第2話 恋愛同盟

 翌日。俺はゴミ出しについて春宮に教えるため、彼女を呼びに来た。インターホンを押し、少し時間を置いてみる。出てこない。まぁいいか。まだ時間に余裕はある。

 五分後。三十秒に一度くらいの頻度でインターホンを押す。出てこない。まだ遅刻ってほどではないが、そろそろ出てきて欲しいと思い、恨めしそうに二階を眺めた。

 さらに三分後。もうやばい、そろそろ起きてくれ!俺は辛抱たまらなくなり、インターホンを連打した!もう遅刻寸前だ!ここから学校までだと!

「むにゃ…、何?」

「早くしろ、遅刻だ!」

「りょーかい」

 二階の窓から、眠気眼の春宮が顔を覗かせた。どうやら夜更かしでもしてたらしい。それから、ドタバタと忙しない足音が響き、玄関のドアを開けた春宮は、口に無造作にジャムが塗りたくられたまだ焼いてもいないパンを咥えていた。

「今日のゴミ出しは?」

「用紙包装プラスチックだな。ほら行くぞ」

「ん」

 俺と春宮は、通学路の脇にあるゴミステーションにゴミ袋を置き、学校に直行する。

「いっけなーい遅刻遅刻」

「もっと焦れ、まじで遅刻!」

 どうやら春宮は存外体力があるらしい。俺は結構息が上がってるのに、春宮はほとんど息上がってない。もっちゅもっちゅとパンを口の中で咀嚼しながら。鼻呼吸だけでここまで…。

「お前、運動部にでも入ってた?」

「私帰宅部。でも、頭領たる者少しは動けなきゃいけないから」

「鉄砲玉に当たらないために?」

「うん。あ、見えてきた」

 生徒指導教師の中西先生だ。あの人が出てるということは、少なくとも五分前!俺は、学校にでかでかと掲げられた時計で時間を確認する。どうやら、もう三分前らしい!

「急げ!」

「んー」

 ゴールイン!ロスタイムを除くと完全なる新記録となった。俺は帰宅部だが、ここまで走ることになるとは、本人も想像していなかった。

 予鈴のなる頃には、俺は息も絶え絶え教室に飛び込むことに成功した。その後ろから、春宮もダイブして来る。

「ぐぇ!」

「セーフ」

 結果として、俺はドアの近くで春宮の下敷きになってしまった。というか重い。そんな俺たちを見て、何やら相浦が飛んできた。

「二人とも、おっはー!おや、君たち寿司みたいだねー。何握りやしょうか?カツオカンパチウニイクラー」

「ヘイオマチー」

『スッシッ食いっねー』

 春宮が俺の上で上機嫌に歌う。。それより早くどいて欲しい。背中が悲鳴をあげている!

「あいつらいつの時代生きてんの?」

「さてな。相浦に着いていける春宮も凄いよな。あいつに着いてける奴がいたとは…」

「だな」

 何やら、檜山と橘と正樹が感心している。んー、分からんでもない。相浦は、突拍子のないギャグを言う時ある。そんなところが好きなのだが…。ふと、彼女との出会いを思い返す。相浦と初めて会った時、俺の心は彼女に奪われた。

「友達だからさ、これからはじゃんじゃん頼っていいよー!苦労は仲良く半分こ!ね?」

 去年の夏頃、榎原に紹介されたその当日、そんなことを言いながら、相浦は俺にチューペットを差し出した。それを半分受け取り、口をつけた。中身を吸い出すと、スカッとする味が広がった。ラムネ味だったのを覚えてる。

「はーい、みんな席に着いてね」

 思い出に浸っていたのを、先生の声で現実に引き戻された。

「どいてくれよ、早く」

「あ、ごめん」

 春宮は短く謝り、俺の背からどいた。やべぇ、背中結構痛い。さて、今日は実力考査がある。なので今日も半日で終わる。でも、俺としては午後からの方が重要なのだ。

 昨日、冷蔵庫の中身を確認した時、ジュースやアイスが目立った。あれを消費しないと、食品さえも保管できない。彼女の生活を手助けするかもしれない冷凍食品さえも、入れられないのだ。

 しかし、アイスを全て捨てるのはもったいない。なので、助っ人を頼もうとしているのだ。そこで、相浦の出番というわけだ。

「お前、春宮と仲良いの?」

「家が隣なんだよ」

「へー、運命感じちゃうな」

「何がだよ」

 からかってきた榎原のことを軽くいなし、俺は席に着いた。


 三時間目終了のチャイムがなる。

「起立、礼!」

『ありがとうございました!』

 まぁ手応えはあった。実力考査については。さて、次が本題だ。

「なぁ、相浦。少しいいか?」

「ん、なんだい?」

「実はだな…春宮の家でアイス食べ放題なんだ」

「ぬぁんだってー!佳奈ちゃんの家でアイス食べ放題ィ!?ほんとに?」

 相浦に質問され、春宮はこくんと頷いた。なかなかに芳しい反応が得られた。これは協力してくれそうだ。そういえば、榎原は部活があるらしく、そさくさと校庭に行ってしまった。

