青嵐

第7話 体育祭

 6月25日土曜日。

 体育祭当日。ついにこの日がやってきた。

 梅雨も明け、それを高らかに告げるような晴天。生徒たちのテンションも最高潮だ。

「まずいぞ、このままじゃ一組に負ける…!」

「なーに言ってんの。まだプログラム4番っしょ?まだまだこれから…」

「いや、さっきから1位を一組が総なめしてる。で、俺たちは三位と四位ばかり。ここから逆転するには、一組が下位を取り続けるか、俺らが1位を取り続けないと行けない」

 橘の言葉に、檜山さえも表情を曇らせる。

「マジかよ。このままじゃ…!」

「あぁ、陽菜様の水着が!拝めない!」

 ズーンと重苦しい雰囲気が男子に立ち込めた。すると、女子玉入れの方で何やら歓声が上がった。

「喰らえ!ライジングボール!」

 五個ほどの玉が、一気にクラスのカゴに入る。相浦だ。

「頑張れ、相浦…!」

「さすが、ソフトボール部にも助っ人に行ったことあるって言ってたもんな」

「何回?」

「聞いた限りでは、一回」

 マジかよ、一回であれか。その周りで、春宮がちまちまと駆け回って投げ入れる。彼女も、なかなかの精度だ。その結果。

『30!1位三組!まさかのフルスコアです!』

『うぉー!』

 思わず男子たちも立ち上がり、喜ぶ。しかし、橘だけは少し神妙な面持ちだった。

「どうしたんだよ、橘!もっと喜べよ、一位だぞ!」

「いや、二位は1組だ。いよいよあとが無くなった…」

「要するにここから勝ち続けりゃいいんでしょ!みんな、やったろーぜ!」

『おー!』

 檜山の言葉に、男子全員が答える。次は採点関係ないソーラン節なんだけどな…。


 俺たちは女子のダンスを見届け、プログラムは借り物競争に。走者は榎原だ。

 すると、ダンスを終えた女子が続々と帰ってきた。その中に、春宮の姿が。

「お疲れ様。頑張ったな」

「ん…、キツかった…」

「相浦もお疲れ様」

「ん!どうってことないぜ!まだまださぎりんやっちゃうよ!」

「期待してるぜ!」

「任せな!1位は全部三組のもんだ!わはは!」

 いつも通りのハイテンションで、少し安心する。なんだか最近、暗かったからな。

「お。榎原走り出した」

「頑張れー!辰馬くん!」

「榎原くん…!」

 勢いよくスタートし、榎原が目指したのは…、こちら側だった!

「えっ、えっ?」

 アワアワと春宮は顔を赤くし、両手で顔を隠す。どうやら、お題が自分だと思っているようだ。しかし、榎原は俺たちを通り抜け、渡辺先生の方に向かった。

「渡辺先生、ちょっと!」

「え、私!?お題って?」

「尊敬できる人!」

「そ、そう、ならしょうがないわね」

 渡辺先生は満更でも無い様子で、榎原に着いていく。ここがゴールに近くなこともあってか、そのままゴール、1位となった。

『榎原、ナベちゃんナイスー!』

「これひょっとするかもな!」

 周囲が盛り上がる中、春宮は膝を抱え、顔を埋めていた。

「残念だったな」

「むー…」

 しかし何やら、榎原は浮かない顔をしていた。もしかして、何か違うお題なんじゃ…。

「てか次、お前だろ?頑張れよ」

「ん。1位に貢献する」

「頑張れよー!春宮!」

「私このために色々持ってきたからね!」

「ん!」

 エールを送ってくれたクラスメイト達に親指を立て、急いで集合場所に向かう春宮。それと入れ替わりで、榎原が戻ってきた。その道中で、二人がハイタッチしたのが見えた。きっと今、あいつ顔真っ赤だろうなぁ…。

「榎原、お疲れ様」

「おう、1位取ったぜ!」

「凄かったな…、で、ホントのお題は?」

 まだ渡辺先生が戻ってない中だからこそ、聞ける。クラスメイト全員が、しんと静まり返った。

「…熟したもの」

『あぁ…』

「しょうがないだろ!この運動場にはあの人以外に見つけられなかったんだ!それなら…!」

 俺は、黙ってポンポンと榎原の肩を叩いた。

「何やってんの、あんた達」

 渡辺先生が戻ってきて、俺たちはただただなんとも言えない視線を向けることしか出来なかった。その異様な雰囲気に、先生は首を傾げた。


『選手入場』

 軽快な音楽と共に、私たちは歩き出す。さて、クラスのみんなに期待された以上、結果は残したいんだが。おっと、1年生が走り終わる。次は私たちだ。

『位置について…よーい』

 パンっとスターターピストルが鳴り響く。ふむ、一旦順位は二位でキープ出来た。そのまま、机にある紙を手に取る。そして、中に書かれたお題を確認した。

「…!」

 有無も言わさず、私は全速力でクラスの方に走る。

「春宮さん、何欲しいの?文房具?お弁当?」

「イケメンならここにいるぜ…!」

「イケメン…?」

「そこ疑問に思うな!」

 私は、クラスの人たちが声をかけてくれる中、一人に手を伸ばした。紗霧さんだ。当の本人は、キョトンとしている。

「え?私?」

「そう、紗霧さん、来て!」

「お、おう!ガッテンだ!」

 そう言うと、紗霧さんは勢いよく立ち上がり、ロープを飛び越えた。

「って!あー!」

「え?あっ!」

「急げ!春宮!」

「ん!」

 振り向くと、一組がおだいを受け取っている最中だった!シロイヌに声をかけられ、私たちは急いでゴールに向かう。そして、そのまま1位で通過した。

『三組1位!止まらない快進撃!』

「1位だー!」

 二人で、悠々とウィニングランをする。そして、クラスのみんなに向けて、小さくピースをする。それに気がついたシロイヌが、親指を立てた。

「首位独走…!」

「結構ギリギリだったけどねー」

 そして、一足先に紗霧さんは席に帰ることに。

「ねぇ、佳奈ちゃん。後で少し話そう。三階渡り廊下で待ってるね」

「え、うん…」

 一体何の話だろうか。昼休みは、もうすぐだが…。

 そして昼休みになり、渡り廊下に向かった。既に、紗霧さんは待っているようだ。

「おまたせ。話って?」

「佳奈ちゃん…、ごめん!先週の月曜、黒板にあることないこと書いてたのは、私なんだ!」

「え?」

 先週の月曜って、あの学年集会の後の…。

「私さ…、貴方に金賞取られて…、その、冷静じゃなかったの。それで、あんなこと書いて、自己肯定感を保とうとしてた。今まで、金賞なんて、努力したら取れるって思ってた。それに、貴方の作品は前から知ってた。いつか超えたいって思ってたけど、同時に越えられないって思ってた…。それで、あんなバカげたことに…」

「うん…、いいよ。私、気にしてないから」

「か、佳奈ちゃん!」

「うん、気にしてない…から」

 足早に、その場を立ち去る。頭の中が、真っ白になる。私の作品で、人を傷つけてしまった…。やはり、美術は人を傷つけるんだ。そんなこと、私が一番分かっていたのに…。


「おう、春宮。どうかしたか?」

「何も…」

 嘘だ、明らかに動揺している。

「箸逆さだぞ」

「あっ…」

「何があったんだよ」

「言えないよ。士郎くんには」

 何かあったことは認めたみたいだが、そのことは俺には言いたくないってことか。それなら、今はそっとしとくべきか。

「何があったか知らないけど。俺とお前の同盟はまだ続いてるんだからさ、少しは支えさせろよ。互いに協力してもらわなきゃ、だろ?」

「うん、そうだね」

 まるで4月、いやそれ以上にくらい彼女は、どこか遠い過去を見つめているように、心ここに在らずだった。

 そんな彼女を元気づけることが出来ないまま、午後の部が始まる。まずは応援団…!?

「に、西川…?」

「見るな!」

「わお!チアガール西川くんだ!」

『可愛いー!』

 そうか、こいつ朝から一言も話さないと思ってたら、これを着ることに絶望してたのか。何故か女子からすごい人気の西川は、スカートの裾を抑え、顔を赤めていた。

「体操服でいいはずじゃ…」

「廊下を移動してたら那月に拉致られて、無理やり着させられた…!適当にボンボン降ってればいいって言われたが…!」

「ん?その那月は?」

「あいつはまだ着替えてなかったな」

「おまたせー」

 その声に、全男子の目線が移る。その先には、短いスカートをはためかせ、手を振りながらやってくる、那月の姿が。思わず俺も見とれてしまう。

『うぉー!チアガール陽菜ちゃん!』

「どう、似合う?」

「那月!なぜ俺にこんな格好を!」

「別にいいじゃない。似合ってるわよ?」

「嬉しくない!」

「って!もう始まる!みんな、行くわよ!」

 那月は一番前に躍り出て、手を引かれて西川も出てくる。その後ろに、俺達も展開した。

「フレー!フレー!三組!」

「フレ!フレ!三組!フレ!フレ!三組!」

 大きくボンボンを振りながら踊り、満面の笑みを浮かべる那月と、ポンポンで顔を隠し、恥ずかしそうにする西川。

「え、あれって那月陽菜ちゃん?」

「うっそ、読モの!?」

 どうやら、他学年にはまだ周知されていなかったらしく、ざわめきが広がる。顔が広くなったのが嬉しいのか、那月は自慢げな顔をした。

 応援合戦が終わり、西川がチア衣装を脱ぎ、ドカッと腰を下ろす。

「お疲れ様。傷心のところ悪いけど、騎馬戦行くぞ」

「おう…」

 気の抜けた声で返事をする西川。あれ、そういえば…。

「応援合戦は採点基準じゃないよな。なんであんなに那月は気合いが入ってたんだ?お前にチアを着せてまで」

「面白そうだからだそうだ」

「…ドンマイ」

 まさかそんな理由だとは。西川も災難だな。そんな彼を見て、那月はニマニマと笑っている。性悪め。

『プログラム11番、男子による、クラス対抗騎馬戦です』

 アナウンスが鳴り、入場する。背後から、榎原が声をかけてきた。

「じゃ、打ち合わせ通りに」

「上手くいくかな…」

「いくいく。持ち味を生かそうぜ!」

 持ち味って…。俺はこれを持ち味にした記憶はないんだけどな…。その作戦というのは…。

「ん…?」

「ひぇ…!」

「貰った!」

 正面の俺の目付きで相手をビビらせ、その隙に西川が相手のハチマキを剥ぎとる。取り合いになれば負けるのは確実だが、そうなるまではこうやって場をかき乱す。それが俺たちの作戦だ。そう、俺たちのエースは榎原だ。あくまで俺たちは歩兵である。

「わ!」

 案の定、懐に入り込まれ、西川のハチマキが剥ぎ取られる。しかし、もう騎馬もあまり残っていない。敵も味方もだ。そして、その一騎は…。

「よくやった!4人とも!」

「あっ!くそ!」

 横から榎原が相手の帽子を剥ぎ取り、試合終了を告げるピストルが鳴り響く。

「うっしゃー!」

「またまた1位だー!」

「コレマジで行けんじゃね!やれちゃうんじゃね!?」

 榎原が天高くガッツポーズをし、榎原の騎馬である檜山たちも大盛り上がりしている。俺が榎原の騎馬の先頭になり、無双するというプランも考えていたらしいのだが、機動力、耐久面を考慮し、サッカー部で打たれ強いの檜山、陸上部で足の早い沢渡、柔道部で力のある溜が抜擢された。

 結果的にその作戦は大成功。榎原の騎馬を含め、3騎を残した快勝となった。

「作戦大成功だな」

「おう。いよいよプログラムも残すところあとふたつか」

「男子のリレーのアンカーはお前だけどな」

「任せとけ」

 にっと、榎原が笑う。まぁ、その前に女子リレーがあるんだけどな。にしても、女子のアンカーは春宮か。あいつ…、大丈夫かな。精神的に、かなり弱ってる気がするんだが…。

 噂をすればなんとやらと言うか、入場門に向かう春宮とすれ違う。俺は一言、「頑張れよ!」と声をかけた。春宮は、短く、「ん…」と返した。同じ返事でも、借り物競争の時とは全く違う。あの時感じた心強さは、彼女からは全く感じられなかった。

