第7話 決別

結局は、以前行った表参道の懐石料理店へ待ち合わせすることになり、真琴は仕事の都合で30分ほど遅れて店に到着した。将は、すでに前回と同じ離れの部屋で待って居た。「お連れの方がお見えになりました。」と相変わらず上品な和服の店員が障子を開けて、真琴を部屋の中へ通す。「お待たせ。ごめんなさいね。仕事で急用が出来ちゃって。」とスーツ姿の真琴が恥ずかしそうに笑みを浮かべながら言う。

(母親と同じ年とは?マコは随分若く見える)と目の前の真琴を見た瞬間に思い、「久しぶり。腹ペコだよ、マコ」と、やんちゃに将が言う。真琴は「ごめんね。」と言うと同時に将が以前と全く変わらない対応をしてくれて少しほっとして嬉しかった。この前の病院での再会が嘘のような二人であった。料理が次から次へと運ばれて二人の会話も弾んで、真琴が姿勢を正して、「私ね。苗字が変わったから・・。田代にね。」と言う。「えっ?結婚したの?マコ」と将がびっくりしたように聞き直す。「えーっと。発表します。離婚しました。晴れて花の独身でーす。」と明るく真琴が言うと、将が、「ごめん。そうだよな・・。マコが独身のまんまっていうのもおかしいよな?そうか・・・。独身になったんだ・・・。おめでとう、って言っていいのかな?」と戸惑いながら将が言う。「気にしない。気にしない。おめでとうでしょう?こうやって、何も気にせずに将にも会えるしね。」とお酒が回ったのか?ふざけて、ウインクしながら真琴が言う。将が「そう言えば、病院では、びっくりしたよ。マコがお袋の親友で死んだ親父の初恋のヒトなんて・・・」と真琴の目をじっと見ながら挑戦的に投げかけて来た。「えっ?」と真琴はドキッとして甲高い声を発した。「でも、将は初対面の様にしていたから、私ドキドキだったわよ。」と続けた。「俺は俳優だから演技できるけど、マコも素人にしては良い演技してたよ・・・。」と将が笑い出した。「もうー!年上をからかわないでよ!将ったら!」と真琴も笑いながら言う。(話を変えられて良かった)と胸をなでおろす将。すると、将の顔が急に真面目になって「年なんて関係ないよ。マコは俺の命の恩人なんだから。」と言う。「命の恩人と言われてもね・・・。」と真琴が頭を傾げながら言う。「ね、前から聞きたかったんだけど。」と将が真琴に恥ずかし気に甘える様に問いかける。「何?なんでも言いたまえ・・ウッフン」と真琴は将にお道化て見せる。「あのさ、BL島で俺を助けてくれた時、俺の裸を見たよね?」と真琴の目を覗き込み、「マコからスェットウエアーを借りて外へ逃げてから記憶が余り無いんだ。避難したホテルでは、俺はちゃんと自分の下着と洋服を着ていたんだけど・・着替えさせてくれたのは、もしかして・・・マコ?」と探るような視線で将が尋ねる。「うーん、あの時は、・・必死で恥ずかしいとか?何とか思わず、とにかく将 あなたを助けたい一心で・・・。でも、ベッドのシーツで他の人から見られないようにしたから・・・。ごめんね。」と真琴は恥ずかしそうに将から視線を逸らして言った。「嫁入り前の身体を・・・じゃなくて、俺は男だから、嫁取り前の身体を見たんだ!」と将は冗談を言って、真琴から微笑みを取り戻した。「あの時、将の顔を見てとても懐かしく思ったのよ。なぜだろうと思っていたけど、今になって分かったわ。淳の子だからね。」と真琴がつい将の前で彼の父親の名を呼び捨てにした事に、ハッとした。「淳か?そう呼んでいたんだね。親父はマコの事を何で呼んでいたんだ?」と将がすかさず尋ねる。「マコかな?私の苗字はは田代で淳は玉木で、祥子は田宮で、出席簿順が3人続いて、席が近かったせいもあって、3人仲良かったな・・・。」と真琴は遠くを見る様に答えた。「マコと呼ぶところなんて同じだね。親父と。親父の事をお袋に聞いた事無いんだ。俺って親父に似ているんだって?」