第5話 行き違いのお互いの苦しみと葛藤
将と食事をして一ヶ月が過ぎた9月の第2土曜日になり、真琴は今回初めて東京で開催される高校の同窓会に出席した。そこには、懐かしい顔が居たし、風貌が変わり過ぎて見慣れない顔もあった。真琴は、家庭の事情で高校三年の二学期に転校したので、今回、良美以外の同窓生と会うのは二十年ぶりである。「祥子でしょ?私、真琴よ。久しぶり!元気だった?」とあの頃と変わらない親友を見つけて駆け寄った。「マ、真琴? ・・久しぶり。そっちこそ元気?」と祥子は引きずった笑みで答えた。「見ての通り、元気よ。淳は?来てないの?」と明るく真琴は祥子に尋ねた。一瞬にしてその周りの友達が黙り込んで、その場の雰囲気が暗く染まった。隣に居た同級生の良美が「真琴、知らないの?亡くなったのよ。淳は。」と真琴の言葉を打ち消すように言った。「し、知らなかった。ごめんね。祥子」と真琴はあまりにびっくりして涙が目から
『
「なんだよ。何かあったのか?お袋。親父は元気?」と会うや否や将は母親の顔を覗いた。やけに母親が元気ないので心配したようだ。「急にあんたの顔を見たくなってね。たまには、家に帰って来なさいよ。」と定番の様に母親が息子を心配していた。自分の本当の父親は死んでしまい、現在の父親は育ての親である。その父親は、教師であり尊敬できる優しい人だ。しかし、実母が二度目の夫に気を使って自分には冷たい対応を取っていた事に深く傷ついていた。母親が自分に対してどう思っているのか?分からなかった。だから早く親元から離れたくて、上京して高校時代から一人暮らししながら俳優として頑張って現在に至っている。将は、自分から辛かった過去を口にしたくは無かったし、母親が自分の息子が芸能人であることにとても抵抗があり、現在の父親が教育者でもある為、自分の本名、生い立ちを公表していなかった。だから、謎めいた俳優と言われていた。母親が、酔ったのか?急に「今日は、懐かしい友達に会ったのよ。高校の同窓会で、お母さんの親友で、お父さんの初恋の人に二十年振りに会ったんだよ。でも、思い切って・・長年つかえていた物が取れた感じで・・・」と独り言のように話し出し、涙ぐんだ。 「お袋は、泣き上戸か?年取ったな。」と苦笑いして将が言う。そんな母親を見たのは初めてだった。でも、将からそれ以上母親の話に踏み込まなかったし、母親からその親友の名前を聞くことすら気にも留めなかった。2時間ほど、食事をして母親と別れて将は、マネージャーに母親をホテルへ送らせ、自分は次の現場へ向かう為にいつものタクシーに乗り込んだ。「この辺ですよ。この前、表参道の料理屋からお送りした方のご自宅は・・・。とても楽しかったとお喜びの様でしたよ。」と何気なくいつも指名しているドライバーが将に話し出した。「そうなんだ。良かった。」と疲れた声で将は言う。なんとなく夜景を見ながら先程まで居た母親の言葉を思い出して(死んだ親父の初恋の人ってどんな女なんだろう?・・・長年つかえていた物って、何だったんだろう?同窓会って言うものは楽しいものじゃないのか?でも、お袋にとって悲しい物の様に見えたな。何があったんだろう?ちょっと見ないうちに老けちゃったな お袋は。)と思いながら、連日のハードな撮影の疲れからウトウトとしていた。そこへ、携帯が彼の睡魔を蹴散らすように鳴った。「はい、えっ?お袋が?・・すぐ行くから」と言ってドライバーへ「一ノ瀬総合病院へ急いでくれ」と大声で将は言う。
「将さん、すみません。ホテルに着いて車から降りる際に倒れまして。ただ今処置中です。」とマネージャーが、将に駆け寄り話した。「お袋は?手術じゃないのか?」と将は力強い目でマネージャーに食いつくかの様に問いただした。「そ、それは、・・・倒れた時に頭を切って出血したので、精密検査と頭の傷の手当をするようですが、詳しいところは、わかりません。」とマネージャーが将の目を見ずに手術中のランプを見つめながら答えた。1時間ほどして、赤いランプが消え,看護士とベッドに眠る母親が出て来た。「お袋!」と叫んだ将に看護士が「大丈夫ですよ」と言いながら足早にベッドをICU室へ移動させた。暫くして、医師が落ち着き払って将の方へ近づいて来た。「原因は軽いクモ膜下出血で、手術するほどはないのですが、倒れた時の頭を打ったため、精密検査と頭の傷を6針縫う軽い手術でした。今回は、比較的に早く処置できましたから・・・。安心してください。後遺症については、経過を見て判断する事になります。」と医師が丁寧に伝えた。「ありがとうございました。」と将はやっと落ち着きを取り戻して感謝を述べた。