 第一走者は相浦。

「せーの!」

『さぎりーん!ファイトー!』

『がんばれー!』

 クラスのみんなが、相浦にエールを送る。相浦は、こちらに手を振り、スタート位置に着く。ちなみに、走者は4人。相浦、陸上部の名瀬、同じく陸上部かつ体育委員の島崎、アンカーが春宮だ。

「位置について!よーい」

 スターターピストルが鳴り響き、一斉にスタートする。相浦は、頭ひとつ抜けていた。


「アンカーの人、準備してくださーい!」

 あぁ、そろそろ私の番か。早く行かなきゃ。あれ、足が重い。おかしいな、これじゃ、早く走れないや。その時、紗霧さんの声が聞こえた。

「佳奈ちゃん!」

「…紗霧さん?」

「佳奈ちゃん!私の事、哀れんでない!?貴方のせいで傷ついたって、気遣ってない!?」

「…で、でも!」

「確かに傷ついた!でももう気にしてない!私はもう、そこまで弱くない!だから気にしないで!」

 ぶわりと、身体中に鳥肌が立つ。紗霧さんは、まだ続ける。

「私は、貴方の作品が好き!でもそれと同時に、貴方は私の目標だから!今は追いつけなくても、絶対に追いついてやる!それは立ち止まってる貴方にじゃない!走り続けてる貴方に勝ちたいの!だから…」

「紗霧さん…!」

「走れ!春宮佳奈!いつか追いついて、追い越してやる!」

「…うん!」

 視界が広がる。足に着いた重りが、すっと落ちた。今なら、走れる。

「ごめん、抜かされちゃった!」

「うん、任せて」

 走りながらバトンを受けとり、さらにスピードをあげる。1位との差は5mほど。それなら行ける。さらにスピードをあげ、1位との差を縮めていく。

「頑張れ、春宮!」

「抜けるぞ!頑張れ!」

『頑張れー!』

 クラスのみんなが、応援してくれる。シロイヌも、榎原くんも。うん、任せて。絶対に、勝つ!

 最終コーナーを曲がり、先頭に並ぶ。

『さぁ、一組と三組の一騎打ちだ!』

「負けない…!」

「こっちこそ。あっ…!」

 一組の選手が、私を睨む。こっちだって、負けるつもりは無い。その時だ。私の右足が、左足に引っかかる。

『あぁ!』

 グラウンド全体から、どよめきが上がる。顔がどんどんと、地面に近づいていくのがわかる。くそ、もう少しなのに!私はまだ…!諦めない!

「まだ…、負けない!」

 何とか左足を前に出し、右足を運び、踏みとどまる。そして、今までの最高速度で、ラスト10m程を駆け抜けた。ゴールインはほぼ同時だったが、前傾姿勢な分、私の方が、先にテープを切る。私たちの勝ちだ…!