と将が真琴にこっちを向いてくれと言わんばかりに話を自分に向けた。「そうね。顔、しぐさ、声がそっくり。将を見る度にドキドキしちゃうわ。」と真琴は、将の事を気にせずに素直に言う。「マコは、親父の事好きだったんだね?どうして親父と結婚しなかったんだ?」と真琴に挑戦的に尋ねる。「えっ?色々あるのよ。人生は。もし私たちが結婚していたら、将は生まれてなかったのよ。でも、淳の事は今までで一番好きだったわ。祥子も私の大事な親友だったし。」と真琴。「今でも、親父の事好きなのか?」と将。「好きだった・・。過去は振り向かない様にしているのよ。何せ、私は離婚したばかりで、これからの先を見据えて行かなくちゃね。」と引きずった笑みで言った。今度は将が、「何で離婚したばかりなのにそんなに明るいんだ?変だよ。マコ」と話を変える。「えっ!言い辛いことを聞くわね?察してよ・・」とため息をつき、話を続ける真琴。「結局、・・愛していない男と結婚したからでしょ。将は、愛している人と、自分を愛してくれる人と結婚するのよ。愛している人と一緒に居なくちゃ駄目よ。絶対。自分の想いを愛している人に台詞みたいに言うのじゃなくて、自分の言葉で素直に言わなくちゃいけないよ。妥協は駄目よ。私みたいに、後でしっぺ返しが来るからね。この歳でキツイワよ~。」と真琴は淳の話がれてホッとしながらも、将に幸せになって欲しいと願いながら話す。「大丈夫だよ。俺は。でもマコは強いからまだまだこれからだよ。もし、駄目になりそうなときは、俺が居るよ。元気付けてやるよ。」と将が優しく言う。真琴は、今 目の前にいるのが淳じゃないか?と勘違いする程、かつて淳が真琴に言った言葉と同じ事を言われた。「ありがとう。淳。私は強くないよ。いつも強がっているだけだよ・・・」と涙が流れてきて、下を向いて言った。「淳?俺は将だよ。そんなに親父の事が忘れなれないのか?」と将。「あっ、ごめん。同じことを昔、貴方の父親に言われたことが有って、動揺しただけ。本当に失礼なことを・・私は。」と真琴が目に涙を溜めながら言って将の方を見ると、もうすでに将が真琴のすぐ前に近づいていた。将は真琴の頬を流れ落ちる涙を親指で拭ってあげて、自分の唇を彼女の唇に優しく重ねた。「何?駄目よ。将」と真琴が顔をそらした。「親父だったら、良いのか?俺じゃ駄目なのかよ。」と将が悲しそうに言う。真琴は、(将は俳優だから、これが演技かもしれない。私みたいな母親と同じ年の女を相手にする筈が無い)と思った。でも、そう思う一方で、(将が本気で私の事を愛してくれたら・・・)と願う思いもあった。二人の雰囲気が一変してブルーに染まり気まずくなって、その日は、そのまま別れてしまった。真琴は、もう将からメールは来ないだろう。これが最後かもしれないと思いながら、将が手配してくれたタクシーで自宅へ戻った。一方、将は、(なんでこんな終わり方をして別れたんだろう。こんな筈じゃ無かったのに。勝手に身体が動いてマコにどうしても触りたくなってしまう。マコは、もう俺に会いたくないのかもしれない。台本があるとスラスラ言えるのに。どうして自分の気持ちを正直にマコにぶつけることが出来ないんだろう?結婚していたのもびっくりしたけど。それに関する問題は解消されているし、年は関係ないし、お袋の親友でも、親父の初恋の女でも別に関係ないし・・どうしても好きな女に一歩踏み出せないよな・・・。でも、このままじゃーいけない。きっと・・・)と思いながら、自宅マンションへ戻った。母親から与えられなかった愛を求めて、自分の父親の事を知りたくて、真琴を求めたのか?将は自分でも分からなかった。今までは、計算して物事を判断し行動していた将は、真琴に関してはどうすることも出来ない本能で行動していた。自分自身が歯がゆくて、地団駄踏む将であった。そんな自分は真琴を本当に愛してしまったと確信した。


