あの橋の逸話について

鍛冶屋 優雨

第1話 狼と女神


ある国のとある地方に少しだけ大きな町がありました。


その町には町を東西2つに分けるように真ん中に大きな川が流れており、町の中央には大きな橋が一本架かっていました。


そしてその町の東側には、赤い目の民族が多く住んでおり、西側には白い髪を持つ民族が多く住んでいました。


2つの民族の人たちは、宗教観や歴史観、語り継がれている神話など違いが多くありましたが、お互いを尊重しており、概ね仲良くし、争い事などは百年ほど起きていませんでした。


赤い目の民族にはロバートという少年がおり、白い髪の民族にはミネスという少女がいました。


ロバートとミネスは仲が良くお互い家族ぐるみで付き合っていて、将来は結婚するだろうと周りのみんなが思っていました。


しかし、ある時、あるスポーツをお互いの民族同士で別れて行っていた時、ちょっとしたいざこざが起きてお互いに怪我人がでてしまいました。


その怪我人の中には町の有力者の子供(彼は赤い目の民族の人で、もう大人と言っても良かったのですが、親のお金を当てにして、遊んで暮らしていました)が

含まれており、町の人たちが少しだけ仲が悪くなってしまいました。


それでもまだ町の人たちは争いごとは起こしてはいなかったですが、ある時、白い髪の民族の有力者の子供がお酒を飲んで、赤い目の民族のお店で暴れてしまいました。


それでもまだ彼らは争うことはしていませんでした。


また、ある時、赤い目が人達が信じる神様の像が壊れていました。


前日の夜は風が強かったので、それで壊れたのだろうという判断でしたが、赤い目の民族の司祭人が、夜中に白い髪の人を見たと言いだしたので、大変な事になりました。


もちろん、町の人たちは仲が良かったのでお互いに宗教施設に行ったり、混血の人もいたので、必ずしも白い髪の人達が壊したとは言えません。


だけど、町の人たちはもう相手の民族を信じる事ができなくなってしまいました。


川に架かる橋の中央を境界線として相手側の町には入らないという取り決めが決まってしまいました。


混血の人達はスパイの可能性があるとして町から追い出されました。


そして、橋の中央にある境界線を見張るようにお互いに狙撃兵がにらみ合いをする事態にまでなってしまいました。


お互いの民族達は徴兵制度で若者を集めて、いつ戦争が起きても良いようにしていました。


ロバートも徴兵されて狙撃兵となっていました。


ロバートは徴兵されて行く前にミネスにこっそりと会い、僕は徴兵されてもミネス達の民族のことは撃たないからね。

だってこんなことは馬鹿らしいからさ。なんていっていましたが、ミネスは心配そうにして、貴方が無事に帰ってきてくれたらそれで良いのなんて言っていました。


ある時、ロバートが狙撃兵として橋を見張っている時に、小さな女の子が子猫を抱いて橋の側にいました。


子猫は何かに驚いたのか、橋の中央に向かって走っていってしまいました。


小さな女の子はそれを見た子猫を追いかけて橋の中央まできてしまいました。


誰もが撃たれると思っていましたけど、ロバートはミネスとの約束どおり撃たなかったのです。


少女は中央線を少し過ぎたところで子猫を捕まえ親のところに帰って行きました。


大多数の人は少女が撃たれなくて良かったと思っていましたが、一部の人は撃つべきだという人がいました。


軍の上層部にもそう主張する者がいたので、ロバートは軍法会議にかけられることになり、結果、ロバートは3日間独房に入れられることになりました。


独房と言っても一般的な独房ではなく、駐屯兵団の真ん中に檻があり、その中に決められた期間、禁錮されるのです。


ロバートは、少女を撃たなかったから臆病者ということで、馬鹿に、されていました。

軍隊という組織は臆病者や裏切り者が一番嫌われるのです。


ロバートには水や食事は最低限与えられますが、周囲からは丸見えなので、水や食事にはゴミが入れられたり、捨てられたりしていました。


夜、ロバートが寝ようとしたら交代で、彼を起こして眠らせないようにしたり、夜中に石を投げてケガをさせたりしていました。


こうしてロバートは疲弊し、傷ついていきましたが、兵士たちは誰も気にせずにいました。


なぜなら、ロバートは独房に入れられたあとは、追放とされたからです。


本当なら徴兵された者は一定期間兵役を果たしたら、お金をもらえて除隊できるのですが、ロバートは罰を受けての除隊なので、お金も貰えず、不名誉な除隊ということで、町のみんなもロバートを馬鹿にしていたのです。


