識字能力
前世で一応、大卒レベルの頭を持ち合わせていたし、精神レベルが32歳……二度目の人生分も含めるなら34歳ということもあり、勉強には自信がある。
言語能力の修得と眼の制御(仮)という成功体験のおかげで、俺は変わったんだ。出来なかったことが出来るようになる──その喜びをもう知ってる。
きっと出来る。励めば出来るようになる。
「マーリンのほうは俺が見るから、ヘラはアイズを担当してあげてくれ」
トムは座する俺の前に1冊の本を置いた。
俺は隣の姉が眺めている本を見やる。
「あっち、まじゅつしょ。これもそう?」
「これはトムの作った『レッドスクロール家史 第4版』よ。魔術書はおねえちゃんたちのほうだけね~」
家史の本があるのか。
てか、これで勉強するのか?
「大事に使うんだぞ、アイズ。その本だけで俺たち家族4人が1年は食っていけるだけの価値があるんだからな!」
「……だいじにします」
「はは、よろしい。物分かりが良すぎてなんだかおもしろいな」
トムはケラケラ笑っていたが、俺は内心でドキドキしていた。
古い時代、本が貴重だったことくらいは知っていたんだけどな。
この一冊だけで大変な財産とわかると、宝石でも扱ってるような気分だ。
この日から俺の平和な赤ちゃん生活に、『やることリスト』が追加された。
朝起きたら、家族と食事をし、食事が終われば俺は『レッドスクロール家史 第4版』を抱えてヘラといっしょに、錬金術工房にいって、たくさんの灰を石床にひっくりかえし、そこに文字を書く練習をした。
「アイズのやつ、すごい熱量だな……一日中、アンバー文字の練習してないか?」
「トム、あの子の向上心はすごいわよ! 今朝、まだ薄暗い時にたまたま目が覚めたんだけど、なんとアイズは顔をのぞかせた太陽のかすかな光を頼りに、本を読んでいたんだから!」
「えぇ……すご……ちょっと恐いな……あいつ頭良すぎないか?」
着実に日々、知識を重ねていった。
太陽の灯りが出ている間は、ほとんどの時間を本に向きあった。
おかげでレッドスクロール家の歴史にもどんどん明るくなっていった。
────
アンバー文字の勉強を始めて1年が経った。
俺は3歳になり、姉は6歳になった。
時の流れの速さを幼年ながらに思う。
冬を越えて温かくなってきた近頃も、錬金術の勉強やら、魔術の勉強やらをするマーリン姉さんを羨みながらも、俺はすべてのリソースを飽きもせずアンバー文字に注いでいた。
いまでは『レッドスクロール家史 第4版』の内容は暗記するにいたった。
なんなら暗唱もできる。特定の単語を言われれば、ページまで当てられる。
俺は充足感に満ち満ちていた。
俺のようなカスでも、頑張れば1年で他言語を修得できるという事実。
努力したおかげだ。それが誇らしいし、嬉しい。
『アンバー文字修得』というものが、世の中的に貴重なスキルというのもいいんだ。トムの話によれば、識字能力さえあれば、死ぬまでくいっぱぐれることはないというし。読み書きする能力は、一部の知識階級だけの『力』という話だ。
「はぁ、でも、もうこの本から得られるものはないかなぁ……」
俺はちいさくため息をついて、奥付を眺める。著者:錬金術師トム・レッドスクロール。制作着手年王国歴1067年。本に使用されている羊皮紙は、我が家の不死羊たちから作れる高級羊皮紙レッドスクロール。
どれだけ眺めてもコレから魔術は学べない。
俺は本を両手に抱えて、錬金術工房のほうへ向かった。
「マーリン姉さん、本、交換しない? いまならなんと弟のお昼のおやつ3カ月分もついてくるよ」
「パパー、アイズがまた、こうしょうしてきた! わたし、ゆうわくされてる!」
「こら~、秘密取引はだめだって言ってるだろうが~」
くっ! 3歳になった今も、魔術書には触らせてすらもらえない。
俺は無念のうちに、遊び部屋のベッドに戻った。
魔術を勉強したい……そのために1年文字を勉強したのに。
「はあ、魔術ぅ……」
寝転がり両手を見つめる。
手のひらにぼんわりと宿る魔力の光。
眼力の操作は達人級だ。
こいつに苦しんでた日々も、もはや懐かしい思い出だ。
俺はぼーっとしながら、掌のなかの魔力が指先に移動するのを凝視する。
裏庭で練習しているマーリンを眺めて、魔力の流れそのものは知っている。
体内の魔力が、発動の際に、手元に移動して、放出される一連の現象。
本をベッドの端にたてて、それに狙いをつけて緩く手を向ける。
「姉さんのやってたの、こんな感じだよなぁ……」
視覚情報を頼りに、感覚で弾きだす。
指先からピカピカの波が放たれた。
立てていた本はパタンと倒れた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます