第18話 自分らしく、あの人らしく⑸

 俺たちがドアを開けると、楽しげな笑い声が聞こえた。喧嘩はなかったか、良かった。


「おーい、君たち!士郎お兄さんとさぎりんが帰ってきたぞー!」


「あー、士郎兄ちゃんとさぎりんだー!」


「おかえりー」


「今ねー、おままごとしてるのー」


 子供たちは、俺たちの帰りを歓迎してくれた。なるほど、ままごとか。まぁ、この年齢層を見るに、ままごとをしていても何ら不自然ではない。てかしてたし。


 見たところ、春宮と榎原も参加しているようだ。


「ただいまー、いやぁ、今日も沢山働いたなぁ」


「お、お疲れ様…あ、あな…あなた…」


「お腹すいたな。今日のご飯は何だ?」


「あ、あ、あな…あなたの好きな…ハンバーグ…こ、これ、ほんとにあなたって…」


「お母さんはお父さんのことあなたって呼んでるよ?」


 六人の子供たちに囲まれ、春宮は子沢山の主婦?の役、榎原はその夫を演じていた。かなり顔が赤い。それもそうか。恋してる相手を、あなたなんて呼ばされるんだからな。


「し、士郎くん…!」


「楽しそうだな」


「か、飼い犬役!抱っこさせて!」


「…へいへい」


 役ならまぁいいか。こいつももう限界みたいだからな。俺は、春宮の隣に座ると首の後ろからムギュっと抱きつかれた。「わん」とでも鳴いておこうか。

 通常、女子に後ろから抱かれるとドキドキするものだろう。しかし、相手に好きな相手がいて、なおかつ俺の好きなやつが目の前にいるとあんまりドキドキしないな。


「じゃあ私は隣のおばさんね!ピンポーン!おひたしとみかんとひじきと干し柿持ってきたよー!」


「わぁ、こんなにいっぱい。ありがとうございます」


 マジでいっぱい持ってくるな。これぞ相浦ワールドだ。そんな相浦は、子供たちにとても受けが良く、たちまち子供の人気者に。子供の扱いにも慣れてるらしく、彼女の周りには人だかりができていた。

 あぁ、もうあんなにベタベタくっつかれて…。う、羨ましくなんかない!俺もあいつにベタベタしたいとかそういうことじゃない!

 必死に言い訳するも、俺の心は本当に不純で、ドクドクと心臓が鼓動を轟かせていた。


「何ぼーっとしてるの、飼い犬ー」


「うわっ…て、なんだ春宮か」


「なんだとは失礼。それよりまたしっぽ振ってる」


「ばっか!そう言うんじゃねぇって!」


 春宮はこう言っているのだろう。俺が相浦の変な想像して鼻息を荒らげていると。ホント人聞きの悪い話だ。


「そう、ならそういうことにしておく」


 な、何とか相浦に告げ口されずに済んだか。別に事実じゃないけど、相浦からの印象が悪くなりかねない。


「あ、おばあちゃんだー!」


 誰かが、そう声を上げた。その瞬間、子供たちが一斉に振り返る。そう、さながらホラー映画で音に反応するゾンビの大軍のように。視線の先には、ゆっくりと歩いてくる老婆の姿が。


「おばあちゃーん!」


 歓声を上げながら、「よっこいしょ」と腰を下ろす喜美子の周りを子供たちが囲む。


「みんな、今日も元気ねぇ。あら、この子達は新人さん?」


「あ、はい。ボランティアで今月いっぱいここに来させてもらえることになったんです」


 おばあさんの質問に、俺が答える。この人、西川のおばあさんか。名前は確か…そう、喜美子さんだ。あの時は西川ばっかりに注目してたから、どんな顔か確認できなかった。そりゃそうだろう。ばったり引きこもりの隣人に外で出会った、しかもそれは老人ホームでだからな。


「そう、たっちゃんと同じね」


「ははっ、そうですね。ちなみに、俺たち全員友達です!」


「ふふ、お友達が多いのはいい事ね」


 果たして、友達が三人というのは多いのだろうか。まぁ、榎原は学校でも沢山友達いるからな。というかたっちゃんって、どこかの双子の片割れかな?


「おばあちゃん、折り紙教えてー」


「私はお手玉教えてー」


「あやとりやろー」


 こ、これは。相浦の周りから人だかりが消えて、西川のおばあさんの所に。大人気だな、あの人。


「ねぇ、あなた、少し後で来てくれる?帰る前でいいから」


「え、俺ですか?」


 喜美子さんは、俺に話しかけてきた。そもそも、今までなんの関わりもないのに変な話だ。そもそもこんな高齢の方と話せる内容があるほど俺はボキャブラリーないぞ。それに、目付きだって悪いのに。


「そう、あなたよ。少し話を聞かせて欲しくて」


「わ、わかりました」


 俺なんかこの人にしたかな?それとも、気に入らないからもう来ないで欲しいとか…!いや、そんなこと言いそうな人じゃないな。見たところ、優しそうなおばあさんだ。


 俺が一人で悶々と考えていると、背後から春宮に声をかけられた。


「士郎くん、どうかしたの?」


「俺、少し喜美子さんの部屋に誘われてな。俺なにかしたっけ。話聞かせて欲しいって」


「うーん、あの人、理不尽に怒ることは無さそうだし、問題があれば多分士郎くんにある思う」


「何もしてないって」


 だから俺は不安なんだ。いったい、何を怒られるんだろう?いや、怒られる…のか?何か話を聞かせて欲しいと言っていただけだから、ただ俺に何か話して欲しいだけじゃないか。何もやましいことがないのなら、俺はただ話せる範囲で話せばいいだろう。


「違うわ。ここをこう折るのよ」


「んー、難しいや」


 鶴を折るのって結構難しいからな。なんでも、託児所に小学一年生の恵那という名前の少女がいて、友達が少し体調を崩してしまい、早く元気になって欲しいから鶴を折りたいのだとか。


「私も手伝うぜー!千羽折ってやるぅ!」


「私も、手伝う」


「無論、俺達もな!」


 そう言いながら、榎原は俺の肩に手をかけた。こんなことされると断ろうにも断れない。


「みんなで作りましょ」


『おー!』


 かくして、全員参加で千羽鶴を折ることとなった…、のだが、さすがにそこまでする根気と集中力は持ち合わせているわけがなく、最終的には二百羽ほどで止まってしまった。


「みんなありがとー!」


 でも、喜美子さんや子供たちはすごく満足そうだった。

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