第2話 鬼女と赤子



ほう、こんな辺鄙なとこまでよくきたね。


そうさ、あそこに見える橋がここいらで有名な橋だよ。

なに?

見たところ何の変哲もねえ、ただの橋だって?


まぁな。

見た目は普通の橋みてぇだけどよ。

あの橋にゃあよ。

すげぇ逸話があるんだぜ。


橋が架かっている川はよ。

今は穏やかな川だけどよ。

昔はすげぇ暴れ川だってんで、どんな橋も架ける事ができねぇって有名だったんだぜ。


しかし、この場所に橋があればよ。

近くの村々は病になったら、彼処にある山を越えなくても医者に見せに行けるってんで、ここいらに住んでいる誰もが、橋を架けることを領主様に願っていたんだ。


領主様も領民の願いを聞いて、


「あい、分かったぞ。」


と頷いてくれて、大枚をはたいて、

何回も橋を架けようとしたんだが、何故か失敗してしまう。


ある時にゃあ、大雨が降って作りかけの橋が流されたり、他のときにゃあ、強い風が吹いて橋が崩れてしまったんでな。

領主様も一時は金が底をついてしまったんだがよ。

それでもある時の領主様がよ。

金を貯めて、更に知恵者で有名な勘兵衛って侍を連れてきてよ。


「勘兵衛、この川に橋をかけられないか?儂はこの他の領民のために橋をかけてやりたいのじゃ。」


なんて言われたんだよ。


その領主様の言葉や態度に感銘を受けた勘兵衛って侍はよ。

しばらく、辺りの風景をみたり、昔の資料をみたり、そこらへんのじっさまやばっさまに話を聞いたりしてよ。

頭を捻って知恵を振り絞っていたらしいぜ。

そんな勘兵衛さんのところによ。

ある時、この地で有名な神社の神主さんが来たらしいぜ。


その神主がよ。

こんなことを勘兵衛さんに言ったらしいぜ。


「この川の神は、若い夫婦の2柱の神で、子供がおりませぬ。私は神から夢で啓示を受けました。」


その夢はこんなんだったらしい。

夫婦の神が言うには

『我らには子供がいない。本来なら我らの頭の上を人間が通ることはまかりならぬが、赤子をくれれば橋をかけさせ、頭の上を通る事を許そう。』

なんて話らしいぜ。


勘兵衛さんはよ。神主から夢のお告げの話を聞いて、しばらく頭を捻っていたけどよ。

神主に聞いたらしいぜ。


「お前は簡単に赤子というが、夫婦が十月十日、肚の中で大事に育てたものを簡単に生贄なんぞにできるわけはなかろう。

なんぞ、他のもの、ほれ、牛や馬ではならぬのか?」


と聞いてもよ。

神主は、


「駄目でありまする。人の赤子でなければならぬと、神は仰せです。

それもここ数日以内に生まれた赤子でなければならぬとのことです。」


と言ったらしいぜ。

勘兵衛さんはよ。


「数日前に生まれた赤子などという都合の良い赤子なぞおらぬであろう。山で捕らえた猿ではどうか?」


と勘兵衛さんが言ったら、神主は、


「神は人の赤子を所望しております。猿なんぞでは橋はかかりませぬ」

と言うてきかなんだ。


困った勘兵衛さんはよ。

ため息をついて、配下の侍に、


「この周辺で、この数日以内に生まれた赤子がいないか探せ。」


と命じられたんだよ。


翌日によ。

配下の侍がたった1人だけど居るって言って連れて来たらしい。


連れてきた侍の手の中にはちいせぇ女の赤子がいてよ、親から離してきたから、びぃびぃ泣いていたんだとよ。


勘兵衛さんが、侍の手のひらに乗るくらいのちいせぇ赤子を見てよ。


「よく泣いて元気な赤子じゃな。」


そう赤子を目を細めてみていたら、近侍の静止を振り切って女が勘兵衛さんのところにきたんだってよ。


女はよ。

赤子の母親で、産後間もねえのに弱った身体に鞭打って勘兵衛さんのところにきたんだとよ。

そこに何故か神主もきてよ。

侍の手にいる赤子を見るなり、


「その赤子です!その赤子を川に投げ入れて生贄にすれば神は満足し、橋は必ずや架けることができるでしょう!」


と言い放ったらしいぜ。


母親が勘兵衛さんに、


「止めて下さい。見逃して下さい!」


と頼んで、神主からは、


「架橋は領主様や領民の悲願です!生贄にしてください!」


と頼んで、2人から真反対の事を言われてよ。

さすがの勘兵衛さんも困ったらしいってよ。

でもよ。勘兵衛さんも領主様のたっての願いってこともあって橋をかけなけりゃならねぇってんで、赤子を生贄にすることに決めたらしい。


