第50話 忘れたものが還ってくる

 青い光の玉が俺の体を包む。光は眩しく発光すると、青い炎となって俺の体を焼き焦がしてくる。熱さや痛みよりも、苦しさが強い。狭い場所に閉じ込められるというよりかは、俺の体内で風船が膨らみ続けているようだ。




「冬美!? これはやり過ぎだぞ、サキ!」 




「私はただ言葉を発しただけに過ぎません。彼に襲い掛かったのは、守り人達の意思です。さて、門倉冬美。今度はこちらの番です。あなたの正体を、我々に晒しなさい」




 体から力が抜けていく。体の主導権が、俺から離れていく。俺を焼き焦がす守り人が、俺の体を奪おうとしているのか。ここまで大勢に取り込まれたのは初めてだ。最悪なのは、取り込もうとしている相手が怪異ではない事。怪異でなければ、俺の毒は機能しない。




「苦しい? 今のあなたの体には、この空間にいる守り人のほとんどが宿っています。何万という人の意思が、あなたの心身を蝕む。どれだけ耐えれるか、見物ね」




「……俺が、隠している事を話せば、協力するか?」




「害か無害かを判断します」




「ハッ! やっぱり、あんたのそういうドライな所、好きだな……だが、悪いな。守り人の力、貰った! クロ!!!」


 


 俺はクロを呼び出した。何処からともなく現れたクロの存在に、副生徒会長はもちろん、豊崎さんも驚いていた。


 想像とは違う展開だが、悪くない結果だ。俺の体には数万の守り人が憑りついている。裏を返せば、俺は守り人の力を宿しているという事だ。協力関係を結べば楽だが、やはり自分でやった方が咄嗟の事態に対処出来る。守り人達には悪いが、聖歌高校の封印を解く為に利用させてもらう。    


 


「俺は先に退場させてもらう! 二人には積もる話が山ほどあるだろ? 俺に構わず、好きなだけ閉じこもってろ!」




 クロは俺を抱え、この世界から現世へと連れ戻してくれた。その勢いが殺されず、自分の器に戻った俺は跳ね飛ばされ、いくつかの墓に激突した後、地面に転がった。


 体内に守り人を閉じ込めている弊害か、厄物の効力が薄れて傷が治らなくなっている。立ち上がろうとしたが、全身の骨という骨が悲鳴を上げ、左足が曲がらない方向に曲がっていて立ち上がれそうにない。


 このままでは、騒ぎを聞きつけた橘先輩達がやってくる。他はともかく、守り人に仕えている橘先輩に見つかるのはマズい。




「クロ! 俺を今すぐ聖歌高校に届けてくれ!」




 俺のワガママに考える余地を持たず、影から現れたクロは俺を抱えて運び出した。まるで早送りをしているように景色が流れていく。これなら一分も掛からずに聖歌高校に着きそうだ。


 さて、計画とは違う事になってしまったが、材料は揃った。守り人の力を発動し、聖歌高校周辺に結界を作って外からの干渉を防ぐ。万が一、学校内に人が残っていたとしても、今日は休日。いたとしても数人から五十人程度。セイレンの力が及ぶ規模を考えれば、安い犠牲だ。


 聖歌高校に辿り着き、俺はクロに支えられながら、すぐに結界を張った。力を自分から使うのは初めてだが、要は自分の中にある違和感を働かせればいいだけだ。




「結界術!……なんてな」




 聖歌高校周辺に、常人には見えない結界が張られていく。祓い士になったようで、気分が良い。術を使えるだけで、こんなにも優越感が高まるのか。


 結界が完全に張り終わる頃、聖歌高校の裏にある教会から強い気配を感じ取った。ルー・ルシアンが最後の怪異を殺したようだ。結果的に上手くいっている。あとはルー・ルシアンが合流するまで、俺が時間を稼ぐだけだ。




「……クロ。何度も頼んで悪いが、俺を教会まで運んでくれ」




 クロは俺を抱え、教会へと足を進めた。さっきまでの速さが嘘かのように、その足取りは遅かった。




「クロ、急いでくれ! セイレンは解き放たれた。結界を張っているからすぐには出ていけないが、いつまで持つかは分からないんだ! だから―――」




 クロは俺を強く抱き絞めた。それだけじゃなく、俺の勘違いで無ければ足が止まっている。俺のワガママに怒ったのだろうか。




「……時間が無いんだ……俺の時間も……どうせ死ぬなら、仕事を完遂してからだ……!」




「……フ……ユミ」




「ッ!? 喋れるように、なったのか?」




「フユ、ミ……フユ―――」




 背中に衝撃が走った。俺は背中から地面に落ちたんだ。




「……クロ?」




 クロの姿が見えなくなった。自分の腹部を見ると、あったはずの黒い線が消えている。これが意味する事は、厄物が完全に機能しなくなった。今の俺の体は数万の守り人に憑りつかれている状態。むしろ、ここまで機能していたのは奇跡だったのだろう。


 教会まで、あとは真っ直ぐ進むだけ。走っても歩いても、余裕で辿り着く距離。だが、今の俺の片足は動かせず、体は思うように動かない。這って進むしかない。


 


「ぐ、ぐぅぅ……!」




 重い。腕を前に出すだけで、息が荒れる。教会までの距離はまだ遠い。精神が擦り減っていく。どれだけ必死に体を動かしても、距離が縮まった実感が湧かない。教会の扉が開いていく。早く教会まで辿り着かないと。でも動かない。体が、石になっていく。喉が詰まって、呼吸が出来ない……意識が、薄れていく……目が……閉じて……いく…… 

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