ロバートの両親はロバートを助けようとしましたが、ロバート自身が自分を助けると、今度は両親たち被害に会うからということで、両親を遠ざけるようになりました。


両親や子供の頃からロバートを知っている人達はロバートをこっそりと助けていましたが、多くの町の人たちはロバートを虐めていました。


ロバートはどんどん疲弊していきボロボロになっていきました。

そしていつしかロバートはほとんど動けなくなりました。


ある日、ロバートはあの橋のたもとにいました。

ロバートは自身の命がもうすぐなくなってしまうことが分かったのでしょうか。最後にミネスに会いたいと思ったのです。


ロバートのことは白い髪の民族の人たちも知っていたのでミネスも橋のたもとにいました。


ロバートはゆっくりと橋を渡りはじめました。


ミネスは叫びました。

ロバートこちらに来ないでと、貴方が撃たれてしまうからと。


しかし、ロバートは歩くのを止めませんでした。

ロバートがいる側の赤い目の民族の狙撃兵はロバートが橋の中央の境界線より、一歩でも白い髪の民族側に入ったら撃てと命令されましたが、ミネスはロバートが赤い目の民族から撃たれてはいけないと思ってロバートと重なるように動きました。

赤い目の民族の狙撃兵は困ってしまいました。


ロバートが境界線を越えたら撃ってしまおうと思っていましたが、境界線を越えたロバートを撃ってしまったら、弾丸は貫通してミネスも撃ってしまうからです。

そうしたら、赤い目の民族の狙撃兵は境界線を越えていないミネスを撃ってしまうことになるからです。


赤い目の民族はもうこうなったら、白い髪の民族の狙撃兵に撃ってもらうしかないと思いました。


そうしている間にもロバートは一歩、一歩と境界線に近づいて行きます。


そうしてロバートは境界線を越えてしまいました。

誰もがロバートが白い髪の民族の狙撃兵に撃たれると思いましたがロバートは撃たれることはありませんでした。


そしてロバートは大好きなミネスの元にたどり着きました。


ロバートはミネスを抱きしめ、会いたかったと伝えました。

ミネスはロバートに愛していると伝えましたが、ロバートはもうミネスの言葉に反応することはありませんでした。



ロバートが橋の境界線を越えた後、白い髪の民族側の狙撃兵は軍法会議にかけられることになりました。


裁判官である軍団長に何故、ロバートを撃たなかったのかと質問された狙撃兵は、こう応えたそうです。


私は軍人として誇りを持って勤務している。兵役が終わり、大きくなった娘にお父さんはどんな仕事をしてきたのかと尋ねられた時、お前を殺さなかった恩人を殺してしまったんだと伝えたくなかった。


今は胸を張って娘に言える。

お父さんはお前の命の恩人を愛する人の元に行くことを助けることができたと。


軍法会議の結果、白い髪の民族の狙撃兵は無罪となりました。


裁判官は最後にこう言ったそうです。

そもそもこの軍法会議は開かれる必要はなかった。なぜなら、我々は平和の使者である赤い目の狼が、白き女神の元に帰り、その疲れを癒したという昔から伝わるお伽噺を実際に見ただけだからと。


その後、白い髪の民族と赤い目の民族は自分たちの愚かさに気づき、和平交渉が成立しました。


この国での結婚式は教会で行う事がほとんどですが、この町では結婚式はあの大きな橋の上で行う事が一般的です。


特に赤い目の民族と白い髪の民族の若者同士が結婚するときは、例え、天気が悪くても橋の上で結婚式を挙げたい若者がほとんどだそうです。


だけど、ロバートがミネスの元に帰った日、平和記念日だけは橋の上では結婚式は行われず、橋の中央にある狼と女神のレリーフの前に多くの花が捧げられます。

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