錬金術:艶薬

 錬金術:糸紡ぎを教えてもらってから2週間ほどが経った。


 錬金術工房の広間で日々、糸紡ぎを続けている。

 だんだんとコツが掴めてきた。


 けれど、マーリンの糸紡ぎは俺を上回っている。

 流石は姉上様ということで、その点に関しては俺は彼女を褒めたたえている。


「ふふ、姉にまさる弟など、いないもんねー!」


 日々のノルマが終わって、糸を束にしたあとは、まとめておく。

 2週間が過ぎた頃、俺たちはレッドスクロール家のすべての羊毛を糸にし終えた。

 

「素晴らしい働きだったぞ。これで錬金術師に一歩近づいたな!」

「ありがとうね、ふたりとも。お母さんとっても助かっちゃったわ!」


 ヘラは俺とマーリンの頭を優しく撫でてくれた。


「さて、では、糸に関しての授業の締めといこう」


 トムの誘導にしたがって、俺たちはおおきな釜のそばへ。

 ヘラは俺を抱っこして、トムはマーリンを抱っこして、俺たちより背の高い釜のなかを見せてくれた。釜のなかはグツグツと煮立っていた。


 トムが机のうえの酒瓶を手に取った。


「こいつはポーション『艶薬』だ。材料はキレイ草とヌメヌメ草。作り方はあとで教える。これを釜にいれて糸を茹であげることで、糸の質があがる。繊維の密度が高まって、遊び毛がおとなしくなり、表面が均一になって艶がうまれるんだ」


 釜にトロッとした艶薬が注がれた。


「ちなみにこの『艶薬』はレッドスクロール家のメイン収入源だ」


 『レッドスクロール家史 第4版』に書かれてたな。

 我が家の近くでは、艶薬の原材料であるキレイ草とヌメヌメ草、その両方がとれるため、生産が安定しているとか。そして、糸の質をあげてくれる艶薬は、糸紡ぎを生業にしている者たちにとって喉から手が出るほどほしいものなのだそう。


 糸は布を作るのに必須の材料。布は服や袋、カーテン、ベッド、旗、テント、なんにでも使う。文明社会の必需品。需要は無限。ゆえにおいしい商売なんだ。


「『艶薬』は劣化もしにくくて、遠くの地域にも届くんだ。ホワイトレオ辺境伯も俺たちの『艶薬』をいたく気に入っててな、使いの御方が1年に一回、買い付けにきてくださるくらいなんだからな!」


 へえ、すごそう。やるな、トム。

 

「よし、それじゃあ、椅子をもってこよう。マーリンとアイズだけで仕上げ作業をやってみるといい」


 ほどなくして仕上げ作業の要領を覚えた。

 

「それじゃあ、今度は『艶薬』の作り方ね」


 キレイ草やヌメヌメ草が植えられているという裏手の花壇にやってきた。

 

「この草たち花壇で育てられるんですね」

「今回は悪くないわね。元気に育ってくれてるわ」

「今回は?」

「キレイ草もヌメヌメ草もずっと自主栽培を試みてるんだけど、家のまわりじゃ育たないんだよ、アイズ。土の種類を変えたり、動物の骨粉とかを加えて土壌を調整してみて、こいつらが元気に育つように工夫をこらしてはや十年。ようやくまともに育つようになってきたってわけだ。いや~ここまで時間かかったなぁ」

「森のなかにある群生地のキレイ草とヌメヌメ草はもっと大きくて元気なのよ~。そういう栄養満点の薬草を使ったほうが質のいいポーションを作れるから、ここで土壌の研究はしながらも、実際に艶薬に使うのは原生してる薬草だけなのよ」

「難しいんですね」

「そう! ほんっとうに難しいんだよ!」


 トムは腕を組んで深くうなづいた。

 両親がやっているのは、人工栽培のための研究ってことか。


「ひとまず今回はこいつを使おう」


 工房に戻って調合にとりかかった。


 艶薬をつくる過程自体はさほど難しくなかった。

 糸紡ぎよりかは錬金術っぽさはあった。

 すり潰し、加熱し、水に溶かす。理科の実験だ。かなり楽しい。


 錬金術の授業が終わったあとは、食事になり、俺は家族活動から解放される。

 夜、俺はこっそりとキレイ草とヌメヌメ草の花壇に足を運んだ。


「うーん、やっぱり……」


 魔力を見る眼で注意深く観察した。

 そして、気のせいではないと確信する。

 この花壇だけ土のなかの魔力状況がほかの明らかに違っている。


「トムとヘラも土を改良したって言ってたな。この魔力の異質な土は改良の結果か」


 ほかの植物の根本などにも視線を向ける。

 ピカピカと輝く魔力たち。それらの根元の状況は、キレイ草とヌメヌメ草の足元に比べれば、違いはないが、それぞれで微妙に異なっていた。


 世界は魔力で溢れている。

 すべてのものに魔力がある。

 

 俺の眼は土の状態を魔力の様子から間接的に評価できるようだ。


「草ごとに必要な栄養素がちがうから土の様子に個性がでている考えられるな。それによって魔力状況にも差がでている。それじゃあ、こうするとどうなる?」


 地中へ俺の魔力を流し込む。


 魔力の色、形、輝き方は千差万別。

 どの色の魔力、どの形の魔力の粒子たちが、いかなる作用を引き起こすのか、まだまだ研究が足りていないが、少なくともコレでひとつの事実がわかる。

 

 俺の魔力で土のなかを満たすと、克明に輝き方が変わった。


「ってことは、魔力を流し込むことで干渉できるっぽいな」


 だったら、群生地とかいう場所を”見る”ことでわかるだろう。

 元気なキレイ草とヌメヌメ草、それらが生える土の魔力状況を知る。


 そして、俺が視覚情報を頼りに、特定の色、形、輝きをもつ魔力を流し込んで、この土壌を人工的に変える……ことができるかもしれない。


「もし成し遂げたらトムもヘラも喜ぶだろうなぁ……ふふ」


 俺は実験に満足し、捕らぬ狸の皮算用しつつ、家のなかに戻った。



 ────



「弟のやつ、コソコソなにしてたんだろ……?」

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