第17話 自分らしく、あの人らしく⑷
「とまぁ、こんな感じだ」
「…その、ごめんな。古傷抉るような真似して」
正直、そんなことが本当にあったのか、俺には分からない。でも、確かにこいつが一人暮らしを始めた理由に関しては、話されたことは無かった。そして、先程女性の振りをしていたこととも辻褄が合う。なら、やはりこれは真実か。
「別にいい。今更気にしないしな。それから、俺は大体の人間が嫌いになった。大人は嫌いだ、無駄な知識だけを付け、それで他人を騙し、自分が得をするためだけに使い、そして心はすぐに壊れるから。子供は嫌いだ。理解能力が低く、それを分かろうともせず、すぐに他人を除け者にしたがるから。だからな、不知火」
そう言うと、西川は女子を彷彿とさせるような綺麗な笑顔を作った。な、なんだコイツ、普通に可愛い。
「お前や、変態娘達といる今が、俺は少なからず気に入っているんだ。子供だが、ちゃんと俺を見てくれるお前らとな」
「姉ちゃんは社会人だ」
「あれは中身はおおよそお前らとは違わんから別にいいんだよ」
まぁ、否定はしない。姉ちゃんは相浦に引けを取らないほどの騒がしさとユニークさを兼ね備えている。さらに馬鹿だ。学力的な問題じゃなくて、性格が馬鹿なのだ。
「それより、お前はなぜ陽だまりの丘に来た?」
「榎原を尾行しようって相浦に言われてな。その後結局見つかって、相浦がでまかせを言ったんだ。今日から一ヶ月ボランティアするんだってな。それに巻き込まれた」
「ふっ、安心しろ。巻き込まれ体質の主人公は書いてて楽しいぞ。なかなかに筆が進む」
「うっせ、貧弱引きこもり作家」
「残念だったな。俺は自分が引きこもりであると自負しているし、同年齢の男子より体力全般が劣っていることも自覚している。煽るのならもう少し言葉を選べ」
はぁ、とても先程まで重苦しい話をしていたとは思えないほど饒舌だ。気にしてないわけないだろうに。
…おや、あれは相浦。俺を心配して探しに来てくれたのか?何やら、人差し指を口元に当て、しーっとジェスチャーしてるように見える。なるほど、西川に奇襲を仕掛ける気か。まぁ、ひとまず相浦の隠密というものを見せてもらおう。
そろりそろりと歩み寄る相浦。足元に草は無いので、あまり音が立たない。
「何見てる。何かあるのか?」
相浦は、西川が振り向いた瞬間に、木の陰に隠れた。その瞬間、少し草を踏みしめる音がしたが、西川は気が付かなかったようだ。
「いや、さっきまで野良猫がいたんだけどな。お前の声に驚いてどっか行った」
「にゃんこ!どこだい!どこにいるんだい!今すぐ捕獲してスリスリしてムギュっとしたい!」
「はっ!アホ娘!」
しまった、あいつの事を誤魔化すはずが、相浦が飛び出してきてしまった!まさか、ネコがいると言っただけなのにあそこまで反応するとは…。ちなみに、性格上西川は相浦のことは苦手らしい。
「あー、西川くんだー。だーれだ」
新しいな、見つかって真正面から目を隠してだーれだってするなんて…。
「アホ娘」
「はっずれー、正解は相浦紗霧でしたー」
「鬱陶しい、少し距離を取れ」
「ほーい」
少し残念そうにしながら、相浦は西川から距離をとる。そういや、ここに相浦が居るってことは…、春宮と榎原が二人っきりってことか。あいつ、テンパってるかな。俺だって、昨日相浦と二人でいたとき気が気ではなかった。
「ねぇ、西川くんも一緒にボランティアしようよ!」
「断る。俺には執筆という義務があるのでな」
「相変わらずなんかカッチョいい話し方してるね!」
「皮肉か。とにかく、俺は行かんからな」
そんな捨て台詞を吐いて、西川は立ち去った。その背中を、俺たちは眺めた。
「で、なんで西川くんはここにいたのさ?」
「あいつ、婆さんの見舞いに来てんだよ。一人だけいたろ?おばあさん」
「あー、喜美子さんね。ちょっと話したよ。体が弱いから、介護してもらってるんだって」
「へぇ」
まぁ、元気なら老人ホームなんて居ないからな。もうかなりの高齢みたいだし。恐らく八十一歳だろう。プレートに書いてあった。親戚も忙しいのだろう。西川曰く、母親は精神が壊れ、父親は失踪。叔父さんがいるらしいが、そっちにもそっちなりの介護できない理由があるのだろう。
あれ…?今考えれば、この状況…、相浦と二人きり!?や、やばい、幸せすぎる!この時間が永遠に続けばいいのに!
「さ、陽だまりの丘帰ろっかー」
「そ、そうだな!」
相浦に提案されたのなら、断れない…。ここは素直に従っておこう。駄々をこねるのも見苦しいからな。
それに、そろそろマジで春宮が心配だ。あいつ、もしかしたら案外子供っぽくて、子供と喧嘩してるかもしれない。あぁ、この場合心配なのはそれを止める榎原の方か。
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