第36話 好きで、嫌いで⑷
6月13日、月曜。
「ふぅ…」
「女子はダンスだったよな。お疲れ」
「士郎くん…、仰いでー」
「へいへーい」
下敷きで春宮を仰ぐ。男子は騎馬戦なのだが、乗せる男子が西川なので、凄く軽くて楽なのだ。その分直ぐに負けてしまうが。
「あ、春宮さーん」
「む、あなたは?」
「私、島崎美咲。体育委員だよ…、って、毎回体育の時前で体操するから知ってるよね?」
「喋るのは初めてだから。あ、私は春宮佳奈。よろしく」
「うん、よろしくねー。で、本題なんだけど…」
島崎は春宮の机の上に紙を置いた。そこにはリレーエントリー表と書かれている。
「エントリー?」
「そ。ちなみにリレーに出ない人は、応援合戦に出てもらう予定。で、どっちに出たいか聞いて回ってるんだけど、どうする?」
そういえば俺も金曜の休み時間に書いたな。応援団にしたけど。しかし、春宮は少し悩んでいるようだ。
「お前、足速いんだからリレーにすれば?」
「え、そうなの?すごいねー、絵も上手いし足も早い、文武両道なんだ!」
「ダンスとかは苦手だけど…、でもそう考えたら、リレーの方がいいかも」
「ダンス苦手で足が速いなら、そうだよね。ありがと、あ、でもちゃんとダンスも練習してねー!」
へー、こいつダンス苦手なんだ。道理でこんなに疲れているわけだ。
「春宮、言われてんぞ」
「士郎くん、手が止まってるよ」
再び、俺がパタパタと下敷きで仰ぎ出す。しかし、何処か春宮は浮かない様子だった。
「紗霧さん今日来ないのかな…」
「あいつの事だよ、一日二日休んだら治る…と思う。俺も心配だけどな。お前が休みの時も、こんな気持ちだったんだぞ?俺」
そう、春宮も数日前休んでいた。前の日の出来事もあってか、なんだかんだ今回より心配だったかもしれない。
何も、相浦のことを心配していない訳では無い。
ただ、俺の中では、相浦は何があっても笑っている、太陽のような存在であり、たとえ沈んだとしても、しばらくしたらまた明るく輝き出すような、そんな存在だった。
それに比べ、こいつは何処か儚いのだ。多分、例えるなら雪や花。触れたら、ほろりとこぼれて、雑に扱ってしまうと、壊れてしまうような。
でも、彼女は妙に周りに関わりを持とうとする。なんなら恋もしている。恐らく、彼女が箱入り娘に近いものであり、あまり他人と関わってこなかった…、いや、日本に帰ってからの友達が少なかったからだろうか。
「……」
「照れてんの?」
「士郎くんが恥ずかしいこと言うから!」
「友達のこと心配すんのが恥ずかしいことか?」
「そういうとこ、嫌いじゃないけど嫌い…」
「嫌いなのか嫌いじゃないのかどっちかにしろよ」
「ぷぃ…」
わざとらしくオトマトペを発しながら頬を膨らませながらそっぽを向いて突っ伏す春宮。
「気を取り直せよー」
「アイス…」
「ソーダ味の?」
「バニラ…」
「スーパーな?」
「ハーゲンなやつ…」
「お前なぁ…、わかったよ、帰り買うか」
「…そういうとこも、嫌いじゃない」
そう言うと、春宮は俺の顔を見て、ニコリと微笑む。普段無表情な彼女の、ふと見せた笑顔に、少しドキリとした。その様子をからかうように、春宮は「赤くなってる」と笑った。
「ばっ…、アイス買ってやんないぞ!」
「言質は取ってある」
『帰り買うかー』
そう、彼女はそっぽ向いた瞬間にスマホの録音をオンにしていたのだ。案外抜け目の無いやつ。
「これだけじゃ何を買うか分からないだろ」
「初めから聞く?」
「いいよ、でも、買ったら明日からの練習頑張れよ?」
「着の身着のままでー」
「ちゃんと真剣になー、多分、お前はそういうの手を抜くタイプじゃないと思うけど」
ふふん、と誇らしげに春宮が笑う。少し前までは、無表情な彼女が普通だったのだが…。
「お前、笑うようになったよな」
「まぁ…」
「その方がいいぞ。あいつだって、笑顔が素敵な女性が好きなんだと思う」
「うん、だから、これ…」
そう言うと、春宮は机の中からカバーのしてある小説を取りだした。西川の作品だろうかと思ったが、どうやら違うようだ。
彼女が見せたカバーの内側には、『人に好かれる100の方法』と書かれていた。俺は第一章のタイトルを読んでみた。
「なるほど、『まずはとりあえず笑ってみる』か」
「んっ」
それならいっそ、とっとと告白した方が早いんじゃないかと思ったが、自らの首も絞めているように思えて黙っておくことにした。
「どうかな?にっ」
無理やり口角を上げ、引きつった笑みを浮かべる。
「さっきの方が自然でよかったと思う」
「そっか…あ、次選択か。じゃ、行ってくるね」
軽い足取りで、春宮が教室を出て行く。
「よす、不知火!選択行こーぜー」
「榎原、行くかー」
春宮と入れ替わるように、榎原が教室に入ってきた。それから今度は二人でロッカーに向かい、教科書をとって音楽室に向かう。
「なぁ、不知火」
「ん?なんだよ」
「なんかさぁ、さっき春宮がすげぇ嬉しそうな顔して教室出て行ったんだよ」
「あぁ…」
「それがさ、なんか可愛くて…、何、あいつ好きなやつとかできたのかな?それでそいつを思って笑顔になってるとか…」
「あぁ、それは…」
春宮はお前のことが好きなんだよ、なんてこと俺は言えなかった。自分のせいで、こいつと春宮の関係を壊れるかもしれないのが怖かったのだ。
俺たちは通学路にあるコンビニでアイスを買い、俺の家でそれを食べていた。まだ夏には早いが…。
「一口いる?」
「いいのか?」
「元はシロイヌのお金だから」
「では遠慮なく」
「あ、私の食べたとことは別のとこから掬ってね」
そういうとこはしっかりしてるんだな。というか、俺が払ったのだから、もう少し分け前があってもいいのだが、春宮はアイスを抱え、独り占めしていた。
俺はスプーンを手に、アイスを掬って口に入れる。春宮も、その様子を見ながらもう一口、口に入れた。
『美味…』
少しシーズンとは違うが、口の中で溶けていくアイスはとても美味なものだった。俺たちは目を閉じ、口の中の甘味を噛み締める。俺が目を開くと、ふとカレンダーが目に映った。
もうすぐ体育祭だ。その後は面談…。あっ。
「ああ、そういえばさ、叔父さんの件はどうなったんだよ。もう面談2週間後だろ、お前」
「シロイヌもだよね。えっと、叔父さんには家に泊まってもらう予定」
「そうなのか。部屋の掃除は?ちゃんと綺麗なのか?」
「えーっと、ぼちぼち?」
「叔父さんの負担減らすためにも、二人でやっとくか」
「おー」
俺と春宮は、早速春宮宅に乗り込んだ。どうやら、春宮の言う「ぼちぼち」は机の上にカップ麺があり、ゴミ箱の周りにゴミが散乱している状態を指すらしい。
「よく数日でここまでやれるな。もう才能だろ」
「えへ…」
「照れるな」
ペシッとチョップを入れる。春宮は「あだっ」と言って頭を抑えた。数日前に掃除してもこれでは、もう毎日来るしかないのか、と思ってしまう。実質通い妻だ。
そこから、ゴミが片付くまでは一時間ほどかかり、もう日は傾いていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます