第8話 二人のこれから
将と辛い別れから、1ヶ月が過ぎ新年を迎えたある日、「ね、聞いた?相田将がグラビアアイドルのアイと女優の椎名美紀と二股を掛けているんだってよ」と秘書のeiが秘書仲間と噂話をしていた。「えっ?私は将がアイちゃんと別れて、歌手のミサキと付き合っているって聞いたよ。」とランチタイムにワイワイおしゃべりしていた。近くで経済新聞を読んでいた真琴は、「相田
「マネージャー、連ドラの撮影が本格的に始まる前に引越ししたいんだが・・。最近やけに、マスコミが自宅マンションで張り込みしやがって、近所迷惑になっているからな。良い物件ないかな?出来たら、最上階で分譲マンションの賃貸で、1フロアーに2軒のみのマンションで1フロアー全部借りたいんだ。2世帯住宅みたいな奴でも良いな。玄関が2つ有って、ペントハウス見たいのって無いかな?頼むよ。」と将がマネージャーに頼りにしてるぜと言う様に頼む。マネージャーは、「分かりました。社長と相談して探してみます。誰かと住むんですか?」と事務的に聞き返す。「とにかく頼りにしてるよ。お願いだ、探してくれ。迷惑かけないから。社長には上手く言ってくれ。」と将は珍しくマネージャーに素直に真剣に頼んだ。マネージャーは将の真剣な顔を見てびっくりしたようだったが、「分かりました。がんばってみます。」と言って、早速 携帯で知り合いの不動産会社数件へ電話していた。10日程して、将は幸運にも希望していた物件に遭遇する事が出来て、マスコミにばれない様に直ちに引っ越しをした。
真琴が忙しく残業を片付け、銀座でオフィスの仲間と遅い夕食を済ませ、自宅マンションへ到着したのが、23時30分になっていた。マンションの前にタクシーが1台停まっていた。客が一人座っている様で後頭部のシルエットが対向車のヘッドライトでクッキリと見えた。そのタクシーを通り過ぎ、マンションのエントランスへ入り、オートロックを解除して自動ドアを通り抜ける際、うしろから走りこんで来る足音が聞こえ、すぐ振り向くとそこには、サングラスの見覚えある若い男がドアをすり抜ける様に真琴の腕を掴んだ。「キャッ!」と真琴が目を見開いて大声で言う。「シー。俺、将だよ。」と将はサングラスを外しながら小さな声で言う。「びっくりさせないでよ。何?将。」と真琴が将につられて小さな声で尋ねる。「ここじゃ話せないから、部屋に入れてくれ。大事な話があるんだ。そんなに時間かけないよ。タクシーを待たせているから。マコお願いだ。」と将が焦りと必死さをにじませて言う。「仕方ないわね。変なことしないでよ。」と真琴が諦めがちに気だるく言う。「するかよ。久しぶりに会って言う言葉じゃないよな?」と少し気分を悪くする将。二人は、真琴の部屋のドアを開け中へ入るまで、周りの気配を気にしながら黙っていた。
「どうしたの?将」と真琴が部屋に入り、ドアを閉めるや否や尋ねた。「部屋に上がらせてくれないのかよ!」と将。「あっ、ごめん。どうぞ、お上がりください、お客様。」と真琴が茶化す。将は居間のラブソファに座る。「飲み物は何が良い?私は、お酒を飲んでいるから、お水を飲むけど。」と迷惑な客に対して敢えて無礼に振舞う真琴。「俺は要らない。すぐ帰るから。」と将。「そう」とミネラルウォーターを入れたコップを持ってテーブルを挟んで、将の前の床に座る真琴。「引っ越さないか?俺、引越ししたんだ。1フロアー借りたんだけど、広すぎて2軒分あるから、1軒をマコ用に取ってあるんだ。眺望最高で東京タワーが見えるぞ! 遠くにスカイツリーも見えるぞ。」と将が機関銃のようにしゃべる。「えっ?ちょっと待って。なんで、私が引越さなくちゃいけないのよ。」と酔ったせいか?ちんぷんかんぷんの真琴。「今度の土曜に運送会社が来るから、荷造りして引越ししてくれ。引越し手続きは、俺のマネージャーに頼んでいるから、マコの携帯に連絡が入るからな。以上」と将が立ち上がって玄関へ向かう。真琴は、ハッとして将の跡を追って玄関へ走り、「ちょっと待って。