 その2週間後、将はドラマの撮影で実家のある岐阜へ行くことになり、久しぶりに実家へ寄ることにした。将は、「ただいま、お袋。」と声をかけると、 「お帰りなさい。マサシ」と言う元気になった母親の姿を見た。「お袋、元気になったね。良かった。・・親父オヤジは?」と将は尋ねた。「私は大丈夫だよ。心配かけたね。お父さんはなるべく早く帰ってくると言っていたけど、9時ごろになると思うけどね。」と母親は答える。その母親の顔を見ると、何故か真琴の顔が浮かんで来て、急に母親に自分の気持ちを語らなくてはと覚悟みたいな衝動に駆られて、「それじゃー今、お袋に言っておきたいことが有るんだけど・・・」と将は、居間のソファーに座り、まじめに話し出した。

「何?結婚したい人が出来たの?」と母親は、親の感で言った。「うーん、近いかな?実は、お袋が東京で入院して見舞いに来た真琴さんとは、初対面じゃ無かったんだ。彼女は、俺がBL島のテロ事件に巻き込まれた時の命の恩人なんだよ。彼女が居なかったら、生きていなかったかもしれない。」と将が力強い視線を母親に送りながら言う。「えっ?、真琴がお前の命の恩人?」と母親はびっくりして目を大きく見開いたままだった。将は続けた。「そう、そうなんだ。彼女とは、不思議な縁で、今も会っているんだ。お袋の親友で、死んだ親父の初恋のヒトなんて言うのも驚いたけど。でも、彼女の事は大切にしたいと思っているんだ。彼女は最近、離婚して、俺が彼女を支えてやりたいんだ。」

「何で、真琴なの?将まで・・・。正気に戻りなさい、将。真琴はお前より20歳も年上よ。今は良くても、お前が40歳の男盛りの時には、あの女は60歳のおばあちゃんよ。信じられない。真琴は、淳だけでなく将まで私から奪うの? お前のお父さんは、死ぬ直前に、あの女の名を呼びながら逝ってしまった。真琴は、お前じゃない、淳の面影を見ているだけでお前に近づいているだけだよ。許せない。真琴・・どうして・・・。昔からお前を見る度に、死んだお父さんを思い出し、そして同時にあの女の事を思い出してしまう。母さんは、結婚は反対よ。絶対に。」と母親は目を見開いたまま力強く言った。

「早合点するなよ、お袋。まだ結婚なんて言って無いだろう?下世話なことを言わないでくれよ。俺たちは、そんな仲じゃないんだ。ただ、大事なヒトなんだ。お袋は、マコの事を憎んでいるんだな?そして、俺が死んだ親父に似ているから、親父とマコの事を思い出して俺に冷たくしたんだな? 今の親父を気にして冷たくしているとばっかり思っていたけど違っていたんだ。」と拳を握り、自分の母親に反感を覚える将。「マコって?・・・あんたには、辛くあたって、すまないことをしたと思っているよ。真琴から淳を奪った罪とは言え、酷過ぎる。今度は息子を奪おうと真琴はしている・・・。」と母親が嘆いて狼狽している声でひとり事の様に言う。「お袋、違うよ。マコは俺の気持ちを知らないんだ。俺の一人相撲かもな?彼女は俺の気持ちを知ったら、逃げちゃうかもしれない。でも、いつまでも彼女といたい気持ちは変わらないよ。例え、お袋が反対しても・・・親父がマコの事を幸せに出来なかった分、俺が幸せにしてあげたいんだ。遺伝かな?だって、俺は親父と良く似てるんだろう?お袋。」と将は優しく母親に言った。母親は、無言で居間から立ち去り、夕食の用意を始めた。将は、ソファーに座ったまま、どうして今、母親に自分の気持ちを打ち明けたんだろうと後悔していた。一方、台所にいる祥子は、(許せない、真琴。淳、どうして・・将に真琴を逢わせたの?そんなに私の事を許せないの?)と複雑な思いのまま、手を止める事無く夕食の用意を続けた。すると、目の前が真っ暗になって耳鳴りがして気が遠くなり、台所で祥子は倒れてしまった。ドスン!と凄い音を立てた。その音を聞きつけ、将が台所へ飛び込んできた。母親が台所で倒れ、頭をテーブルの角で打ったようで、頭から多量の真っ赤な血が飛び散り続けていた。

