第9話 二人の永遠の関係

 出発前日に、将が真琴の部屋に遅くやって来た。「明日、出発だね。一緒に空港へ行こう。」と将。「えっ?別々に行かないの?マスコミに写真でも撮られたら大変よ。」とびっくりして真琴が言う。「マコは迷惑?悪いことをしている訳じゃないから、俺は構わないよ。」とリキんで言う将。「私は、良いけど。前の北海道旅行の事も・・・貴方は有名人だし、人気商売なんだから、スポンサーなんかの問題が発生するんじゃないの?なんで、急にそんな事言うの?意味不明。どうしたのかな?将君?」とお道化て言う真琴。「良いじゃん。たまには、・・・チャレンジだよ。運を天に任せるってとこかな?」と言う将がウィンクする。

 翌朝、いつものタクシーが迎えに来て、二人で車に乗り込んで、空港へ向かった。マネージャーの配慮で本日、将が海外へ出かける事を上手く伏せる事が出来たようで、マスコミ関係者は空港には居なかった。幸いにして空港のTVの大画面でグラビアアイドルのアイと青年実業家の結婚が報道されていたから、芸能レポーターはそちらの報道で手が一杯だったのかもしれない。真琴は、(天は私達に味方したのね。運を天に任せるとか、将が言ったからドキドキしたけど、良かった)と思った。「チェッ!これでマコの事を公に出来ると思ったのに・・・残念だ」と真琴に悪戯な視線を送りながら呟く将。「もう、ドキドキしたわよ。もしマスコミが来ていたら、ファンの子達に変装を見破られた時の様に、またマネージャーなんかに成りすまして演技と言うものをしなくちゃいけないと思って、昨日は眠れなかったわ。フゥー意地悪なんだから将は。」と真琴がホッとして言う。

 二人は、無事にBL島に到着し、修復完了した前回宿泊した豪華なリゾートホテルにチェックインした。フロントには、見覚えのあるホテルマンが居た。二年前のテロ事件もあって、彼は私達の事を覚えていた。予約した部屋がスイートの1部屋だったので、彼は私達がハネムーンで訪れたと思い込んでいた。

 「流石、スイートだね。かくれんぼ出来るよ。ベランダからの眺めも素敵!バスルームからも海が見えるよ。」と、はしゃいでいる真琴。「かくれんぼ?って、幾つだよ?いい大人が・・・そこが可愛いけど・・・。」と微笑む将。荷をほどいて、ベランダの椅子に座り、二人で話す事無く、大自然の偉大さと美しさを眺めながら、そよ風を感じ、そのロケーションを包むような小鳥のさえずりや木々の葉の風音と穏やかな波音を聞き入って二人は不思議な世界へ迷い込んでいた。夕陽がもうすぐ沈む頃になって、やっと将が「散歩へ行かないか?そして、そのまま夕食にしようよ。」と言って、将と真琴は正装して部屋を出て行った。二人は、夕食の前にホテルの広大な庭で手を繋いで、夕陽が沈んでいく海を眺めながら歩いた。日本では、変装をしないといけないし人前で手を繋ぐことさえ出来ない事が、ここでは人目を気にせずに素直に出来る事に、二人はこの上なく幸福を感じていた。「マコ、俺は誰が何と言おうと、君と一生共に生きたいんだ。今は君にとって頼り無い奴かもしれないけど、俺が君を必要としているんだ。たとえ、今 君が俺を必要としていなくても、いつかは・・・君は俺を必要とするよ。きっと。こんな事を言ったらマコは戸惑うかもしれないけど、親父の代わりで無く。親父以上、俺はマコを愛している。それだけは信じてくれ。人それぞれ考え方が違う様に、愛し方も違うと思う。ただ俺の愛し方でマコを守るから。側に居てくれ、そして、マコの心を俺にさらけ出して欲しい。」と美しい澄んだ目で真琴を見つめて訴える将。その美しい目に吸い込まれそうで見とれてしまっている真琴が、暫くして、夕陽が沈んだ海に向かって言う。「ありがとう。今言える事は、この幸せな時を、将 貴方を失いたく無い。私は、相田将ショウでなく、大林将マサシが大好きよ。私には、貴方が必要なのよ。でも本当に私で良いの?もし、私を嫌いになったら、貴方の望む通りに別れる覚悟はあるわ。私は傷つかない。だって、大好きな貴方と時を共に過ごすことが出来たから・・・。何もしない後悔より、やってしまった後悔の方がどんなに楽か!私は知っているわ。もう、振り返らず、今を楽しみたい。どうかこれが、夢でありませんように・・・。怖いくらい幸せ。」と。将は、真琴を後ろから強く抱きしめ、二人で夕陽に染まった水平線と対照的に陽の沈んで暗くなっていく海を眺めた。「十年後も二十年後も いや 死ぬまでこうやって居たいね。俺たちは奇跡的な出会いをし、結ばれた。きっと、来世も二人とも結ばれるよ。来世ではお互いもっと早く出会いたい・・・。神様、また不思議な悪戯な魔法を掛けて下さい・・と願いたいよ。ね?マコ」と将が真琴の耳元で優しくかつ切なく囁く。