「もしもし、真琴?良美だけど、祥子がホテルで昨日倒れたのよ。私も彼女と同じホテルに泊まっていてね。今朝、部屋に居ないからフロントに尋ねたら、入院したって言うじゃない。びっくりしたわ! でも、幸い頭を少し切っただけで、面会できるらしいの。ねぇ?一緒にお見舞いに行かない?私は今日の夕方に名古屋へ戻らなくちゃいけないから、今日のお昼にどう?」と良美からの電話で真琴も昨日の今日でびっくりしたが、祥子に会う事の気まずさも感じていた。しかし、真琴は急遽 良美と銀座の三越の2階のカフェで待ち合わせて、一ノ瀬総合病院へお見舞いに行くことにした。
「お袋、親父は、今日の夕方に来るってさ。それまで、俺がいるから・・・。下の売店でちょっと買い物してくるから・・・」と将はサングラスを掛けて病室をでる。祥子は早朝、ICUから個室へ移っていた。「ここよ。真琴。」と良美が指さす。「大林?あっ、再婚したのよね。」と真琴が言うと、良美は気にも留めず、トントントンとノックしてドアを開けると痛々しく頭に大きく包帯を巻かれて横たわっていた祥子がいた。「祥子。大丈夫?心配したわ。真琴も一緒よ。」と良美が言いながらお節介に、真琴を前へ押しやった。「祥子、ビックリしたわ。でも 大事に至らなくて良かったわね。」と真琴が心配そうに言うと、後方でドアがスーと開くのを感じて、そのお見舞いの二人は振り向いた。そのとたん、サングラスを外しながら入って来た将と真琴は息をのんだ。でも、その瞬間、お互い声を発せず一礼した。祥子は、お見舞いの二人を見ながら、少しではあるけど微笑んだ。良美が、すぐに「息子さん?でも、どこかでお会いしたかしら?」と呟く。「初めまして、母がお世話になっております。お見舞いありがとうございます。」と冷静に将がお辞儀しながら言う。流石に役者らしく落ち着き払って真琴とは初対面の様に振舞っていた。二人の見舞い人はその息子の美しさに見とれているようにお辞儀をする。真琴は、小刻みに震える手で口を押えた。「私の同級生なの。」と、か細い声で祥子が将に言う。将は、その言葉を聞くや否や真琴の目を見つめて、真琴は将の視線が突き刺すのを感じ、その視線を避ける様に祥子の方を見た。真琴は、「花を持ってきたから、花瓶は無いかしら?看護士さんに聞いて来るわね。」と言って、花束を抱いたまま病室を出て行った。花束を花瓶に挿して戻って来た時には、良美は椅子に座って祥子の息子と笑顔で会話していた。祥子もその二人の話を聞いているようで少しは穏やかな顔になっているように感じた。「祥子、私、今日、名古屋へ戻らなきゃならないから、これで帰るわね。また、良くなったら連絡頂戴ね。お大事に。・・・真琴、さあ、行きましょう。」と良美が言うと、すかさず、真琴が「祥子、お大事にね。私は、またお見舞いに来るわね。」と言いながら、良美に突かれながら病室を出た。真琴は良美を東京駅まで見送って、一人表参道のカフェで思いを馳せていた。(将とあんな所で会うなんて、・・よりによって淳と祥子の息子とは・・・。だから将と初めて会った時、懐かしく感じたのね。偶然にもほどがあるわ・・・)以前から将とは20歳近くの年の差がある事は知っていたが、それ以上に淳の息子という事にショックを隠せなかった。(淳の生まれ変わりみたいだわ、将は・・・)長い間忘れていた熱い想いが込み上げて来た。「もう将とは会えないかも・・」と涙が込み上げてポツリと言う。(どうしたのかしら私は。変よ・・・)と自分に問いかけるが答えが出てこない。
「あの二人は、高校の同窓生でね。右側に居た人は真琴と言ってね。中学からの親友でね、お父さんの初恋の人なのよ・・」と母親がか細い声で言いながら目を閉じて眠りについた。眠っている母親を見つめながら、将は思った。(嘘だろ?マジかよ。マコが俺より20歳も年上なんて信じられない。それよりも、お袋の親友で親父の初恋の女なんて・・・ 映画じゃあるまいし、夢でも見ているんじゃねえだろうな?) その夜は、将も現在の父親と交代して自宅のマンションへ戻った。
「これから、マコとどうやって会えばいいんだ?誘い難いよな。彼女は俺の命の恩人である事は変わらないし、考えようで彼女の素性もこれで分かったし、俺が彼女の不思議な魅力を感じているのはDNAなんだ。親父と同じ女と出会い、ほかの女とは違う何かを感じている。これだけは、言えるよな。」と自分に言い聞かせるように独り言を言う将。
