第20話 自分らしく、あの人らしく⑺
「ありがとね、約束守ってくれて」
一週間後の土曜日。俺は喜美子さんの部屋を訪れた。あいつもそろそろ来るだろう。
「約束しましたから」
「ふふ、真面目なのね」
「そうですかね」
約束は守るもの。そんなこと子供でもわかるだろう。
俺としては、断る理由もないのでここに来たが、少しあいつがどんな反応をするのか見たいってのもある。我ながら性格が悪いな。
「お母さん」
おっと。西川が到着したみたいだ。ノックされた後、ドアが開かれる。
「どう?体調に変わり…は…」
俺が視界に入った瞬間、西川は明らかに動揺した。目を泳がせ、「あ…ぇ…」と、口をパクパクさせている。
「あ、あなたは確か…蓮太郎の友達…よね?一週間前も会った」
声を震わせながらも、西川は会話を試みた。あくまで母親の振りをして、だが。見ると、喜美子さんは右手で左手を抑え、その手はかすかに震えている。やはり、喜美子さんには酷すぎるよな。
「…実は」
俺から切り出した方がいいだろうか。そう思ったが、「あのね」と、喜美子さんが俺の言葉を遮った。
「あたしがこの子を呼んだのよ。あなたの友達でしょう?」
「友達って…この子、蓮と同級生よ?私と友達なわけ…」
「あたしだってしーくんの友達よ?友達に、歳とかは関係ないんじゃないかしら」
この人だからこそ、説得力があると思う。喜美子さんなら、託児所に通ってる子達全員と友達になることも出来そうだ。
「それにね。しーくんにはあなたのこと沢山聞かせてもらったわ」
「なんで?この子、私の事なんて全然知らないでしょ?たった一回会っただけよ?あれから会ったことなかったし!」
「ううん。しーくんは、あなたの事をよーく知ってたわ。それと、もう本当のこと言ってもいいのよ。蓮ちゃん」
「……!」
何も言わず、いや、何も言えない様子で、ただ目を見開いた。鳩が豆鉄砲をくらったような顔といえば、わかりやすいのかもしれない。
「いつから…気がついてたの?」
「去年の秋。あなたが制服で飛び込んできた時、確信したわ」
「…そっか。墓穴掘ってたんだ」
西川は表情に影を落とした。恥ずかしいとか、そんなものじゃないのだろう。自分が今までやってきたことが全て無駄になったのだ。このままでは、母親の現状を説明しなくてはならなくなる。
「ありがとね」
「なんで感謝なんて…ばあちゃんを騙してたんだよ…!恨みこそされど、感謝なんてされる謂れはない!」
「あたしのために、優しい嘘をついてくれたから」
そう言うと、喜美子さんは西川を抱きしめた。
「でも、もういいのよ。これからは、あなたの思う莉世じゃなくて、あなたが好きなあなた自身を見せて欲しいの。深い詮索はしない。またいつか、あの子が顔を見せた時、うんと可愛がってあげたらいいんだから」
「……」
「だから、今はあなたを甘やかさせてね」
「ばあちゃん…!うあぁぁぁ…」
西川は年甲斐もなく、喜美子さんの膝の上に頭を乗せ、泣きじゃくった。そんな西川の頭を、喜美子さんは優しく撫でる。俺、ここにいてもいいのかな…。やっぱり、俺だけ場違いじゃ…。
「…ごめんばあちゃん。みっともない姿見せた」
「別にいいわよ。それより、あなた達。隠れてないで入ってきたら?」
ん?あなた達?それに隠れてないでって…。見ると、何やら不自然にドアが少し開いていた。
「み、見つかっちゃったかも!」
「だから見つかるって…」
「う、動かないで、髪がくすぐったくて…くしっ」
くしゃみが聞こえたと同時くらいに、俺はドアを開けた。すると、押し入れにすし詰めにされた布団が雪崩のように落ちてくるがごとく、春宮、相浦、榎原の三人が部屋に飛び込んできた。
「っててー。は、バレた!」
「お前ら…」
「ねぇ、蓮ちゃん、この子達も?」
喜美子さんは、覗き見をしていた春宮達を特に咎めることはなく、西川に目線を向ける。西川も目を合わせると、泣き腫らした目をしたまま頷いた。
「うん。俺のかけがえのない、大切な…友達だよ」
そう言って、西川はとても可愛らしく笑う。その笑顔を見て、喜美子さんも心底安心したように笑顔をうかべた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます