第7話 決別
結局は、以前行った表参道の懐石料理店へ待ち合わせすることになり、真琴は仕事の都合で30分ほど遅れて店に到着した。将は、すでに前回と同じ離れの部屋で待って居た。「お連れの方がお見えになりました。」と相変わらず上品な和服の店員が障子を開けて、真琴を部屋の中へ通す。「お待たせ。ごめんなさいね。仕事で急用が出来ちゃって。」とスーツ姿の真琴が恥ずかしそうに笑みを浮かべながら言う。
(母親と同じ年とは?マコは随分若く見える)と目の前の真琴を見た瞬間に思い、「久しぶり。腹ペコだよ、マコ」と、やんちゃに将が言う。真琴は「ごめんね。」と言うと同時に将が以前と全く変わらない対応をしてくれて少しほっとして嬉しかった。この前の病院での再会が嘘のような二人であった。料理が次から次へと運ばれて二人の会話も弾んで、真琴が姿勢を正して、「私ね。苗字が変わったから・・。田代にね。」と言う。「えっ?結婚したの?マコ」と将がびっくりしたように聞き直す。「えーっと。発表します。離婚しました。晴れて花の独身でーす。」と明るく真琴が言うと、将が、「ごめん。そうだよな・・。マコが独身のまんまっていうのもおかしいよな?そうか・・・。独身になったんだ・・・。おめでとう、って言っていいのかな?」と戸惑いながら将が言う。「気にしない。気にしない。おめでとうでしょう?こうやって、何も気にせずに将にも会えるしね。」とお酒が回ったのか?ふざけて、ウインクしながら真琴が言う。将が「そう言えば、病院では、びっくりしたよ。マコがお袋の親友で死んだ親父の初恋の
その2週間後、将はドラマの撮影で実家のある岐阜へ行くことになり、久しぶりに実家へ寄ることにした。将は、「ただいま、お袋。」と声をかけると、 「お帰りなさい。
「何?結婚したい人が出来たの?」と母親は、親の感で言った。「うーん、近いかな?実は、お袋が東京で入院して見舞いに来た真琴さんとは、初対面じゃ無かったんだ。彼女は、俺がBL島のテロ事件に巻き込まれた時の命の恩人なんだよ。彼女が居なかったら、生きていなかったかもしれない。」と将が力強い視線を母親に送りながら言う。「えっ?、真琴がお前の命の恩人?」と母親はびっくりして目を大きく見開いたままだった。将は続けた。「そう、そうなんだ。彼女とは、不思議な縁で、今も会っているんだ。お袋の親友で、死んだ親父の初恋の
「何で、真琴なの?将まで・・・。正気に戻りなさい、将。真琴はお前より20歳も年上よ。今は良くても、お前が40歳の男盛りの時には、あの女は60歳のおばあちゃんよ。信じられない。真琴は、淳だけでなく将まで私から奪うの? お前のお父さんは、死ぬ直前に、あの女の名を呼びながら逝ってしまった。真琴は、お前じゃない、淳の面影を見ているだけでお前に近づいているだけだよ。許せない。真琴・・どうして・・・。昔からお前を見る度に、死んだお父さんを思い出し、そして同時にあの女の事を思い出してしまう。母さんは、結婚は反対よ。絶対に。」と母親は目を見開いたまま力強く言った。
「早合点するなよ、お袋。まだ結婚なんて言って無いだろう?下世話なことを言わないでくれよ。俺たちは、そんな仲じゃないんだ。ただ、大事な
将がすぐに救急車を呼んだにもかかわらず、祥子は打ち所が悪くそのまま息を引き取った。将は、病院で母の死に顔を見て、父親と交代する様に撮影現場へ移動した。母親との関係は良い物じゃ無かったけど、実の親の死はそれなりにショックだった。しかし、仕事は迷惑かけずにやり通した。そして、撮影が終わって、他のスタッフ、彼のマネージャーは帰京した。将は真琴に対する気持ちを心の奥隅に追いやって、現在の父親と共に葬儀等を忙しく、事務的に行事をこなしながら時間を消化していた。(どうして、あの時にマコの事をお袋に打ち明けたんだろう?親父が言わせたのか?なぜだ?)将は混乱しながら、葬儀に家族の一員として参列者に対して落ち着いた様に装っていた。そこへ見覚えのある姿が近づいて来て、懐かしく恋しく思う顔が・・・真琴が参列していた。真琴は白いハンカチを目に当てながら焼香していた。彼女の礼服姿は、スラっとして凛としたクールさを感じさせていたが、彼女の後姿から女のか弱さを垣間見たようである。真琴は正面の祥子の遺影を見つめていた。将は、真琴に抱きついて泣きたい気持ちで一杯だったが、その場を離れる事は出来なかった。焼香を済ませて、参列者の椅子に座って、数珠を握りしめて、やっと将の存在に気づいた。