第19話 自分らしく、あの人らしく⑹
それから一時間ほどまたままごとをして、時計が五時を回った頃。案外早く時間が経ったな。
「んじゃ、そろそろ帰るか、五時だしな」
「おう、定時退社だね、辰馬くん!」
「あ、ごめん。俺少し予定があるんだ」
「そうなんだ。じゃあ、お先ー」
そんなことを言いながら、三人は帰って行った。それとは逆に、俺は三人に背を向けて、喜美子さんの部屋の前にやってきた。ノックして、中の反応を待ってると、「どうぞ」と声がしたので中に入る。
「お邪魔します」
「そんなに畏まらなくてもいいのよ。もっと楽にして」
なんて言われても、今日初めてあった年上の人とふたりで話せって言われれば、萎縮するのも無理もないと思う。でも、そんなこと言えず、俺はそこに置かれた椅子に座った。
「で、話ってなんです?」
「あなた、蓮ちゃんのお友達でしょう?あの子、学校でどう?元気にしてるかしら?」
「れ、蓮ちゃんって…」
「昼、来てたでしょ?あたし昔っから、蓮ちゃんって呼んでるの」
違う。蓮ちゃんが誰かなんて、すぐに分かった。彼の話から察するに、この人は西川のおばあさんで間違いはないだろう。
「なぜ、俺と西川くんが友達だって知ってるんですか?」
「だって、仲良さそうに二人でヒソヒソお話してたじゃない。そのドアの前で」
ますます混乱する。つまり…。喜美子さんは、西川が母親に扮してここを訪れていたことを見抜いていたことになる。
「気がついてたんですか?」
「まぁ、今から一年ほど前かしら。私が夏風邪で体調を崩してた時、少し連絡が大袈裟すぎたのかしらね。あの子、制服のままでここに飛び込んできたの。少し目眩がして、休んでただけなのにね。それで、大丈夫よって言ったら、安心したみたいですごく嬉しそうな顔をしたの。それでわかったわ。あの子、莉世とは全然違う笑い方をするの。ほんと、あの子って可愛くって。あ、莉世も可愛いのよ。でも、なんて言うか、違う種類なの」
そう言いながら、喜美子さんは外を眺めた。あぁ、この人は、本当に西川と西川の母さんのことが大好きなんだな。
「莉世は、大人っぽい可愛さがあって、蓮ちゃんは子供っぽい可愛さがあるの。最近は莉世には会えてないけど、きっと、前よりずっと可愛くなってると思うわ。だって、あたしの自慢の娘だもの」
「なんか、言ってることわかる気がします。西川、素直じゃないけど根はいい奴だし、時々笑う時なんて、ほんとに女子じゃないかって思ってしまう時があって。それに、あいつなりに今はやる事見つけて、頑張ってるみたいです」
「そう、良かったわ」
実際、あいつは小説家としてデビューを果たしたし、全六巻にもなる長編のラブコメを書いている。本人も、「生活には困らないくらいには稼げてはいる」と言っていたし、軌道には乗ったのだろう。
「だから、心配することないですよ。って言っても、無理な話かもしれないですけど」
「ううん、私安心したわ。あの子、孤立してるんじゃないかって。でも、ちゃんとあなたみたいに、蓮ちゃんをわかってくれる友達がいて、あたし本当に安心した」
「なら、良かったです」
喜美子さんは、シワが目立つ顔にさらにシワを増やし、笑顔を見せた。俺も、少しはにかんでみせる。こんなに目つきが悪い俺でも、この人は、あなたみたいな人がいてよかったと言ってくれた。正直、家族以外ではこの人が初めてだろう。
「あ、そうだわ。ひとつ、頼まれてくれないかしら」
「なんです?」
「来週土曜、一時半頃。あたしの部屋に来て。あの子に全てを打ち明けるわ」
「な、なんで俺がその場に居合わせるんですか?家族水入らずの方がいいでしょう」
「あたしの心が弱いからよ。あの子が、もしも泣いてしまったら…。そう考えると、決心がね、鈍ってしまうの。だから、そうならないように。あなたがいれば、あの子はきっとどういうことだ、なんで君がここにいるんだって聞いてくるはずよ。そしたら、事情を説明せざるを得ない。それでももし、あたしが臆病になってたら、あなたが背中を押して」
「…わかりました」
来週の土曜は特に予定は無い。というかここでボランティアをやることになっている。それに、これはあいつのためにもなる…かもしれない。
「あ、そういえば名前をまだ聞いてなかったわね。ごめんなさいね、あたしったら肝心なところでドジで、名札見るの忘れてたの。あなた名前は?」
「不知火士郎です。西川と同い年で、クラスも同じです」
「しーくんね。あなたとは、友達になれそうな気がするわ」
「一緒にいた友達も、全員いい奴ですよ。一人はまだ出会ったばっかりで、感情もあまり表に出ないし、時々言ってることも分からないけど、悪いやつじゃないってことはわかります。あいつらとも、きっと友達になれますよ」
「ふふっ、そうね。こんな友達を持って、蓮ちゃんはとっても幸せものだわ」
「もう喜美子さんとも友達だから、喜美子さんも幸せものですね」
「そうね、ふふふ」
冗談を挟んでみたが…、俺と友達で幸せものか。肯定されると照れるなぁ。
「あら、ついつい長話しちゃったわね。もう五時半だし、そろそろ帰った方がいいんじゃない?おうちの人たちが心配するわ」
たしかに。窓からは茜色の光が差し込み、部屋はどこかノスタルジックな雰囲気を醸し出していた。そろそろ姉ちゃんが帰ってくる時間だ。昨日みたいにぎゃあぎゃあと騒ぐから、早めにご飯を作らないと。さらにそこに春宮も加わるからな。出会ってから毎日俺の家で飯を食っている。朝は自分でトーストして食べるらしいが。そこら辺の知識はあったんだな。
「そうですね。じゃ、失礼します。さようなら」
「うん、さようなら」
俺は一礼して、喜美子さんの部屋を出て、陽だまりの丘を去った。少し距離を置いた、電柱の影で見知った姿が。
「春宮。待ってたのか」
「…うん」
「別に待ってなくても良かったのに」
「貴方が居ないとご飯も作れないし、家にいても空腹は紛れない。お菓子はこの前みんなで全部食べたし、それなら貴方をここで待つっていう明確な目的があった方がいいと思った。何もしてない時よりも、お腹すいてる事気にならないから」
ふむ、確かに、俺も本とか読んでるとあまり空腹は気にならないな。でも、それとこれとは違う気が…。
「なぁ、なんで俺のこと…」
「てい」
「うぁ!」
俺は、またもや目潰しを間一髪で避ける。そんな何回も不意打ち気味にやられたら、いつか食らうぞ、そのうち!
「何すんだよ!」
「何も詮索しなくていいの。シロイヌは私に黙って従ってたらいいんだから」
「お前なぁ…まぁいいか。今日は何がいい?」
「最近は肉料理が多かったから、野菜の調理方法を知りたい」
「わかった。今日はキャベツロールと野菜スープにするか」
「キャベツいっぱい」
むふぅ…と、春宮は鼻を鳴らした。もしかしたら、春宮は野菜が好きなのだろうか。でも、肉もバクバク食べてたしな。まぁ、腹が満たされればそれでいいのかな。案の定、夕飯を春宮は凄い勢いで平らげた。そして、幸せそうにお腹をさする。
「けふぅ…」
「いっぱい食べるわねー、佳奈ちゃん」
「だな」
にしても…、どんな反応をするのだろうか。自分が必死に演技していたのに、それをとっくに見破られていたなんて知ったら。
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