『まさに執念のゴールイン!1位は僅差で三組です!』

「…はぁ、はぁ」

 まだ体が火照る。暑い体を冷やすように、ゆっくりと深呼吸をする。

「佳奈ちゃん」

「…紗霧さん」

「やったね!」

「うん!」

 紗霧さんのピースに、私もピースで返す。あぁ、自然な笑顔って、こんな感じなんだ。

「紗霧さん!」

「佳奈ちゃん…?わっ!」

 退場後、私は紗霧さんに抱きついた。

「ど、どうしたのさ、いきなり甘えん坊さんだね」

「もう一回言うね!私は、紗霧さんの絵が大好き!それと、貴方のことも!」

「佳奈ちゃん…!嬉しいこと言ってくれるね!このこの!」

「んふー」

 撫でられて、とても落ち着く。こんな気分には、きっと榎原くんと一緒にいてもなることは出来ない。

 ねぇ紗霧さん。私の借り物競争のお題、教えてなかったね、それはね…。『親友』。


「4人ともナイスー!さぁ、最後も応援しまくるぞ!」

「わはー、どうもどうも」

 リレーで大活躍した4人が、帰ってくる。春宮は、何かが吹っ切れたようにニコニコとしていた。

「大活躍だったな、春宮」

「皆が頑張ってくれたから」

「そうだな。あ、そういやお前、走り出す前相浦からなんか声掛けられてなかった?あれ、何言われてたんだ?」

「ふふ、内緒」

 人差し指を口元に当て、微笑をたたえた。いつもとは少し違う態度に、少しドキッとする。そんな俺たちを他所に、リレーはクライマックスを迎え、クラスのボルテージも最高潮に達する。春宮はビクッと肩を震わせ、前を向く。俺も前を向くと、何やらもうアンカーにバトンが渡るところだった。

「榎原くん!」

「行け行け!突き放せー!」

「榎原、頑張れ!」

 三組は元から1位だったが、榎原にバトンが渡ってからはさらに間が開き、そのまま文字通りの首位独走でゴールインした。

「凄い凄い!流石榎原くん!」

「あぁ、そうだな」

「てかあれ?1位ってことはもしかして…」

「俺たち…」

『優勝だー!』

 そう、これが閉会式前、最後のプログラムである。クラス全員が優勝したという事実に打ち震え、歓喜の声を上げる。こうやって、クラス全員で何かを成し遂げるのって、今まで経験なかったけど、なんかいいな。

「やったな!」

「うん!」

 春宮はニコリと笑った。今日は大活躍だったからな、夕飯のハンバーグ、特大サイズにしてやるか。


「みんな、お疲れ様!それじゃ、現国のテストを返すわよー」

「ナベちゃんそりゃないぜ!俺ら力合わせて優勝したばっかりよ?そんなもん貰ったら優勝で盛り上がってたテンションがダダ下がりよ!」

「確かに、みんなで何かを成し遂げる、その経験はこの上ない宝になるわ。みんな、いい経験をしたわね。そして、おめでとう」

「だよねだよね!」

「それはそうとテスト返すわよー。相浦さん」

「ナベちゃーん!」

 全く、勉強してないからそんなに自信が無いんだ。俺はどうせいつも通り、平均的な点数。でもプラスマイナスはあるから、多少期待してしまう。

「次、不知火くん」

「はい」

 俺は前まで行き、テストを受け取る。そこに書いてあった点数は…、70点。まぁまぁ良かった。

「春宮は何点?」

「72点」

「マジかよ、負けたわ」

「ぶい」

 マジか、勝ってるかもと思ったのに。いよいよもってこいつのスペックが化け物じみてきたな。『美術コンクール金賞、足が早い、成績優秀』。あ、そういえば先月…。


 これは先月、テストが終わった日に翌日の科目のテスト勉強をしていた時。

「お前、歴史ばっか勉強してるな。英語はいいのか?」

「いいの。私元々イギリスに住んでたから。両親とも日本人だし、家では日本語で話してたけど、外では英語話してたから、英語は得意なの」

「へー、あれ、お前の両親って画家だったよな?」

「うん」

「それならフランスじゃないか?多分芸術を学んでたんだろ?」

「おじいちゃんのコネで格安で宿借りてたらしいの。で、独り立ちして新しい家買って、そこで出会ったのがお母さんって聞いてる」

「なるほどな」

 海外にもツテがあるとは、流石春宮の爺さん。やはり顔が利くのだろうか。

「そんなわけで、英語は100点同然」

 ふふん、と胸を張る春宮。実際、昨日帰ってきたテストでは96点だった。ケアレスミスが何個かあったのだ。

「見直ししような」

「うん」

 まぁ、彼女に比べたら点数の低い俺が言えたことじゃないが。ちなみに、俺は75点。


 という訳で帰国子女も追加。いよいよもって常識外れの高スペックだ。それを打ち消すほど、生活力がないのだが。その一点に目を瞑れば、彼女ほど出来た人間もそう居ないだろう。

