第28話 梅雨の動乱⑴

 激動の春を終え、夏の伊吹が聞こえてきそうな6月15日。不安定な天気が空を覆う中、教室では何やら盛り上がっているようだ。その話題の中心にいるのが…。


「ふふふ、何それ!」


「でねー?」


 那月陽菜だ。今をときめく人気読モである那月は、一般女子高生である彼女らにとってはまさに雲の上の存在。

 言わば天女なのだ。それが自分たちと同じ教室で、同じ立場に立って対等に話すことが出来る。盛り上がるのも無理もない。


「女子はいいよなぁ、あの那月陽菜と話して!」


「女子の特権だよ。俺たち男子はあの那月陽菜と一緒の空気を吸えるだけで幸せなんだ!」


「…なんかキモくね?」


「今更だろ」


『不知火さん!?』


 ポロリと俺の口から飛び出た毒舌に檜山、正樹、橘がショックを受ける。


「嘘だよな!目付きだけじゃなく口まで悪くなっちまったのかー!」


「うるせー、気にしてんだよ、ちゃちゃ入れんな」


「だったら取り消せよ、今の言葉!」


 やいのやいのとやってるうちに、ホームルームが始まる時間になる。「じゃ、互いに今の発言はなかったことに」と互いに目配せして、親指を立てる。


「楽しそうだね!」


「相浦…?」


「おっす、オラ相浦!…あれから佳奈ちゃんに会った?」


「…いや、会ってないな」


 そうだ、あれから五日は経ってるが、まだ彼女は俺の前に顔を出していない。夕飯時にタッパーに彼女の分のものも作り、ドアノブに吊り下げたものは次の日の朝にはなくなっている。なので、彼女の生存確認は出来ているのだ。だが…、俺は彼女の様態が気になる。

 念の為に「元気にしてるか?」や、「たまにはうちに来てもいいんだぞ?」などと、手紙を添えてみるものの、反応は無し。挙句の果てには先日までは少し開いていたカーテンも完全に締め切られている。


 どんな様子なのか、俺には確認する手立てがないのだ。


「…そっか」


「…」


 会話が続かない。これ以上彼女を傷つけたくないからだ。これ以上彼女と会話をしたら、きっと相浦の話題になってしまう。そうなれば必然的に…。


 そこまで考えたところで、俺は考えるのをやめにした。これ以上、彼女が春宮を故意では無いにせよ、傷つけてしまったという事実に目を背けたくなったからだ。


「分かんないな…」


「何がわかんないんだ?」


「西川か。それと、髪切ったのな」


「おう。夏仕様だ」


 長く伸びた髪が肩に掛る程度まで切りそろえられている西川が一つ席を挟んで話しかける。


「全く…、お前からも謝っとけよ、西川」


「…考えておくよ。少なからず俺にも非があるからな。ったく、才能はひけらかすものもしくは金稼ぎの手段では無いのか…?」


「…お前よくそんなで小説書けるな」


「書いてるからだよ、俺はただ才能を金稼ぎに昇華させてるだけだ。趣味や才能で食って行けるってのは幸せなもんだぞ?まぁ、俺も迷走するうちに見つけた趣味だがな。あいつも絵の才能で食って行けるのなら辞める必要もなかっただろうに」


 彼の言い分も俺には理解出来た。必ずしも才能や趣味が仕事に生かせるなんて限らない。それで金を稼げているこいつを、俺は少なからず尊敬していた。


「それもそうだけど…、そのこと、あいつに言うなよ」


「わかっている。何を気にしてるか知らんが、少なからず…、傷つけてしまったからな」


「何でなんだろうな…」


「2人とも、何かあったの?」


 ずいっと相浦が迫ってくる。どこか、その表情は振り切れたようで、士郎は少し違和感を感じた。


「春宮のことで少しな」


「佳奈ちゃん?一体何が…」


「西川のノンデリカシーな部分が春宮を傷つけたんだよ」


「まぁそんなとこだ」


「そうなんだ…」


 本鈴が鳴ると同時に、「みんな席に着いてー」と言いながら渡辺先生が入ってくる。その音に紛れ、相浦がなにか呟いた気がした。


「…まぁ…ろ」


「相浦?」


 その問いかけに、相浦はただただ笑顔で返した。

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