第3話 妖精とお姫様



ある王家には自慢の庭園があった。


今は亡き天才と言われた造園師が作った庭園であり、配置のほとんどが完璧と言われ、王宮の窓から眺める庭園の眺望は、神の庭園とも呼ばれており、他国の王族もこぞって庭園を散策したり、その眺望を眺めてみたいと希望するほどである。


しかし、一点だけ瑕疵となるものがあり、それが庭園内にある人工の川である。


川と言っても川幅は大人の背丈ほど、深さも大人の膝下までしかなく、流れもゆったりとしたものである。


もちろん、王族や貴族が川を飛んで越えるなどはもってのほかだし、貴族の女性ともなるとドレスなので川を飛んで越えることはありえない。


もっとも、最近のふしだらな貴族の女性などはわざと足を見せて、誘惑するなどの暴挙にでるのだが、この王宮にはそんな女性は存在しないので安心なのだが。


この人工の川には川向こうの中洲に行くのに簡素な橋が架かっているのだが、その橋は天才造園師が作ったものではなく、天才造園師が死んだ後に弟子が作成したものである。


もちろん、弟子とはいえかなりの力量はあったのだか、師匠とは天と地ほどの差があると言われており、この完璧な庭園の中の唯一の異物と表現されることもある。


橋に関しては天才造園師の配置図の中には記載されているのだが、如何せん、天才造園師が橋のデザインを作りあげる前に亡くなったので、弟子が慌てて作成したとされている。


国王橋は先代から、完璧なる橋を架けて、この庭園を完璧なるものとすることを悲願としている。


さて、この庭園の橋に関する話は広く有名であり、古今東西の造園師も自分の名をあげるために作成を挑むのだが、実物を作るまでもなくデザイン画のところで却下されることがほとんどであり、巷では造園師殺しの橋として有名である。


国王は政務を公正に行い、善政をしき、他国との外交も問題ない。平和な御代としてその治世を讃えられていた。


その先代王と現国王の希望として橋の完成・・・、いえ、庭園の完成があったので、貴族や他国の大使との会話の第一声は、

「橋を作れそうな面白いやつはおらぬか?」

だった。


ある時、堅物で有名な軍務卿が国王に面会しており、

「面白い男がおります。他国との貿易を生業としていた者が、何故か兵役を希望、剣を振らせたら下手くそ、馬術は人より下手、そこで後方勤務をさせたら、商人だったせいか、物資調達が上手く、絵も達者だったので、物見だったらどうだとさせてみれば、地図や偵察場所の風景画なんかを描いてきて、さらに工兵としても優秀で仮設住宅や仮設の橋を作成するのも速くて助かっております。周りの兵は此奴のことをいつの間にか物が用意されたり、作られたりするから『ブラウニー』などという渾名で呼ばれております。」


国王は目をキラキラと輝かせ、


「ほほぅ。ブラウニーとな!会ってみたいのぅ。軍務卿!つれてこれんか?無理矢理は駄目だぞ。納得したなら連れてきてもらいたい。」


軍務卿はしっかりと頭を下げて、


「御意」


と応えた。


3ヶ月後、


軍務卿は、横にブラウニーと渾名される若者を連れてきていた。


ブラウニーなる若者は、どことなく頼りなさそうで、兵らしくありませんでした。


それもそのはず、ブラウニーが国王に面会するにあたっていつも通りの恰好でいこうとすると、部隊長に止められ、少しはマシな軍服にしろと言われたので、今、彼座きている軍服はたまたま隣にいた兵士が準備したものであった。


ブラウニーは軍務卿と御目付の下、国王に拝謁した。

ブラウニーが拝謁のための挨拶を行う前に、国王から


「おう!お前がブラウニーと申すものか!良いの!どこかしら、顔付きも違って見える!是非とも、お前には庭園の橋に挑戦してもらいたい!」


ブラウニー(渾名であり、本名は違う)、国王の中では、彼はブラウニーという名前になったらしい。


ブラウニーが目を驚いて目をパチパチしていると、国王が、


「どうじゃ、やってみぬか?もちろん、うまく作れんでも良い!怒りはせぬ。その代わり、上手く作れたら褒賞は思いのままじゃぞ!」


ブラウニーは内心、めんどくさいと思っていたが、褒賞と聞いて大金をもらって兵役を終えてしまい、後はのんべんだらりと暮らして行こうと思い、


「かしこまりました。非力・非才の身なれど、全力で挑んでみせます!」


と応えた。

ブラウニーには、その日のうちに王宮の客室を貸し与えられ、庭園の橋を作りあげるために庭園内を歩く許可が降りた。


〜〜〜〜〜


この国の王女は、自分の部屋の窓から見える庭園の眺望がとても大好きであり、毎日、時間が取れれば、政務や教育の合間に窓から庭園を眺めるのである。


しかし、今日はいつもと違う風景が広がっていることに気が付いた。


庭園で、誰かが色々動いているのである。

その者は、兵士の服装をしているが、王女の中で兵士や騎士は、シワのない軍服と顔が写るくらい半長靴を磨きあげているものだが、庭園にいる兵士は、軍服はシワだらけ、腕まくりをしており、半長靴にはドロがへばりついている。