「行く行く!行かせて頂きますとも!楽しみ!にしてもいやぁ、男テニはほんと熱心だねー、半日授業でも夕方まで部活ってさ」

 俺と春宮は、窓からテニスコートを見下ろした。ラリーをする榎原の姿が見える。

「紗霧さんは何部?」

「ふふふ、当ててみな!」

「ん…、バスケ部?」

「ぶっぷー!正解は美術部なのでしたー!」

 相浦は、見かけや性格によらず美術部である。しかもかなり絵が上手い。それなのに運動神経はかなり高く、現役の運動部にも引けを取らない。時々ピンチヒッターとして練習試合に出場するほどだ。

「あのー、不知火。少し…」

「ん?何だ?もしかして…、お前もアイス食べたいのか?それとも…」

「そそ!アイスアイスー、それ以外は何も無いよ?疚しい気持ちとか」

 まぁ、そういうことにしておくか。もしかするともしかするのだけど、決めつけも良くないだろう。まぁ、断る理由もない。アイスも結構あったし。

「いいか?春宮」

「ん、いっぱい来て欲しい」

「なら俺もー!あ、俺は正樹悠人。よろしくー」

「俺にも食わせてもらえるか?俺、橘遙真、よろしくな」

「ん、よろしく」

 短く、春宮は返した。一応、昼飯を食べてから三時頃に学校に再集合、ということになった。

 昇降口から、外に出る。俺と春宮、相浦は一緒に帰ることとなった。檜山たちは真逆の方向に家があるのだ。

 グラウンド脇を通り、少し開けた場所に出る。後ろでは、サッカー部が模擬戦をしているらしく、フットサルのようなことをしていた。その一帯から、動揺の声が上がるのが聞いて取れた。

「おいお前、蹴り上げすぎだってー」

「ごめん、俺取ってくるわー。…って!危ない!」

 俺は、驚いて後ろへ振り向いた。そこには、春宮目掛けて飛んでくるボールが!このままではぶつかってしまうが、俺では間に合わない!

「っと!」

 その時だ。榎原が飛び込んできた。そのままボールを抱え込み、グルングルンと前転のように転がって廃棄予定のダンボールの山に激突した!

「ってて…、春宮、大丈夫か?」

 パラパラと砂煙が舞う中、現状を理解出来ていない春宮が呆然としている。そりゃそうだ。こいつは、自分に危険が迫ってたことも知らないのだから。

「う、うん」

 とりあえず、自分の無事を伝えた春宮。でも、その顔から疑問の色は消えない。片や榎原は、「そうか!」と返し、春宮の無事が嬉しいのか笑顔を見せた。

「すみません、怪我ありませんでした?」

「おう。この子も大丈夫そうだ。俺はちっと剃っただけだから、気にすんな。これからは気をつけろよー」

「はい!」

 どうやら肘のあたりを擦りむいたらしい。あれだけダイナミックな転び方したんだ、怪我の一つや二つあるだろう。

 榎原は、サッカーボールをサッカー部の部員に投げた。

「あ、あなたこそ、大丈夫…?」

「大丈夫だよ、唾つけとけば治る。じゃな」

 手を振り、駆けていく榎原はえらく爽やかだった。くそ、イケメン好青年め。いつか火傷するぞ。

「大丈夫?佳奈ちゃん」

「ん…」

 刹那、彼女の顔が燃えるように赤くなっているような気がした。いつもは陶器のように真っ白な肌の彼女がだ。

「おや!佳奈ちゃんの顔が真っ赤だ!どうしたんだ!打たれたのか!父さんにもぶたれたことないのに!もしやりんご病か!りんご病なのか!?白雪姫の呪いにかかったのかー!」

