第3話 嵐を呼ぶ転校生⑶
「あ、あのぅ、なんで私服なの?」
「服を袋から出すのが面倒だったので」
渡辺先生がそいつに質問するも、芳しい答えは得られなかった。眉一つ動かさずに、そんなことを口に出すそいつは、酷く異質に思えた。異質で、不可解で、不相応に思えた。先生はまだ思考が追いつかないのか、「あはは…」と失笑をしている。
「そ、それとね?遅刻する時は早めに連絡してくれると、こっちとしては助かるんだけど…」
「すみません。急いでたのでぇ…ふぁう」
また大欠伸をひとつして、目を擦った。その様子からは、全くと言っていいほど誠意というか、反省の色が見えなかった。諦めたように、先生がため息をひとつついた。
「…じゃ、少し遅くなったけど、転校生からの挨拶ね。みんな、少し帰宅時間遅くなるわよ」
他の奴らは、少々の愚痴を零しつつ、興味と期待を隠せない様子だ。相浦は元気を取り戻したようで、思いっきり手で机を叩いた。
「むふふ…!やっぱり来たじゃん!紗霧、嘘つかない!」
「マジだったんだな」
というか…。あいつ…。バサ着いた髪!ヨレヨレのパーカー!ホコリの着いたスカート!汚れの目立つ上履き!さらに目ヤニ!そして隈!あいつ、どんだけ不潔なんだ…!あぁ、今すぐあいつを風呂に入れて、服にアイロンかけて、スカートのホコリとって、靴洗って、それ以前に顔洗わせたい!そしてあいつに十分な睡眠を与えたい!
「やっぱ気になる?あの子」
「まぁ、あんな格好で登場されたらな…」
「潔癖症だからな、お前…」
小声で、榎原が耳打ちしてくる。正直に言おう。俺は潔癖症と言われるべき人間だ。元は俺だって、どちらかと言うと散らかっていた部屋も見過ごせる、いやむしろ部屋が汚かった。このような性格になったのも、全ては姉ちゃんのせいである。
俺の姉、胡桃はかなり自堕落な性格である。そんな彼女の生活を更生させるべく、両親は俺を姉ちゃんの家に送り込んだ。高校一年の頃から、俺はずっと姉と二人暮しだ。狭いアパートで。そんな姉ちゃんの家に初めて行った時、俺は愕然とした。積まれたカップラーメンと弁当箱の山!散乱した雑誌!流し台に広がる異臭を放つ謎の物体!おそらく生ゴミだろうが。更には、洗濯カゴから溢れ出すシワだらけの洗濯物!一言言った。「なぜこんな場所で生活できるのか」と。
俺は、大して綺麗好きではなかった。でも、あんなのを見せられたら、掃除せざるを得ないのだ。だって、ここはもう姉だけの家じゃないのだから。
そこから、俺の奮闘記が始まった。その過程で、俺は掃除に目覚めたのだ。いや、あんな経験したら嫌でも目覚めると思う。なんかこう、ひとつの汚れを見つけたら、そこからどんどんと侵食してきそうで怖いのだ。風呂場のカビとかと同レベルで、どこから持ち込んだのかスナック菓子のゴミやらなんやらが指数関数的に増えていく。それを抑えるためにも、掃除は欠かせない。ゴミがひとつでも床にあるから、それでもいいかという考えが生まれるのだ。
「あの、不知火さん?何笑ってんの?」
「…え?笑ってた?」
「うん、こうやって、にへぇって」
相浦は、目じりと口元を指で釣り上げた。こういうのって、目じりは下げるべきじゃないのか?俺、そこまで酷いか?
すると、転校生はカツカツと黒板に文字を描き始めた。恐らく、彼女の名前だろう。
「
偉く淡白な自己紹介だ。俺たちは完全に呆気に取られていた。先生でさえも。一方で、春宮はこちらの反応を不思議に思ったのか、首を傾げた。
「あ、それなら、みんなから質問とか…」
あまりに内容が無さすぎて、こちらに振ってきた。すると、クラスのムードメーカー兼クラス一のアホこと檜山が元気に手を挙げた。
「はーい!」
「はい、では檜山くん」
「春宮さんは、どうして不知火の横の席なんですか?」
あ、確かに。本来なら春宮は檜山の横の席なはずだ。なのに俺の横の席が空いてて、檜山の横には氷室が居る。これは少し妙な話だ。
「あの、母親の旧名が春宮で、父とは先日離婚してしまって…、それでまだ学校に正式な手続きが…」
あぁ、こりゃダメだ。これ以上進めては行けない話題だ。檜山の周りの奴らは、「お前後で謝っとけよ」とか、何とか言ってる。でも、彼を咎めることは無かった。まぁ、あいつは好奇心から聞いただけだからな。その結果古傷を抉るような感じになったけど…。
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