第8話 夏の足音
「佳奈ちゃん見てこれ!ナイアガラー」
「おー」
相浦が両手に六本ほどの花火を持ち、春宮に見せつける。
「気をつけろよー」
「分かってるってー」
あ、そういえば西川はどこだろう。ちゃんと楽しめているのだろうか。あれ、どこにもいない。
「西川は?」
「さっきトイレ行くって言ってたぜ。おっ、なにこれドラゴン花火!?」
「それめっちゃ派手なヤツじゃない!?やってみようぜ!」
「じゃ、俺が着火するな!カウント頼みますよー」
なるほど、トイレか。この近くのトイレって言うと…、あそこか。すると、男子陣から歓声が上がる。ドラゴン花火が点火したのだ。すごい勢いで、カラフルな炎が上がる。
「綺麗だね」
「あぁ」
「って、あれ?そういえば那月ちゃんも居ないや。トイレかな?連れション?」
「あいつら異性だろ」
「だよねー、でも何かありそう。もしかしたら今頃、二人きりで何かやってたりして」
二人きりでねぇ…。西川に限ってそんなことは無いとは思うが。あ、でもあいつ、力弱いから押し倒されたら抵抗しても何も出来なそうだ。
「おーい、誰か線香花火持ってったー?」
「いや?どうしたんだ?」
「線香花火の袋が開けられててさー。中身には手はつけてないかもだけど、なんか異様に数少ないし…。まぁ、いいや。あと何個も線香花火あるし」
ふーん、二人が居なくなったのと、なにか関係あるのか?もしかしたら、二人きりで線香花火を…?
俺は一人、真っ暗な海を眺めていた。すると、近寄ってくる足音が聞こえた。
「こんなことしてたら、友達無くすわよ?」
「那月か…」
「そ。同窓会とかで、端っこの方で縮こまってる子にはちゃんと声をかける、空気の読める系モデルの那月陽菜」
「そいつはきっと、声をかけて欲しくなんてないって思ってるぞ」
だから、邪魔にならないように端にいるのだろう。こいつはただただ、空気の読めないやつだ。
「それなら、さっさと帰ればいい。そもそも同窓会なんて来ないでしょ。来たけど、居づらい、でも、誰かと話したい、ここで帰って浮きたくない、そう思ってるのよ。だから、あんたもトイレなんて嘘ついてここにやってきたんでしょ」
「…、なら、少し付き合え」
「何言ってんのよ。付き合うのはあんた」
「どういうことだ…」
俺の質問に、那月は手を差し出した。その中には、六本ほど線香花火が握られている。そして、那月は呟く。
「巻末コメントで、言ってたじゃない。派手な花火より、線香花火が好きだって」
「ふふ、まさかお前が読者だったとはな。一年前に出版されたものだぞ?」
「暇つぶしに読んでるのよ。さ、始めましょ」
小さな蝋燭に那月が、ライターで火を灯す。頼りない火が、ゆらゆらと燃える。
「雰囲気あるわね」
「怖い話でもするか」
「背後にこの前のストーカーが!」
「どわー!」
俺は飛び跳ね、背後を確認する。しかし、そこにはストーカーは愚か人っ子一人いやしなかった。
「どわー!だって、あはは!」
「うるさい、俺だってあいつのことトラウマなんだよ!あんなこと二度とするもんか!」
「でも、守ってくれるんでしょ?」
そういえば、こいつに次何かあったら匿うくらいはしてやると言ったな、たしかに。
「怖いのとお前を守るのとは話が違うからな。膝ガクガクでも篭城してやる」
「頼もしいわね。じゃ、始めましょうか」
那月はゆっくりと線香花火を火に近づけ、火をつける。小さな火花が、ぱちぱちと弾ける。
「ねぇ、西川」
「お前、初めて俺の名前呼んだな」
「ほっといてよ。ひとつ、あんたに質問するわね…」
