第15話 自分らしく、あの人らしく⑵
俺たちがやってきたのは、通学路の十字路を本来ならば真っ直ぐ行くところを、左に曲がった道。
このまま50メートルほど直進したら、神社が見えてくる。そこに行こうとしてたのか、相浦は。
張り込みと言っても、警察のように権限もないし、傍から見れば不審者だよな。
俺たちはどれだけ犬の小便を引っ掛けられたかも知れない電柱の後ろを陣取り、そこから来るかも分からない榎原を待ち続けた。
「来るのかよ」
「分かんないよ。だって見たのその日だけだし」
……よくそれで最近様子がおかしいとか言えたな。それって、ただの気まぐれな散歩の最中だったかもしれないじゃないか。
「やっぱり俺は抜け……」
「来た……!」
え、マジで!?あ、ほんとだ。あれは榎原だ、間違いない。なら、何をしに来たんだろう。
見たところ、両手にスーパーのレジ袋を引っ提げてるように見えるが。お使いか?いや、あいつの家はこの真反対に位置するはず。となればその線は消えるな。
「まさか……女……!?」
「女……!」
みしっと、何かが軋んだような音がしたような気がした。気のせいだろうか。春宮が電柱にヒビを入れたように見えた……。さすがにないよな?
「落ち着け春宮!」
「落ち着いてる……。だから離して……」
「そこまで怒ることなくない?だって辰馬くん彼女いないし、浮気にはならないよ。むしろ青春してるなーって感じ」
「でも、不純異性交遊はだめ。一応見に行こう。気になるし」
「そ、それもそうだね」
「気になるし!」
春宮は、俺にずいっと顔を近づけてきた。ち、近い……。
「なんで二回言った」
「大事な事だから」
って、榎原が曲がり角を曲がった!俺たちはそれを急いで追いかける。
ここら辺結構入り組んでるな。相浦が見失ったのも頷ける。
でも、住宅街か。ここら辺コンビニもファミレスもないからな。
もしかしたら、相浦の推理が正しいのかもしれない。残念、春宮の恋はここで終わってしまった!ってやつだ。
「あ、入ってった!」
「あそこは……老人ホーム?」
老人ホーム、陽だまりの丘。
ここは託児所も兼ねており、どちらかと言われればそちらのイメージが強い。
でも、表看板には老人ホームと記載されてるため、老人ホームという認識で間違いはないだろう。
「入る?」
「特にやましいことは無かったんだし、帰るぞ」
「入ろ、ねぇ入ろ」
ぐいぐいと俺の手を引っ張り、中に入ろうとする春宮。それと同時くらいだろうか。ドアが開かれ、そこから榎原が顔を覗かせた。
「何やってんだ、お前ら」
「え、榎原くん……!」
ぼふっと、春宮の顔が火を噴くように赤くなった。はぁ、お熱い事だ。一方的に。
「ん、なんか春宮、顔赤くないか?熱…はないみたいだな」
春宮の前髪を上げ、額に自分の額をくっつけた。さらに春宮の顔が赤くなり、ふらりと倒れそうになる。
「そういや、お前らなんで来たんだ?」
「こいつらがお前の尾行を……むがっ!」
相浦に口を抑えられ、俺は強制的に発言を中止させられた。
「じ、実はだね!ここに用があってきたのだよ!」
な、相浦!あることないこと話すんじゃない!そういうこと言うと、きっと面倒なことになる!
「なんだ、お前らもボランティアか?」
「そう、私たちはボランティアするためにやってきた、ボランティア戦士なのだー!」
あ、相浦ァアアアアア!ボランティア!?そんなのやる気は無いのだが!そ、そうだ春宮!こいつが俺の意見に同調してくれたなら、相浦も諦めて帰るだろう。
「は、春宮。お前は……」
「おでことおでこごっつんこ…」
こいつはこいつでうわ言言ってるし!って、なんか二人が勝手に話を進めてる!
