第25話 逃げ出した猫⑷

 春宮と西川は休みか。西川はともかく、春宮まで…。やはり昨日のあれが原因か。


「わ、私のせいかな?」


 昨日の一件で責任感を感じたのか、相浦が申し訳なさそうな顔をする。


「大丈夫、相浦は悪くないよ」


 …とは言いきれないのが事実だ。彼女は春宮のトラウマに触れてしまった。だがそれなら、俺や西川の方が責任重大だろう。


 相浦からそんなことを言ってくるってことは、彼女も少し春宮の去っていく背中を見て思うところがあったということか。にしても、春宮は本当に何があったんだろう。


 ただの寝坊か?朝は反応がなかったから、仕方なく一人で登校してきたのだが。やはり罪悪感を感じてしまう。


「はーい、じゃあHR始めるわよ…」


 朝の本鈴と同時に、先生が入ってくる。ガタガタと席に着くその生徒の中に、やはり二人の姿はなかった。後でふたりの家に行こうか。てか、先生顔色悪!


「ナベちゃん先生、また合コンすかー?」


「なんでそうなんのよ」


 檜山がそんなデリカシー皆無なことを言い出した。まぁ、先生が顔色が悪いのは一ヶ月に一回くらいある。そのスパンで合コンに行ってるのに、未だに彼氏は一人もいないらしい。


「また失敗してただでさえ合コンで酒入ってるのにやけ酒して、二日酔いと寝不足のダブルコンボ決められてそうな顔してるから」


「くっ、そうよ正解よ!その洞察力を少しは国語の文章問題に向けてくれたらいいんだけどねぇ、檜山くん!」


(いや、それは先生がかなりわかりやすいからじゃ…)


 先月のこと、渡辺先生は朝から顔色が悪かった。先生は現代文学Bの教師なのだが、その内容が少し色恋沙汰だった。しかも何やら両思いらしい。


 いつもよりも荒々しい黒板にチョークがぶつかる音。パラパラと粉が下に落ちていく。


「いい!?こんなの一時の気の迷いなの!どうせ恋人になっても将来添いとげるってわけじゃないし、そんな曖昧なものなんかに時間を費やす方がバカバカしいわ!みんなもどうせ受験生になったら分かるわよ!恋人ってのがどれだけもろくて、めんどくさい関係なのかがね!つまり…」


 そして、今度は俺たちに背を向けて黒板に手を付き、もう一方の手で口を塞いで「うぷっ…」と嗚咽を漏らした。その時、俺たちは思った。あぁ、こんな大人にはなりたくないなぁ、と。職業の面では多少勝ち組かもしれないが、それ以外が残念すぎる。それと、もう一つ。先生は今日みたいな日は必ずと言っていいほどすっぴんで来る。


 先生はこの前、「寝不足になるとね、テンションがだんだんおかしくなっていくものよ」とも言ってた。まぁ、つまり先生は今、テンションが壊れており、簡単に言えばヒートしやすい。しかし、大声や激しい動作をすると二日酔いで頭痛、吐き気などが込み上げてくる。まさに、前門の虎後門の狼と言ったところか。抑えようと思っても、抑えられないのだろう。


 あぁ、今日は心配な人が多すぎるな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る