第2話 二人の別々の生活
不思議なイタズラをかけられて半年が過ぎようとしたある日のことである。
真琴は「ただ今 戻りました。」とオフィスの受付カウンターにいるe iに
言いながら自分の部屋へ急いだ。 彼女の秘書でもある e i《イーアイ》が真琴の後を追うように「mo《エムオー》、ボスがお呼びです。」と真琴の背中に投げかけるように言った。「わかったわ。ほかにメッセージはないかしら?」と真琴は振り返りe i に引きずった笑みで尋ねた。「2件メモをデスクの上に置いてあります。」とe i は彼女の疲れた顔を探るように見ながら答えて部屋の前から立ち去った。真琴は自分の部屋へ入り、急いでメモに目を通して「とにかく、ボスの所へ行かないとね。」とため息交じりでポツリと言いながら、パンプスを履き替えた。手帳とペンを持って部屋を出て、ボスの部屋へ足早に向かった。▲真琴が勤めている国際法律事務所内では、イニシャルで呼び合い、所内は外資系会社のようであった。
ボスの部屋のドアの前でまた一つため息をつき、トントントンと軽くノックして「織田です。」と言い、部屋の中から「どうぞ」と秘書のn mの声が聞こえ、ノブを握り部屋へ入った。nmは、ボスの居る方を知らせるように目で合図をして真琴を促した。彼女の目線の先には、人の良さそうなご老体のボスが書類に目を通していた。「何か御用でしょうか?」と真琴はその部屋に似合う様な落ち着き払った声で訊ねた。ボスは、書類の小さな英字に目が埋もれるように熱心に読んでいたのを止め、「あ~。織田さん。来月、東南アジアで世界会議があって、急遽私も招待を受けまして、今回は君にも同行して貰いたいのです。」と まるで近所へお使いを頼むように真琴に伝え、また書類に目を戻した。「えっ?私ですか?」と真琴は目を丸くして、ついに大きな声で言い返した。ボスはその大きな声にびっくりして真琴を見上げた。「はい、そうです。ワイフも同行するのですが、秘書の松本さんが行けないので、君に同行して貰いたいのです。」と、業務命令だと言っているような力強い視線を放しつつ哀れな年寄りを装っているような口調で真琴に言った。
「お疲れ様です。
2時間後に、将にメールが届く。『わっ!すごいじゃない いいな!私も行く。スケジュールを調整するわ。どこへ行く?私も会いたい。今は、渋谷のスタジオだから、25時に終わるから、いつものバーで26時に会わない? アイ』
『OK!今は、横浜から東京へ戻っている途中で少し遅れるけど、いつもの処で待って居てくれ。 MO』将は、マネージャーの視線を気にせず、運転手に「急いで西麻布へ向かってくれ」と指示した。
真琴は、(今日は第3金曜日だわ、彼が帰ってくるから早く帰らないと・・・)と思い、事務所をいつもより早めに退社した。
真琴がマンションに帰宅する前に和幸が単身赴任先から戻っていた。
「ただ今。今日は早かったのね。晩御飯をすぐに作るからちょっと待ってね。」と真琴がキッチンへ急いだ。1時間くらいで晩御飯の用意が出来て、3週間ぶりに二人向かい合ってテーブルについた。二人で会話する時間もいつしか減っていき、沈黙を恐れるように食事時もテレビを付けていた。今日は、特別に和幸に話すことがあるので、真琴はなんだか気が楽だった。「あのね、来月仕事で東南アジアへ出張することになってね。もう大変なのよ。あっちは、治安はいいのかしら?テロなんか無いかしら?」とテレビに見入っている和幸に甘えるように話しかけた。「治安はどうかなあ?アカウンティングで弁護士や秘書じゃないのに大変だね。誰と行くんだ?」とあまり関心なさそうにテレビから眼を離さず言う。真琴は、彼の方を見ながら「ボスご夫婦と一緒よ。」と言ったが、「ふーん。そりゃ大変だ。」と無気力に和幸は言葉を放った。真琴は和幸と結婚して十二年ほど経つ。お互い熱烈の恋愛を経て結婚したのではなく、当時『寂しい婚』(寂しい者同士で慰め合って手短な所で手を打つように結婚する事)が流行していて、たまたま二人が近くにいて良い友達同士だったから結婚したようなもので、また二人は典型的なDINKSである。