何なのよ?勝手に決めないでよ。ほっといてよ。将」と大声で言う。将は靴を履くのを止め、振り返り「マコ、言ったじゃないか?愛している人と一緒に居ないといけないって!俺はマコを愛しているんだ。マコは、俺が必要だろう?愛してるだろ? 違うとは言わせない。」と真剣な目で見つめながら真琴の腕を掴んで言った。真琴は酔いが吹っ飛んでしまい、今、自分の目の前で起こっていることは現実なのか?と混乱しながら、「いつ、愛していると言った? 勝手に決めつけないでよ。将、貴方は有名人なのよ。私と年齢も環境も価値観も違うのよ。冷静になって。今、いろいろマスコミに騒がれている様だけど、疲れているのよ。自宅へ戻って寝た方が良いわよ。無理よ。絶対、将は後悔すると思うよ。」と真琴が目に涙を浮かべて戸惑いながら言う。「将、ありがとう。その言葉だけで十分だから、もうこれ以上、私を苦しませないで・・・」と真琴は付け加えた。「俺は、親父とは違う。マコの側に居たいだけ、それ以上は望まないから・・・。マコを幸せに出来ないかもしれないけど、俺自身が幸せになりたいだけなんだ。迷惑かけないから、 頼むよ。気に入らなかったら、いつでも出て行って良いから。とにかく今を楽しもうよ。先の事はどうでもいいじゃないか?」と懇願する将。あまりにも目の前の美少年が可哀そうに見えて、「本当に我儘な人ね。そこまで言うんだったら・・・家賃を安くしてくれる?もし、住んでみて、嫌だったら出ていくからね。それでも良いのね。約束よ、将」と真琴の特有な冗談とも本気とも取れる言い回しで数分間の沈黙を破って言う。「えっ?それじゃーOKなんだね。良かった。ありがとう。愛してるよマコ」と将は無邪気に真琴に抱きついて言った。将が嵐の様にやって来て嵐の様に去って、真琴は部屋に一人ポツンとソファーに深く座り、先程の自分が言ったことを悔やんだ。「えっ?私、OKって言った?なぜそうなるのかしら?どうしよう。自分を苦しめる事になるのに。大変だわ。また、裏切られるかも?・・耐えられるかしら? 皆に隠し通すことが出来るかしら?助けて、淳。これは、貴方の仕業なの?貴方がやりたかったことを将にやらせているの?これで良いの? 神様、どうかお助け下さい。今まで、私は世間一般で言う悪いことはしておりません。どうしてこのような試練を与えるのですか?」とため息をつき独り言を漏らし、どうしてよいのか分からず混乱して、眠る事の出来ない真琴であった。
一方、(良かった。ヤッター! お袋許してくれよ。親父守ってくれ、俺がマコを守るから。これからどうなるか?分からないけど、とにかく、マコと一緒に居られるんだ。がんばるぞー!。今までの俺の生活が変われるんだ。)とハツラツとした将であった。
真琴は、将のこれまでにない強引さに圧倒され、戸惑いながらも密かな喜びを感じつつ引越しをさせられた。真琴の引越しから1週間が過ぎようとして、やっと二人はお互いの生活を軌道に乗せることが出来た。その最上階のフロアーは将と真琴の部屋だけが在り、お互いの玄関は別々でお隣り同士であった。もちろん、エレベーターは部屋の鍵が無いとそのフロアーに停まらないからマスコミ対策には万全だった。よって、真琴は友達を自宅へ招くことは出来なかった。二人の部屋のオーナーは、その2軒の部屋を二世帯住宅用に2軒の境の一部の壁を忍者屋敷の様なスライド式ドアに改造して、自由に内部から行き来が出来る様にしていた。二人の生活は、同棲と言うよりは、寮での共同生活の様であった。二人は生活時間が違うので、たまに一緒に夕食を取るくらいであった。夕食を部屋で一緒に取るときは、真琴の部屋のダイニングテーブルで真琴の手作り料理を二人で楽しく会話しながら取り、食後は将の部屋の東京タワーを望めるリビングへ移動して、大きなソファーに二人は少し距離を置いて座り、BGMを流し、コーヒーや紅茶などを飲みながら、将は台本や雑誌を見て、真琴は英字新聞や経済関連の本を読んで二人の時間を心安らかに過ごしていた。