軍人ではあまりみないような軍服の着こなしに、王女は何故か、この者が気になり始め、今日もブラウニーのコミカルな動きに微笑んでいた。


さて、ブラウニーは3日かけて、ひととおり、庭園を歩いたが、やはり、橋が気になるのである。


「そもそも、位置もこれで良いのか?別の配置でも良いのではないか、」


そのためにはこの庭園を良い角度で眺めたい。

ブラウニーは王宮を眺めてどの部屋から庭園を眺めたら良いか、考えはじめた。


しばらく、考えてブラウニーはお付きの侍女に、

「庭園を眺めて、橋の位置を選定したいので、今、俺が指さしている。部屋から庭園を眺めたいので、王宮のあの部屋に入る許可をもらいたい。」


侍女は一瞬驚いた顔をしたが、かしこまりました。しばらくお待ちください。と告げ、何処かに行ってしまった。


しばらくすると、侍女が焦って戻ってき、ブラウニーに告げる。


「ブラウニー様、国王様がお呼びです」


ブラウニーは訳も分からずに、部屋に連れていかれ。


ここで国王様の到着を持つようにといわれて待機していると、国王が王女を伴い、部屋に入ってきた


ブラウニーは慌てて臣下の礼をとろうとするが、


「良い。そのままでわしの話を聞け。」


国王は重い口を開く。


「お主の考えは聞いた。分からんでもない。しかしのぅ、お主が選んだ部屋は王女の部屋での、頭を悩ませているところじゃよ。」


ブラウニーはかなり気まずい感じになった。

しかし、橋の位置を確かめるのは重要だし、こればかりは妥協できないことではある。


しかし、未婚の王女の部屋に男を入れる訳にはいかんだろうなとブラウニーは思い、

「では、諦めて別の方法を考えます。」

そう告げたあと、一礼をして部屋をでようとするが、


「お待ちください。」


という、王女の声に止められた。

王女はニコニコと笑顔を浮かべており、


「私はブラウニー様に部屋に入ってもらっても、一向に構いませんよ。」


「しかしのう。」


国王は渋るが、


「あら?お父様、お祖父様の頃からの宿願はその程度だったのですか?娘の部屋に男性が立ち入るだけで諦められる夢でしたか?」


王女の言葉に国王は思い直し、


「ブラウニーよ!王女の部屋に立ち入ることを許す。存分にそなたの力を尽くせ。」


ブラウニーは内心、おお!かっこいい!なんて思っていた時期もあった。


今、ブラウニーは後ろ手に縛られ、両脇を女性の護衛騎士に挟まれている。


えっ?今から王女の部屋に入るところである。


侍女が王女の部屋の扉を開けて、ブラウニーは両脇を支えながら入室させられ。真っ直ぐに窓際まで連れて行かれ、女性護衛騎士から


「さあ、確認作業を始めろ」


そう告げられた。

ブラウニーはしばらく、窓から見える庭園を眺めていたが、女性騎士に

「腕の拘束を外してもらっても?絵に描いてしまえば、もう来ることはないので、一回で済みますよ。」

女性護衛騎士が王女に確認すると、

「拘束をといても構いません。ブラウニー様は紳士ですから。」


ブラウニーは自分のスケッチブックと鉛筆を持ってきてもらい、

庭園の風景画を描き始めた。


ブラウニーの風景画を王女は横から眺めて、


「まぁ!素晴らしい!良い出来ですね。ブラウニー様は絵もお上手なのですね。」


王女はぽんと手を叩き、


「そうだ!ブラウニー様には今度、私の肖像画を描いてもらいましょう!もちろん、橋を作成した後で問題ありませんわ!」


ブラウニーは、自分はこの橋の作成が終われば大金をもらい、退役してのんびり暮らすつもりなので、王女様の肖像画を描くことができません。と、告げると。


「それはいけません!私はブラウニー様に肖像画を描いてもらいたいのです。では、お父様のことです。私の肖像画を描くとなっても、男女が長時間同じ部屋でなんて渋るはずです。この橋の褒美は私の肖像画を描く権利にしてもらいなさい。」


ブラウニーがでも、と言っても、

王女からは、

「良いですね!」


笑顔で圧力をかけながらそう言われると、

「はい。」としかいえないブラウニーでした。


その年、庭園の人工川に架かる橋は完成した。

まるであの天才造園師が蘇ってきたみたいだ、いや!それ以上だ!


と言う評価であった。


〜〜〜〜〜〜


橋の柱には小物を一生懸命に作る妖精とその妖精を微笑ましく眺める姫の彫像が掘ってあり、その姫の表情が素晴らしいとの評価であり、また見る角度や光の加減で、妖精の顔がいたずらに成功したかのような表情にも見えると評判であった。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜


ある一時、実話を元にした恋愛小説が有名になったことがあった。


内容は、ある国の王女の結婚相手は、王侯貴族ではなく、行商人上がりの元軍人で、肖像画を描くようになり、その事がきっかけに恋が始まるといった小説であった。


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