 将がすぐに救急車を呼んだにもかかわらず、祥子は打ち所が悪くそのまま息を引き取った。将は、病院で母の死に顔を見て、父親と交代する様に撮影現場へ移動した。母親との関係は良い物じゃ無かったけど、実の親の死はそれなりにショックだった。しかし、仕事は迷惑かけずにやり通した。そして、撮影が終わって、他のスタッフ、彼のマネージャーは帰京した。将は真琴に対する気持ちを心の奥隅に追いやって、現在の父親と共に葬儀等を忙しく、事務的に行事をこなしながら時間を消化していた。(どうして、あの時にマコの事をお袋に打ち明けたんだろう?親父が言わせたのか?なぜだ?)将は混乱しながら、葬儀に家族の一員として参列者に対して落ち着いた様に装っていた。そこへ見覚えのある姿が近づいて来て、懐かしく恋しく思う顔が・・・真琴が参列していた。真琴は白いハンカチを目に当てながら焼香していた。彼女の礼服姿は、スラっとして凛としたクールさを感じさせていたが、彼女の後姿から女のか弱さを垣間見たようである。真琴は正面の祥子の遺影を見つめていた。将は、真琴に抱きついて泣きたい気持ちで一杯だったが、その場を離れる事は出来なかった。焼香を済ませて、参列者の椅子に座って、数珠を握りしめて、やっと将の存在に気づいた。将は真っ黒のスーツで普段のオーラを消すように伏し目がちに視線を落としていたが、返ってそのシックな様相が彼の氷の様に凍った端正な顔の美しさを光らせて、普段よりずっと大人に見え、近寄りがたいものにしていた。幸いにして、マスコミに知られる事無く静かに祥子をおくる事が出来て良かったと真琴は思った。その時、将が真琴の方をチラッと見た。その瞬間、真琴も将の悲し気な目を見て、まるで自分がその視線で凍ってしまいそうに感じた。昔、故郷を離れる時の淳の目とそっくりであった。真琴は、その時を回想した。(どうして、あの時自分の気持ちを打ち明けられなかったのか? 淳の後ろには、必ず祥子の姿があった。私を悲し気に見つめた淳の涙で一杯になっていた目は、私に何を告げようとしていたのか?その時は分からなかったが、今になって、分かった。It’s too late・・・ごめんね。)真琴は、今、祥子の葬儀に参列しているにも関わらず、淳や将の事を思っている自分に気づき、祥子が睨んでいるように感じて彼女の遺影を見られなくなった。


 翌日、将から真琴にメールが届いた。

『昨日は参列してくれてありがとう。お袋も喜んでいるよ。落ち着いたら、東京で会って欲しい。MO』

真琴は、もう彼とは会う事は無いだろうと思っていたら、祥子の訃報フホウが良美から届いたので、将の事を忘れて祥子の葬儀に参列した。実際、葬儀で将に再会して真琴は彼に対しての熱い想いを再確認した。だから、そのメールを受け取り、本当に戸惑った。

『本当に、大変だったわね。私も、祥子が亡くなったなんて信じられないわ。とても私もショックよ。また、会いたいけど。もう、私なんか相手にしない方が良いと思うけど。mo』と将に返信を打つと、すぐに将から 『本当にマコに会いたいんだ。あんな別れ方をしたままで嫌だよ。お願いだから・・・。moじゃなくて、mtだろう?また、メールするよ。おやすみ。MO』メールが到着した。


それから、二週間が過ぎ、将の真剣な切望する誘いを真琴は愛おしく感じられ、断ることが出来ず、いつもの表参道の懐石料理店で会う事となった。将は、いつもの明るさは無く、言葉少なく、真琴が「まだ、祥子の事で落ち込んでいるだろうけど、元気出して。きっと将が元気にしていたら、祥子も天国で喜ぶわよ。」と言うと、将が涙を目に一杯に溜めながら真琴に近づいて来た。「どうしたの?将」と真琴が言うと、「抱きしめさせてくれ。お願いだ。マコ」と言って、涙を流している様で、真琴の胸に顔を埋めた。その将の行動で、心臓の鼓動が大きくなるのを聞かれるのでは?と動揺する真琴は、一方で男の涙も綺麗なものだと思いながら将の顔を少し笑みを含めて見つめた。「お袋は、俺が殺したのも同然なんだ。」と将が言いながら、顔を上げた。