 二人は、ずーっと一緒に支え合って生きて行った。束縛し過ぎず、思いやりを忘れず、お互いを尊敬して愛し合った。二人のルールで年の差については、禁句としていたが、現実問題として将に子供を授ける事が出来ないという事があるので、真琴は常に不安と言う荷を背負っていた。

 真琴は将と同じ苗字になる事(入籍)だけは拒否し続けた。将もその件については諦めていた。真琴は、常に将に対して迷惑を掛けたくないと遠慮していたのかもしれない。やはり、淳や祥子への罪の意識なのかもしれない。将は、真琴が嫌がる事をしたくなかったから敢えて深くこの件については追及しなかった。将は、俳優として世間に認められ、仕事は順調でゴシップは何度かあったが、真琴は芸能には全く関心なく将を信じていたから気にする事は無かった。将はそんな真琴を変わらず愛し、仕事に集中できた。

 穏やかで時々スリルある生活が二十五年を迎える時、将は46歳、真琴は65歳。その年に、将は真琴を一生懸命介護していたが、そのかいもなく真琴は癌で亡くなってしまった。

 真琴は、容態が急変して将に最後の言葉を残す事も無く穏やかな顔で天に召されて逝った。将は極力病院に待機していたが、その時ばかりは、CM撮りの仕事で撮影現場に居た。マネージャーは、撮影中は彼に連絡をしないルールだったが、今回は、将からどんな状態でも病院から連絡が入ったら直ぐに教えてくれと言われていたし、彼も真琴とは将を通しての友人になっていた。だから、彼は、病院から将の携帯に連絡が入り、要件を聞いた途端、茫然として涙だけが流れていた。将は、照明調整で休憩中にマネージャーが青ざめて近づいて来て、真琴の急変を伝えた。彼は、プロとして演じ熟し、CM撮影は予定通りに終わった。電話を受けて2時間は経っていた。すぐにマネージャーの運転する車で病院へ向かった。そして、真琴の病室へ駈け込んで行った。真琴の顔には白い布が掛けられていた。将はその布を取り上げ、狂った様に涙を流し、「マコ、マコ、マコ・・、返事をしてくれ。目を開けてくれ。・・・・これから俺はどうしたらいいんだ?君が居ない人生なんて・・・寂しいよ・・・マコ。一人ぼっちにしないでくれ・・。」とベッドに横たわっている真琴にしがみ付いていた。そこへ、ドアをノックする音がした。「田代さん、看護士の織田です。入りますね。」と若い真琴の担当の看護士が入って来た。将は、慌てて涙を手で拭いドアの方を見上げた。「あの、これを奥さんから預かっておりました。もしもの事があったら、渡して欲しいと・・・。字を書く事が出来なかったので、病室で撮影したものです。どうぞ・・・」とその看護士が目に涙を溜めながら将にDVDを渡す。その看護士は急いで病室を出て行った。将は、ベッドで横たわる真琴を見つめて、テーブルの上にあるノートパソコンにDVDをセットして映像を見始めた。彼の前には、ベッドに横たわったままの冷たく青白く小さくなった真琴が居て、パソコンの中からは動いている、将が初めてクリスマスに贈ったピアスを付けた笑顔の真琴が現われて来た。「本日は晴天なり、本日は晴天なり・・あれ?マイクのテストじゃなかったわね。ウフッ・・。 ね、将? 今、貴方がこの映像を見ているという事は、私は死んでいるのよね。泣いてないでしょうね?泣かないで・・・お願い。貴方が泣いちゃうと、私、安心して天国へ行けないよ。ね、スマイルよ。私、貴方の笑顔が大好きなの。知っているでしょ?・・・将に出会って一緒に暮らせて本当に幸せだったわ。将も私と出会って、一緒に時間トキを過ごせて幸せだったでしょ? だから、泣かないのよ。貴方の寿命が尽きるまで、しっかりと生きてね。私は、貴方が生まれるまでの二十年間しっかり生きてきたからね。今度は貴方が、私が居なくてもしっかり生きていく番よ。また来世でお互い出会う為にね。でも、将・・・、もし好きなヒトが出来たら結婚してね。貴方に幸せになって欲しいの。でも、来世では私と一緒に居てね。あら、私、嫉妬しているのかしら?ウフッ・・・。これは私の我が儘なお願いだけど、私の灰の一部をあのBL島に蒔いて欲しいの。そして、もし貴方が一人だったら、BL島へ行ってあの美しい夕陽を見て欲しい、私も天国から降りてきて貴方と一緒に見たいわ。変な事言ってごめんなさいね。 ありがとう・・・愛してくれて・・・本当に将を・・・愛しています。See you 将・・・」と真琴は小さな画面の中で、病魔に侵されながらも懸命に微笑んで話していた。そんな彼女の目から涙が優しく頬を撫でる様に流れているのが見えた。そして、画面は真っ黒になり、消えて行った。病室は、安らかに眠ったままの真琴と孤独と言う涙の沼に引きずり込まれそうな将を包む様に真琴の香水がかすかに漂っていた。