「うんうーんうんうん…」

「肯定した!?そんな!誰にやられた!敵軍か!叔母か!お馬鹿な叔母か!このさぎりんがそいつぶっ飛ばして公務執行妨害で逮捕だ!」

 いつものようにテンション振り切れてる相浦ワールドに俺は愚か、春宮さえもついていけない様子。

「うんうんうぇー」

「や、やばいって!吐き気してるみたいだ!」

「吐け!吐き出せ!りんごの欠片を吐き出せ!死を回避出来るー!」

 そんなこんなで数分コントを続けていた。こいつら、隠し芸大会とかに出たらある程度ウケるんじゃないかなー。一部のコアな層から。


 帰り道。

「ふーん。一人暮らしなんだねー」

「ん、士郎くんには色々お世話になってる」

「やっぱり強面お母さんは凄いねー」

「そ、そうかなー、あはは…」

 な、なんか相浦に言われると気分がいいな。それも俺が彼女に好意を持っているからだろう。

「ってな訳で!私はここでおさらばするぜ!また後でねー!」

 ブンブンと手を振り、相浦は交差点を右に曲がった。あぁ、相浦が行ってしまう…。

「なんで、そこまでぼーっとしてるの?」

「…はぁ」

「てい」

「うわっ!」

 俺が物思いにふけっていると、春宮が二本指を立てて目潰しを試みた!俺はそれを、間一髪のところで体を仰け反らせて何とか避けた!

「何すんだよ!」

「ぼうっとしてるから…」

「だからって目潰しすんなよ…」

 春宮に小言を言うと、ぷいっと先を歩いて行ってしまった。一言くらい謝って欲しいのだが…。その後ろを追いかける。

「他人に尻尾振らないで」

「は?」

「紗霧さんのこと。ずっとヤラシイ目で見てる」

 少しドキンとする。俺が相浦に抱いている好意を、こいつは見透かしたのだ。でも、ただそれだけだ。ヤラシイなんて言われる道理はない。でも、女子から見ればヤラシイのかも…。

「またぼうっとしてる」

 その言葉を聞き、反射的に俺は目を覆い隠した。呆れたように、春宮はため息をつく。

「なるほど。まさかとは思ってたけど、シロイヌはあの子を見ると、交尾したくて仕方ないって発情しちゃうんだ。そこまでヤラしくて、愚かなんだ」

「人聞きの悪いこと言うな!」

「そうやって直ぐにそんなことないって言わないあたり、図星かな」

「別にいいだろ。お前も好きなやつくらいいるんじゃねぇの?年頃の女の子だしさ」

「……」

 なんだろう。その反応。無言で俯いて、顔を赤らめて…。これは完全に恋する乙女の反応だ。そりゃそうか。思春期の女子だもんな。

「居ない」

「嘘つくなよ。さっきの反応は…」

「分からない」

 分からない?俺には、その返し自体がよく分からない。何がよく分からないのだろう、俺にはそれが分からない、分かりかねないのだ。

「好きって、何?」

 俺はあまりにも突飛な発言で、反応が遅れた。

 ふと、春宮が俺に放った言葉が、なにか別の意味に捉えられてきた。「ヤラシイ目で見てる」とか「交尾したくてたまらないんだ」とか、言ってたが、はぐらかしたわけでも、誤魔化した訳でもない。それしか表現方法を知らないとしたら?

「私、いままでそんなのとは無縁の生活してたから。漫画とかだと、キュンとかドキッとかで表現されてるけど、私にはイマイチ分からない。ねぇ、教えて。あなたにとって、好きって何?」

「好きっていうのは…多分だけどな、その人といると楽しいとか、その人に憧れるとか、その人に笑顔でいて欲しいとか、あの人かっこいいとか可愛いとか、そういうのを総称してるんじゃないかな。俺だって…あいつのことが好きだ。それは多分、あいつがいると、楽しいからなんだと思う」

 はぐらかしたが、多分こいつは俺が誰が好きなのか知ってるだろう。

「そっか。そっか…」

 確かめるように、春宮は2回口にした。

「なら、私にも好きな人がいるかもしれない」

 ふむ、やっぱりか。どうせ榎原あたりか。それとも以前出会った誰かか…。

「誰が好きなんだよ」

「言えない。言いたくない…」

「ふーん」

 別に、無理強いをしてまで聞き出したいものでもないし、他人の恋路に手を出したら馬に蹴られるからな。いや、邪魔したらだったか。ひとつ学んだことは、どんな環境に身を置こうと、元ヤクザの頭領だろうが、恋はするってことだ。

