霊争奇譚〜レイソウ・キタン〜

残飯処理係のメカジキ

第0話「17歳の誕生日プレゼント」

 「待て待て待て待て……ホントに待ってってば!?」


 薄暗い路地を、大声で叫びながら全力疾走をする少年。

 近くにある高校の制服を身にまといつつも、その足先は、高校とは正反対の方へと向いていた。

 

 時刻は午前8時半。

 

 既に高校の一日は始まっているはずなのだが、この少年には、そんなことを気にしている余裕はなかった。


「ねぇ、17歳の誕生日にこんなプレゼントいらないよぉぉ!!」


 今朝から溜まった鬱憤を晴らすように叫ぶ少年。


 ー誕生日。


 高校生にとっては嬉しい日であるはずである誕生日。

 例に漏れず、その気持ちは少年も同じだったのだが、彼が目を覚ましてカーテンを開けた時に、その気持ちはどん底へと落ちてしまった。


 そう、彼は見えてしまったのだ。


 自身の部屋がある2階の窓に張り付く、『バニー服を着た、五十代後半の禿げたおじいさん』の姿を。


「……………………」


 流石の彼も、(そんな馬鹿な光景が広がってるわけないよね笑笑。もう、俺ったら寝ぼけてるんだから♡)と心の中で唱えつつスッとカーテンを閉じた。


 深呼吸。


 またもやカーテンを開ける少年。


 いる………奴が…。


 繰り返すこと3回。

 ついに目が合った。

 ここで少年は叫んでしまった。


「なんじゃこりゃ!!!????」


 と。


 同時に、少年の部屋の扉が開く。


「おはよう、お兄ちゃん……。朝からうるさいよ」


 可愛らしいウサギ柄のパジャマをきた中学生になりたての少女が、目を擦りながら部屋に入ってくる。

 普段なら「出て行けこらぁ!」となる場面なのだが、この際ありがたい。

 これが現実なのか彼女に確かめてもらうとしよう。


 少年は、部屋に入ってきた自身の妹の肩に両手を添えると一言。


「なぁ、琴音ことね。窓の外におじさんは見えるか?」

「目の前に、アホずらしたお兄ちゃんなら見えるよ」

「バニー姿のおじさんは?」

「バニー姿のおじさん!?誕生日についに頭がおかしくなったの……お兄ちゃん」

「だよなぁ?いるはずないよなぁ?ここ2階だしね」


 妹の言葉で安心を取り戻した少年は、安堵のためいきをつきつつ、窓の方に振り返る。

 

 目に入ってきたのは、やはり『バニー服を着た、五十代後半の禿げたおじいさん』。


「いや、おるんかい!!」


 しまった。関西弁がでた。


 じゃなくて!


 (この高さでこの格好。琴音が見えてないことを踏まえると………これはまさか!?)


 17歳の少年へのプレゼント。


 『幽霊が見える』


 恐らく……というよりはほぼ確実だろう。いや、それ以外でこの事象を説明することはできない。


 そう納得した少年は、心配と憐みの瞳を向けてくる妹を他所に、クローゼットにかけてある制服を身にまとい、学校指定の鞄を持って部屋を出て、一階へ。


「あら、おはよう。今朝は早いのね。朝ごはんは?」

「ごめん、それどころじゃないんだ!」


 キッチンにいる母の声を受け流しつつ、玄関においてある鍵を手に玄関を飛び出す。


 (ついてくるのか?あれは)


 学校への進路を保ちつつ、後方を確認。

 

「いやぁぁ、付いてきてるんだけど!?」


 予想があたって嬉しいような、付いてこられて最悪のような、変な感情になりつつも、そう叫んでしまう。


 と、同時に心の中でも(というか、害がないなら、別に気にしなくていいのでは?)という考えが浮かぶ。


「おーい。仲良くできそう?」

「………………」


 逃げつつも、そう話しかける少年。

 彼と幽霊との間隔はおよそ2メートル。

 そこまで大声で言う必要もないため、軽く声を張る程度に声をかける。


 ジャキン!!


