第7話 如月湊の資質 その4

4月4日 17時00分 放課後


誰もいない教室に、僕は一人取り残されていた。窓の外から差し込む夕陽が、長い影を教室の床に落とす。机の上に肘をつき、頭を抱えるようにして、今日一日を振り返ってみる。心の中に渦巻くのは、解けない謎ばかり。


僕の資質って、一体何なんだ……)


自然とため息が漏れた。消しゴムが鉛筆に変わったり、麦茶が緑茶に変わったり……。頭の中でそれらの出来事がぐるぐると回っている。その正体が掴めず、心の中で不安が広がっていくのを感じた。


不意に、教室のドアが静かに開く音がした。その音にハッとして顔を上げると、そこに立っていたのは蒼空だった。彼の姿を見ると、少しホッとしたような気持ちが胸に広がる。


蒼空まだ考えてるのか?」蒼空の声が教室に静かに響いた。不登校なのに学校まで来てくれたようだ。


蒼空……」僕は彼の名を口にし、ゆっくりと体を起こした。椅子が軋む音が教室に響く。

蒼空は、僕の顔をじっと見つめた。彼の眼差しは、まるで僕の心を読んでいるかのように鋭い。


蒼空お前、まだ自分の資質が分からないのか?」


今日一日、色々考えてみたけど……」僕は息をついてから続けた。でも、何も分からなかった。不思議なことは何度もあったけど……」


蒼空不思議なことか……それは資質が無意識に出てしまっているんだろう。」


蒼空はゆっくりと頷きながら答えた。その落ち着いた態度に、僕は少し気持ちが和らぐのを感じた。


無意識に……?」僕は眉をひそめながら、蒼空を見つめる。彼の言葉の意味を考えながら、心の中に新たな疑問が生まれた。


蒼空そうだ、俺も同じ経験をしたことがある。」蒼空の声は、過去の記憶に染み込んだかのように、どこか遠くを見つめていた。


その言葉を聞いて、僕は思い切って質問を口にした。あぁ、それ、聞きたかったんだ。蒼空の資質って、一体何なんだ?」


蒼空は一瞬だけ微笑み、教室の窓から差し込む夕陽の光がその顔を照らした。


蒼空俺の資質は、『時の管理人ジャックザリーパー』。時間を1から10秒のランダムな時間だけ止めることができるんだ。」


…………その名前は付けなきゃダメなのか?」


蒼空当たり前だ。ペットに名前を付けるくらい当たり前だ。」


信じられない思いが胸に広がり、僕は彼の顔をじっと見つめた。蒼空は冷静な顔つきのまま、僕を見返してきた。


蒼空まぁ。例えば、そこにあるペンを俺に向かって投げてみろ。」


え?ああ……分かった……」戸惑いながらも、僕は机の上に置かれていたペンを手に取り、蒼空に向かって投げた。ペンは空中を舞い、蒼空の元へ向かう。


蒼空時の管理人ジャックザリーパー』 」


蒼空がその言葉を口にした瞬間、教室の空気が変わった気がした。蒼空の姿がふっと消え、ペンもまた消えてしまった。


どこへ行った……?」僕は思わず周りを見回す。


蒼空後ろだ。」


その声が聞こえた瞬間、僕は驚いて振り返った。蒼空が立っていて、手には先ほど投げたペンが握られている。彼は余裕の笑みを浮かべながら、僕の驚いた顔をじっと見つめていた。


僕はしばらくその場に立ち尽くし、蒼空の力を目の当たりにしたことで、ますます自分の資質に対する興味が募った。


彼の力は、僕の理解を超えるものであり、同時に自分の資質がどれほど恐ろしいものかを思い知らされたのだった。


あとさ、その資質に気づいた時ってどんな時だったんだ?」


気になっていることを、僕は蒼空に尋ねた。彼がどのように自分の力を見つけたのかを知りたかった。


蒼空は少し考え込んだ後、静かに話し始めた。


蒼空そうだな、初めて自分の資質に気づいたのは……確か……」


蒼空の視線が遠くに向かい、記憶の中を探るように少しだけ目を細めた。


蒼空それは、学校の屋上でのことだった。昼休みに、いつものように外の空気を吸おうと思って屋上に行ったんだ。空は澄んでいて、風が気持ちよかった。だけど、その日は少し違っていた。足元に、ぽつんと一つの石が転がっていたんだ。」


蒼空は手を前に差し出し、その時の光景を思い浮かべるように、ゆっくりと語り続けた。


蒼空その石は、小さな黄色い円盤状で、手のひらに収まるくらいの大きさだった。見た瞬間、なぜかその石に強く惹かれたんだ。まるで、俺を呼んでいるような気がしてさ……。」


蒼空の声には、どこか懐かしさと、同時に恐怖が混じっていた。その石に触れる瞬間を思い出し、彼は一瞬ためらいながら続けた。


蒼空ただの石じゃない。何か特別な力を持っているって、そう感じたんだ。それで、俺は石を拾って家に持ち帰ろうとした……。でも、その瞬間だった─── 」


蒼空その石に触れた瞬間、石が俺の手を貫いたんだ。まるで血管の中に無理やり何かが入り込んでくるような、激痛が走った。石が手から心臓まで突き刺さるように上がってきて、痛みは全身に広がっていった。」


蒼空痛みはあまりに激しくて俺はその場で気を失った。

どれくらいの間、意識を失っていたのかは覚えていない。でも、目が覚めた時には、痛みはすっかり消えていた。ただ、胸の奥に、何かが変わったという感覚が残っていた。」


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