君の好きなオレンジソーダ

海野夏

瓶詰めの手紙

 手紙を書きました。


 本当はこんな瓶に入れて君に読ませるつもりはなかったんだけど、本当は僕の好きな人に書いて直接渡すつもりだったんだけど、僕がどうにも勇気が出ないヘタレ野郎だったがために、君は今見ず知らずの相手の書いたどうでも良い手紙を読んで時間を食っているのです。わはは。


 僕の好きな人は僕の姉の恋人でした。僕は男性、姉は女性、姉の恋人は男性です。LGBTだなんだと言いつつ実際どう見られるか分からない世間で、相手は姉の恋人で、僕は想いをそっと隠す他ありませんでした。

 姉と姉の恋人……面倒なので義兄とします。なんせ二人はもうすぐ結婚するはずだったのですから。

 ふたりはとても仲が良いカップルで、初めて義兄に会った日、僕は姉を見つめるその横顔に吐き気がするくらい惚れてしまいました。


 ここまで読んだ君は「ウワァ厄介な奴だなぁ」と既にお気づきのことでしょう。

 ひょっとしてもう捨てました? だったら残念だなぁ。


 僕がさっきから彼らのことを過去形で書いていることが気になっているかと思います。気になっていなくても話します。

 姉は半年前に他界しました。彼女は雨の日に人気のない駅の階段から足を滑らせて、冷たくなるまでそこにいました。僕は姉のことも好きでしたから、連絡があった時にはどきどきと心臓が早鐘を打っていました。本当に、もう姉さんはいないのか、と。

 髪を乱して病院に着いた時には、両親は抱き合って悲しみに震え、ベッドのそばには義兄が跪いていました。姉の顔には白い布が被せられていて、それはドラマのワンシーンのような非現実的な光景でした。


 今、僕は義兄のそばで彼の身の回りのお世話をしています。心が折れて、今にも枯れ落ちそうな様相でしたから、彼のマンションにお邪魔しています。

 義兄は僕を姉の名前で呼びます。僕と姉はよく似た姉弟でしたので、仕方なしに姉の服を着て、姉のように振る舞い、姉のように笑いかけるのです。夜寝る時だけは絶対に別室なのが幸いであり惜しくもあります。

 まぁ、夜中に義兄のうなされる声が聞こえることもあり、その「絶対」が崩れる日も近いでしょう。


 ここまで読んだ君も大概もの好きですね。

 他人の恋路を盗み見て、どう思いましたか。

 この瓶はどこで拾いましたか。

 近所の、以前恋人と行った海辺?

 ラベルは君の好きなオレンジソーダでしょう。


 ねぇ、義兄さん。

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君の好きなオレンジソーダ 海野夏 @penguin_blue

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