そう言うと、那月はさっきまでの明るい雰囲気とは打って変わり、しおらしくモジモジとした。こうなったこいつは、大概バイオレンスな方法で照れ隠しをする。そして、こいつの手には小さいとはいえ火が…!警戒しておくか。
「あんたは、今でも線香花火が好きなの?こうやって、落ち着いたのが」
那月が、自分の線香花火を見ながら、少し暗い表情をして俺に質問する。
「何だ、そんなことか。そうだな…、今は序列がない。多分あの時は、線香花火以外を毛嫌いしてたんだ。熱いから、うるさいからって。でも、たくさんの花火を知って、ひとつなんて選べなくなった。ただ言えることは、線香花火は線香花火の、手持ち花火は手持ち花火の、打ち上げ花火は打ち上げ花火の良さがあるってことだ。線香花火の火を手持ち花火で再現すればそれはただ湿気ってるだけだし、手持ち花火の火を線香花火で再現しようとしたらすぐ燃えつきる。だから俺はどれも好きなんだよ、その花火が、在るべくして居てくれるなら」
「ふーん…そっか」
「そうだ。おっと、落ちたか」
「私の勝ちね」
ふふ、と那月が笑う。このまま、少し調子に乗らせておくか。喚かれるよりか、図に乗られる方が余程マシだ。その時、パンっと何かの破裂音が遠くから聞こえた。夏を象徴する音だ。
「花火!?」
「偉く早い時期からやってるのね」
「そうだな…、綺麗だ」
「らしくないわよ」
「うるせー」
それからしばらく、海岸に腰を下ろし、街の方角の花火を見上げた。すると、何やら賑やかな声が聞こえてくる。
「ほんとほんと、花火見えたの!先っぽだけ!」
「ほんとか?あ、確かに見えるわ!って、西川!お前こんなとこにいたのか」
「陽菜ちゃんも一緒だったんだね」
振り返ると、不知火たちがクラスメイトを引き連れてこちらに来ていた。「おう」と短く返事をする。
「えー、もしかして二人でしっぽりやってた感じ!?西川羨ましいぞ!抜け駆けかよ!」
「そんなんじゃない。あと那月。ひとつ訂正させてもらう」
「何よ」
何やら意外とでも言いたそうな顔だ。俺だって頑固なのは自覚しているが、自分の間違いを糺さないわけではない。
「やはり、同窓会で隅にいるやつはな、お前に声をかけられて、嬉しかったと思うぞ」
那月はさらに一段と驚いた顔をしていたが、しばらく花火を見つめたあと、
「そう、なら良かった」
と呟いた。
俺と相浦は、二人で並び、花火を見上げた。その少し前で、春宮と榎原が二人で話しているのが見える。
「綺麗だね」
「あぁ…」
ここは、「君の方が綺麗だよ」だとか気の利いたこと…、いや、キモイだろ。そうだな…。ちょっと勇気を出してみようか…。
「今度さ、地元でも花火大会あるだろ?来月…!」
「あー、あるね!私も行きたいんだよねー」
「なら、一緒に行かないか?俺と…」
「お、いいね!じゃ、おいおい連絡ってことで!」
「分かった!」
よし!勇気を出した甲斐があった!去年と比べたら、大した進歩だろう。春宮が聞いたら、羨ましがるだろうか。私だって榎原くんと行きたかったって。その時、ちゃんと背中を押せるのは、今は俺だけだ。責任重大だな。
「ねぇ、不知火くん」
「何だ?」
「私、佳奈ちゃんのことさ、少し誤解してたんだよね」
「そうなのか」
なんで俺になんて、聞くのも野暮だろう。本人には言えないことだって、あるだろう。
「佳奈ちゃんはさ、幼い頃から賞をいっぱい取ってて、凄いって思った。それが英才教育なのか、才能なのか、私には分からなかった。でも、少なからず、彼女は私には持ってないものを持ってるから…、でもさ、小さい頃の賞はともかく、そこからの賞はやっぱり努力が必要なんだよね。私だって努力してきた。でも、才能がある分、彼女の方が上なのは分かりきってたのに、どこか対等な気がしてた。君も、分かってたんじゃない?努力した一般人じゃ、努力した天才には勝てないって」
