第4話 再会

 帰国後、真琴も将も普通の生活に戻り、まだ再会する事無く、あのテロ事件から一ヶ月が過ぎようとしていた。ふと、真琴が仕事で街を歩いている時、大きな看板から見覚えのある顔が微笑んでいた。将だ。彼女が以前、見た美しい微笑みを懐かしく感じ、とても会いたくなった。でも、彼の携帯へ電話を掛ける事やメールを送る事すらできない彼女には、無理な話であった。ただただ、将からの連絡を待つのみである。真琴はインターネットで将のプロフィールを見てしまった。彼は、彼女よりずいぶん若く、多くのファンを持つ謎めいた人気俳優であることが分かったから、なおさら連絡し辛くなった。(自分とは世界が違う、私には家族がいるし、男と女の関係でなくても、会うこと自体が罪かもしれないな。あの出会いは、何にも無い私の人生の中で唯一のサプライズであり、夢物語だわ。将の事は忘れない。)と自分に言い聞かせながら、その看板から足早に過ぎ去ろうとする真琴であった。そこへ、ツゥルルン・・・と真琴の携帯電話がメール着信した。

『元気ですか?命の恩人のマコト さん。将だよ。急なんだけど、今晩、食事でもどうですか?ご馳走するよ。MO』


 仕事を終えて、20時に表参道の懐石料理店へ入って、「相田か大林と言う名前で予約入れていると思うのですが・・・」と真琴は上品な和服姿の女店員に伝えた。「はい、承っております。どうぞ、こちらに・・・」と奥の離れの個室へ案内された。彼女は、(将は若いのにこんな処を知っているなんて、流石 有名人。私がそんな有名人と食事をするなんて、皆それを知ったらびっくりするだろうな? 急にドキドキして来た! どうしよう!・・)と思いながら豪華そうな美術品を無造作に飾っている部屋を見渡していた。 遠くから、「どうぞ、こちらへ。お連れの方はいらっしゃっております。」と先程の店員の上品な声が近づいて来た。すると、「失礼いたします。」と言いながら障子が開いた。すると、「待った?」と聞き覚えのある声が真琴の横から聞こえて見上げると、帽子を深く被って、夜なのにサングラスをかけている男が入って来た。彼は帽子を取り、サングラスを外し、乱れた髪の毛を手櫛で直して、やさしく微笑んだ。「びっくりしたわ。凄い変装ね。本当に有名人なのね?久しぶりね。将・・さん。」と戸惑いながら、この美しい有名人を独り占めにして夢ごこちに感じながら、誰にも見せない少女の様な笑みで真琴は言った。「会えてうれしいよ。一ヶ月前は大変だったよな? 今の状況が嘘みたいだよ。・・・」と将が真琴の顔・上半身をジロジロと眺めながら言った。(キャリアウーマンだな~。カッコ良いヒトだな。)と将は思った。「言葉・・。友達っぽく話そうよ。良いだろ?」と将は笑みを浮かべながら言う。「えっ?そうね。仕事関係じゃないものね。分かったわ。」と真琴は緊張気味に答えた。二人は、一ヶ月前の出来事から帰国後の自分の周りの反応を話しながら、次から次へと運ばれてくる料理を楽しんだ。最後のデザートが出てきた時、将が「あの時は、俺も気が動転していて、真琴は頼もしい命の恩人だと思っていたけど、この平和な日本で再会して見ると、真琴って、素敵なスマートな女性だったんだね。なんだろ、不思議と親近感が湧くんだよな。」と彼女の目をジッと見つめながら囁いた。「えっ?何を言っているの? 年上をからかっちゃだめよ。 そうか!将は俳優だから、言葉が上手いわね。」と胸の中はバクバクしていたが、それを隠すように茶化すように言って、彼からの視線を逸らした。「よく言うよ。面白いね、真琴は・・」「そうだ、メールを見て気づいたんだけど、同じイニシャルなんだね。俺たちは。」と将は彼女と別れる時間を延ばすように話した。「そうか!MOだね。でも、貴方は芸名がアイダ ショウだから、SAにしないの?」と真琴が彼の誘いに乗るように二人の会話の時間を延ばした。「大切な人へのプライベートな時だけMOと使うんだ。真琴もイニシャルを使うんだね?」と将。「私は仕事上、オフィスでは、皆イニシャルで呼び合っているし、書類は印鑑を使わずイニシャルのサインよ。」と凛として真琴は言った。彼女は仕事に関することになると逞《タクマ》しく振舞るのである。そこへ、将の携帯電話のバイブがブルブルブル・・と鳴った。「ごめん。」と言って携帯を取り出し、メールを覗き込んだ。「フーン・・・本当にごめん。これから仕事だ。今日は楽しかったよ。ありがとう真琴・・。また会ってくれるよね?」と、かつてBL島で見せた悲しげに懇願する顔で将は言った。「お仕事大変ね。でも私で良いの?もっと周りに若くて綺麗な女優さんなんて沢山いるでしょうに。ま、珠には、別世界の者との食事も飽きなくて面白いのかな?」と真琴がドギマギして茶化すと、「あのテロ事件は、俺たちにとって衝撃的な経験だったけど、なぜか?マコの事が脳裏に焼き付いて、忘れられないんだ。懐かしいような?前世で俺たち一緒に居たんじゃないのかな?・・こんな気持ちは初めてなんだ。」と将が真剣な顔をして言いながら、真琴の方へ膝まつきながら近づいて来た。「えっ? マコって?前世? 変なこと言うのね。それは、一種の人類愛みたいなものよ。 いつもそうやって女性に言っているんでしょ?」と将の発する言葉を逸らすように真琴は引きずった笑顔で言いながら後ろへ身体を反らした。