たまには、照明を薄暗くして、夜景をぼーっと眺めて二人で会話することもあった。この空間でお互いの温もりや気配を愛おしく感じるこの時間が二人をより一層強く繋いでいたようだ。24時に東京タワーのイルミネーションが消えると、決まって真琴が、自分が持って来たカップと本等をトレイに乗せて、将に「おやすみ」の挨拶をして自分の部屋へ戻るのであった。この真琴の行動は、将の仕事(台本を覚える事)を邪魔しない様にとの配慮から来ていた。 将はその真琴の気持ちを十分知っていたが、どうしても取り残されたように寂しさを感じていた。だから、おやすみの挨拶をする度に檻の中に閉じ込められた様に悲しげな顔をしてしまった。いつしか彼は、「おやすみ」と言う言葉でなく、「また明日・・」と言う言葉で別れの寂しさを再会の期待へと変えて言った。必ず明日会えるとは限らないが、将の気持ちを真琴は知っていた。二人で過ごせる時間は滅多に無かったが、お互いすぐ隣の部屋に居ると思うだけで幸せであった。もし、世間が二人の生活の事を知ったら、下世話なドロドロした想像のネタにされ、血祭りにされるだろう。でも、二人の関係は、特に前と変わって居なかったというか? 敢えて、将が真琴の事を気遣って二人の距離を大事にしていたのだろう。真琴がその事を感じ取って、将の純情を嬉しく思っていた。将は自分の満足の為に真琴と一緒に住むことを強行したのだが、真琴を傷つけることをしてはいけないと彼流の考えを持っていた。彼女を束縛せず、今まで彼女が生きて来た経験を無駄にしたくなかったし、彼女が自分に対して引け目を感じさせないようにしたいとも思っていた。彼女を誰よりも大切に思っていたし、その気持ちを思い続けることを固く決心していた。
将は、相変わらず仕事で留守にすることが多かったが、将は、帰宅の前にメールで『今から帰宅する。おやすみ、マコ』と連絡してくるが、夜中は、お互いの生活パターンが異なるので、真琴は送られてきたメールを見て、『お疲れ様、おやすみ』とシンプルに返信を打つだけであった。夜中に将の部屋から物音が聞こえた時は真琴はそっと自分の部屋のベランダに出て将が帰宅したのを確認する様に、将の部屋の明かりが付いているのを見て、真琴は「お帰りなさい。お疲れ様、将」とベランダで独り言を言って、将に会う事無く、自分のベッドに戻って眠りにつくことも何度もあった。今までのお互いの生活を変える事を嫌がる彼女だった。
ある時は、真琴が眠りについている時に将が真琴のベッドの側にボーと立っている事があった。真琴は、将に気付き「将?どうしたの?勝手に入らないでよ。」とびっくりして言って、ベッドサイドのライトを点けようとした。「明かりをつけないでくれ。お願いだ。何もしないから。隣で寝させてくれないか?眠れない。」と言って、真琴のベッドへ潜り込む様に将が入って来た。「うわっ!何するの?イヤ・・・。 将、汗びっしょりじゃないの。ちょっと待って。」と真琴は慌てて、ベッドから起き上がろうとすると、「行かないでくれ」と疲れ切って声を絞り出す将。マコは、側に掛けていたバスローブで将の髪や顔や首あたりを拭いてやる。「どうしたの?」と言いながら今度は将の髪を撫でる真琴。「このまま、じっとして居てくれ。」と言って、将は真琴の隣で真琴の方を向いて胎児が羊水の中で体を丸くする様にして目を瞑った。二人は静まり返った寝室のベッドの中で、ほのかに香る真琴の香水に包まれていた。真琴は黙って緊張しながら目を閉じていて、いつの間にか眠りについた。将は、母親の頭から真っ赤な血が噴き出ている夢でうなされ、真琴の側に居たい衝動に駆られてしまった。彼の仕事でのプレッシャーや大きな障害が母親に変貌して将を悩ませていたのかもしれない。将は、しばらくして真琴が眠っている間に自分のベッドへ戻って行った。この出来事は、将がアイドルから実力俳優へと変わる時期や彼が仕事でものすごく悩んでいる時に決まって起こる事となった。その度、真琴は驚かされながらも、何も言わず優しく将の髪を撫でるのであった。
