ピカピカの正体

 ぴかぴか。は時に流れ、時に滞留し、時に渦を巻いていた。

 俺は恐ろしかった。どこにでもあるのに誰にも伝わらないのだ。


「おかあさん! ぴかぴか!」

「まただわ。アイズ、大丈夫よ~、何もぴかぴかしてないわよ~」


 俺は懸命に伝えたが、理解されることはなかった。


「ほら~アイズの大好きな遺灰だぞ~」

「おとうさん、いやだ、ちかづけないで、うわぁあああ────!!」

「嘘だろ!? あれだけ好きだったじゃないか!」

「アイズが泣くなんて、初めてじゃない……!?」


 遺灰は一番恐かった。巨大な火炎をそのまま近づけられているような、強い光と刺激を感じて、目が痛かった。俺は顔をそむけ、たちまちに震えあがり、泣きだし、漏らしていた。


 正体不明の光。死ぬほど眩暈がひどい疾患なのかすらわからない。

 慢性的に見えてしまう光のせいで、頭がおかしくなりそうだった。


 1歳半になる頃、俺はこのピカピカとの付き合いかたをある程度、上達させていた。


 ぴかぴかの強さの傾向を学んだのだ。


 石や木、壁や床、どこにでもあるぴかぴかだが、人間は特にぴかぴかしてる。それも胸のあたりが。次点ではレッドスクロール家にある錬金術の素材──特に魔法生物の爪、骨、鱗、皮など、そうしたものにもぴかぴかは強く宿っている。


 理屈は不明だが、法則性を理解してからは取り乱すことも減った。



 ────



 俺は2歳になり、姉は5歳になった。


 ピカピカとの付き合い方はより上達し、目をすぼめたり、焦点をずらすことで、目への負担を減らす術を身に着けた。相当苦労したが、最近はもうピカピカが苦しくない。これもまた努力の賜物だと思ってる。


 ピカピカとの孤独な戦いが続くそんなある日のことだ。


 コソコソとして様子で、我が姉マーリンが両親に連れられてどこかへ行こうとしていた。明らかに怪しかったので俺は呼び止めた。

 彼らは「アイズはまだ早いからついてこないほうが……」と言っていたが、「やだやだぼくもいく!」とタップダンスで踊り狂ってやれば、流石に根勝ちした。


 皆で家の裏手へいった。

 裏庭は元々は放牧地だったらしいので、なおさらデカい。

 広々とした牧草地にて姉マーリンは、分厚い本を手にしていた。

 

「アイズ、十分に離れるんだぞ、でないと頭がバカになっちゃうからな」

「そんなあぶないこと、するの?」

「危ない。子供にとっては特に危ない。とびっきり危ない」

「マーリンねえさんもこどもだよ、おとうさん」

「おとうとよ、私はもうおとなだよ」


 ませたマーリン姉さんは裏庭の置かれた石へ手を向けた。そばで見守る父トム。ふたりから10mほど離れて俺はヘラに抱っこされながら見守る。


 その時、ぴかぴかの流れが変わった。

 マーリンが石へ向けている手元の光が増えている。


「地の魔力よ、震えよ──『第一魔術:石転がし』!」

「おお! すごいじゃないか、2mも転がったぞ! マーリンは天才だな!」

「えへへ、おとうさんすき~」


 普段、トムに厳しいマーリンが、素直に破顔して喜んでいる。

 

「おかあさん、あれ、まじゅつ?」

「ええ、そうよ。立派な錬金術師になるには、多少は魔術を使えたほうがいいものだからね。どう? 面白いでしょう?」

「うん。まじゅつって、まりょく、あやつる?」

「あら、よく知ってるわね~、アイズは本当に賢い子だわ」

「まりょく、からだから、でていく?」


 俺の推測はあたっていた。

 マーリンの身体から集約され、放出されたピカピカ。

 魔術の発動とともに飛び出し、石っころに奇妙な作用を起こした。


 この眼で見たものと、母ヘラから聞いたもの。

 推し量るに──ピカピカの正体は魔力だ。


「マーリン、今日は初めて魔力を使って疲れちゃっただろう?」

「うん、すごいくたくただよ、おとうさん」

「仕方ないさ。魔力は初めはとっても少ないんだし、何よりまだ魔術神経が育ってないんだから」


「おかあさん、まじゅつしんけいってなーに?」

「うーん、そうねえ~、魔術神経は筋肉かな? 頑張って育てれば、すごい魔術を使えるようになれるんだよ~。アイズはお利口さんだからわかるかなー?」

「おかあさん、もっとおしえて」

「なんだか興味津々だけど、アイズはまだ魔術はダメだからね?」

「ど、どうしてー?」

「ちいさい子供が魔術を使うと頭がバカになっちゃうからよ。本当は近くで魔術を使うことすらよくないんだから!」

「そうなの?」

「ええ、そうよ。私の師匠も言ってたし、師匠の師匠も言ってたらしいわ。飛び散った魔力が悪い影響をおよぼして、頭をくるくるぱーにしちゃうのよ」


 トムもヘラも幼い子供、具体的には5歳未満の子供には魔術に関わらせないという教育方針らしかった。頭くるくるぱー……は流石にこわいなぁ。


 1カ月ほどが経った。


 裏庭で魔術鍛錬をはじめた姉の姿を、遠目から眺めるのが日課になっていた。

 魔力の流れをずっと眺めているが、言うほど魔力は飛び散っていない。

 集約され、一方向に放出される。それだけだ。


 迷信だろう。そう思った。頭くるくるぱー理論はたぶん確証のない慣例だ。

 そういう疑いが生まれてからは、俺の魔術への興味は歯止めがきかなくなった。


 俺を焦らせたのは、あの無邪気な姉マーリンの成長速度だ。


 彼女は魔術に熱心だった。

 また錬金術の工房で、仕事を教えてもらい始めてもいた。

 さらには、魔術書を読むための読み書きの勉強まで始めたのだ。


 それまでいっしょに遊んで楽しく過ごしていた姉が、途端に意識高い生活をはじめたせいで、俺はなんだかひとり取り残されてしまったような気分になった。

 

 だからだろう。


「おかあさん、ぼくも、じ、おしえて」

「あらぁ、流石はアイザック天才少年ね~。お姉ちゃんと同じこと学びたがるなんて。ふふ、それじゃあ、お父さんに聞いてみよっか」

「俺? まぁ、魔術は良くないけど、識字ならいいんじゃないか? うちのアイズは天才少年だから、マーリンと同じことも覚えられるかもしれない」

「ええー、アイズも字のべんきょうするのー? はやすぎるってばー」


 両親から認可がおりた。

 

 次の取り組みは文字の修得だ。

 そして、その先に魔術書を読むというご褒美がある。


 頑張るぞ。俺ならできるはずだ。

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