魔力

 気づいたら俺は眠っていた。

 身体に疲労感も溜まっていた。


 横たわった本を見やる。

 俺が魔力をぶつけて倒れた……という認識でいいだろうか?


 現象としては、1年前のマーリンの初魔術の時と同じだ。

 彼女は石を転がし、俺は本を倒した。


「見よう見まねでできるものなんだな」


 翌日。

 俺の体調はすっかり元通りになっていた。

 昨晩、いつもより食欲が湧いて、ご飯をたくさん食べた。


 ピカピカはご飯のなかにも存在している。この眼で見れば一目瞭然だ。

 きっと人間は日々の生活のなかで、空気や、水、食事などで常に魔力のちいさな粒を取り込んで、それを体内に溜める機能をもっているのだろう。


 母と父の眼を盗んで、俺は魔力を外にだす訓練を続けた。


 最初の1週間は魔力を体内から外にだすことしかできなかった。


 魔力を放出させて本を倒す。

 放出する割合はいつだって100%だった。

 だから、放出したあとはいつも気絶していて、目覚めると日が暮れていた。


 俺は訓練場を整えた。

 魔力をぶつける対象は裏庭でひろった適当な石にした。

 床には一定間隔ごとに印をつけた。


 印の端っこに石をおいて、それに放射をあてて、どれだけ移動したか記録する。


 魔力をぶつけた石は、日に日に移動距離が増えていた。

 これは俺の100%の威力が日々増していることを示している。


 相変わらず魔力を放ったあとは気絶するが、成長している実感はあった。


 体内に保管されているピカピカ、つまり魔力の総量が増えているのに気づきはじめたのは、1カ月が過ぎた頃だ。それまでは体感でしかなかったが、意識して観測したところ、確実に光量が増していることに気が付いた。


 気絶しなくなってきたのも、訓練から1カ月が過ぎた頃からだ。

 放出する魔力の分割にはコツがあった。

 それを掴んでからの上達は速かった。

 

「10%放出」


 訓練開始から2カ月が過ぎるころには10%の放出で、石は部屋の端まで移動した。

 

「1カ月前は100%の放出で部屋の端だったよな? これは……成長だな」


 またしても努力が結実している。

 人間として前世より立派になれてる気がする。

 前世で嫌いな言葉は1番目が「努力」2番目が「頑張る」だったのにな。


 訓練開始から3カ月が過ぎた頃、俺はマーリンと己のやっていることの差に関して、思慮を深めはじめていた。


 日々の鍛錬で確実に魔力保管量は増えてきている。

 比例して、魔力を放出して物を動かす力もあがっている。


 でも、俺のコレは魔術ではないらしい。

 広い裏庭で訓練しているマーリンを見れば質の違いがわかる。


「大地よ、屹立せよ──『第一魔術:土柱』」


 マーリンの詠唱。

 裏庭に一本の土の柱がニュニュっと生成された。

 マーリンは尻もちをついて、ヒーヒー言っている。


 いまマーリンは術式をもちいて、魔力の性質を変化させた。

 彼女はいま『土の魔力』を使った。そして、魔術式にのっとって効果的に、地面から土の柱をつくりだすという現象を起こした。


 他方、俺は石を動かす時に、『純魔力』を使って、ぶつけているだけだ。

  

 魔術の真髄とは、思うに『純魔力』をつかって、いかに効率的に現象をひきおこすかにあるのだろう。

 

 そして、効率的現象の式こそが、あの魔術書に描かれているんだ。


「魔術式はわからないけど、『純魔力』を『土の魔力』に変換する方法はなんとなくわかるな。マーリン姉さん、お手本にさせてもらうよ」


 俺はこれまでマーリンの体内魔力の動きを注意して観測してきた。

 どういう変化、どういう流れを経て、性質変化するかは理解している。


 俺は裏庭から視線を外して、両手を床に向ける。

 両手の手のひらから大量の魔力が流れ出し、それがひとつの形を成す。

 作り出したのは石っころだ。野球ボールほどの石。


「はぁ、はぁ……50%くらい持ってかれたか?」


 『純魔力』→『土の魔力』→石塊


 ただ魔力を放つより、プロセスが多くて難しい。

 なかなかハードだ。でも、次はもっとうまくできる。

 1カ月後はもっともっと上達しているだろう。


 こいつはやりがいがある。

 俺の口元は自然とほころんでいた。

 

 腕がかゆい。

 目線をやる。


 右腕のあたりに『土の魔力』と同じ色の光をもつ、されど奇妙な痕跡を見つけた。ほんの点だ。ちいさな点。俺はその正体を知っていた。


 マーリンの体とトムの体にもこの痕跡はある。

 トムのものは人差し指くらいあって、マーリンのものは爪一枚分くらい。

 

「魔術神経……芽生えたのか」


 昨年、ヘラに教えてもらった。

 この魔術神経を育てれば魔術の腕が上達するのだと。


 うちには魔術を使える人が多いので、推測がたちやすい。


 例えばヘラは火と水の魔術神経が発達している。風と土も多少はあるが、サイズからして、さほど得意ではないと見える。

 トムは風と土が発達している。極僅かに火と水もあるが、まったく成長していない。


 魔術師の好みか、あるいは才能なのか。

 いまはまだわからない。


「対応する属性魔力を使ったら魔術神経が芽生えたのか? だとしたら、神経を成長させるためには、属性の魔力を使いまくったほうがいいか」


 この日より、俺はすべての『純魔力』を『土の魔力』にして消耗しはじめた。

 『やることリスト』は更新され、毎日毎日、単純な石っころを作るようになった。

 日々、魔力保管量は増えていき、土属性の魔術神経は成長していった。


 新しい日課、目標が出来た頃。

 俺は母ヘラのお腹が大きくなっていることに気づいた。

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