4月に入り、将のゴシップもいつしか消えて行き、女性との噂が無く仕事も順調であったが、そんな将に今度はホモ説まで流れて来た。流石に、二人で夕食をする時にその話題が出て、お互い大笑いした。「噂って、面白いわね。将、貴方、今度はホモだって?うふふ・・」と真琴が噴き出すと、「何だよ。笑いの種かよ?知ってるじゃないか?そうじゃないって・・・俺はストレートだ!」と将が心外そうに言う。「私は、将がホモかどうか?は、知らないわよ。」とシラッと真琴が話を流すと、「そうか。そうだな。マコは、俺の裸は見て触ったけど、俺との行為自体はまだだよな。」とニヤッと将が真琴に挑戦的に視線を送りながら回りくどく言う。「え~。明日は忙しいの?」と真琴がオドオドしながら話を変える。「まだ、話は終わってないよ。マコはすぐ話を変えるんだから・・・。相変わらずシャイだな。」と将が優しく言うと、「何、言ってるの・・・。そうだ!ゴールデンウィークはどうするの?お仕事だよね?」と真琴は話を戻す事に抵抗を感じていた。「もう春の連ドラの撮影中だから・・・来年の6月までスケジュールが詰まっていて、去年の海外旅行や葬儀等で纏まったオフを取ったから今年は無理かもな。でも、二日くらいはオフは取れると思うけど。」と将が真琴の話に乗ってくれた。「そうなの。私は7月上旬から1週間くらいなら夏休み取れるかも。外国のクライアントなんて、サマーバケーションと言って1ヶ月から3ヶ月くらい休みを取るものね。羨ましいわ。」と真琴が明るく言うと、「来年の夏に二人でBL島へ行かないか?二人の出会ったあの島へ。どう?マコ」と将が言う。「えっ?来年の夏?将はいつも私をびっくりさせる事ばかり言うのね。でも、そこが好きだな・・・。そうね・・でも、またテロに巻き込まれたらどうしよう?」と将を驚かすつもりで真琴はお道化て言ったが、反対に将は真面目な顔をして「大丈夫だよ。今度は俺がマコを守るから・・・。それより、そこが好きって?全部が好きじゃないのかよ・・・?」と言う。ニコッと笑みをして、ペロっと舌を出す真琴。「さっきの話に戻るけど、行為を経験してみないか?」と将が熱い視線を送りながら真琴に言う。「行為?何の事?意味不明・・」と真琴は食べ終えた食器を片付ける為に椅子から立ち上がろうとした。将は、熱い想いを抑えきれなくなり、真琴の腕を取り、「もっと、側に居たいんだ。良いだろ?俺のベッドへ行こうよ。愛している。」と美しい目を潤ませながら言う。あまりにも将が美しい顔を悲し気に真剣に見つめて言うから、真琴は身体から力が抜けてドキドキしてそれ以上拒否する事は出来なかった。いや、真琴もここで密かに望んでいたが、同時にその時が来るのが怖かった。将と一緒に居られる夢の様な関係が一瞬にしてガラス細工が壊れるようになるのでは?・・・と。
(彼の周りに若くて素敵な女性が沢山いるのに、なぜこんな私と・・・恥ずかしい。比べられるんじゃ・・・でも、こんな私の側に居てくれるから、お礼のつもりで・・・彼の望む事を私は何でもしてあげないといけない・・・)と心の中で自分に言い訳しながら、将の言うままに手を引かれて彼の寝室へ入って行った。「お願い、部屋を暗くして・・・」と真琴は将に囁いた。しかし、寝室の窓のカーテンの隙間を通して東京タワーの暖かな明かりが二人のシルエットをほんの少し描いていた。
今までは、将は何度か一線を超える試みはしたものの、真琴が引き攣った顔をして話を紛らわしたり、彼のキスやハグを超えた熱いふれあいとなると、悲しい顔をして、身体が震えながら離れようとするので、彼女を大切にしたいという自分の全忍耐と彼女への愛情の競り合いに苦悩していた。(やっと今夜マコと一つに・・・この幸せが一生続きますように)と将は願った。将は彼女への熱く静かな愛情を直接に捧げた。真琴は(今、私は淳の生まれ変わりの将と結ばれている。淳、祥子 ごめんなさい。でも、いつか将は私に飽きてしまうだろう・・・)と彼から熱い愛情を受けながら混乱していた。真琴は、心の奥底に潜む不安と将への愛情と、将から与えられる幸福の深さに押し潰されそうになり涙を流した。将は、真琴の目から涙が流れているのを気付き、何も言わず優しく彼女の涙を手で撫でるように拭き、優しくキスした。将は、気高く優しさの女神の
