第21話 自分らしく、あの人らしく⑻
「ありがとな」
俺たちが従業員の人達にお礼を済ませ、夕方、自動販売機の前で屯してどの飲み物を買おうか決めかねていた頃、唐突に西川が口を割った。
「なんで今感謝されるんだ?」
「俺と友達になってくれたからさ」
「お前、憑き物が落ちたみたいだな」
「…あながち間違ってない。俺は今まで、責任感と罪悪感に取り憑かれてたみたいだ…。でも、大丈夫だ。正直、お前らが居たから何とかなった。不知火と変態娘が居たから一人暮らしが楽になったし、お前らと関わりあってる時が、小説を書いてる時よりも、それを書き終えた時よりも、何よりも気が楽で、楽しかった。そんな日々があったからこそ、ばあちゃんに全てを明かされたあとも抜け殻にならずに済んだ。本当に感謝している」
抜け殻…か。確かに、その可能性は捨てられないだろう。こいつにとって、母親の振りをすることこそがアイデンティティだった。それを奪われてしまえば、抜け殻になってしまうだろう。
でも、俺達がこいつに意味を持たせた。いや、押し付けていたのかもしれない。一方的に、友達という関係を押し付けた。まぁ、今日の一件で西川からも認めて貰えたようなものだけどな。とにかく、これが少しくらい西川にとってのアイデンティティになっていた。だから抜け殻にならずに済んだ…。のかもしれない。完全に自論だが。
「難しいことわかんないけどさ。抜け殻だとか、なんだとかさ。でも、私も西川くんたちと話してると楽しい!」
「そうだな。俺も西川と話してると楽しいぞ。それに尊敬してる。あんなこと考えついて、それを実行するなんて、俺には無理だから」
「私も先生の小説、好き」
みんなの言葉を受け止め、西川はかなり顔が赤くなっていた。もしかして、こいつ褒められ慣れてない?でも、基本エゴサはするらしいし、褒められ慣れてはいるみたいだし…。あ、たしかサイン会はまだ開催されてなかった。直接褒められるのに慣れていないのかもしれない。
「だぁあ!今日は奢りだ!好きなの言え!」
「おー、太っ腹だねー!なら、私はサイダーをチョイスだ!」
「相浦、もうさっき買ってたろ」
「それはオレンジジュース!サイダーは別腹なのだよー!」
「相変わらずだな。じゃ、俺はコーラ!」
「私、天然水」
「お前ら容赦ないな…。あ、俺カフェオレ。冷たいヤツな」
「お前も人のこと言えんだろ。まぁ、今日は気がいい。別にいいさ」
そう言うと、千円札を取り出し、次々とボタンを押して行った。全部覚えているのか…。小説家やってると、記憶力とかも上がるのかな。すると、遠くから声が聞こえてきた。
「わー、今日はみんな勢揃いなのね」
「あ、姉ちゃん」
実は、少しお使いを頼んで置いたのだ。これなら、生活スキル皆無の姉ちゃんでも実行することが出来るだろう。ちなみに、かなり細かい情報まで書いておいたので、変なものを買ってくることは無いだろう。
「げっ」
「んふー」
「ふぬぬ…」
ギクリと西川は震え、春宮の後ろに隠れるも、姉ちゃんにはお見通し。じわりじわりと春宮に近づく。春宮は必死に隠そうとするも、フェイント気味に抜かれ、西川を抱き抱えた。
「わーい、蓮くんゲーっと!」
「離せー!離せ変態娘ー!」
手足をじたばたさせるも、西川はかなり背が小さいため、地面に足すらつかない。どのくらい小さいかと言うと、高一の女子生徒より小さい。中三の平均身長くらいだろうか。もちろん女子の。まぁ、この身長も相まってこいつはほんとに女子にしか見えない。
「返してー」
「佳奈ちゃんのじゃないわよ」
「お前のでもない!さっさと、迅速且つ速やかに離せー!」
「そのくらいにしとけよ、姉ちゃん」
俺の言葉に、姉ちゃんは「えー」と嫌そうにするも、ゆっくり西川を降ろした。そしてまたもや春宮の後ろに隠れる。女子に隠れる男子とは…。ちなみに、なぜ春宮に隠れるのだろう。
「じゃ、私たちはこっちだから!さらばっ!」
しゅばっと、相浦が手を挙げて、交差点を右に曲がる。その後ろを追うように、「じゃなー」と言ってヒラヒラと手を振る榎原。二人は逆方向だからな。俺たちは左だ。
「おう、じゃあな」
「バイバイ」
「お前はこっちだ」
何故か二人の後を追おうとする春宮の首根っこを引っつかむ。バタバタと暴れるも、流石に男と女。体格に差もあるし、俺も人並みには力があるため、春宮は「ぐぇ」と声を上げて前に進めなくなる。
「むぅ、離して」
「今日はハンバーグだぞ」
「さ、早く帰ろー」
現金なヤツめ。あれから土曜の夕飯はハンバーグを食べることになっていた。理由は簡単。春宮がハンバーグが好きだからだ。先週は野菜を食べたいと言っていたためキャベツロールにしたが、基本はこれからもハンバーグになるだろう。
にしても、春宮はいつ告白しようとか、考えているんだろうか。それとも、おいおい考えるんだろうか。まぁ、いつまでも相浦に告白できない俺が気にすることでもないだろう。それに、今のこいつはハンバーグに目がないそうだし。
「あら、蓮ちゃん。髪そのままなのね。てっきりあたしったら、バッサリ切ってくるんじゃないかって思ってた」
「失恋した女子じゃないんだからさ。それに…好きなんだ。この髪型」
「そう、ならあたしからも一言。可愛いと思うわよ、その髪型」
「えへへ」
そう、この髪型が俺は好きだ。少なくとも、母さんが帰ってくるまでは、このままだろう。この髪型が好きな理由は、鏡に笑いかけたら、母さんが帰ってくるまでは、笑いかけてくれるからだ。でも、毎回まちがいさがしになってしまう。口角がもう少し下がっていた、目じりがつり目がちだ、笑顔が子供っぽい。
やっぱり、母さんが戻ってこないと、この穴は埋まらないんだと思う。
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