「そういや、飯あるか?」

「昼はないから、アイスでお腹を膨らます」

「腹壊すぞ。俺が作っとくから、着替え終わったら俺の家来い」

「ご主人に忠義を尽くすわんこ、かわいい」

「誰がわんこだ」

「二人っきりの時なら犬扱いしてもいいって…」

「認めたわけじゃないからな」

 なんて言っても、こいつは俺の事をシロイヌって呼び続けるんだろうな。俺が妥協点を見つけるべきか、食い下がるべきか。その引き際を見極めなければ。

 それからは特に会話も生まれず、俺たちは帰った。

 午後一時。春宮が俺宅を訪問。

「来た。ご飯ちょうだい。うらめしや、飯をくれなきゃうらめしやー」

「おう、もうできてるぞ。上がれ」

「うらめしーやー」

 俺は、適当にハンバーグと味噌汁。昨日の残り物とも言う。昼は毎回有り合わせだ。俺が食えればいいからな。姉はそれなりに注文が多いため、苦労することもあるが。

「昨日と味が違う。これも好き」

「ソースを作り直したんだよ。ある程度は味変しないとな」

「グッジョブ、シロイヌ」

 ぐっと、春宮は親指を立てた。ソースで口元を汚して。こう見ると、こいつって無表情に見えたけど、こう見ると可愛らしいとこもあるんだな。

「腹は五分目位でとどめとけよ。アイス食うんだから」

「うん、アイス食べたい」

 まぁ、それを考慮して具も考えてる訳だが。でも待てよ?こいつってかなり食うよな。もしかしたら足りないかも…。だが、見た限り結構満足してそうだ。幸せそうな顔をしてる。

「もういいのか?昨日はあんなに食ってたのに」

「だって、昨日は朝ごはん食べ損なったから」

 なるほど、そういうことか。つまりはこいつは目覚めた瞬間コンマ数秒で意識を覚醒させ、服を着替え、ちこくちこくーと本日のように走りながら登校してたんだ。飯食う暇もなかったんだろうな。

「さて、そろそろ行こう」

「まだ二時十五分」

「早いに越したことはないからな」

「朝早くに起きたら嫌な気分になるのに?」

「それはお前が遅くに寝てるからだ」

 それ以外に原因が思い浮かばない。実際、昨日喉が渇いたため二時半頃起きた時、まだ春宮の家に明かりが灯ってた。寝落ちしたにしろ、明るいところでは深い眠りには付けないだろう。

 渋々と言った感じだが、春宮を連れ出すことには成功した。もう二十分を回ってしまったが。「私が行く理由がない」だの、「労力に見合う報酬がない」だのと宣ってうだうだしてたからな。

 全く、友達無くすぞ。俺の言えたことじゃないが。

 学校まではそこまで遠くないのだが、歩くと十五分はかかる。

「ん?あいつ…」

「おっ、遅いよ!戦場において遅れは致命傷になるぞー!」

「テンション高いな、相浦」

 腕がちぎれんとばかりに、ぶんぶんと手を振りまくる相浦が、校門の前に立っている。時間はまだ二時四十五分なのに。まぁ、テンション高いのはいつもの事か。

「おー、お前らはえーな!」

「おう、これで全員揃ったな」

 檜山と橘、正樹がやってきた。これで全員集合。

 そのまま、春宮宅に向かう。ジュースのペットボトル片手に相浦が音頭を摂って、パーティの開始が宣言された。

「さぁ、それでは!皆さん!アイスは行き届きましたかー?」

『おー!』

「ではでは!無事進級できてよかったねアーンド佳奈ちゃん可愛いやったー記念に!かーんぱーい!」

『かーんぱーい!』

「乾杯…ってなんだよそれ」

 前半はいいとして、後半に関してはこいつの感想じゃないか。当の本人はジュース飲んでるし。俺はというと、クーラーボックスにアイスを詰め込み、氷を入れて相浦達の前に突き出した。

「おー、色とりどりだねぇ!」

「じゃ、始めよーぜ!当たり棒引き当てたやつは他の奴らに命令できるってことで!」

「当たり棒自体無いかもしれないだろ?」

「そん時はそん時だ!さ、多く食べた方が有利だぞ!」

 檜山はアイスを二本取り出し、かなりの速度で食べ始めた…が、頭が痛くなったのか、食べ終わったあと頭抱えて悶絶してた。言わんこっちゃない。

「俺らは適当に食べとくか」

「あぁ、そうだな」

「俺から言い出してなんだが、お前ら晩御飯はきちんと食えよ?クレームなんか入れられたらたまったもんじゃないぞ」

「分かってるって。おっと!バキバキくんナポリタン味は頂きだ!」

 な、なんだ春宮、そんなの食べる気だったのか。にしても、案外種類も豊富だ。アイスキャンデー、チューペット、アイスの果実、みぞれまである。俺はあずきバーを食べていた。にしても、春限定の桜餅味のアイスと、夏限定のスイカバー、秋限定のさつまいもフレーバーのアイスに、冬限定濃厚ミルクの白雪大福。一堂に会すると変な感じだな。四季がいっぺんに押し寄せたみたいだ。