 「げっ!?」


 勿論返答なんてものはなかったが、その代わりにと『大きな鎌』を背中から取り出した。


 その答えは完全にNOを示していた。


「なるほど、そういうつもりね………」


 冷や汗をかきつつも、足はまだ動くので、少年は逃げに徹することを決める。


 そのまま30分ほど鬼ごっこは続き、ついには高校が始まってしまう時間にまでなってしまった。


「流石の高校生でも、体力が持たん。やべぇ、誰か助けてくれ」


 人への迷惑を考え、人のいない方へと逃げ続けてきた少年の優しさが裏目にでた。

 こんな人気のない場所で叫んだところで、助けなど来ないのだ。


「あっ………」


 ただでさえ体力がないのに、助けを呼ぶのに余力を使ってしまったようだ。

 軽い段差に足を取られ、そのまま顔面から地面へとダイブをかます。


(クソっ……完全に足が棒だ……。もう一歩も動けねぇ)


 訂正。


 17歳の少年へのプレゼントは、どうやら『幽霊に殺される』ことだったらしい。


 奴の鎌が、少年の首元を完全にロックオンし、薙ぎ払いの姿勢に入る。


 恐怖から目を閉じ、咄嗟に両手を突き出してガードしようする少年。


 刹那。

 

 その幽霊を、上から押さえつける影がよぎる。


 同時に、目を瞑る少年を肩に触れる何かが現れる。


「へ?」

「大丈夫かい?びっくりしたかな?」


 恐る恐る目を開く少年の前には、彼を庇うようにしてしゃがむ人影があった。


 彼は振り向くと、「にこっ」と安心させるような笑顔を彼に向ける。


 そこには、真っ黒なシャギーカットと白藍の瞳を持つ、柔和な雰囲気の少年がいた。

 身長は175程度で、体型はやや細型。独特な白基調の制服を身にまといつつ、動きやすい靴を身につけている。


「あぁ、自己紹介がまだだったね。ボクは東雲葵しののめあおいで、あっちが百目鬼凌どめきりょうが。いやぁ、それにしてもキミも不幸だね。朝から変な悪霊に目をつけられるなんてさ」

「あ、悪霊……?」

「うん。悪霊。で、キミさ、最近肝試しとか、なんか悪霊に憑かれるような遊びとかした?」

「い、いや。ただ寝て起きたら窓の外にいただけで……」

「あれが?」

「あれが……」

「あ………なんか……心中お察しするよ」

「いえ、なんか俺もすいません……」


 お互いにぺこぺことしあう変な雰囲気。

 その空気を壊したのは、一人の声だった。


「なぁ葵!!そっちの野郎は無事か?」


 悪霊を地面へと叩きつけた際に舞った砂煙が晴れると、中からまたもや人が現れた。


 身長は178程度で、やや筋肉質。葵と同じく白基調の制服を身にまといつつも、その右手には日本刀のようなものが握られていた。

 その足元にはバニー服のおじさん型悪霊。 

 しっかりと3回ほどかかとで背中をぐりぐりしていた。


「うん。問題はないよ、凌牙。そのまま除霊かい?それとも保護?可能性はほぼゼロだと思うけど」

「今悪霊測定器を使ってみたが、数値が完全にオーバーしていやがる。これは除霊確定だな」

「ならやっちゃって。こっちは霊力守の範囲を広げてこの子を守っておくからさ」

「OKOK。なら粉々で構わねえな!」


 凌牙は、踏んづけていた足を退けると、そのままサッカーボールのように悪霊を壁へ叩きつける。


 そのまま刀を構えると、壁から起き上がってきた悪霊に対して抜刀。


 悪霊は悲鳴をあげるまもなくサイコロ状に切り刻まれると、霧のように跡形もなく散っていく。


「よし、終わりだ葵。撤収だ撤収」

「了解。いやぁ、大丈夫だったかい?ほら、立てる?あ、腰抜けてるね。背負おうか?」

「なんか……すみません。ありがとうございます」


 少年を背負って立つ葵。

 そんな彼らを他所に、さっさと路地裏を抜けていく凌牙。

 そんな凌牙を追う葵の背中で、少年は疑問をぶつける。


「で、あなたたちはなんなんですか?助けてくれたのは感謝してますけど……」

「あ、まだ話してなかったね。僕たちは除霊師。さっきのような悪霊を除霊するのを生業としている存在だよ」


 時刻は9時半。

 学校に着く頃には2限目が始まっているはずだ。


 少年の17歳の誕生日。


 プレゼントは『除霊』でした。

 

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