第37話 好きで、嫌いで⑸

 体育祭前日。ダンスをしている春宮が見えた。


「頑張ってるよな。春宮」


「あぁ、最初は苦手だって言ってたのに」


「ほんと、すごいな」


 しみじみと、呟いた。そんな彼女を、相浦は……。


 確かに、他人に嫉妬する気持ちは分かる。そして、越えられない壁に絶望する気持ちも分かる。


 俺だって、スポーツをやっているからな。才能には憧れる。


 でも、あんなやり方、間違ってる。


「どうしたんだい?私をこんなとこに呼び出して」


 俺は、その日の放課後に、皆が帰ったテニスコートへ相浦を呼び出した。六時五分のことだ。


「なぁ相浦、テニスやろうぜ!」


「え?でも今日ウェアもラケットも持ってきてないし…」


「ラケットは貸すし、ウェアは体操服でいいだろ。今日、体育祭の練習あったじゃん?」


「……わかった、ちょっと待っててね」


 そう言うと、相浦は倉庫に入り、着替えを始めた。3分ほどで、相浦が戻ってくる。


「おまたせー」


「よし、じゃあ始めるか!」


「ばっちこーい!」


 まずは俺からサーブをする。そして、相浦が鋭い玉を打ち返してきた。やはり彼女、強い。女テニなら即戦力だ。男テニにだって欲しいくらい。


 でも、今回彼女を呼び出したのは、練習相手をしてもらうためでも、彼女を勧誘するためでもない。


「なぁ、相浦!」


「何?」


「お前、なにか隠してないか?」


「何を……?」


 若干、相浦のラリーが遅れる。続けざまに、質問をする。


「春宮と、何かあったのか?」


「……何も無いよ」


「そうか。なら、あいつの作品、好きか?」


「……」


 黙りだ。やはり……。しかし、少しして相浦が口を開く。


「あの子の作品は好きだよ。でも……、だからこそ、私は嫌いなんだ」


「なるほどな。その気持ちはよくわかるよ。でも、あんなやり方じゃ……」


「分かってるよ。あんなことしたって、何も変わらない。西川くんにも言われたしね」


「なら……」


「でもさ!私はあの子に勝ちたいの。どうしても勝ちたいの!幼稚なのは分かってる。でも……、あの子は、私の目標だから……」


 そうか。きっと相浦の中には、初めは春宮に対する憎悪なんてなかったんだ。


 時が経つに連れ、春宮を越えられてる理想と、越えられない現実のギャップに、嫌気が差していたのだろう。


「相浦!」


「何……?」


「春宮はさ!確かにすげぇと思う!俺も、あいつの絵には魅入られた!」


「そう……だよね……」


「でもさ!それと同じくらいお前の絵も好きだ!絵が大好きだって、ひしひしと伝わってくるから!」


「……!」


 すこんと、相浦の背後のネットにあたる。ワンゲームだ。


「ずるいよ……」


「そっちサーブなー」


 相浦はこくりと頷きゆっくりと球を上げ、鋭いサーブを打つ。それを何とか返すも、少し腕が痺れるほど速いサーブだった。


「また、挑戦してもいいのかな」


「あぁ、何度だって」


「そっか、そうだね」


 ふふっと、相浦が微笑む。どうやら本調子に戻ったようだ。


「ちょっと世間話していい?」


「何だ?」


「なんか最近さ!佳奈ちゃんと不知火くん、一緒にいるよね!」


「まぁな!」


「それがさ、なんて言うか…!」


「面白くないか?」


「……うん」


 おう。まさか、普通に肯定してくるとは思わなかった。


「私さ!欲張りなんだよ。欲しいものは手に入れたいし、誰にも渡したくない。でも、そんなこと打ち明けたら、それこそ離れて行っちゃうでしょ?」


「俺はどうなんだよ!」


「辰馬くんはもっと汚い私を知ってるでしょ。でもこうやって、私の思いを吐露させてくれた。そんな君になら、話してもいいかなって」


「そうか。ん?ならお前、不知火のこと好きなのか?」


 そう聞いた瞬間、ボールがラケットからすっぽ抜けた。図星か?


「……違うよ」


「顔赤いぞ。それに、不知火は良い奴だ。恥ずかしがることないし、きっとあいつも受け入れてくれるよ」


「知ってるよ。でも私はね。不知火くんと、榎原くんと三人でいる時が、一番楽しかったんだ。そんな二人を、独り占めしたかったんだよ」


「相浦……」


 すると相浦は、「2ゲーム取られちゃったね。私の負けだ」と言って、帰る支度を始めた。


「なぁ、相浦」


「言わないでよ。まだ」


 薄紫の日の中、相浦の背中が遠くなる。俺は一人コートに佇み、


「独り占めしたかったやつなら、ここにもうひとりいるだろ……」


 と、呟いた。

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