「…うん」
俺も、あの時春宮の絵を見て感じた。才能だけでは、きっとあの絵は書けないと。
「たはは、やっぱり、私って子供なんだよ。その事わかってる分、不知火くんの方が大人だね。あぁ、痛いな。多分この痛みは、みんなが経験するものなんだ。心の成長痛。これ乗り越えたらさ、強くなれるかな。他人の強さも、自分の弱さも受け入れて、誰かを好きになれるかな」
「相浦…、あぁ、きっと慣れるよ。俺は、相浦を応援する」
「…ダメだよ、不知火くん。応援するのは一人にしないと、辛くなるでしょ」
その言葉に、ハッとした。コンクール前、俺は二人共を応援していた。いや、春宮に対しては口にはしてないけど、この際は口にしてなくとも当てはまるだろう。その結果はどうだ。俺は相浦をどのように励まそうかという気持ちと、春宮をどう褒めたたえようかという気持ちの板挟みになってしまっていた。その事が、相浦には筒抜けだったのだろう。
「てなわけで、私はこれからも努力に努力を重ねていくから、よろしくねってこと!佳奈ちゃんにあんな宣言しちゃったしね!」
「どんな宣言?」
「内緒!」
「にしし!」と相浦は笑った。本当に、その笑顔が俺は好きだ。でもどうしてだろうか。応援したくなるのは、春宮の方なのだ。相浦が言う通り、応援するのは一人の方がいい。俺はそれを身をもって知った。選択しなければならない。どちらかを。
俺は、今日がとても憂鬱だった。未来の事を聞かれても、「よく分かりません」と言うしかないからだ。そのくせ、決めつけられると反発したくなる、そんな自分に嫌気がさしていたのだ。
廊下に並べられている椅子に腰掛けていると、何やら慌ただしい足音が聞こえてきた。
「なんだろ」
「さぁ」
俺の隣で座っている春宮と一緒に、首を傾げる。
すると、なにやら金髪に黒メッシュの青年がこちらに走って来た。渡辺先生も一緒だ。いつもと違うのは、さすまたを装備しているところだ。
「春宮さん!不知火くんの後ろに隠れて!」
「ん!」
「えっ!」
流石に自ら盾にされると困るのだが…。そんなことも言ってられない状況だ。どうやら、不審者らしい。すると不審者が春宮に飛びついた!いや、正確には春宮を庇った俺に飛びついた。
「お嬢ー!助けてくださいよォ!」
「春宮さんから離れなさい!」
「おわぁ!」
俺からさすまたで突き放された不審者は、派手にひっくり返り、なんとか体勢を立て直して走り出した。抱きつかれてたのは俺なんだけど…、と複雑な心境だったが、どうやら春宮はもっと複雑そうな顔をしていた。
「お、おじさん…」
「…マジ?」
そのおじさんが、何やら追い回されてしまった…ということらしい。俺と春宮は、ただただ佳奈の叔父が走り去っていった方向を眺めた。
何故だ。俺、桜田理人はお嬢に「面談に来て欲しい」と言われたから来ただけなのに、何故こんなことに…!恐ろしい形相で走ってきた女教師から全速で逃げ、空き教室に逃げ込んだ。
あの気迫、頭に似たものを感じた…。それまでに鬼気迫るものだった。どうやらお嬢もいい教師にめぐりあえたようだな。それほど大事に思われているということだろう。しかし、どうしたものか。何とかして誤解を解かなくては。
「どうかしましたか?」
「うわぁ!」
薄暗い教室から、何やらダボ着いた白衣を着た少女が現れた。び、びっくりした…!
