第30話 梅雨の動乱⑶

 次の日。ついに春宮は学校に顔を出す。久々に全員朝から出席となった二年三組は、やけにボルテージが上がっていた。


「春宮おかえりー!」


「久しぶり」


「相変わらずローテンションだなー」


 檜山と正樹、橘に囲まれ、春宮は熱烈に歓迎されていた。


「にしても、元気そうでなによりだ」


「うん、ありがと…榎原くん」


 榎原に話しかけられ、顔を赤くしながら、春宮は俯く。俺の時とは打って変わり、まさに恋する乙女だ。


「あの子もなかなか人気ねー」


「なんだ、自分以外の人気者が現れて立場が揺るがされるのが怖いのか?」


「んなわけないじゃない、私今をきらめく読モよ?」


「あだ、抓るな!」


 那月が若干不服そうに頬杖をつき、西川がそれに突っ込み返り討ちに合う。やはり、力関係的には西川の方が下のようだ。


「お前ら、やっぱ仲良いだろ」


『仲良くない!』


「ナイス夫婦漫才」


 ぐっと春宮が親指を立てる。春宮に集まっていた視線も、那月と西川の方に移動していく。そう、生暖かい視線が。


「えー、2人ってそういうご関係?」


「どういうご関係だ」


「そりゃあ…ね?」


「ひと足早い夏のアバンチュール的な?」


「あ、アバ…!?」


「あばんちゅーるって…何?」


 どうやら榎原には意味が理解できないらしい。学が足りていないようだ。


「んな事あるか」


「こ、こいつとなんてないわよ!」


「ふふふ…、恋バナかね!愛あるとこに相浦あり!恋バナハンター相浦只今推参!」


 那月と西川の間に挟まり、相浦がやってくる。俺の鼓動が少し高鳴り、何故か春宮に手の甲を軽く抓られる。


「んだよ…!」


「鼻の下伸びてる、やらしいシロイヌ…」


「…!」


 咄嗟に鼻の下を隠す。そんな俺を尻目に、春宮はぎゅっと相浦に抱きつく。


「紗霧さーん」


「佳奈ちゃんー、久しぶりだねー」


「むー」


 スリスリと相浦の腹に頭をすり付ける春宮。二人の距離感は、かなり近いようだ。


「お、こっちでもカップル成立?」


「春宮は相浦のことが大好きなんだなぁ」


「あ、えっと…」


「か、佳奈ちゃんにはちゃんと男の子好きになって欲しいなぁ」


「う、うん!」


(どちらかと言えば姉妹か?)


 そこにいた誰もが、どこかほっこりとしていた。尊みを感じていたのだろう。


「ねぇ、あんた…」


「俺?」


「そ、不知火…だった?」


「あぁ、うん」


「あの子好きなんだ…」


「はぁ!?」


 唐突な発言に声が裏返る。まるでノーガードでアッパーを食らったように、クラクラとする。「えっと…」と、適当な言葉を口に出してみる。なぜそれが春宮に引き続き彼女にまで知られてしまった。


「どうして…」


「あんた分かりやすいから」


「同感だ」


「お前まで…」


 西川にまで知られてしまったらしい。どうやら俺は自分の思っている以上に分かりやすい性格だったようだと思った。しかしどうすべきか。どうにか誤魔化さねば。


「でね…」


「お、おう」


 とりあえず、彼女の言い分を聞いてみることにした。


「少し、考え直したら?あの子…」


 ふっと、那月が相浦の方を見つめる。


「私と同じ匂いするから」


「な…!」


「何を言い出す、それはさすがにアホ娘への名誉毀損だろう…!」


「それ私に対してもあの子に対しても名誉毀損だからね…。ま、頭の片隅にでも置いといて。あんたと彼女じゃ、多分つりあわないわよ」


「なんで…!」


「これ以上は言えない。あとはあんたの目で確かめて」


「…わかった。それと、これは相浦には言うなよ」


「私もこんなこと本人には言わないわよ。面と向かって言えるほど、私は強くない」


 そう言うと、那月は席に戻った。ホームルームが始まるのだ。そんな彼女を、西川が見つめる。


「たっく、あいつは本当に性格が悪い。俺が言うのもなんだが、あまり気にするなよ。あのアホ娘に限って、あいつと同等に性格が悪いだなんて有り得ん。だとすれば、あいつは…、那月以上に性悪ということになる」


 「考えたくは無いがな」と西川は続ける。春宮と笑い合う相浦に、俺は無性に目線が行った。しかし、彼女からは全く裏なんて感じられなかった。




「じゃ、来月から三者面談あるから。みんな親御さんによろしくね。あと、三週間後には体育祭もあるから!みんな運動の後には水分補では、委員長、号令」


「起立、礼!」


『さようなら!』


 放課後。三者面談が近いということで、親に一報入れた。どうやら母親が来てくれるらしい。そして、引っかかることがひとつ。


「春宮、お前三者面談どうするんだ?」


「…おじさんに来てもらう」


 おじさん…。俺の脳内には、屈強な刺青の大男がイメージされた。そのことを察したのか、「多分期待には添えない」と春宮が続ける。


「なら、どんな人だ?」


「おじさんって言っても、おじいちゃんと杯を交わしただけだから、正確にはただの組のひとりなんだけどね」


「正確も何も、赤の他人じゃないか…。なんでそんな人が面談に?」


「私のお世話してくれてた人だから…。簡単に言うと、保護者…というか、執事って立場に近いかも」


 なるほど、その人に甘やかされて育ったから彼女はこんなに生活力ゼロになってしまったんだなと確信した。


「この上なく失礼なこと思ったでしょ」


「悔しかったら掃除のひとつでもできるようになれよ」


「むー!」


 ポカポカと脇腹を殴られる。そして、ふとその攻撃が止まり、春宮が空を指さす。鼠色の空、朝のニュースでは午後からは少し天気が不安定になると言われていた。


「急ぐか」


「おー」


「明日からは部活動見学も再開な」


「おー」


 ぐずりそうな天気の中、俺と春宮は走り出した。

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