「それじゃ、今日はもう終わりね。月曜は振替休日だから、次は火曜日。火曜日からは面談もあるから、親御さんにももう一度声をかけておくように。委員長、号令」

「起立、礼!」

『さようなら!』

 さて、俺は帰るかな。すると、何やら背後から檜山に声をかけられた。

「不知火ー、打ち上げ行こーぜ!今全員に声掛けてんだけど、どうよ?」

「打ち上げか…」

「打ち上げ?私行きたい!」

「行く!」

 ぴょこっと相浦が顔を出し、俺は即答する。

「素直…」

 ボソリと呟く春宮に、「うっせ…」と返す。しょうがないだろ、相浦が行きたいって言うんだから…。こいつだってきっと榎原がいれば…。

「春宮はどよ?」

「んー…」

「打ち上げかー、参加してもいいか?」

「モチのロンよ!榎原参加!」

「私も!」

「おけー、春宮も参加ね!」

 そらみろ、俺はじとー、っと春宮の方を見た。春宮は何も言わず、気まずそうに目をそらす。あ、でも一つ気になることが…。

「クラス全員って言ったけど、こんな大人数でどこで打ち上げするんだ?ファミレスとかカラオケじゃ狭くないか?」

「ふっふっふ、抜かりないぜ、行先はここよ!」

 檜山はスマホの地図アプリを開き、勢いよくタップする。目的地に設定されたのは…。

『海浜公園か!』

「いえーす!ここなら駅近だし、夜遅くまで開いてるっしょ?さすがに九時には帰ろうと思うけど、一足先に夏の思い出作ろうぜ!」

「おー、いいね!花火とかやろうよ!」

「相浦ナイスアイデア!言い出しっぺの俺が3個くらいでかいの買っとくわ!」

 花火か。いいな、花火。去年は相浦を花火とか花火大会に誘おうと思ってたけど、全然誘えなかったし…。この際、ムーディな雰囲気に任せて…、というのもいいかもしれない。

「じゃ、六時に駅集合で!」

「了解!」

「わかった。そういや、一人一つずつくらいおにぎり作った方がいいか?みんな、お腹空くだろ」

「おー、んじゃお願いね、不知火!俺鮭ー」

「俺おかか!」

「塩むすびだよ」

『はーい』

 若干ガッカリしつつも、檜山と正樹は了解してくれる。そりゃそうだ。みんなの意見を繁栄して作ってたら、いつまで経っても終わらない。すると、春宮が俺の肩を叩いてきた。

「どうした?」

「私も作る。実は、今日は早めにご飯を炊いておいた。体育祭だし、お腹減ると思ってたから。しかも多めに」

「米炊けたのか、成長だな」

「ん」

 ぐっと、春宮が親指を立てる。コレは、特大ハンバーグは明日にお預けか。


「おまたせ」

「おっす、不知火アンド春宮!まるで夫婦だな!」

「そんなんじゃねぇよ」

 俺たちはおにぎりを35個ほど握り、弁当に詰め込んで駅に向かった。流石に少し重い。にしても、お互い好きな人がいるのに、夫婦扱いされるのは凄く気まずい。

「よし、これで全員揃ったな!じゃ、ホーム行こーぜ!」

「あ、私チャージしないとだ」

「俺もー。先行っててー」

 俺たちはチャージする組とホームに向かう組で別れ、行動した。お、西川がいる。こういうのは参加しないと思ってたんだけど。

「西川も参加したんだな」

「無理やりな。全く、はた迷惑な話だ」

「別にいいじゃない、予定ないって言ってたし」

「まぁな…、かと言って参加するかしないかには…」

「はいはい、ここまで来たんだから楽しみましょうねー」

「はぁ、わかったよ」

 那月に背中を押され、西川が歩いていく。あのふたり、なかなか距離が縮まったようだ。

「あのふたり、なんかいい感じだよね」

「そうだな…、って、相浦!」

「よっす、さぎりんですよー」

 てっきり春宮だと思ってた。そういやあいつ、さっきチャージしようとしてたわ…。