「あうっ、ガツンときた」

「春宮、急ぎすぎるからだぞ?」

「そうだぞ、春宮」

 いや、お前もさっき悶絶してただろうが。春宮はみぞれを食べており、頭を抑えていた。みるみるうちに、アイスはその数を減らしていく。ゲテモノが何個かあったが、それは全て相浦が食べた。完全にゲテモノ処理係に徹していた相浦のおかげで、俺たちは各々食べたいものを食べることが出来た。だが、結局当たり棒は最後まで出なかった。

「はぁ、結局当たり棒は都市伝説だったのかー」

「何個か見た事あるけどな」

「俺たちは確率の壁に負けたんだよ」

 何やら檜山、橘、正樹の三人はアンニュイな感じを醸し出している。確かに、後半結構味に飽きが来たからな。だが、終始ハイテンションな相浦が居てくれて少し気が楽だった。

「当たり、出た」

『は?』

 春宮が掲げたそれは、紛れもなく当たり棒だ。寝落ちして夢を見てるわけじゃないし、頭痛くて幻覚を見てる訳じゃない。つまり、これは、本物か。

「おー、すっげー、当たり棒だ!」

「じゃあ、佳奈ちゃんが王様だねー。さぁ、なんでも申しつけてくれたまえ!」

「あんまりなのはやめてくれよ?」

「ノリ悪いぞ、不知火!さ、なんでも命令してくれ」

 檜山は、俺と肩を組み、逃がさまいとしてきた。まぁ、約束したからな。俺がじゃないが、約束は守るべきだろう。

「私のお願いは…」

『お願いは?』

「これからも、友達でいて欲しい」

 しばしの沈黙。その後、その場にいた全員が腹を抱えて笑いだした。もちろん俺も。その様子を、不思議そうに春宮が眺めている。

「もちろんだよ!これからも私たちの友情は永久不滅だよー!」

「俺達も、ずっと友達だ!」

「水臭いよな!」

「ほんと、そんなこと願うまでもないのに!」

「いいの?これからも友達で」

「あぁ、俺たちはずっと友達だよ」

 少し驚いた顔をしたあと、春宮は笑顔を見せた。やばい、ドキッとした。でも、悲しきかな。俺には心に決めた相手がいるのだ。

「ありがと…!」

 それから、俺たちはバカ騒ぎをしたあと、六時を回った頃。

「じゃ、そろそろ帰るわ」

「俺も!じゃあな、三人とも!」

「また明日な!」

「おう、また明日」

 檜山たちが帰ったのを見て、相浦も「そろそろ帰るかなぁ」と呟いた。

「送るよ」

「おー、気が利くねー。では、夜の街に繰り出そうじゃないか!」

「夜の街?」

「変なこと吹き込むなよ。じゃ、行くぞ」

 少し不安そうな顔をする春宮。一人暮らしなんだから、一人は慣れていると思っていたが…。一応、「すぐ帰るから」とだけ伝えておいて、相浦を見送りに行く。…はずが、何故か俺は相浦に「コンビニに行こう」と言われたため、付き合うことにした。

