春雨

第1話 嵐を呼ぶ転校生⑴

 公立鏡原高等学校。県内でも一二を争う名門校。当然、不良なんてものは居らず、皆が和気藹々わきあいあいと勉学、部活、課外活動等に勤しんでいた。


 しかしたった一人。この学校で、恐れられている者が居ることを俺は知っている。


 他の誰でもない俺、『不知火士郎』なのだが。俺は尋常じゃないくらいに目つきが悪い。そのせいで、様々な疑い、恐怖をさせてしまうことがある。


 それもこれも、祖父母とも目つきが悪いためだろうか。


 その割には、少し年の離れた姉、胡桃と一つ下の妹のしろはは目つきはさほど悪くない。俗に言う隔世遺伝である。ほんと、遺伝子って怖いとつくづく思う日々だった。


 その目つきのせいで、第一印象は最悪。ほとんどの生徒は最初は話しかけてこない。一度も話してないクラスメイトだって居た。


 数少ない友人曰く、「一見さんお断りみたいな感じ」らしい。いまいちよく分からなかったのだが。


 そんな高校生活を送っていた俺に、嵐が巻き起こった。いや、飛び込んだのかもしれない。近くにできた巨大台風に、自ら飛び込んだ。


 四月七日木曜日、本日はクラス替えの発表日だ。周りの生徒たちが、一喜一憂している。


 あの子と一緒が良かっただとか、また一緒のクラスだねだとか、こいつと一緒にはなりたくなかっただとか。


 俺は、そんな生徒たちに阻まれ、掲示板に掲げられた名簿を遠巻きに眺める。こうも離れていると、やはり見にくい。何とか目を凝らして、見ようとする。


 すると、何やら周りが俺を避けた。……また勘違いさせてしまったらしい。


「君、また勘違いさせちゃったね」


 わはー、と笑いながら俺の肩をバシバシと叩いてくるのは、『相浦紗霧あいうらさぎり』。俺にとっては数少ない気の置けない相手だ。


 そして、俺の初恋の人だった。冬の時代に春が到来したわけである。パンパカパーンと天使のラッパが鳴り、天使そのものが目の前に降りてきたわけだ。


「この子、本当はいい子なんですよー?ゴミ出しには行ってくれるし、休日はマッサージもね?」


 彼女は、別に友達が少ない訳でもないし、周囲の評価も見た限り低い訳でもないのに、何故か自分と関わり合う。ありがたい……。うん、ありがたい。周りに怖がられてる俺にとっては、本当にありがたいのだ。


 俺と相浦は、今年から二年三組。さらにもう一人、見知った名前が。


「よう!相変わらず目つき悪いねぇ!」


「うっせぇやい。友達一号」


「じゃ、相浦は友達二号だな!」


 この見るからに爽やか好青年な彼は、『榎原辰馬えのはらたつま』。テニス部のエースで、相浦とは中学からの仲らしい。


 彼こそが俺の友達第一号。榎原の紹介があって、相浦と俺は友達になったのだ。


 以前、こいつになぜ俺の友達になってくれたのか、聞いてみた。その答えは、偉く淡白で、呆気ないものだった。


 ただ、興味を持ったから、らしい。目付き悪くて、周りから怖がられる俺がどんな性格か、とても興味が湧いたのだとか。


「わはー、友達二号参上!」


「聞こえてたのか」


「現代に生まれた聖徳太子とは私のことだよ!たとえ十人の声だって、どんな遠くの声だって、聞き分けてみせる!」


 ふっはは!と笑い声をあげる相浦。しかし、唐突に何やら相浦は下卑た笑みを浮かべ出した。え?なんか怖い。


「それより奥さん方?今朝、小耳に挟んだのだよ。耳寄りな情報だぜぇ?」


「誰が奥さんだ」


「耳寄りな情報……?」


 小言を言う俺に比べ、榎原はその情報の方が気になるらしい。嫌な予感がするな。


「そそ!実はねぇ?ピンポンパンポーン!朗報です!美少女転校生が転校してくることになったそうな!それもこのクラスー!」


「マジ?おー、楽しみだな!俺の青春淡く色づいちゃうかも?なぁ、不知火?」


「そうだよねぇ!私もお近づきになりてぇぜ!」


「さっきからなんだよその口調」


「イメチェンだよ!可愛いだけじゃ物足りないのだよ……!世の中!」


「私ってかなり可愛いけどさー」と、自慢げに続けた。確かに可愛い。だからだろうか、彼は口を滑らせた。


 察して欲しかったのだ。この気持ちを。


「別に、それだけでいいんじゃないか?」


「んー?それはどういう意味かにゃー?」


「……なんでもない」


「そっかー」


 言えない……。うん、言えない。相浦は、深くは追求してこなかった。一方、榎原は何か言いたそうに微笑していた。


 そんなこんなで、本鈴まで時間を潰した。それから、体育館に集合し教師たちの長話を聞いた。


 にしても、転校生の話が全く出てこないのだが……。相浦が嘘をついてたのか、聞き間違いなのか、そもそも情報に誤りがあったか。


 あまり相浦を疑いたくないが、ここまで何も無いとどうしても疑ってしまう。


 とうとう、集会が終了した。転校生なんかいなかったのか?


「相浦ー、転校生なんて居ないんじゃないか?」


「紗霧、嘘つかないよ……!きっと、多分。……そう!寝坊してるんだよ!」


 どんどん自信がなくなって行き、最後には突っ伏してしまう相浦。というか、登校初日に寝坊って……、どんな肝の座った生徒なんだ。


 ついに、帰りのHRまでその転校生は来なかった。あれ?これマジで相浦が間違った情報を流してたのか?うーん、でも一つ気になることが。


 真ん中の列の二番目、つまり俺の横の席が空いているのだ。俺のひとつ挟んで隣も空いているが、それは一年前からずっと不定期に登校してくる奴がいた。


 出席日数のギリギリのラインを狙い撃ちして、中間と期末では学年最高の点数をたたき出す変人だ。ちなみに窓際最前列は相浦、その隣に榎原となっている。


「じゃ、まだ委員長は決まってないから、出席番号一番、相浦さん号令お願い」


 担任の渡辺先生が、相浦に声をかける。「ふぁい…」と、一方の相浦はげんなりしてる。どれだけ転校生のこと楽しみにしてたんだ…。


「きりぃつ……きをつけぇ……れぃ……」


 どこか気の抜ける号令をかけられ、俺たちは一瞬思考が遅れた。少し後から、ガタガタとクラスメイトが立ち上がりだし、挨拶をしようとしたその瞬間。


 勢いよくドアが開け放たれ、クラス全員の注意が引き寄せられる。


「おはよう……ごふぁいはふ……」


『……へ?』


 欠伸混じりにこちらに挨拶する少女に、俺は釘付けになった。


 そもそも、気になることが……。明らかに私服なんだけど!なんだよ、パーカーミニスカで初登校って!

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