「ねぇ、あのふたり、もう付き合ってるのかな」

「いや、見てる限りはまだだよ」

「そっか。…今から少し、性格の悪いこと言うね」

 いきなりそんな宣言をしてくる相浦に、俺は「お、おう」と返した。普段の彼女からは、想像もできないような言葉だ。

「あーやって、妙に距離感が近い友達以上恋人未満な人を見てるとさ、もうさっさと付き合っちゃえよって思っちゃうんだよね」

「…たしかにな」

「そし…ら、あき…だって…のに」

「なんて?」

 電車到着のアナウンスと電車の走行音に、相浦の言葉がかき消される。聞き返すも、「ううん、何でもない!」といつも通りの笑顔を見せた。


「海だー!泳ぐぞー!」

「お前水着持ってきてんのかよ」

「冗談じゃんかよー、てなわけで、花火色々買い揃えた!どうよ!」

「おー、バラエティ豊かだな」

「でしょでしょ?惚れちゃってもいいんだぜ?」

 浜辺で、檜山が花火を広げる。俺はその隣に、レジャーシートと弁当箱を置いた。

「お、不知火、それおにぎり?ひとつ頂いてもいい?」

「おう」

「俺も俺もー」

「ほら、どうぞ」

 俺は弁当箱から、おにぎりをふたつ取り出し、正樹と橘にあげる。

「ちょ、俺への愛の告白はー!?特に女性陣!」

「なぁ、まだ明るいし、花火には早くね?」

「そうだねぇ…」

「ちょ、無視!?」

 確かに、日は傾いてはいるけど、まだ沈みきっていない。まぁ、夏場の六時半だからな。すると、沢渡がぼんっとクーラーボックスを置いた。その周りに、全員が集まる。

「沢渡、何よそれ」

「ばあちゃんが持たせてくれたんだよ。みんなで食べろってさ」

 クーラーボックスを開けると、そこにはスイカが!しかし…。

「スイカ!…でもどうやって食べるの?包丁持ってる?」

「それ以上にいいもの持ってきた」

 そう言いながら沢渡は、竹刀入れから木刀を取りだした。これは…!

「スイカ割りだー!」

「沢渡わかってるー!」

「家族旅行で買ったっきり押し入れで腐ってたから、役立てることが出来て嬉しいよ」

 なるほど、スイカ割りか。確かにこれは、明るい時間にしかできないし、今やるのにピッタリだな。

「出席番号順でやる?」

「さんせーい!ならまずは相浦な!」

「ガッテンだ!どたまカチ割ったらーい!」

 そんなことを言いながら、木刀をぶんぶんと振り回す。いや、多少力加減して後続に繋いで欲しいんだが…、まぁ、そんなことは相浦もわかってるか。言うまでもないな。

 相浦は目隠しをして、一歩、また一歩と前に進んでいく。

「右右!」

「こっちか!」

「行き過ぎ!左!」

「こっち!」

 ブンブンとすごい勢いで回る相浦。目が回りそうだ。すると、春宮がスイカを挟んで相浦の正面に立った。

「相浦さん、こっち!」

「お、この声は佳奈ちゃん!こっちだね!」

『おー!』

 なるほど、考えたな。これなら、行き過ぎることはなく、相浦にちゃんと方向を伝えられる。

「ストップ!」

「ほい!微調整は?」

「大丈夫、このまま振り下ろして!」

「了解!喰らえ!さぎりんスラーッシュ!」

 ばこーん!とスイカが真っ二つに割れる。マジか、まさかとは思ったが、本当にやってしまうとは。

「相浦やるー!じゃ、この二つは相浦と春宮の分な。美味しく食べろよー」

「ありがとー、おー、おいしー、佳奈ちゃんどう?」

「うん、美味しい。沢渡くん、グッジョブ」

「どういたしまして」

 それからは、浜辺を歩いたりおにぎりを食べたり、花火の準備をしたりして、ゆっくりと時間が過ぎていった。そして、日が沈む。さぁ、花火の時間だ。

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