「ごめんね、付き合わせちゃって。奢るからさ」

 そう言うと、またもやアイスを食べる気なのか、アイス売り場の冷蔵庫に手を突っ込む。それは、俺たちの思い出の一品だった。そう、チューペットだ。

 それからレジを通し、近くの公園のベンチに腰掛けた。

「ほい!」

 いつかのように、彼女は俺にチューペットを渡した。あの時と同じ、ラムネ味だ。

「いつかあったよね。夏頃だったかな」

「そうだな。あの時から、俺はお前と友達になれた気がしたな」

「私は士郎くんに出会った時から友達だって思ってたよ」

「そんな時からか」

 ほんと、コイツマジで挨拶しただけで他人と友達になれるとか思ってそうだ。いや、思ってるな、さっきの言動では。

「あー、スカッとする!」

「だな。また夏に食べたい」

「お、分かってるねぇ、風流だねー!」

 確かに、夏といえばラムネ。みたいなお決まりがあるからな。それに、夏の風物詩であるアイスを掛け合わせたのだから、めっちゃ風流!とか、相浦は思ってそう。

 あの時の思い出が、今朝より近くで感じられた。温度や、陽の角度、どんなセミが鳴いていたかなど、今なら思い出せる気がした。すると、不意に相浦は立ち上がった。

「実はね、近いうちにコンクールがあるんだよ」

「そ、そうなのか。悪いな、こんなことに呼び出して」

 悪いことしたな。こいつ明らかに暇そうにしてたから、誘ってもいいかって考えてた。そうだよな、相浦にもやるべき事があるんだよな。

「いいって。んー、でも、そうだなぁ。貴重な時間が潰されたのもまた事実…。よし!」

 相浦は、親指を立て、自分の方に向けた。

「士郎くん、私を鼓舞してくれたまえ!」

 鼓舞…か。俺はそういうの向かないのにな。こんな時にスっと言葉が出ないのが証拠だ。

「…相浦ならやれるよ。きっと、賞を取れる」

「そうかなぁ!そう言われると、やる気出てきた!よぅし!今日もイメトレしよ!」

「イメトレ?絵の完成図とかか?」

「賞を受け取った時のイメトレ!」

 にししっと、相浦は笑った。なるほど、自信はあるということか。これでこそ相浦だ。俺の中の相浦は、ずっと自信に満ち溢れ、笑っているのだ。そして、ずっと前を向いている。疲れた顔も見せずに、最前線でこっちだよと旗を振り続けている。

「もう大丈夫だよ。すぐそこだから。じゃあね!また明日!」

「そうか、また明日」

 笑顔を絶やさないまま、彼女は軽い足取りで走っていった。俺も帰るとするか。きっと、春宮も腹を空かせて待ってるだろうし。不安そうな顔してたのは、「誰が私のご飯を作るんだ」と言う意味を込めてだろう。昨日の彼女の行動を見るに、もうまともな飯はないのだろう。あるなら俺の家なんか来ずに、一人で食べてるだろうし。

 一旦、インターホンを鳴らしてみる。すると、パタパタとスリッパ越しの足音が聞こえた。きっと春宮だな。

「おかえり。ちゃんと家の場所覚えてて、いいわんこ」

「俺の家はその隣だし、お前の犬に成り下がったつもりは無い」

「それより、少し聞いて。あなたに、伝えたいことがあるの」

 伝えたいこと?なんか、真剣な顔してるし…。俺は彼女の気迫に少し押されて、一歩下がった。

「なんだよ」

「私ね、多分、好きなの」

 は?スキ?鋤?それとも隙?

「お前、農業でもやんのか?」

「ふざけてないで。私好きなんだ」

 別にふざけてるわけじゃないけど…、これってもしかして、もしかしなくても…告白!?そ、そんな…!俺には心に決めた相手が…!

「お、落ち着け、それは確かなのか!罰ゲームとかで告らさせられてないか!」

「なんでそこまでシロイヌが気にするの?」

 は、はぁ!?告られたのに、それを本意であることを確かめるのは普通のことだろ!何かの間違いかもしれない!それに、今まで俺告られたことなんてないし!

「とにかく、好きなの…。榎原くんのことが」

「ご、ごめ…ん?今なんて?」

「私、春宮佳奈は同じクラスの榎原辰馬くんのことが好きなの」

 や、やけに丁寧に説明してくれるな。それより、なんだ、勘違い、いや、早とちりか。そうだよな、好きな人がいると言われた時にも榎原が第一候補に上がってたじゃないか。

「なんで俺に相談するんだよ」

「貴方が私の飼い犬だから」

「誰がだ。で、ただ告白したかっただけか?」

「違うの。貴方には、私のお手伝いをして欲しい。率直に言うと、私を女の子にして欲しい」

 ん?女の子?今でも十分女子っぽいけど…。

「で、あわよくばくっつきたい。オナモミのように」

「チクチクしそうだな」

「で、協力してくれる?拒否権はない」

 提案しておいてその逃げ道を塞ぐとはいかに。

「もちろん、ご褒美もある」

「ご褒美?」

「私が貴方と紗霧さんがくっつくように協力する。両面テープのように」

 お、俺と相浦が両面テープのようにべっとり…!ねっとりぺったり…!って、何考えてんだ俺!

「…分かった。なるべく協力するよ。その代わり、俺にも協力してくれよ?」

「無論。これで私たちは戦友。恋愛同盟」

 俺は、差し出された春宮の手をがっちりと握った。かくして、恋愛同盟は締結されたのである。だが、その時ぐぎゅー、と春宮の腹から轟音が響いた。

「あの、ご飯…」

「そだな。そろそろ食べるか。うち来い」

「ん」

 短く返事を返し、俺たちは俺の家に向かう…、筈だった。俺と春宮がドアを抜けた瞬間、ガラリと窓が開き、叫び声が木霊する。

「うるさぁぁぁぁぁい!」

 外に出ていたため、耳にダイレクトに響く!俺と春宮は耳を抑えた。なんと、もう辺りも暗いというのに、拡声器を使用してきたのだ。黒長髪の人物が、プレハブアパートの窓から身を乗り出して、拡声器を掲げている。