「あっ、そうだ。君に葉書が来ていたよ。キャビネットの上に置いてあるからね。」と和幸が珍しくテレビから眼を離し彼女の方へチラッと目をやって伝えた。「何かしら?・・」その葉書をテーブルの隅に置き「あら、懐かしい。高校の同窓会があるのね。よく私の住所がわかったわね?あっそうか、良美が連絡したのね。9月第2土曜ね。行こうかな?」と微笑みながら真琴は独り言を言う。また食事を続けながら葉書を見入っていた。心の中で、(玉木淳も来るのかな?会いたいな?祥子も来るのかな?)と食事の後片付けをしながら懐かしい思いを巡らせていた。和幸は、さっさとソファーで横になりテレビを見ながら、うとうととしている様だった。真琴は今のところこの生活には不満は無かった。彼女なりに(和幸は遠くで必ず私を見守っていてくれているんだ。私を裏切らない優しい男なんだ。)と彼を信じていた。
「はーい。1時間ほどで雨が止むみたいなんで、1時間ほど休憩でーす」とアシスタントが元気良く将たちのもとへ小走りにやって来た。「あ・・・またか?こう休み休みだと、今日は徹夜か!」と大御所の田村雄司がポツリともらす。「田村さん、どうされますか?」と将が機嫌を取るように話しかける。田村は、役のためにかけているサングラスを少しずらして、思ったより優しい目を将に向けて「そうだな?若手の君たちと話でもして時間を潰すか?」 「へっ?」と将が躊躇うように無意識に返事をする。「嫌なら無理強いはしない」と機嫌を一変して、ぶっきら棒に田村は言い放つ。「いやいや田村さん。申し訳ないと思って言ったんですよ。」と すかさずマネージャーがホローする。「そうですよ。すみません。びっくりしたんですよ。田村さんに話をしていただけるなんて・・・なっ?」と共演している木村亮が将の方を見て話に入ってくる。「田村さん、失礼しました。お願いします。」と渋々将が仲間入りする。「そうか?それなら・・・最近・お前達若手は共演者と結婚する奴が多いよな? でもすぐ離婚してしまう。どうしてだと思う?」「・・・・・・・・」と亮と将とマネージャーは黙って田村の次の話を待つ。「最近は、その役に成りきって本当の自分と役を引き離すことが出来ないんだよ。だから相手役の女優を役のまま引きずって結婚を決めたという奴がいるよな?でも実際に結婚生活を始めると台本にないことの連続で、お互いが違う人間であることに初めて気づいて離婚する。俺が言いたいのは、結婚・離婚という事じゃない。したければ勝手にシヤガレだ。つまり、そうやっている役者まがいの奴らは本物の役者じゃない。役者は、常に冷静に第三者としての素の自分が役を演じている自分を見つめながらチェックしないといけない。奴等みたいに盲目じゃだめだ。分かるか?」「女優は単なる女じゃない。彼女たちは一大決心して女を捨てているようなところかな・?女を売ってショウバイしている。大したもんさ。誰にでも出来ない事だ。女優をケナシテいるんじゃないぞ。彼女達はプロだ。同じ戦友だ。俺たち以上のプロかもしれない。簡単に錯覚して痛い思いをしないように気を付けろという事だ。男も女も無い、つまり俳優全員に言える事だ。」
「深いな・・・田村さん流石です。」と亮が応える。「怖いな・・・・将も気をつけろ。役に集中してくださいね。」とマネージャーが将の顔を見ずに田村の方を見ながら小声で言う。「勉強になりました。でも大丈夫です。自分のことで精一杯で、ましてや同業者には関心が無いんで・・・」と将は周りを気にしながら小声で田村にお辞儀しがちに言う。
海外旅行を1週間前にして、突然、アイから将へメールが届いた。『将、ごめんね。今撮影中の仕事が押していて、オフが取れなくなって旅行行けなくなったの。 桂プロデューサーや社長からの要請で断れないの。本当にごめんね。 大好きだよ将。 アイより』
そのメールを見て将は、(なんだよ。最近 桂と付き合っているんじゃねえだろうなあ? ザケンナヨ!・・・一人で行くしかないか。ただ、言葉が心配だけど・・・とは、言っても彼女が行けないから旅行へ行かないとなると情けないよな?マネージャーを連れて行くわけにはいかないし。仲間も皆、纏まったオフは無理だもんなあ。男一人旅って言うのもカッコ良いかもなあ。)と思いながら、返信メールを打つ。『そうか。仕事なら仕方ないよな。がんばれよ。旅行の事は心配しなくてもいいからな。気にスンナ。またな。MO』
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