撃で押すより、土という属性に干渉して、転がす感覚で押すこの方法は、魔力の消費量が遥かに少なく、緻密な動作を可能にする。


 例えば1m転がしたあとで減速させる──とかね。


「転がすの上達してきたな」


 ふと、疑問がよぎる。

 これって押すことしかできないのか?

 

 前へ押すのとは全く別の発想。

 革命的な考えである。


 さっそく試してみる。こっちに来い。こっちに来い。

 魔力で引っ張るイメージをしたら、今度は石がこっちに転がってきた。


「くくく、これはすごい。革命なのでは……?」


 魔術式をつかわずとも、魔力干渉が使えることは知っていた。

 押すのは一番簡単で、以前から使えたが、いまは”引く”ことを覚えた。


「ん? これはなんだ、か細い、光の、揺らぐ線……?」


 俺は眼に映る情報のなかに、石をひっぱる力の正体を視認した。

 俺の手元と石っころの間に……光の糸が見えたのだ。

 

「糸……? これで引っ張ってたのか。気づかないもんだな。自分でやっておいて」


 もう一度、石を向こうの壁まで転がした。

 今度は『糸で引っ張っている』という意識を明確にもって引いた。


 ひゅん! 床のうえを転がっていた石っころは跳ねあがって向かってきた。

 どうにか両手でキャッチして顔面を守った。


 ひやっとしたのは一瞬だ。

 すぐに俺の興味は”発見”に向いた。


「糸、糸、糸は繊維の塊……絡みあって、長くなっていく……!」


 実際に指で触れ、その凹凸、表面、儚さ、さまざまな情報を知ってるからこそ、鮮明にイメージすることができる。俺はだからこそ、無意識のうちに「モノを引っ張るための道具」として糸を採用していたんだ。


 俺は右手に純魔力を集中させる。

 左手の人差し指と親指でネジネジする。

 指の間に蒼く輝きをはなつ糸が生成されていく。

 額に滲む汗。身体が熱い。呼吸がはやくなる。

 トム、俺も見つけたかもしれないよ。ロマンってやつをさ。


「これは魔力の糸……ッ!」


 長さが30cmほどに達する。

 そこまで紡ぎ出した時、俺の意識はフッと揺らいだ。

 輝糸はパリンっとちいさな音をたてて砕け散った。

 あぁ、クソ、いいところだったのに、枯渇かよ──。

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