翌朝、将が目覚めた時には隣に真琴が居なくて、飛び起きて彼女の部屋へ行ったが、真琴は居なかった。昨夜は夢だったのか?と不安に駆られて、うな垂れて自分の部屋のテーブルの上にふと目を留めると、メモに気付いた。《将、やっと目が覚めたかな?昨日はありがとう。無理しなくていいからね。仕事へ行って来ます。将の側に居るだけで幸せな真琴より》そのメモを見ながら微笑んで、「会社へ行ったんだな。居なくなったと思ってびっくりした・・。こちらこそ、ありがとう。本当に・・マコ。君はいつも不安がっているけど、俺の事を信じて欲しい。」と昨夜の事が気がかりで、ため息をつきながら独り言を言う将。自分より20歳も年上という事も、父親の愛した女である事は、彼の中には全くと言っていいくらい存在しなくて、彼女の心や性格や身体(肌の細胞や髪や爪の一つ一つ)や顔や声の全てが将の崇拝する美しい存在となった。《マコへ 俺はホモじゃなかっただろ?俺も仕事へ行ってくるよ。今日は順調にいけば26時で仕事は終わると思うけど。じゃーまたな。君に夢中なMO》と将は冗談気味にメモを書き、きっとこのメモをマコが読んで笑うだろうな?と想像しながら現場へ出かけた。
メモと言うラブレターを敢えて紙に残して、いつまでも続いて欲しいという願いを込めた。二人はお互いを束縛せず、時々お互いの心を癒しながら、誰からも邪魔されず二人の世界を築いて幸せな時を過ごしていた。
8月の終わりにようやく、将が社長に休暇を取れるように直談判して、休養を兼ねて北海道へ真琴と1泊二日で旅立つことになった。真琴は、二人一緒に空港へ移動するのは、マスコミなどを恐れて別々行動しようと提言する。「良いじゃないか。バレても俺は構わない。いつまでも若手のアイドルじゃないし・・・」と将が真琴の目を鋭く見つめながら言う。そして、真琴が言う暇を与えない様に将は言う。「折角、君と一緒に旅する為に時間を取ったんだ。余計なことを気にしたくない。良いだろ?いや、一緒に行くんだ!決まり!」将の強気の言葉に真琴は呆気に取られて、ポカンとしていたが、将の視線を避けるようにと遠くの外の風景に視線を投げかけていた。翌朝、二人はタクシーで羽田空港に到着した。「周りの人に騒がれないようにしないとな…二人の時間を邪魔されたくないからな・・・」と真琴に聞こえない様に呟く将。「あ・・・着いたわね。カウンターは何処かしら?」と真琴はボストンバックを抱えながら右左見ながら小走りに進む。後ろの方で「キャー。将じゃない?きっと将よ。」と3人の20代の女性グループが大きな声で言いながら、すごいスピードで追いかけてくる。
「不味い!バレちゃったな・・・仕方ないコソコソする事も無いし。な?マコ。」と将が真琴に悪戯な目をして囁く。「エッ?何言っているのよ!モー!」とそわそわと真琴は小走りにその場を去ろうとする。「待てよ。」と将が真琴の腕を握って静止させる。二人が小声で言い争っている所に、約20名ほどの女性達が大声で騒ぎながら走ってくる。
「相田将さんですよね?私、ファンなんです。」「キャー、握手してください。」と次から次へと女性達が大声で二人に雪崩れ込んでくる。