母親が入院して数日後、1台の車が将のマンションの前に停まり、「将さん、お疲れ様でした。朝9時に迎えに来ますから。」とマネージャーが言うのを、「あー。分かった。6時間後か。フー・・」と振り向かず冷たく言う将が車から降りた。車は将を降ろすと、すぐ暗闇の街並みへ消えていった。将がマンションの中へ入り、オートロックを解除して自動ドアを抜けてロビーホールへ入り、フロントを横切り、メールボックスコーナーへポケットに手を入れたまま進む。自分の部屋のメールボックスの中に入っている郵便物や新聞を取り出している時に、「将、会いたかった・・・。」と将の背中に女が飛びついて来た。「ウワッ! アイか?」と将が振り返りながら大きな声で言う。「そうよ。わ・た・し。待ってたんだから・・・将」と言いながらアイが今度は将の腕にしがみ付いた。「よせよ。こんな所で。」と周りをキョロキョロと見る将。「だって、会いたかったんだもの。メールもくれないし、会ってくれないし。誰もいないから良いじゃない。」と甘えるアイ。「約束してたか? 監視カメラがあるから離れろ!」と冷たく言う将。「えっ?約束はしてないけど・・・将だって、会いたかったでしょう?将の部屋へ行こうよ。」とアイがせがむ。「何時だと思ってんだ!俺は忙しいんだ。明日は早いから、帰ってくれよ。他の日にしてくれ。」とアイの手を振りほどく将。「冷たい。誰か部屋に居るんじゃないでしょうね?」とアイが鋭い目で将を睨みつける。「居るわけないだろう。」とつい大声になる将。「それだったら、部屋を見せてよ。居ないかどうか確認させてよ。そしたら帰るから‥ね?将。良いでしょ?」と泣きそうな声で言うアイ。「仕方が無いな。見せるだけだぞ。」と渋々答える将。将とアイはエレベーターに無言で乗り、将の部屋へ向かった。「どうだ。誰も居ないだろう?分かったなら、帰ってくれ。疲れているんだ。」と将がアイの方へ振り返って面倒くさそうに言う。そこには、アイが着ていたコートを脱いで、身体のラインが強調されるスリップドレスで立っていた。「冷たい、久しぶりじゃないの。このまま恋人を帰させるつもり?こんなに魅力的な女に触らずに?恥を欠かせないでよ。」とアイが誘惑しながら将に抱きついた。「えっー?本当に疲れているんだ。その気にならないんだ。」と将が本当に困った様に言う。「イヤ!将、抱いて。私は貴方と居たいの・・・。恋人を他の男に盗られても良いの?」とアイは将にしがみ付いて離れようとしない。将が大きくため息をつき、自分の両手でアイの両肩を掴み、アイと自分の身体を離し言う。「アイ、すまないが、帰ってくれ。今、お袋が入院中でその事で頭が一杯なんだ。そういう気にならないんだ。悪い・・・」 アイは「イヤ、イヤ、私を抱くだけよ。冷たいよ。そんなこと言って私を騙すつもりね。他に女が出来たんでしょ?誰?私みたいに良い女はそんなに居ないわよ。嘘つき!」とアイが涙は流れていないが、泣いているような声で言う。(面倒くさいな。本当にお袋が入院しているのに・・・)と思いながら、「ちぇっ!」と舌打ちして、「もう、別れよう。お前とは、やっていけない。お前は良い女だから、俺よりもっと良い男が見つかるよ。悪いけど、帰ってくれ。」と演技して辛そうにアイに懇願する。「えっ?・・やっぱりね。女が出来たのね・・・。それなら、そうと早く言ってよ。私も色々誘われて断っていたんだから・・・。男は将だけじゃないのよ。じゃー、私から別れてやるわ。私の部屋の鍵を返してよ。」とアイが今までの態度から180度変えて開き直る。「あー」と将はポケットからキーケースを取り出し、その複数の鍵の中の一つを取り外して、アイに軽く投げ渡す。 アイは自分の部屋の鍵を両手で受け止めて「えっ?・・本気?」と鍵を見つめて、「バイバイ。」と言って脱いだコートを取り上げて将の部屋を足早に出て行った。
「なによ。ふざけんじゃないわよ。あんたみたいな男、こっちからお断りよ・・・まだ、あいつは子供よ。もっと大人の良い男を見つけてやる!」と独り言を言いながらマンションを出て、通りかかったタクシーへ乗り込むアイ。
「ふー・・。疲れた・・これで・・・」と大きなため息をつき、ベッドに横になる将。今の将は、これから良い女になるであろう相手より、もうすでに良い女になっている相手を必要としている様だった。以前の将は、ただビジュアル的にきれいな、連れて歩くのに目立つ女が良い女と思っていた。今の彼にとって、良い女とは自分を癒してくれる、自分を認めてくれる、自分を高めてくれる、自分が尊敬する女である。その時、将は自分の中で何かが変わっていく事だけは確かに感じていた。
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