将は真っ黒のスーツで普段のオーラを消すように伏し目がちに視線を落としていたが、返ってそのシックな様相が彼の氷の様に凍った端正な顔の美しさを光らせて、普段よりずっと大人に見え、近寄りがたいものにしていた。幸いにして、マスコミに知られる事無く静かに祥子をおくる事が出来て良かったと真琴は思った。その時、将が真琴の方をチラッと見た。その瞬間、真琴も将の悲し気な目を見て、まるで自分がその視線で凍ってしまいそうに感じた。昔、故郷を離れる時の淳の目とそっくりであった。真琴は、その時を回想した。(どうして、あの時自分の気持ちを打ち明けられなかったのか? 淳の後ろには、必ず祥子の姿があった。私を悲し気に見つめた淳の涙で一杯になっていた目は、私に何を告げようとしていたのか?その時は分からなかったが、今になって、分かった。It’s too late・・・ごめんね。)真琴は、今、祥子の葬儀に参列しているにも関わらず、淳や将の事を思っている自分に気づき、祥子が睨んでいるように感じて彼女の遺影を見られなくなった。
翌日、将から真琴にメールが届いた。
『昨日は参列してくれてありがとう。お袋も喜んでいるよ。落ち着いたら、東京で会って欲しい。MO』
真琴は、もう彼とは会う事は無いだろうと思っていたら、祥子の
『本当に、大変だったわね。私も、祥子が亡くなったなんて信じられないわ。とても私もショックよ。また、会いたいけど。もう、私なんか相手にしない方が良いと思うけど。mo』と将に返信を打つと、すぐに将から 『本当にマコに会いたいんだ。あんな別れ方をしたままで嫌だよ。お願いだから・・・。moじゃなくて、mtだろう?また、メールするよ。おやすみ。MO』メールが到着した。
それから、二週間が過ぎ、将の真剣な切望する誘いを真琴は愛おしく感じられ、断ることが出来ず、いつもの表参道の懐石料理店で会う事となった。将は、いつもの明るさは無く、言葉少なく、真琴が「まだ、祥子の事で落ち込んでいるだろうけど、元気出して。きっと将が元気にしていたら、祥子も天国で喜ぶわよ。」と言うと、将が涙を目に一杯に溜めながら真琴に近づいて来た。「どうしたの?将」と真琴が言うと、「抱きしめさせてくれ。お願いだ。マコ」と言って、涙を流している様で、真琴の胸に顔を埋めた。その将の行動で、心臓の鼓動が大きくなるのを聞かれるのでは?と動揺する真琴は、一方で男の涙も綺麗なものだと思いながら将の顔を少し笑みを含めて見つめた。「お袋は、俺が殺したのも同然なんだ。」と将が言いながら、顔を上げた。
「何ですって?」と真琴がびっくりして聞き直す。「お袋が倒れる直前にマコの事を話したんだ。マコは俺にとって大事な
「もうお開きにしましょう?今日は私にご馳走させて。これを最後にしましょうね。将」と真琴は言う。「いや、ここは、俺の行きつけの店だから良いよ。最後にするのかよ。逃げるのかよ。そうやって、親父からも去って行ったのかよ。」と怒りに似た声で真琴を強く見つめて将が言う。「逃げる?何それ?そう思えば良いわよ。そう~私は、淳の事が忘れられないのよ。将、貴方じゃないのよ。きっと・・・さようなら」と真琴は目に涙を溜めながら逃げる様に部屋を出て行った。真琴は、将が彼女の為に手配していたタクシーに乗らず、12月の夜の街に消えて行った。街はクリスマスシーズンで賑やかであったが、それが反って真琴の悲しく苦しい心を傷つけ、冷たい風が彼女の心の中を渦巻いた。真琴は、歩きながらふと足を止めて、夜空を見上げて(祥子、これでいいでしょ?貴方が望んでいたことでしょう? きっと、祥子は私を憎んだでしょうね。ごめんね。貴方と淳の子とは知らなかったのよ。本当に許して・・・。そして、将、許して、私は本当は貴方 将を愛しているわ。淳じゃなくて貴方を。この説明できない苦しさと切なさが・・・私を締め付けてくる。分かって、将。世界が違うし、年も違い過ぎる。世間では認めて貰えないよ。無理よ、駄目なのよ・・・。)と夜空の星に複雑な想いを馳せた。
一人、部屋に残された将は、今しがたまで真琴が座っていた座布団の温もりを右手の平で受け止めながら、「どうして、どうして、また、こうなっちまうんだ。」と悲しそうに独り言をポツリと言って座布団を強く握り締めた。目の前に真琴の顔が浮かび、その後を追う様に母親の顔が浮かんで来た。「お袋、お願いだから、親父だけじゃなくて俺にまで邪魔をするのかよ。・・・俺は、親父とは違う。きっとマコを・・・」と将は頷きながら腹の底から絞り出す様な声で言う。
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