第8話 如月湊の資質 その5

《飛鳥蒼空視点》


そして、数日が過ぎた。


俺が高一の二学期、いつも通り登校している途中で、それは突然起こった。


ふと目をやった先、前方の横断歩道で、一人の女子高生が信号を無視して歩き出していたんだ。


遠くからトラックが猛スピードで突っ込んできているのが見えた瞬間、俺の心臓は凍りついた。


まるで時間が止まったような、そんな感覚に陥った。


蒼空危ない……!」と叫ぼうとしたが、その前に俺は反射的に走り出していた。心臓が激しく鼓動し、世界がスローモーションのように歪んで見える。


だが、奇妙なことに、女子高生を引っ張っても、何かに固定されているかのように、指先一つ動かすことができなかった。


蒼空なんだ……これ……)


その時、ふと理解した。時間が本当に止まっているんだ、と。


しかし、このままでは女子高生を救えない。


焦燥感に駆られ、俺は力を込めて彼女の腕を引っ張った。冷たい汗が背中を伝い、心臓の鼓動が耳元で鳴り響く。


すると、突然、止まっていた時間が再び動き出した。


蒼空……!」


彼女の体が急に動き出した反動で、俺はバランスを崩し、そのまま女子高生と一緒に後ろに倒れ込んでしまった。


痛みをこらえながら顔を上げると、目の前に立っていた女子高生が俺を見下ろしていた。彼女を救えたという達成感が一瞬胸に広がったが、その次の瞬間、彼女が口にした言葉は予想だにしないものだった。


女子高生何いきなり……キモいんだけど。」

その一言が、冷水のように俺の胸に突き刺さった。俺は何も言えなかった。


時間が止まっていたのなら彼女には、トラックから救ったことなど分かるはずもない。


彼女からの視点は腕を突然引っ張られて倒されただけだ。


蒼空そりゃ、そうだよな……)


俺は内心で苦笑いを浮かべた。彼女にとって、俺はただの奇妙なやつでしかなかった。


助けるつもりで手を伸ばした俺の行動が、彼女にとってはただの迷惑行為にしか映らなかったんだ。


無言でその場を離れ、学校に向かうと、事態はさらに悪化していた。


教室に入ると、彼女が同じクラスの生徒だったことに気づいたのは、皮肉なことだった。


彼女がクラスメイトに何かを囁くのが見えた瞬間、教室全体がざわつき始めた。


「飛鳥って、さっき駅前で変なことしてたって?」


「マジで?それヤバくない?」


「ちょっと……キモいかも。」


俺の耳に届く囁き声が、次第に大きくなり、俺に向けられる視線が冷たく鋭くなっていくのを感じた。


授業が始まるまでの時間が、果てしなく長く感じられた。


その日一日、授業中もクラスメイトからの冷たい視線や囁きは止まらなかった。言葉の棘が次々と俺の心を刺し、教室の中で孤立していく感覚がじわじわと迫ってきた。


蒼空これから、ずっとこんな日々が続くのか……)


そんな不安を抱えながら、放課後の帰り道を歩いていた。街の風景がどこか色褪せて見え、周りの音が遠くで鳴っているように感じる。無意識にうつむいて歩いていたその時突然、女性の声が耳に入った。


???ねえ、ちょっといい?」


顔を上げると、そこには見知らぬ女性が立っていた。

彼女は俺をじっと見つめ、その眼差しには、何か特別な意味が込められているように思えた。


???やぁ、君。突然だが、これくらいの石を見たことはあるかい?」


女性は手で大きさを示しながら、俺に話しかけてきた。その石のサイズは、まさに俺が拾ったものと同じくらいだった。胸の奥で警戒心が高まるのを感じながら、俺は答えた。


蒼空あぁ、見た……」


口から出た言葉には、戸惑いがにじみ出ていた。それを聞いた女性は、満足げに微笑み、さらに言葉を続けた。


???そうか、なら君に頼みがある。私達の組織に入ってくれないか?」


蒼空……なんだいきなり、宗教勧誘か何かか?」


俺は不審そうに眉をひそめながら答えたが、女性はその質問に対して静かに首を横に振り、落ち着いた声で答えた。


???違う、これは宗教勧誘とかではない。君、石を拾ってから不思議なことは起きていないかい?」


その言葉を聞いた瞬間、俺の心臓は強く締めつけられるような感覚に襲われた。


どうしてこの女性が俺のことを知っているのか?どうして石のことを知っているのか?疑問が次々と湧き上がったが、今はそれを追求する余裕もなかった。


蒼空あぁ、不思議なことは起きてる。それがどうした?」


声を抑えながら答えると、女性は口角を少しだけ上げ、鋭い目つきで俺を見つめた。


???簡単に言うと、その石を拾うと能力が使えるようになるの」


その言葉に、俺はしばし言葉を失った。彼女の言葉が、俺の中で真実味を帯びて響いてくる。


???どうせもう、学校へ行く気もないんだろう?」


女性は核心を突くように言い放ち、その冷静な言葉が俺の心にさらに重くのしかかった。


???……なら、私たちの組織に入ってくれないか?」


彼女の提案が、まるで罠のように響いた。だが、同時にその誘いには、俺が今いる場所から抜け出すための道が隠されているようにも感じた。


心の中で何かが揺れ動くのを感じながら、俺は彼女の言葉を静かに噛み締めていた。

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