第19話 好きで、嫌いで⑵

 土曜日。


 街角に、異様な格好をした二人の人影が。


「では行くわよ。ワトソンくん」


「探偵気取りか!」


 鹿撃ち帽を深く被り、茶色のポンチョ、キセルと杖を携えた那月が、俺に声をかける。等の俺は、白衣に聴診器を持たされていた。


 なんでこんなジメジメした日に、厚着をさせられなきゃいけないんだ……!


「捜査は探偵の十八番よ」


「それと、俺は何でこんなの持たされているんだ」


「ワトソンは医師だからね。それに私形から入るタイプだから、あんたも付き合いなさい」


「じゃあなんでこんな衣装持ってるんだ」


「趣味よ。昔着た衣装を気に入ったらポチって、その繰り返し。あ、それともう一人来てもらうよう頼んどいたのよね」


 もう一人……、俺には予想はついていた。しかし、俺はその人物だけは関わらせたくなかった。


「おい!まさか……!」


「分かってるわよ。この一件で巻き込んでいけない人物は二人。不知火くんと春宮さん。そうでしょ?」


「あ、あぁ」


 良かった。那月は、そこのところはちゃんと分かっているらしい。


 不知火は紗霧にベタ惚れ、春宮は相浦に並々ならぬ友情を感じているらしかった。


 そんな彼らが彼女の本心に気がついたら、かなりショックを受けるだろう。それを、那月も理解しているのだ。


「じゃあ、誰だよ」


「おっす!二人ともー!」


「お前は……、榎原」


「おう!」


 爽やかに笑っているが、その服装には突っ込まざるを得なかった。


「その帽子と杖はなんだ?」


「家にあったの適当に持ってきた!」


「マイクロフト・ホームズよ。さて、集合した事だし行くわよ!」


 なるほど、彼も那月に付き合わされているわけか。


 そんな傍から見れば愉快な三人組、実際のところ首謀者一人被害者二人の行先は、街の寂れた公共施設のような建物だった。


 公会堂のようだが、違うようだ。


「ここは元公会堂。今は地主の人が絵画教室として使ってるらしいわ」


「へぇ……、絵画教室ねぇ」


「さ、入るわよ、アポはとってあるわ」


「抜かりないな」


 まだ昼だと言うのに、窓が少ないからか中は薄暗かった。少し進んだ部屋の中に、中年男性がたっている。彼が地主か。


「こんにちは。今日はお時間ありがとうございます、原田さん」


「いえいえ。こちらも最近はすっかり生徒も減り、仕事も少なくなってきましたから。で、紗霧さんのことを聞きたいんですよね?」


「はい、彼女、あなたの目から見てどう思いましたか?」


 いつもからは考えられないほどの真面目な口調に、俺は驚愕した。こんな言葉を話せたのかと。


「……彼女はとても真剣に絵と向き合っていました。初めて描いた時は……、正直彼女の絵からは今の彼女のような才能は感じられませんでした。ですが、紗霧さんは諦めなかった。それが実を結び、今の彼女のような才能溢れる絵を描けるようになったんです」


「そうなんですね……、他になにか……」


「彼女の絵に向き合う姿勢が変わったとか」


 何やら曖昧な質問を提示され、困っている原田さんに、俺が質問をする。すると、原田さんはまたもや少し考えたあと、口を開いた。


「彼女の姿勢は、いつも同じでした。誰かの作品を凄いと感じ、それに追いつけるように努力をする、そして満足したら次の目標を探す。ほら、あそこの雑誌。粗方、紗霧さんは目を通していると思います」


 俺たちは振り返り、本棚の方を眺めた。十冊はある。そんな中で、見知った名前を見つけた。


『春宮佳奈』と。


 俺は、ある程度分かった。何が彼女をあのようなことに着き動かしたのか。


「なるほど……」


「しかし、彼女は知ってしまったんです。確かに、彼女を超える天才は数多あまたいた。それは彼女も知っていたでしょう。しかし、同年代には勝てる気でいた。どんな天才にも。それは決して慢心などではないと、私も思っていました。天才、春宮佳奈を除いて。しかし、春宮佳奈は美術界を退いた。彼女はもう戻ってこない。彼女からしたら、勝ち越されたという風に捉えてしまったのでしょう。もう、彼女とはどう足掻いても競うことは出来ないと。しかし、今年の春、めっきり顔を出さなかった紗霧さんが再び通いつめるようになったんです。理由を聞いてみたところ、『もう一度、あの子と競えるから』と話していたんですが……」


 そこで春宮に敗北し、吹っ切れた彼女が……、というわけか。俺達の中で、全てが繋がった。

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