第33話 好きで、嫌いで⑴

「榎原くん…、どうしよ…」


「こんなの言いがかりだろ!気にする必要ないぞ!」


「そうだよ、ただ同じ名字ってだけで勘違いしてるだけだ」


「士郎くん…、うん、そうだよね」


 冷や汗を拭う春宮。おかしい、この高校で彼女の素性を知っているのは俺だけのはずだ。ならば、やはりただの憶測で語ってるだけのクラスメイトか…。

 しかし、彼女がかなりダメージを食らっているのは事実。そのためにも、こんなことをした人物を突き止め、釘を刺すべきか…。


「不知火。少しいいか…」


「西川…」


 俺と西川は教室を出て、廊下の壁にもたれ掛かる。そして、西川が話を切り出した。


「この一件、学級裁判なんてものになったら余計あいつの精神をすり減らせるだけだ」


「そうだな…、でも…」


「何も咎めなければ、また第二第三のいじめがあるかもしれない。だから、ここは俺に任せてくれないか」


「…、わかった。みんなには俺から話しとく。説得はできるかは…、知らないけど…」


 現に、クラスの中の雰囲気はかなり険悪なものだった。榎原や相浦がいるとはいえ…。


「それくらいならどうにかなる。ちょいと強引ではあるがな。こう言うんだ…」


 なるほどと俺は納得した。もしかしたら、これで少しは事態が改善するかもと。


 俺は相浦と榎原に協力してもらい、どうにかこのクラスの空気を切り替えるため、声を上げた。


「お前たち、こんなことで一致団結できるのか?もうすぐ体育祭だろ。体育祭の報酬、覚えてるか?」


「一年は文化祭での一時体育館貸切、三年は受験に役立つ問題集…、そして二年は…」


「そう、修学旅行の行き先の決定権!夢の国!北の大地!大都会!国内ならどこでもOK!」


 打ち合わせ通り、三人は口裏を合わせ、クラスの雰囲気を明るい方向に持っていく。少しずつ、変わっていく。少しずつ、明るく。しかし、どうしても一定数、彼女に疑いを持つ者もいた。それを見兼ねた鶴の一声。その声の主は…、那月だった。


「私、沖縄がいいなぁ、最近水着の撮影なかったし、海行ってみたいから。それに、みんなで海へ行くのも、楽しそうじゃん?」


 一瞬クラスが静まり返り、ポツポツと噛み締めるような声が聞こえる。


「陽菜ちゃんの水着…!」


「プレミア物だぞ…!」


「みんな、勝ちに行くぞ!そもそも春宮なんて名字、いくらでもいるって!それより体育祭だ!」


『おぉー!』


 クラス一丸となり、声を上げる。春宮も、少し笑顔になった。


「あとは西川に任せるか…」


「不知火くん?」


「ん、いや、ただな。あいつ体力ないから、どうしたもんかと」


「騎馬戦の上とか?」


「それありだな」


「何がありだ。まぁ、そのくらいしかできなそうだがな…」


 背後から、ぬっと西川が顔を出す。


「西川。片はついたのか?」


「おう。証拠は揃った」


「早いな」


「何の話?」


「こいつ体育祭出たくないってごねてたんだ。で、さっきまで気持ちの整理してたわけ」


「まぁそんなとこだ」


「なるほどね」


 やはり、彼女はどこか高揚していた。それもそうだ。クラス同伴とはいえ、想い人と沖縄だ。絶対勝つと、彼女は静かに燃えていた。恋する乙女は、強いのだ。もしかしたら、気持ちを無理やり切り替えようとしているのかもしれないが…。


「あのねー、みんな、もう授業は…」


 そんな渡辺先生の声は、俺達には届かず、本格的に授業が始まったのは、五分後の事だった。

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