「お前の方がうるさい!」

「やはり不知火か。その後ろにいるのは誰だ」

「だ、誰?」

 そうか、二人は顔を合わせるのが初めてだったな。

「こいつの名前は西川蓮。引きこもりの同級生だ。こっちは春宮佳奈。生活スキルゼロの同級生だ。二人とも同じクラスだぞ」

「…蓮?」

「なんだ、何か付いているか」

「付いているというか…着いてるの?」

「は?」

「一物」

 まぁ、確かにこいつ見た目完全に女だしな。声も中性的だし、間違えるのも無理はない。

「着いてるよ。あいつ、男だから」

「もっと他の聞き方は出来んのか、箱入り娘」

「そんなあだ名付けないで、女装癖」

「これは髪を切りに行くのが面倒なだけだ。あとお前には言われたくない。それよりそろそろだな」

 そろそろ、なんだろう。何かあるのか?すると、西川は俺に向かって拡声器を投げつけてきた!

「ほれ」

「っとと。何すんだよ!」

「ナイスキャッチ。ヘイトは完全にお前向きだぞ」

 それだけ言い残すと、西川は部屋に帰った。ヘイト?お前向き?何言ってんだろ。というか、なぜ俺に拡声器を…まさか!

「おい、春宮?これ受け取ってくれないか?」

「いいよ」

 あれ、案外すんなり。こいつが箱入り娘で助かった。

「誰だ!さっき大声出したのは!」

「いくらなんでも非常識だろ!」

 大人が大声を出したのを叱りに来たな。ヘイトはお前向き。西川が狙ってたのはこれか!俺らに濡れ衣を着させようったってそうはいかない。俺は抜けさせてもらう。すまん春宮。犠牲になってくれ!てか、我ながら俺って最低だな!

 すると、何を思ったか、春宮が口元に拡声器を掲げる。何する気だ?まさかさらに煽るのか?さ、さすがにこれ以上は…!

「お、おい春…」

「この人さっきメガホン使って叫んでましたー。私はこの人からメガホン取り上げたんですー」

 は、春宮ァァァァ!?な、何考えてんだ春宮ァァァ!俺に濡れ衣着させようってか!お互い考えることは同じか!当の春宮は、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。その場から逃げようとするも、がっちり腕をホールドされていた!は、離してくれ春宮!

「お前かァァ!」

「か、勘違いです!」

 それから、何とか帰宅途中の姉に助け舟を出してもらい、幸い警察沙汰にはならずに済んだ。この状況で恨むべきは相浦ではない、西川だ。

「士郎くんが私に濡れ衣着せようとしなければ弁解に協力してあげたのに。これで恋愛同盟に亀裂が入った」

「ご、ごめん…」

「いいよ、濡れ衣を着せた私も私だし」

 ほんと、よくもやってくれた…じゃない。ステイステイ。先程再確認したばかりじゃないか。悪いのは西川と、魔が差して春宮に罪を被せようとした自分自身だ。深く、深く反省しなければ。

「ほんと、士郎どうしたの?メガホンで叫ぶなんて、士郎らしくない」

「西川が拡声器使ってうるさいって叫んでそれを投げつけてきたんだよ。完全な濡れ衣」

「はぁ、つまり士郎は悪くないのね。後でガツンと言っておかなくちゃ」

 ガツン…かぁ。きっと無理な話だ。だって、姉ちゃんはかなり西川のことを気に入ってる。かわいいかわいいって。そんな相手にガツンなんてできるわけが無い。どうせ…。

「わぁ!蓮くんー!かわいいかわいい蓮くーん!」

「は、離せ!離せ変態娘!」

 こうなる。

 俺が鍵を開けると、中には西川が。それを確認した瞬間、姉は思いっきり西川に抱きついた。もう社会人なのに、こんな調子でいいのだろうか。

 ちなみに、彼がなぜこの家に居るのかと言うと、話は数年前に遡る。まだこいつが中学生で、姉ちゃんが高校生の頃。隣に越してきた西川は、中学生でありながら一人暮らしをしていた。それを知った姉ちゃんは気の毒に思い、スペアキーをこいつに渡したらしい。「いつでも来ていいから!」と言ってくれて、あの頃は心細かったからかなり助かったと西川から聞いている。部屋は汚すぎて、二回目以降は玄関先までしか入らなかったらしいけどな。ちなみに、これは姉ちゃんには秘密らしい。

「士郎ー、私蓮くんに娘なんて言われちゃったー!」

「ハイハイよかったなー、それよりお前、なんで拡声器で叫んだ」

「締め切り前に騒がれれば文句のひとつも言いたくなるだろう。だから、作品を送り付けたあと拡声器で叫んだ。仕上げている時は騒がれようと集中は途切れない自信はあるが、迷惑なのは迷惑なんだ」

