第8話 インサート・ボディ

 カーたんに脳をスキャンされたが変わりないようで、かわりにいろいろ質問されたが、アタシ自身もそりゃあ分かっていなかったので結局解明はできなかった。

 「そうですか」とあっさり塩対応のカーたん。

 納豆と天かすとネギを入れ、めんつゆをぶっかけて食べるまぜうどんを肴に、残った照明でライトアップされた夜景をぼーっと鑑賞する。

 ――アタシは無知だ。

 まだ脳は若いのだから、伸びしろは大いにあるのだけれど。

 知識パッケージをインストールすれば事はすぐ済む話だが、残念ながらアタシにはその権利はない。

 罪人であるのは動かしようがないのだ。

 それでも脳の意識していない部分で何かが駆動しているのをおぼろげながら瞬間的に掴み取っている。

 それだけなのに、無知ながら静かな湧き上がりが見晴らしを変えているのだ。

 まるで違う身体みたいだ。

 おっぱいを見やる。

 無い無い。

 子供かと思ったら、ずいぶん背が高い。

 奔放な自分とは正反対のような佇まいだ。

 ツノは生えていない。

 フローラルな香りが鼻腔をつく。

 ――ワタシは永遠なのだ――。

 女神であり、生命そのものであり、ほしでもある。

 なにものかのうちにあり、ワタシはアタシでもある。

 祝ひ申し上ぐる。

 喜びの言葉を贈る。

 幸ひを祈り奉る。

 祝福の念を捧ぐ。

 喜びの声を上げる。

 幸せを願ひ奉る。

 祝ひの心を伝ふ。

 喜びの心を表す。

 幸ひの訪れを祈る。

 祝ひの言葉を述べる。

 うたい、誦じが宙をうった。

 ワタシアタシはふと、目の前に広がる夜景に手を伸ばしてみた。指先が光を掴むことはないけれど、その瞬間、何かが変わる気がした。脳の奥底でドライブしている何かが、少しずつ形を成していくような感覚。

 ――アタシは何者なんだろう?

 流れ星が閃きを瞬かせた。

 ――自分で見つける。そうだ、アタシはまだ若い。無知であることは恥ずかしいことじゃない。むしろ、それは新しい発見の始まりだ。

 アタシは深呼吸をして、もう一度夜景を見つめた。光のひとつひとつが、まるで新しい可能性を示しているように感じた。アタシはこの世界で、何を見つけるのだろう。どんな未来が待っているのだろう。

 無知であることを恐れずに、新しい発見を楽しみにして。

 ワタシはアタシにかえりもどった。

 不可解以前に、胸の内にじんわりと清冽な風通しが巻き起こっていた。

 夢でもいい。

 これまでずっと感じ続けていた暮れなずむ慕情に、新しい色が一滴、前触れもなく生じ起きた。

 明日はいったい何が待ち受けているんだろう。

 その晩は予感が高鳴ってアタシをなかなか眠らせてくれなかった。

 

 

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