真琴は、(不味い。このままでは、旅行に行けなくなるわ。どうしょう・・・)と思っていると、「マネージャーさんですか?今からどこへ行くんですか?」と小太りの色白のボブヘアーの女性が真琴に話しかける。将は、女性達に囲まれて無理矢理に写真を撮られている。流石に慣れているとは言え、女性達のパワーに将もタジタジの様だ。そこで、「え・・・はい、マネージャーです。」と真琴はそのボブの女性に答える。「皆さん、ここは空港です。他の方のご迷惑になりますので、恐れ入りますが、そこまでとさせて頂きます。次の仕事の移動中ですので、申し訳ありませんが失礼します。」と大きな声で凛々しく 騒いでいる女性達に訴える。あきらめの悪い目の前の数人の女性達に「仕事に遅れますので・・・ハイ!終わりです。今後とも応援よろしくお願いします。」と真琴がマネージャーへ変身して言う。そこへ、空港の職員が2名駆け寄り、真琴が説明して、将と二人、無事にその場を離れる事が出来た。そして、北海道へ旅立った。機内で、「ね?いつ俺のマネージャーになった?びっくりしたよ。でも流石、キャリアウーマンだね?その服装は、本当にマネージャーにしか見えないな。頭が下がるよ。と言うか?女優になったら?」とニヤニヤ笑いながら冷やかす将。「失業したら、雇ってね?・・・でも服装は地味過ぎたかしら?」と微笑む真琴。(何で、俺はあの時、彼女はマネージャーじゃない。パートナーだと言えなかったんだろう?彼女は、このようになる事を予想してスーツ姿にしたのかな?)と心の中で自分に問いかける将。そして、自分の弱さを実感し、真琴にスマナイと思うばかりであった。(俺は、真琴を守るところか?俺が真琴に守られているじゃないか!あの頃と同じ、・・そうBL島の事件と一緒じゃないか?)と目を瞑り寝たふりをする将。真琴は、(なぜあの時、咄嗟とは言え、マネージャーの振りをしたんだろう?彼は私の事を嫌いにならないかしら?出しゃばってしまって、可愛げの無い女だな?私の方が人生のキャリアを積んでいるし、彼より世の中を知っているから、ついやっちゃった。ごめんね。将。)と思いながら隣で寝ている将の顔を見つめている。この出来事で二人の間に冷えた空気の層が薄く流れ込んでいた。将は、今まで以上に真琴に優しい視線を送る様になり、真琴は将に対してしゃしゃり出るようなことは無くなった。そして、彼女は、彼女なりに将の邪魔にならない様に、より一層気を使うようになった。
9月のある水曜日に、真琴が仕事を終えて、将と待ち合わせをしている青山のカフェへ急いでいた。いつものサングラスを掛け、帽子を深く被った将は丁度カフェの前で真琴と会い、そのカフェへ入ろうとすると、カフェの中から家族連れが出て来た。その家族連れの男が「真琴」と声をかける。「えっ?和幸」と真琴がとっさに声を出し、将に「先に入ってて、後から行くから」と引きずった笑みで言って将の背中を軽く押した。真琴に声を無意識にかけた和幸は、自分の後ろに居る赤ちゃんを抱いた妻の恵美に、「先に車に乗って待っててくれ。」と慌てて言う。恵美は、真琴に一礼をしながら真琴と和幸の間をすり抜けるように赤ちゃんを抱いて小走りに車へ向かった。
「元気そうだな。真琴」と和幸が複雑な笑みを浮かべて言う。「え~、元気よ。東京へ戻っていたの?子供が生まれたのね。」と真琴が気を使いながら言う。「あ・・4月に戻って来たけど、何せ、社内不倫で本社へ戻れず子会社へ出向だよ。十分世間から罰を受けているよ。でも、子供が出来て何とか幸せだよ。真琴は?さっきの男は彼氏か?幸せか?こんな事言う資格ないけどな・・。引越ししているし、携帯も変えているから、連絡取れないから心配していたんだ。」と真剣な目で真琴を見つめる和幸。「ごめんね。心配かけて、私は元気でやっているから大丈夫よ。早く行ってあげないと、奥さんと赤ちゃんが待って居るわよ。お幸せにね。」と微笑みながら言って、真琴はカフェの中へ入って行った。和幸は、まだ何かを言いたそうだったが、ため息をつき、家族が待つ車の方へ向きを変えて立ち去った。その間、将はカフェの奥のソファーに座って、知らない男と何か親密に立ち話しをしている真琴をジッと見つめていた。