 そこへ、二人を邪魔する様に部屋の電話が鳴る。将が、眉間に皺を寄せながら立ち上がって電話の方へ移動して受話器を取ると、「相田様、マネージャーの方がお待ちです。」と先程の店員の声が受話器から聞こえて来た。「何だよ!うるさいな。」と将が受話器を置きながら漏らした。「もう行くよ。タクシーを用意しているから、それに乗ってくれ。じゃーまたメールする。 バイ、マコ、いや真琴」と将が悲しそうな目で言う。真琴も立ち上がり、「マコで良いよ。こちらこそ、ご馳走様、ありがとう。楽しかったわ。将」と真琴が言い終わる前に、将の顔が近づき、頬に将の唇が軽く触れた。将は、そのまま風の様にその部屋を出て行った。残された真琴は唖然として(今 何があった? 何?初めてかもしれない。こんな気持ちは。)と思い、2、3分間そのまま立ちすくんでしまった。(小説みたい。流石、俳優だわ。私を虜にして、まるで少女みたいにドキドキしちゃった。)と思いながら平静を装って店の前に停車しているタクシーに乗り込んだ。(私も、彼とは前世で関係があったのかしら?出会った時から彼の顔・しぐさ・声が懐かしく感じたわ)と思いがよみがえった。

 それから、将とは、週2~3回ほどメールを出し合う様になった。(まだ、彼には自分が結婚していること、自分の年齢も話していない。それ以上の関係を望んでいないから、敢えて告知する必要もないわ。)と自分に言い聞かせつつ、彼に自分の状況を知られる事を恐れていた。


 将の車がスタジオに到着する。将は、移動中、今から始める仕事の事は考えず、まだ真琴との楽しい時間を思い出していた。

「遅くなりました。すみません。監督。」とマネージャーが撮影現場に到着すると、監督の方へ走り寄って言う。「悪いが、今朝のシーンの取り直しだ」と監督が言う。「将さん、すみません。椎名さんがどうしても納得できないと言い出して、取り直しです。」とアシスタントが将に詫びた。「あっ、良いよ。大先輩の仰せだからな・・」と将が言うと、そのすぐ後ろから「ちょっと人気が出て勘違いする人が最近多くて嫌ね。こっちが迷惑するのよね。芝居をなめてるんじゃないの?椎名美紀を待たせるなんて、どう言う事?」と椎名美紀が皆に聞こえる様な大きな声で自分のマネージャーに言う。「まあ、まあ、美紀、怒るなよ。さあ、良いシーンにしてくれよ。」と監督が美紀に言う。将は、心の中で(この野郎!先輩面するんじゃねー。よーし、やってやろうじゃねーか!)と怒りを抑えつつ思う。二人のシーンはテイク7まで撮り、やっとOKが出た。この日の撮影は27時まで続いた。「将、あなた、ちょっと人気があると思って芝居を怠けてない?見た目だけじゃーね?。貴方の顔が芝居を邪魔してるのよ。台詞から迫力が伝わらない。今は、皆からチヤホヤされているんでしょうが、そんなにこの世界は甘くないわよ。あと、何年生き残れるかしら?」と椎名美紀は最後まで将に喧嘩を売ってストレス解消のターゲットにした。「将さん、お疲れ様です。」とマネージャーが車に乗り込んできた将に言う。「あー。参ったよ。ちょっと今晩の食事を断っただけなのに。公私混同も度が過ぎるぜ。今度、演技で仕返ししてやる!このやろう。」と将が怒りをマネージャーにぶつける。「でも、将さん。よく我慢しましたね。流石です。」とマネジャーが機嫌を取って言う。「いつまでも、ガキじゃないからな。椎名美紀みたいな俳優は外見は女だけど、中身は強いヤツじゃないとやっていけないよな。オー怖い。考えによっちゃー 可哀想な人だ。年は5歳くらいしか変わらないけど、芸能生活20年と言うだけで、女王様扱いか?誰かと大違いだ。・・・」と将が独り言を吐き出す。


 『将、会いたい 今どこなの? アイ』と将の携帯にメールが受信された。

 『悪い、 今仕事中で今日は徹夜だから会えない  MO』と自分のマンションのソファーに座りながら恋人のアイへメールを将は打つ。「なんだよ。桂と上手くいかなくなると俺のとこへ戻るのかよ。面倒だなー。レベル低い女には、飽き飽きだ。それに比べてマコは品があって、すべてがスマートだ。なぜか?癒されるというか、心を許せるというか?信じられるんだよな。見せかけの美しさや、煌びやかな美しさの中に醜さを持った女より、派手ではない隠された真の美しさを持つ女の方が良いよな。もう俺は子供じゃないってことかな?」とポツリと言う将。そして、真琴との別れの頬キスを思い出していた。真琴がキスされてびっくりして固まっていた様子が可愛く思われ微笑む将。なぜ、あの時、衝動的にキスしたのか?将本人にも分からなかった。ただ、勝手に身体が動いてしまった。特に深い意味も無く挨拶の様に頬キスをしたつもりの将だった。(でも、次に会うことを考えると、口でなく頬で良かった。俺は、マコの事が好きなのかも。でも、年上の素人の女を本当に愛しているのか?命の恩人だから特別と考えているせいか?)と自問していた。

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