「不法侵入ですか?通報していいですか?」
「いや、ちょっと待って!俺は不法侵入じゃなくて!」
「でも、保護者用名札付けてないです」
え…!た、確かに、参観日とかにはお袋がそんなのをつけていたような…!と理人は思い返す。
「ど、どうやってもらえば…!」
「入学の時に渡されるはずですが…」
「…お嬢ー!」
どうやら渡しそびれていたらしい。そうだよな、お嬢結構抜けてるとこあるもんな!だから俺が世話係してたんだもんな!と俺はお嬢の性格を再確認した。その時だ。近くに悪魔の足音が鳴り響いた。
「…とりあえず、少し隠れさせて!」
「その必要も無いですよ。私が弁明します」
「弁明って…、こんな事言うのもなんだけど、本当に信じていいのか?」
「はい。あなたは見た目こそちゃらんぽらんですが、本当に不審者ならとうに私を襲っているはずですし。こんな薄暗い教室で、私のような美女を前にして、理性を保っていられる不審者なんて居ないでしょう?」
「自己肯定感高いね君」
そう言うと少女は、ふふんと胸を張った。とりあえず、俺は少女の後ろに隠れた。どうやら廊下では、女教師が順番にドアを開けて行っているようだ。ホラー映画か何かだろうか。やがて、勢いよくドアが開かれる。
「ここかー!って!夏芽さん!?そこどいて!その人不審者よ!」
「違いますよ。この方は保護者さんのようです。名札がないから、勘違いされただけで…」
少女が弁明してくれる。てかこの子、夏芽って名前だったのか。
「え?じゃあ誰の…」
「私の保護者。おじさん」
「おじょ…、佳奈さん!」
教師の背後から、お嬢が顔を出す。教師は、俺とお嬢を交互に見たあと、へなりと腰を抜かした。
「な、なら良かった…、ごめんなさい、私、てっきり勘違いしてしまって…」
「いえ。そういうのには慣れてますので」
「あはは…、では、上で待ってますね」
「はい、ご迷惑をおかけしました…」
俺は、ぺこりと頭を下げた。まぁ、多分俺の容姿も勘違いに拍車をかけてしまったのだろう。もうこの際、染め直すか。
「おじさんのこと守ってくれてありがとうございます、先輩」
「先輩!?」
「ほら、リボンの色違う」
「あ、確かに」
言われてみれば、お嬢が青、夏芽さんが緑だ。お嬢の方が背が大きいから、後輩か同級生かと思っていた。
「君、名前は?」
「私は夏芽愛萌です、以後お見知り置きを。あなた達は?」
「春宮佳奈です」
「春宮…?あ、俺は桜田理人。よろしくね」
あぁ、お嬢はきっと偽名を使っているんだ、素性を隠すために。そうやって、納得していたら、お嬢が俺の裾を引いた。
「そろそろ行こ。待たせてる」
「あぁ、うん、行こうか」
「ぷふ、少し新鮮」
言葉遣いがいつもとは違うのが面白いのか、お嬢が吹き出す。
「う、煩いな、別にいいでしょ!じゃ、ありがとな、夏芽さん!」
「はい、またどこかで」
そう言うと、夏芽さんは手を振った。部外者の俺が、今後あの子と会うこともないと思うのだが…、まぁいいか。いざとなればお嬢に話しに来るだろう。そんなことがあるのかは知らないが。
「おう、春宮」
「ん。三者面談終わった?」
三者面談が終わり、昇降口で春宮と鉢合わせる。
「終わったぞ。にしても災難だったな、お前のおじさん」
「今度、名札渡しとく」
「そうしてあげてくれ。ってあれ、そのおじさんは?」
「ソサクサと帰っていった」
帰ったなら、掃除も必要なかったな…、いや、いずれしてたが。
「そうか。なら、一緒に帰るか」
「ん、そうしよ」
「あら、今日は私とご飯の予定じゃなかったっけ?」
正門近くで、背後から声が掛けられる。最近はめっきり聞かなくなったが、間違えるわけが無い。他でもない、不知火静子。俺の母だ。
「誰?」
「母さんだよ。ごめん、そのことてっきり忘れてたわ」
「一か月前だからね。しょうがないか。で、その子は?」