「ごめんなさい、将。注文した?」と真琴が何も無かったように言う。「まだだよ。何にする?マコ」と言いながらメニューを差し出す。すぐに店員が来て注文を済ませた。将が店内でも相変わらずの変装のままなので、店員が胡散臭く思っている様だった。「やっぱり、変装とバレバレじゃないの?将。変装を変えてみたら?」と茶化す真琴。「彼は別れた旦那?エリートっぽい男だね。」と別世界に居るみたいに真琴の話と嚙み合わない将である。「えっ?そうよ。」戸惑う真琴。「もう子供が居るんだな。良くやるよな・・・。」とやや不機嫌に言う将。「赤ちゃんが出来たから別れたのよ。もういいじゃないの。過去は振り向かないの。」と他人事の様に言う真琴。「えっ?そうだったんだ。」と将が言うと、丁度定員が注文したドリンクを持って来た。その日は、二人で豪華にフレンチレストランの個室で夕食を取ったが、ずーっと、将の頭からカフェの前で元夫と会話している真琴の光景が離れなかった。自分の知らない大人の女の真琴がそこに居た。(俺は幸せだけど、マコは果たして幸せなのだろうか?俺の為にマコは自分を犠牲にしていないか?果たして俺は、マコをを幸せにしてやる器だろうか?マコは俺に満足しているのか?一方的に俺の要求ばかりで、彼女の欲している事を聞いているのか?)考えれば考えるほど、疑問と不安の渦の中へ引き込まれそうな気持になる将。「気分でも悪いの?大丈夫?」と無意識に眉間に皺を作っている将に覗き込む真琴であった。「何でもないよ。俺は元気だよ。だって、マコと一緒に居るからね。俺は幸せいっぱいだよ。マコは?」と真琴の顔を切なく見る将。余りにも美しく悲しげな顔で将が言うので、見とれてしまい、「何?急に。びっくり・・・。今言いたい事は、・・将の変装はどうにかならないの?って事かな?」と真琴が引きずりながら微笑んで言う。「まったく・・・。マコはすぐ話をはぐらかすんだからな。」と美しい瞳で切なく言う将。
将達は、いつも指名しているタクシーに乗り込んだ。また先程の嫉妬心がまた彼を襲い、カフェの前で真琴と会話しているあの男を殴りたい衝動に駆られた。真琴にそんな惨めな自分を知られたくなかった。だから、将は嫉妬心を追い払う様に、黙ったまま、ずーっと真琴の手を握って離そうとしなかった。マンションの手前でタクシーは停まり、真琴が先に降りて歩いてマンションの中へ入って行く。そのタクシーは、将を乗せたまま、すぐ走り出しマンション周辺を一周してマンションの前に停まった。今度は将が変装してタクシーから降りて、マンションへ入って行く。最上階にエレベーターが止まり、将が帽子とサングラスを外して降りて来た。真琴は元気の無い将を心配して自分の部屋に入らずエレベーターのドアの横に隠れて「わっ!」と大きな声で将を驚かした。「あっ!ビックリした!」と将が目を見開いて真琴に飛びついた。「キャー!何するのよ。ワッハッハ・・・」と大騒ぎの真琴。「これから、ずーっと一緒に居よう。言いたい事はちゃんと言ってくれよ。マコ」と言いながら、真琴を離そうとしない将であった。
将は相変わらず仕事が多忙で、雑誌の表紙を飾ったり、【抱かれたい男】としてランクインされる程、相変わらず人気があった。真琴は、相変わらず芸能に無関心だったが、意に反して将の噂話等の情報を秘書たちによって得ることがあった。もちろん、真琴と将の関係は本人たちとマネージャーしか知らない。
将が女性モデルと絡んだセミヌードの写真が載っている写真集が出版された時は、秘書達は大騒ぎで、真琴は無関心を装うのに苦労した。この時ばかりは、流石の真琴もその写真を目にした時は内心ショックであったが、時間が経つに連れて落ち着きを取り戻し、自分の心を説得するように丁寧に考え直した。その写真集の中に存在している相田将は私の大林将とは違う別人、芸術のオブジェだと思うようになった。いや正確には、そう思うように努めた。そして、将の仕事に対する熱意や完全主義に感心し、将のお陰でこの二人の秘密の生活が出来るのだと感謝した。二人の会話には、彼の仕事が話題に上る事はほとんど無かったのだが、ある時二人で将のリビングで寛いでいる時、将がその写真集をセンターテーブルに無造作に置いた。
「これ、この前撮った写真集なんだけど、見てみない?」と将が悪戯な目で言う。