「何ですって?」と真琴がびっくりして聞き直す。「お袋が倒れる直前にマコの事を話したんだ。マコは俺にとって大事なヒトで、いつもマコのそばに居たい。と言ったんだ。お袋は相当びっくりしていたよ。それが原因かもしれない。」と将は真琴の胸に着いた自分の涙の跡を見つめて言った。「えっ、そんな事を祥子に言ったの?私は将とはそんな関係じゃないけど・・・。でも、祥子は倒れて頭を打って、多量出血によるショック死だったんでしょ?貴方の責任じゃないわ。たまたま、貴方が居合わせただけよ。祥子も貴方に最後に会えて良かったと思っているはずよ。自分をそんなに責めないで。将」と真琴は祥子の顔を思い出しながら将の頭を撫でながら言う。「マコにとって、俺は何なんだ。そんな関係じゃ無いと言われる様な単なる知り合いなのかよ。こんなに好きなのに。」と将は言いながら真琴の胸にまた顔を埋めた。真琴は、「今日だけは、私に甘えて良いわよ。ショックだったのね。偶然とは言え、将との出会いは、運命の悪戯でも酷過ぎるわね。こんな気持ちは、・・・」と真琴が言い切る前に、将の唇が真琴の胸元から這いあがって来て、真琴の唇を塞いだ。真琴は気が遠くなるような優しく長い口づけだった。そして、将の手が真琴の胸を包む様に這って来た時、真琴ははっとして、「二人とも酔いが回ったみたいね。はい、それまで。もう会わない方が良いわね。祥子は私と将が付き合う事すら嫌がっていたでしょう?貴方は、淳に良く似ているから・・・」と真琴は将の目をみずに感情を伏せて話した。

「もうお開きにしましょう?今日は私にご馳走させて。これを最後にしましょうね。将」と真琴は言う。「いや、ここは、俺の行きつけの店だから良いよ。最後にするのかよ。逃げるのかよ。そうやって、親父からも去って行ったのかよ。」と怒りに似た声で真琴を強く見つめて将が言う。「逃げる?何それ?そう思えば良いわよ。そう~私は、淳の事が忘れられないのよ。将、貴方じゃないのよ。きっと・・・さようなら」と真琴は目に涙を溜めながら逃げる様に部屋を出て行った。真琴は、将が彼女の為に手配していたタクシーに乗らず、12月の夜の街に消えて行った。街はクリスマスシーズンで賑やかであったが、それが反って真琴の悲しく苦しい心を傷つけ、冷たい風が彼女の心の中を渦巻いた。真琴は、歩きながらふと足を止めて、夜空を見上げて(祥子、これでいいでしょ?貴方が望んでいたことでしょう? きっと、祥子は私を憎んだでしょうね。ごめんね。貴方と淳の子とは知らなかったのよ。本当に許して・・・。そして、将、許して、私は本当は貴方 将を愛しているわ。淳じゃなくて貴方を。この説明できない苦しさと切なさが・・・私を締め付けてくる。分かって、将。世界が違うし、年も違い過ぎる。世間では認めて貰えないよ。無理よ、駄目なのよ・・・。)と夜空の星に複雑な想いを馳せた。


 一人、部屋に残された将は、今しがたまで真琴が座っていた座布団の温もりを右手の平で受け止めながら、「どうして、どうして、また、こうなっちまうんだ。」と悲しそうに独り言をポツリと言って座布団を強く握り締めた。目の前に真琴の顔が浮かび、その後を追う様に母親の顔が浮かんで来た。「お袋、お願いだから、親父だけじゃなくて俺にまで邪魔をするのかよ。・・・俺は、親父とは違う。きっとマコを・・・」と将は頷きながら腹の底から絞り出す様な声で言う。

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