「じゃあ、今月いっぱいだけだな」
「そだね、従業員の人達には?」
「俺から話してみるから親戚がここで働いてるから、多少口が効くんだよ。相浦達は子供たちと遊んでて」
「了解!」
先陣切った相浦に続き、俺達も陽だまりの丘に入る。老人ホームとは何だったのか。これじゃマジでただの託児所だ。
何せ、介護用に設計されたであろう個室がガラガラなのである。
少子高齢化とは真逆を行ってるのかもしれないな、未来ある若者が多くて結構なことだ。
あ、でも、ネームカードが一室だけ刺さってる。なになに?西川喜美子…81。
まさか、西川の親戚か?いや、西川って結構多そうな苗字だし、違うか。
「大歓迎だって。じゃ、これに名前ひらがなで書いてくれ」
俺たちは、渡されたカードにひらがなで自分の名前を書いた。子供にもわかるように、か。
なんか俺もボランティアするみたいな流れになってるけど、今更断れそうにないしなぁ。
「うっすー、ガキんちょどもー!」
「おー、たつまお兄ちゃん!」
榎原は、子供たちにワイワイと集られていたが、その顔はどこか楽しそうだった。あいつ、幼稚園の先生とか向いてるんじゃないか?
「この人たちは?」
「俺の友達だよ!さ、自己紹介!」
じ、自己紹介か。急に振られてもホイホイとできるものじゃ……。
「皆おっはー!今日も朝から元気な相浦紗霧だよー!」
「春宮佳奈。よろしく」
良かった、春宮のおかげで俺の自己紹介もしやすくなる。というか、こいつ毎回これなんだな。
相浦に至ってはツッコミどころが多すぎる。まず今は昼だ。そしてその挨拶は今は古い。
「不知火士郎だ。よろしくな」
『よろしくー!』
元気に子供たちが挨拶をしてくれる。子供は面倒だと思っていたが、なんだ。可愛いもんじゃないか。
それから、少し子供たちと戯れた。俺の目つきのことで少し不安だったが、それは杞憂だった。
子供たちは、俺にも寄ってきてくれた。みんなで積み木とか作ってたな。
春宮も少ししてからこちらに加わる。相浦は元気な子達とおままごとをしていた。
春宮も元々はそちらにいたのだが、周りのテンションについていけず、早々に離脱してしまったらしい。
「じゃあそろそろお菓子の時間だ!あー、すまん不知火。冷蔵庫のジュース取ってきてくれないか?あとコップ。そこの戸棚にあるからさ」
「へいへい」
「へいは一回だぞ!士郎くん!」
「へーい」
ジュースジュースっと。炭酸と野菜ジュース、あとはりんごジュースにオレンジジュース……。全部いっぺんには持てないな。分割するか。
「私も手伝う」
俺が考えあぐねていると、春宮が後ろから手を伸ばし、炭酸飲料とりんごジュースを手に取った。こいつも案外気が利くな。
「そうか、サンキューな、春宮」
「別にいい」
一言返すと、春宮は子供たちが集まるテーブルにジュースを置いた。
俺もその後に続き、りんごジュースとオレンジジュースを置こうとした瞬間だ。
聞きなれた声が耳に入った。でも、普段よりも少し高い声だ。
「じゃあね、お母さん。何かあったら、電話してよ?」
「わかったわ。莉世も、体には気をつけなさいよ」
「こっちのセリフ。じゃ、またね……」
そう言って出てきた人物を、俺は知っている。だが、その表情は全く知らなかった。
いや、語弊があるな。その人がそんな顔をしたのを、見たことがなかった、と言った方が適切か。
肩に少しかかるくらいに伸びた髪、真っ白な肌、そして百合を思い出させるような、凛々しい女性像を具現化したような少女……、ではなく少年。
そう、こいつは西川だ。西川蓮だ。
俺はそれに驚き、ジュースを床に落とした。たぷんと中の水がはねた音がする。
炭酸じゃなくて良かった、もし俺が持ってたら開けた瞬間吹きこぼれてるとこだった。
西川は俺を数秒見つめ、どんどんその陶器のような肌を赤くしていく。そして、俺の肩を掴み、かがみこませた。
「お、おお、おおおおおおお前!なんでここに居るんだ!」
「それはこっちのセリフだよ。お前、なんでここに居んの?」
「なになにー?何かあった?」
騒ぎを聞き付けたのか、返りの遅い俺を心配してか、相浦がこちらにやってくる足音がする。
「まずい、あのアホ娘まで一緒か!一旦外に出るぞ!後で事情を洗いざらい吐いてもらうからな!」
「だからこっちのセリフだって」
そう言い終わるよりも前に、西川は俺の手を引いて陽だまりの丘を飛び出した。
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