錬金術:糸紡ぎ

 この俺に弟か妹かが出来るというのか? まじかよ。凄いな。


「というわけで、みんなで母さんの支えになってやるんだぞ」

「ふふ、私もまだまだ動けるけどね! みんなに迷惑はかけないわ」

「ダメだよ、ヘラ、妊婦に錬金術の仕事はよくないんだから」

「お父さん、それって頭くるくるぱーとかいう理論ですか」

「なんだよ、アイズ、その穿った言い方は? お前が俺のこと恨んでるのはわかってるが、これはお前のためなんだ。魔力にさらされると脳の成長がだな──」


 はいはい、わかりましたよ。


「だから、アイズには錬金術の仕事を譲ることはできない。マーリンなら大丈夫だろうが」

「へへん、おねえちゃんにまかせて!」


 悔しい。俺だって学びたいのに。

 魔術がダメなら錬金術を教えてくれてもいいだろう。


「でも、トム、錬金術のなかには魔力を扱わないものもあるんだし、そこら辺なら教えてあげてもいいんじゃないかしら? ほら、アイズは天才少年だし」

「まぁ……そうだな。アイズは死ぬほど頭良いからな……でも、工房には魔力物質があるから近づくのはよくないし」

「はい、異議あり」


 俺はスッと手をあげて発言を求める。


「え? そういう制度?」

「はい、アイザック・レッドスクロール、発言をどうぞ」


 ヘラは真面目腐った顔をつくって、手で俺を示した。


「お父さんは僕がもっとちいさい頃、『不死羊の遺灰』をよく近づけていました。あれは強力な魔力物質なのでは。いま僕の頭が冴え渡っていることこそ、頭くるくるぱー理論の反証なのです」

「あっ……」

「あら~」


 ヘラはニヨニヨしてトムを見つめる。変な緊張感が漂いはじめた。


「うーん、確かに、遺灰は……魔力物質だな。まぁでも、ごく短い時間だったから、頭くるくるぱーは免れたということだろうな……」

「異議あり!」

「え!? 反撃が終わらない!?」

「発言をどうぞ、アイザック・レッドスクロール」

「ちょっと、ヘラ、勝手に許可ださないでくれよ……っ」

「父さんの理論だと、体内に保管されている魔力に近づくことも危ないということです。もしいまも頭くるくるぱー理論を盾に、僕に錬金術を伝授しない選択をするのでしたら、お父さんは金輪際、僕に近づかないでください」

「言葉強くない!? 達者に論理展開しすぎだろ! 本当に3歳かよ?」


 トムは困ったように頭を掻き、ヘラはくすりと笑い、頭を撫でてくる。

 マーリンはポカンとして、何がなんだかわかってない表情だ。


「うーん……わかった、折衷案といこうじゃないか」

「異議あり!」

「まだあんのかよ! だめだめ! 異議なーし! 異議なぁぁしっ!」


 トムの大声で俺の主張はかき消える。

 これが大人のやることか! 汚ねえよ……!


「まあ話を聞け、アイズ。お父さんも考えを改めたんだ。錬金術師は論理を重んじるものだからな。お前の言葉に納得したのは事実だ。俺は……慎重になりすぎていたかもしれない。お前がそんなに錬金術の仕事に興味があるのなら、意地になってとめる理由はないのかもしれない」

「お父さん、それじゃあ……!」

「あぁ、錬金術工房に入ることを許そう。制限は設けるがな」

「よかったわね、アイズ」

「むう、また弟ばっかり~おねえちゃんのメンツ!」

「お姉ちゃんはアイズのことしっかり見守ってあげててね~」

「うん! 弟、おねえちゃんがみてるからね!」


 俺はマーリンに手を繋がれて、トムとヘラについていく。

 トムは錬金術工房の扉にいつも持ってる鍵を差し込んで開いた。


 しばらくして戻ってくる。

 手にはモコモコの羊毛がたくさん抱えられていた。

 