赤子を抱いた侍に


「赤子を川に投げ入れよ。」


って命じたら、母親は狂ったように泣いた。


命じられた侍もよ。

手の中の赤子を見て、戸惑っていたけど、勘兵衛さんの命令もあってはやらないわけにはいかない。

ゆっくり川に近づいていったんだ。


勘兵衛さんは、赤子を見ていたけど、ふとした瞬間によ。

神主を見たんだ。そうしたらよ。急に、


「あいや、暫し待てい。」


と声をかけて、侍を止めたんだ。


「よく見たら、その赤子はボロの産着のままではないか。そのようなボロでは生贄にしても神に嫌われよう。ほれ、わしが昔、領主様に授けていただいた陣羽織があろう。あれをちょうどよい大きさに切って、それを赤子の産着としてくるんで生贄にすればよかろう。

領主様も橋を架けるための神への生贄に使ったと言えば陣羽織を切ってしもうても怒られはすまい。」


そう言って、陣羽織を持ってこさせたらしいぜ。


陣羽織を持ってきた侍がよ。

さっそくその場で刀を抜いて陣羽織を切ろうとしたら、勘兵衛さんが、


「こりゃ、生贄を捧げるこの神聖な場所で刀を抜くとは何事ぞ!

ほれ、ここから出てそこの陣幕の向こうでせぬか!」


と一喝されて、別の賢そうな近侍に目配せをしたら、その近侍がつかつかと寄って、


「かしこまりました。」


と、赤子と陣羽織を持って陣幕の向こうに行ったら、いよいよ母親は狂ったように暴れたらしいぜ。

でもよ。女の身では侍さんには敵うわけはねぇから押さえつけられて、母親は泣いていたんだとよ。


しばらくしたら、例の近侍が上等な布地に包まれた赤子を持ってきてよ。


「勘兵衛様用意ができました。」


告げた。

その時の赤子は寝たのか泣いてなくて静かだったとよ。


そこで勘兵衛さんが再度、


「生贄を川に投げ入れよ。」


って命じて、近侍が川に向かって移動していたら、勘兵衛さんが、神主によ、


「こりゃ、生贄を捧げようとしているのに、何をニヤニヤしてしている!お前も祝詞を捧げぬか!」


なんて一喝したら、神主は慌てて祝詞をモゴモゴと言いはじめたとよ。

そうしてよ。

母親の願いや涙も虚しく、赤子が川に投げ入れられたんだとよ。

赤子はまったく浮かんでこねぇで、ずんずん沈んでいって見えなくなったってよ。

その時の様子はまるで、川の神が受け取ったみてだったとよ。


侍に押さえつけられていた母親は鬼のような顔になり、


「この恨み忘れぬ。わたしは死んで鬼女となってこの橋に関わる者を殺してやる!」


と言ったんだと。


その横で神主は笑顔でよ。


「これで橋はかかりますな。」


なんていっていて、勘兵衛さんから、


「分かった。お主は、はよう帰って神に生贄を捧げた事を告げてこい。」


なんて言ってさっさと神社に帰らせたらしいぜ。


勘兵衛さんは神主が帰った事を確認したら、母親に頭を下げて、


「お主に辛い思いをさせてすまぬ。」


と謝られて、合図をおくると、先程の近侍が陣幕の向こうからすやすやと寝ている赤子と大枚の金子を持ってきて母親に渡したらしいぜ。


「あの陣羽織の産着、確かに殿様から戴いた物でそれで石を包んで、赤子の髪の毛をちょっとだけ切らせてもらって生贄とした。

この金子はお主を泣かせてしもうた詫びじゃ。」


勘兵衛さんは母親に、


「調べたら、あの神主はお主に岡惚れしていたらしいの。お主の夫は赤子が生まれる前に死んでおり、神主はその子がいなくなれば、お主を妻とすることができると思い、このようなことを言い出したのであろう。女手ひとつで、厳しかろうが、この地を離れて、我が領地でその子を育てぬか?」


勘兵衛さんの話を聞いて、

母親は嬉し泣きさ。

さっきまでの非礼を詫び、頭を下げて、勘兵衛さんの領地に住まわせてもらって母子幸せに暮らしたらしいぜ。


勘兵衛さんは、文献や老人の話を聞いてこの川に橋がかけられないのは川幅が狭く、流れが早くて急なせいだと見抜いていたんだってよ。

そうしてよ。

上流からこの川に流れ込む、支流の川の流れを変えたり、川幅を広げることで立派な橋を架けたってよ。


〜〜〜〜〜〜〜

橋の欄干には赤子を抱く鬼女が彫られており、その鬼女はまるで川から赤子を護るように川を睨みつけていた。

それから、この橋は一度も崩れてはいない。


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