「春宮佳奈です。よろしくお願いします」
「ご丁寧にどうも。士郎の母、静子よ」
丁寧にぺこりと頭を下げる春宮。すると、母さんは「そうだ」と言い、春宮の肩に手を置いた。
「この子も一緒に食べに行きましょ。この後予定は?」
「ないです。むしろ今予定ができたくらい…!」
春宮はじゅるりと舌なめずりをする。こいつ、どれだけ食べる気だ…。
俺たちは学校に停められていた母さんの車に乗りこみ、駅に向かう。姉ちゃんを迎えに行くのだ。
「綺麗な人だね」
「そうか?母さんだから、んな事考えたこと無かった…」
「うん、とっても美人」
ふふ、と春宮が笑う。その様子を、ルームミラー越しに見ていた母さんから一言。
「何あなたたち、妙に距離感近くない?もしかして付き合ってるの?」
『い、いやちが…!』
「そう。お似合いだと思うけど」
「やめろよ、母さん!」
「はいはい。あ、胡桃」
たく、お互い好きな人がいるのに、そんな勘違いされるなんて、この上なく気まずい…。すると、後部座席のドアが開き、姉ちゃんが入ってくる。
「お母さん、ありがとね。あ、佳奈ちゃん。やっほ!」
「胡桃さん、やっほ」
二人は軽い挨拶を交わし、春宮の隣に姉ちゃんが腰掛ける。俺は、窓際に詰めた。
「胡桃とも仲がいいのね。じゃ、レストラン行きましょうか」
「おー!」
「おー」
春宮は目を輝かせながら、姉ちゃんに続いて声を上げた。もうこいつはレストランならどこでもいいのだろうか、どこに行くかもまだ聞いていないのだが…。
俺たちが向かったのは、駅の近くにあるステーキ屋だった。この上なく春宮の目が輝く。どうやらお気に召したらしい。こいつ、肉好きだからな。その割には太ったりとかはしていない。食生活はほぼ俺が管理しているとはいえ、代謝がいいのだろうか。
「美味しい…!」
「そう、なら良かった。どんどん食べてね」
「母さん、そんなこと言うと…」
「あら、士郎も遠慮はいらないわよ?私、物欲ほとんどないから、お金余ってるのよ。共働きだから、食費を算出しても随分お釣りが来るほどにね」
そう、俺の両親は共働きで、光熱費、家賃は父が、食費、俺たちへの仕送りを母が出しているのだ。姉ちゃんは働いているがそれを考慮しても、かなり馬鹿にならない額になると思うのだが…。
「大丈夫、任せて」
何を任せて欲しいんだ、こいつは。分はわきまえているということか、それともまだ腹に入るから、まだまだ食べるということか。多分前者だろう。流石にこいつもそこまで馬鹿じゃない。
「士郎ー、そこのタブレットでサラダ頼んでくれない?」
普段春宮以上に肉に飢えている姉ちゃんですら気を使って野菜を…。そんなことにも気が付かず、春宮はステーキをもう一切れおかわりし、綺麗に完食した。
7月1日、金曜。学校のプール開きだ。俺たちは週末の六限、疲れきっている体でありながら、テンションはかなり高かった。
「なぁ、うちのクラス結構レベル高いよな?」
「何言っちゃってんの。ただでさえ、スポーツやってて引き締まった体の島崎嬢、相浦。二年の中でも一二を争うほどのデカさの橋本嬢。そして何より…!」
下世話な会話を繰り広げる三馬鹿の隣で、俺は膝を抱えて相浦を横目に見た。さすがにガン見する勇気は無いが…、それでも、目に焼き付けたかった。彼女の水着を。すると、何やら男子陣が歓声を上げた。それに反応し、相手がこちらを見つめた。俺はとっさに視線を逸らす。その歓声の原因はと言うと…。
「熱ーい、日差しも強いし、日焼け止め塗ってよかったー」
更衣室から、那月がやってきたのだ。いつもと違い、髪をポニーテールで括っている。
『キター!那月陽菜ちゃん!』
「ヴィーナスは降臨なさっていたか…!」
「気付くの遅いっての!」
「なになに、陽菜ちゃんって茄子なの?」
「お前は黙ってろ!」
「ひでー!」
檜山はどうやら三馬鹿の中でもさらに頭が悪いらしい。知っていたが。