「最初に伝授する錬金術は、人類の偉大な発明品だぞ」

「なんだか凄そうですね」

「名は『糸』という」

「……糸?」


 トムは羊毛の巨大な塊を千切る。


「こいつは洗濯済みの羊毛だ。綺麗だろ?」


 そういってモフモフをヘラに渡した。

 ヘラは椅子に座し、先端に重りのついた棒を持ち上げた。

 餓死したマラカスみたいな形状だ。


「これはスピンドルという道具よ。重みと回転で糸を紡ぎだせるの」


 ヘラはモフモフの端っこを指でネジネジして糸をつくりだした。そういや糸って短い繊維の塊だったっけ。昔の人達って指でねじって作ってたのか。


 ヘラはスピンドルを立てて持った。餓死したマラカスみたいなその道具の頭の方──つまりうるせえ音をだすほうが下だ。うるさくない方、握り手の底にはちいさなフックがついており、そこに彼女は糸のちいさな輪を引っかけた。


 糸の大本であるモフモフはヘラが握っている。

 スピンドルとかいう聞いたこともない道具は、宙づり状態になった。


「これで準備完了よ。あとはくるくる~っとするだけ♪」


 スピンドルとかいう謎の変な道具は、ヘラの手で回転力を与えられ、空中で回転、重力にしたがってくるくると落下。


 するとあら不思議、スピンドルのフックに引っ掛けられた糸が伸び始めた。羊毛本体たるモフモフから白い糸がスーッと延長されている。


 指でネジネジやって糸を紡ぎ出すには時間がかかりすぎるから、スピンドルで回転エネルギーを生み出して糸紡ぎをするらしい。人間の知恵って感じの道具だ。


 これが錬金術か?


「あの、文句があるわけじゃないんだけど、お母さん、もっとこういうのがいい」


 俺は手をパンと叩きあわせて見せる。


「魔法陣とか、そういうの」

「ふふ、よく知ってるわね、錬成魔法陣のことね?」


 あるっぽいな。


「でも、それは上手に糸を紡げるようになってからよ。錬成魔法陣はまだ先の段階。立派な錬金術師になるには、術法について知らなくてはいけないわ。土台を疎かにしては、そのうえに積まれた知識も不安定なものになってしまうでしょう?」


 ヘラは諭すように言って俺の頭にやさしく手を置いた。


「それにアイズは私のお仕事を手伝ってくれるのでしょう?」

「……わかりました、母さん、このアイザック、丁寧に糸を紡がせていただきます」

「ふふ、ありがとう、お利口さんな私のアイズ。お手伝いできてえらいわね」


 ヘラには敵わないな。母の力というか、説得力というか。

 トムとは決定的に違う。トムは、なんというか、うん、逆らいたくなる。


「それじゃあ、あとはよろしくね。私は羊たちを見てくるわ」


 俺とマーリンだけが残された。


 本日の我ら姉弟の目標はひとまず目の前にある巨大な羊毛をすべて糸にすること。

 俺とマーリンはそれぞれのスピンドルで糸を紡ぎ始める。

 使い方自体は簡単だ。見ていたので要領もわかる。


「ん? これ……糸が千切れました、マーリン姉さん」


 スピンドルを勢いよくまわしすぎたか? 意外と難しい。


「ふふーん、弟はまだまだね、千切れた糸と羊毛、まぜればへいきだよ、ふっかつ」

「あぁなるほど……ありがとうございます、マーリン姉さん」

「っ、パパー! 弟に、ひさしぶりにかんしゃされたー! うれしい~」


 モフモフを掴んでおく力加減、スピンドルの回転力、均等な太さの糸を得るにはたくさんの経験が必要なようだ。これは努力のしがいがある。楽しくなってきた。


「マーリン姉さん、糸紡ぎでもすぐ越えてみせますよ」

「ふふん、おねえちゃん、まけないよー!」


 対抗心を燃やしながらも、嬉しそうに教えてくれる姉上様のもと、日々俺の『やることリスト』に糸紡ぎの項目が加わった。


 

 

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