「えっ?写真集出したの?」と写真集を手に取って見ながら言う。真琴はその写真集の中身を知っているから、初めて見る振りをするのが辛かった。「感想は?どう?マコ」と試すように将が尋ねる。「綺麗だね。凄いね、将は。仕事への熱意や完璧主義を感じるわ。わ、私には出来ない。尊敬しちゃう。」と戸惑いながら答える。「そう?そこに載っているコメントは相田将のもので、大林将とは違う・・・。編集者が作った物。」と少し元気ないと言うよりも、彼女の反応が予想していたモノと異なっていたので、少しがっかりした声で将が言う。そして、真琴はその写真集をテーブルに戻し何も無かったように自分が持って来た経済関係の書物に目を通す。実際は、真琴はその書物を読むというよりは、読む振りをして平静を装っていた。そして真琴は、将が自分に視線を向けているのを感じて気まずい思いをしていた。しかし、身体全身が重たく感じその場を去る事が何故か出来なかった。しばらくして、東京タワーのイルミネーションが消えて、真琴は動けない魔法が解けたみたいに、いつもの様に書物とティーカップをトレイに乗せ、将の部屋から立ち去ろうとした。彼女の後ろから、将が「嫉妬はしないのかよ?それだけか?」と元気なく小さな声で言う。「え?なんて言ったの?」と真琴は聞こえなかった振りをする。「嫉妬してほしかったのに。俺はお前の男じゃないのか?嫉妬するのは、俺だけか?」と9月の水曜のカフェでの出来事を思い出しながら、嫉妬に駆られて将が言う。真琴は、将の方に自分の背を向けたまま、「将は、私に嫉妬させたいからその仕事をしたの?違うでしょ?もう、将の前では服を脱げないわ。だって、そんな綺麗な女性と比べられるのは嫌よ。お願いだから、もうこれ以上惨めにさせないで。苦しめないで・・・。多くの人達が貴方の美しい身体を見ているのよね?・・ おやすみ。」と嫉妬心を覗かせた言葉をはいて自分の部屋へ戻る。そのリビングに一人残された将は、嬉しさと罪の意識の複雑な渦の中に沈んでいた。しばらくして、将が真琴の部屋へ入って来て、「嫉妬してくれて嬉しいよ。どうしても、マコの気持ちを確かめたくて・・・。困らせてごめん。こういうのは、仕事だから割り切って出来るんだ。俳優 相田将を通して表現して、大衆の娯楽の
将は、忙しくて一週間全く真琴と会わない時も有ったが、どんなに仕事が忙しくても真琴への愛情を忘れることは無かった。反って、真琴が居なくなるのでは?と不安になる事が多く、彼女に良くメールを打ち、自分の気持ちを告げ続けた。本当に携帯と言うものが存在してくれて助かったと思う将である。また、彼が着替えにマンションに戻っても、真琴が仕事で不在の時は、彼女の部屋にメモや花を置いて、彼女との距離が広がらない様に自分の存在を印した。
メールやメモ・花を受け取る都度、真琴は将に対してもっともっと感謝し、愛おしく思っていた。でも、彼との別れがいつか来るのだと言い聞かせながら自分が傷つくのを恐れていた。将の相手はこんな私で良い筈が無い。どうして?と常に疑問に思っているが自分から将のもとを離れる勇気は無かった。
年末から春までは、二人とも各々自分の仕事に追われて居て、お隣さん同士だが、一週間に1~2回ほど顔を合わすくらいであった。せっかくの12月のクリスマスも将が海外ロケ等で不在であったが、真琴は携帯で将を励まし、特に不満など何も言わなかった。真琴は静かに自分のペースで過ごしていた。将はそんな真琴に対して感謝すると同時に「さみしいから、一緒にいて欲しい。」と真琴に我が儘を言って欲しかった。だから、将は、何も言わない真琴に対して不満と言うよりは不安を感じ、クリスマスに沢山のバラの花やダイヤのピアスを贈った。来年の7月にBL島へ行く事を楽しみにしながら、寂しさ、不安や仕事の辛さの沼から這いあがるかの様に月日を別々に過ごす二人であった。
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