第16話 ぐてんきゅー

 カーたんはたぶん数日は何もできなくなるだろうからと、ガクンと前後不覚に陥ったアタシをお姫様抱っこして寝室まで運んでくれた。

 なに……これ?

 精神力を使い果たしたんですよ。

 そんなに力を使うもんなの?

 命を削るものだっています。

 ならアタシは人生使ったよ……。

 朦朧とした意識の中、カーたんが布団に寝かせてくれて、アロマデュフューザーをセットしていってくれたところまでは記憶がある。

 控えめな甘さの中に清冽な透き通りがある。

 頭の中をきれいに洗い上げようとしてくれていた。

 どこかで水の流れる音が身体から聞こえる。

 アタシは水の分子だ。

 何もかもが広がり、ユニバーサル・マインドとつながる……?

 これも物語?

 やれやれ、どこもかしこも染まっているんだ。

 逃れることはできないんだ。

 できるとしたら、死んだときだけ?

 でも、「無」でさえ物語はそこにある。

「なにもない充溢」という情報が。

 なんとかして、物語とはちったあ仲良くなっとくしかない。

 そわそわ風が肌に当たる。

 窓が開いている?

 アロマデュフューザーをセットしていってくれたのに?

 香りと風と時折の水音が脳を撫でてくる。

 まるでXRのように知覚される。

 脳で結びついて、物語が溶解した。

 これまでの物語が沈んでいく。

 アタシは……。


 そこにはかちんこちんに氷の塊漬けになったエリコがいた。

 そばに立ってエリコを見下ろすKAGUYA。

「いま すぐ べき」

「なってない」

「しゅくふく たった」

「かんたん つむ うし」

 KAGUYAが口を開く。

「このものはこれまでとは違うことを申し上げたく存じます。かのしでかしたことは大いに懸念されるべきですが、それよりもこれからが重要かと。それも含め考慮していただきたく」

「まかせ みる」

 幽玄の気配が消えていく。

 深々とKAGUYAは礼をする。

 部屋には氷塊とKAGUYAと小虫のみ。

「さて……と」

 KAGUYAは大きく振りかぶり、飛び散る方向に気をつけながら、エリコを無表情で粉々にする。

 小虫はすんでのところで破片を避け生き延びていた。

 パズルのように布団の上に粉々になった塊を少しばかり頭を捻りながら「ちょっとちがうかな?」と思いつつ置いていった。

 手に持った小さい塊をしゃりしゃり噛み砕く。

 生きた息吹を飲み込んだ。

 数秒しゃりしゃりして「いいでしょう」とバシッと腕を伸ばし、小虫をフェザータッチでつまんでパッと離す。

 何事もなかったかのようにKAGUYAは部屋を出た。


 ――目覚めの覚えがよろしくない。

 ビクッとして上体を起こす。

「ブラックホールの特異点近くまで小旅行したよ……?」

 カラダをカキコキやりながら部屋の小型冷蔵庫から麦茶を出し、おそろしいぐらいにゆっくり時間をかけて飲む。

 変なまにまにだったな?!

 

 

 

 

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