 はぁ、つまりこいつは昼頃からずっと燻ってたわけか。今度からは気をつけるか。だからって、拡声器を使うのは非常識極まりないことなのだが。

「ところで西川、何の用だ?」

「トマトが食べ頃だ。これで料理を作ってくれ。作り置きでな」

「トマト?」

 春宮は小首を傾げた。

「こいつは、トマトが好きなんだ」

「味が?」

「別にトマトの味が好きな訳では無い。トマトは栄養価が高い。だから積極的に摂取している。作業の合間に頬張るもよし、料理してゆっくり食べるもよしだ」

「料理するのは俺だろう」

「効率の問題だ」

 はぁ、効率か。確かに、こいつからしたら材料を渡したら料理が返ってくるみたいなものだからな。さぞ効率がいいだろう。俺の労力を考慮しなければ!

「ご飯、食べたいんだけど…」

「俺の飯はまた明日でもいい。次の締め切りまでに書きあげなければならない作品があるからな…、離せ変態娘」

「えー、私たちと一緒にご飯食べるの嫌なの?」

「嫌だ、俺は一人でいる方が落ち着くんだ。だからいい加減に離せ!」

「離さなわよ!」

「噛むぞ!」

 噛むのか…。そういや、こいつめちゃくちゃ運動音痴だったな。体力もないし、力もないし、センスもないのだ。なので体育のある日には必ず休む。体力測定などの日にはいやいや参加し、クラス最低点をたたき出して「これだから運動は嫌なんだ!」と叫んで帰る。これがテンプレ。なので、姉ちゃんの腕からも逃れられないのだ。

「四人分だな」

「俺は要らんぞ!」

「そこから抜け出してから言え」

「はむっ!」

「わーい、甘噛みされたわー!」

 勢いよく噛み付いたように見えたが、姉ちゃんには効かなかったみたいだ。

「ところで、さっきサラッと締め切りって言ってたけど、なにかしてたの?」

「俺は現代小説をしたためていてな。それの締め切りが近かったんだ。もう終わったがな」

 現代小説。響きだけは仰々しいが、こいつが書くのはラノベだ。それも、結構なラブコメ。重々しさの欠片もない。

「へぇ、作家さんなんだ。代表作は?」

「まだ一シリーズしか連載していないからな。ステラノミライ。ペンネームは東山蓮」

「は、はわぁ」

 あ、確かに春宮の部屋を掃除してた時、こいつの小説があったな。それも五、六巻まとめて。つまり愛読者って訳だ。そんな好きな作品の作家が目の前にいるなら、やることはひとつ…。

「サインください」

 とりあえずサインをねだる。先程とは似ても似つかないほど下手に出てる。

「断る」

「ずるーい、私もまだ貰ってないのにー。私にも頂戴!」

「だから断る!」

『お願いー』

「だぁああ!うるさい!分かった!書いてやる!」

 そう言うと、そこにあった太文字のマジックペンを手に取り、その後二人の顔を無理やりくっつけた。そして、「動くなよ」と呟いて二人の顔面にペンを走らせた。

「完成だ」

 姉ちゃんの顔には大きく「東山」、春宮の顔には大きく「蓮」と書いてある。二人は洗面台に行き、そのあと頬を抑えて出てきた。

「やった、サインもらった…!」

「私も貰えたわ!」

『もうお風呂入らない…!』

「アホしかおらんのかこの近所は」

「お気持ち察するよ」

 それから二人がぎゃいぎゃいお腹空いた飯はまだかと騒いだため、具材も揃っていたし鍋を作った。それぞれ好きなタイミングで食べられるしな。

「鍋パってやつね!」

「なんで俺まで…」

「雑炊にはトマトも入れるぞ」

「なるほど、熱することでリコピンを多く摂取することが出来るからな。よし、今回くらいは同席しよう」

「じゃあ蓮くんは私の隣ね!」

「違う。女装先生は私の隣」

「俺の隣は不知火だ!ほら、来い不知火!」

「へいへい」

 ぼふぼふと座布団をはたく西川の隣に座り、全員で鍋をつついた。西川は、終始不機嫌そうにしていたが、決して終わるまで帰ろうとはしなかった。何気に、居心地がよかったんだろうか。

 さて、そういえば恋愛同盟の件はどうなるんだろうか。明日から有効か?そもそも俺は二人がくっつくのを手伝えとは言われたが、具体的に何をすれば…。いや、やめておこう。なんか意識しすぎると不自然になるかもしれないし。まぁ、また明日春宮に聞くか。今は、この鍋パを楽しもう。

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