すると、那月の後ろから、とぼとぼと春宮が歩いてきた。長い髪は、髪留めで留められている。
「じゃ、まずは体操だ。体育委員、前に!」
『はい!』
返事とともに、島崎と溜が前に出る。入念に体操をしたあとは、シャワーを浴び、腰洗いそうを抜けて、俺たちはついにプールへの入水準備が整った。
「俺、地獄のシャワー苦手だわ…」
「わかる。心臓跳ねるよな」
「あぁ、でも、これで…!陽菜ちゃんと同じプールに!」
「男子、視線がやらしー」
「お前らのことなんて見てねぇよー!」
「それはそれで酷くなーい!?」
そう、確かに、男子陣は那月の水着姿に釘付けのようだ。それ以外は見えていない。俺が相浦の水着姿以外見えていないのと同じだ。
「お前たち、まずはクロールだ!一人三本!初め!」
俺は列にならび、ついに順番が回ってくる。隣では、春宮が入水している。
「お前、泳げるのか?」
「苦手…、でも、頑張る」
「そうか。頑張れよ」
「ん!」
ぐっと、親指を立てる。体育祭で何回も見せた、大丈夫、任せろという意思表示。口で言ってくれるより、こうやってハンドサインをしてくれる方が、何故か俺は安心できた。
「初め!」
ホイッスルが鳴り響き、俺たちはスタートする。俺は水泳は特段得意では無いが、苦手という訳でもない。しばらくして、プールの端に手がつき、俺は状態を起こす。
「ナイススイム、不知火ー!」
「よ、ゴーグル越しでも目付きが悪いのがわかる男!」
「うるせ!」
からかってくる檜山と橘。ここらで正樹もなにかからかってきそうだが、彼から上がったのは心配の声だった。
「おい、春宮のやつ大丈夫か?」
「…?春宮!」
振り返ると、春宮が15メートル位のところで沈みかけていた!俺は線を超えて、春宮を抱き抱える。なんとか口を水面に出し、呼吸を確認するも、意識が戻らない。
俺は春宮をプール端まで寄せ、中西先生が引き上げる。春宮の意識は、まだ戻らない。苦手とはいえ、そこまでとは…。
「島崎、春宮を保健室まで頼めるか?」
「はい!」
春宮は持参していたタオルに包まれ、島崎がおぶって保健室に向かう。大丈夫だろうか…。
放課後。ホームルームにも顔を出さなかった春宮が気になり、保健室に向かった。
ノックして、中の確認を取る。何も言われなかったため、中に入る。そういえば今日は委員会か。保健委員会の代表教師だからな、保健の瓜生先生。
「春宮、大丈夫か…!?」
「あっ…」
ベッドで着替えをしている、春宮と目が合う。お互い少しフリーズし、春宮は勢いよくベッド周りのカーテンを閉じ、俺は距離を取った。
「お前、確認しただろ!」
「瓜生先生だと思ったの!」
「先生だったらノックしないだろ!」
下着をつけていたのはせめてもの救いか…。白だった。しばらくして、カーテンが開く。赤面した春宮が、カーテンから顔だけ覗かせた。
「その、悪かったよ。それより、良くなったんだな」
「それよりって…、まぁいいや。うん、心配かけてごめん」
「でも、あんなだったら、今まで苦労しただろ」
「中学までは、なんとかビート板で泳いでた。でも、高校までなると、やっぱりちゃんと泳ぎたくて…」
「なるほどな」
よし、それなら…。
「なぁ、特訓しないか?」
「特訓?」
春宮はキョトンとする。説明が足りなかったか。そんな彼女に、俺は詳しく説明する。
「あぁ、明日、市民プール行こうぜ!」
「…いいの?」
「あんなことが続いてずっと見学してるより、泳げるようになった方がずっと楽しいからな。お前が良ければ、だけど」
「行く!」
春宮が、勢いよく俺に宣言する。メラメラと、闘志に燃える瞳だ。その瞳に映るのは、25メートル完走した時の、榎原からの賛美の言葉だろうか。
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