 「マコ、死ぬ間際になってやっと我が儘を言ってくれたな・・・。もっと、我が儘になって欲しかったのに。畜生!すぐ後を追いたいと思ったのに、しっかり生きなきゃならないのか!・・・ 分かったよ。マコ。二人の約束だね。お前は、俺に愛していると殆ど口にしなかったけど、やっと愛していると言ってくれたね。でも、マコが俺を愛してくれていたのは充分わかっていたよ。でも、俺の方がもっともっとお前を愛しているんだよ。分かっているよな。マコ」と美しい目から涙が止まる事が出来ない将。「泣くなと言っておきながらマコも泣いていたじゃないか・・ズルいよ・・・」と冷たくなった真琴の頬を撫でる将。

 真琴は、65歳だったが、見た目は将とはあまり年の差を感じさせない、知的で、華美ではないが清楚な美しい容姿を保っていた。彼女は、彼から嫌われない様に女を怠らなかった。それは、努力と言うより、将に対する愛の証みたいなものであり、彼女の喜びでもあった。また彼女の知性と純情が彼女の美のベールとなり、彼女の大人の慎ましさ・エレガントさを一段と際立たせていた。また心は、将と出会った時と変わらずシャイで、独自のユニークさを持ち続けていた。

 将は、すぐに真琴と自分だけの墓を作り、真琴と並んで自分の名前も墓石刻んだ。将は46歳で、世間一般的には結婚相手候補は周りに多くいたが、将は全くその気になれなかった。二十五年と言っても二人で過ごした時間は現実には、もっと短い物であったが、他人には計り知れないほどの重厚な素晴らしい時間であったに違いない。将はその二人の素晴らしい時間を消したくなかった。来世でまた、真琴に出会う事を楽しみにしながら、また真琴に軽蔑されない様に自分の寿命までしっかり生きて行こうと決心する将であった。時には、どうしようもなく寂しい時は、真琴のベッドで彼女が付けていた香水を枕につけて、真琴に包まれている様に眠ることもあった。将は真琴の部屋をそのままにして、彼女の居た時間・空間をなくす事が出来なかった。世間からは、最後まで謎めいた実力派二枚目俳優として一目置かれて、俳優の仕事を全うした。将は無くなる61歳の年まで、毎年7月に真琴と出会ったBL島へ一人旅をした。しかし、BL島の夕陽を眺めている時は、真琴と二人並んで過ごしていた。「綺麗だね。マコ。今年もこうして君とこの夕陽が見られて嬉しいよ。」と将が隣の夕陽に染まるマコの顔を見る。その顔は、この地で出会った頃のマコだった。「そうね。綺麗ね。ここで出会って、将と言う美しい男を独り占め出来て、愛して・・愛されて・・幸せよ。」と真琴が夕陽を見つめて言う。「このまま時が止まって欲しい。マコは俺にとって、誰にも代わりが出来ない程、素敵な女神だ。真琴を独り占め出来て本当に幸せだよ。どうしようなく愛してるよマコ。もう俺にはマコとの約束を十五年間も守り続けたよ。もうそろそろいいだろう?マコ。」と真琴の微かな香水の香りを感じながら将も夕陽を見つめて囁く。


 二人は肉眼で認識する外見や、単なる常識と言う偏見でものを計る様に人を愛する事をせず、(世間と言う部外者が愚かと判断するであろう)魂の欲するまま愛し合った。誰もが心の奥深く隠し、忘れ去っている【純情】を呼び起こして大切な人に捧げていた二人。大切なものを見つける事は大変な事、そして、その大切なものをずーっと変わらず大切に想い続ける事の方がもっと大変なのかもしれない。

 将と真琴の二人は運命を素晴らしいものへと変えて行った。この二人の出会いが変える事の出来ない宿命ならば、淳・祥子・真琴そして、将のそれぞれの宿命がモツれ合って来世へ続く。

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