第49話 幽閉
生徒会のトップである豊崎さんが協力してくれる事になり、俺はこれからする事のほとんどを打ち明けた。教会の封印を解き、封印されていたセイレンを解放する。その後、セイレンをこちらの世界から元々いた場所に帰す。
俺の話を聞き終え、しばらく考えた後、豊崎さんは口を開いた。
「私は賛成するよ。でも、二つの問題がある。一つは、セイレンを帰す方法だ。もう一つは、他の守り人の賛成も得なければならない」
「前者に関しては、俺の知人に任せています。本人もいくつか手段があると言って、乗り気でした。ただ後者に関しては、俺では解決出来ません。そこで、豊崎さんの力を貸して欲しい」
「私は席を空けているだけで、まだ生徒会長だ。でも、私は自分の使命から逃げ出した。後任も決めずに、問題を放っておいていた私の言葉に耳を傾けない。それどころか、弾劾されるだろう」
「ですが、腐ってもあなたは生徒会長。現守り人のトップです」
「……はぁ。どうして彼女は、生徒会長にならなかったんだろう。なろうと思えば、いつでもなれたのに」
「決まってるでしょ。あなたを待ってるんです」
「……なら、久しぶりに顔を出すか」
豊崎さんは離れた場所で進藤先生と心の関心を引いている橘先輩を確認すると、俺の手を握った。
「君も来てくれ。実行役が顔を出した方が、信頼も得やすい」
「むしろ、逆効果では?」
「その時はその時さ。思い立ったが吉。行くよ!」
豊崎さんの握る力が強くなった。その途端、俺の意識は朦朧とし、周囲の景色がパズルのように欠け落ちていく。真っ白な世界になると、風で揺れる木の音が聴こえてきた。開いている目がもう一度開くと、俺達は自然に溢れた緑の世界に立っていた。
ここが守り人達の世界。空に浮かぶ無数の星々の光が夜を照らし、絶えず流れるそよ風が体を通り過ぎていく。
「ここが、守り人が眠る世界……想像していたより、開放的ですね」
「そう見えるだけだよ。この世界には一つの場所しかなく、何処を歩いてもそこへ辿り着く。あっちと同じ世界に見えて、ここは小さな箱庭でしかない」
先導する豊崎さんの後を追い、俺達は丘を登り始めた。丘の頂上に立つと、下の方に小さな集落があり、青い光の玉が集落を自由自在に浮遊している。広場には目印となる大きな焚火がある。
「あそこは守り人達の集落。見えている青い光は、自分の姿も思い出せなくなった古い守り人。そして、頭上にある星々は、自分自身すら忘れてしまった守り人達。ここには自分を映す鏡は無い。長い間、自分の姿を見ていなければ、段階的に忘れていく。自分の記憶。自分の姿。自分の形。自分自身……時々、橘が羨ましく思うよ。彼の家系は代々、私達守り人を手助けする役割を担っている。死ぬまでね。でも、あっちの世界で生きて、あっちの世界で死ねる。口には出さないけど、私達守り人が望む事なんだ」
豊崎さんは深呼吸をした後、意を決して丘を下り始めた。その後に続く前に、一つ確認したい事があった。
「……クロ」
すぐ傍で、クロの気配を感じた。この世界でも、クロは姿を現せる。今は助けを乞うつもりは無いが、向こうの対応次第では、不本意ながら手荒な手段に出させてもらう。
丘を下りて、集落に足を踏み入れると、周囲にある木の建物から無数の視線を感じた。顔を動かさずに目だけで周囲を確認すると、建物の出入り口や窓の暗闇の中にまばたきをする目があった。攻撃的な視線ではなく、俺と豊崎さんを羨ましがるような飢えた視線だ。
「どの面下げて戻ってきたと思ってるだろうけど、話があるんだ。どうか私の話を聞いてくれ。その、出来れば若い世代の奴で……」
「……俺達は指名出来る立場ですかね?」
「……言っておかないと、話が通じない人が来るかもしれないじゃん」
しばらく待っていると、正面の建物から、見知った人物が姿を現した。幸か不幸か、副生徒会長だ。俺と彼女は面識があるし、豊崎さんとは昔からの仲。話を聞く相手としては適任だろう。
しかし、俺が知る限りの彼女は堅苦しい。こっちの話を聞いたうえで、キッパリと断られる可能性もある。部外者である俺は下手に意見を言えないし、ここは豊崎さんに託すしかない。
「あー、サキちゃん! 久しぶりなのに、相変わらず美人だね!」
開幕一番、豊崎さんの言葉はこれだった。サキちゃんとは、おそらく副生徒会長の事だろう。あのお堅い副生徒会長をちゃん付けで呼ぶという事は、豊崎さんとの仲は良かったのだろう。
そう思っていた矢先、副生徒会長は豊崎さんに詰め寄り、大振りのビンタを豊崎さんに喰らわせた。一気に不安になってきたな。
「痛い……数年ぶりの再会なのに、ビンタって……」
「ビンタで済ませたんです。他の者なら、あなたの体を八つ裂きにしても足りないでしょう」
「……そんなに、私って嫌われてるの?」
「嫌ってはいません。妬んでいるんです。使命を投げ捨て、好き勝手に生きてきた会長の事を」
「ア、アハハ……」
二人のやり取りを間近で見ていると、突然豊崎さんは俺の手を引き、副生徒会長から少し離れた場所で俺の耳元に囁く。
「なんか滅茶苦茶状況が悪いんだけど?」
「分かってた事でしょ?」
「いや、でも想像を超えてきたっていうか」
「想像ではどんな感じだったんですか?」
「もう! 今まで何処にいたんですか! 寂しかったです!……みたいな?」
「外飼いのペットじゃないんですから……」
「頬ずりしたら愛着を取り戻してくれるかな?」
「次はグーできますね」
「よし、作戦会議終わり! 戦場に戻ろう!」
豊崎さんは俺の体の向きを反転させると、俺を盾にして副生徒会長の前に戻った。これ俺が副生徒会長と話した方がマトモな会話になるな。
「改めて、サキちゃん。協力してほしい事があるんだけど」
「却下します」
「ま、まだ何も―――」
「面と向かって話せない人の話なんて、聞くだけ無駄ですから」
「ぅぅ……相棒。後は頼んだ」
役割を果たせないせめてもの償いか、豊崎さんは俺の背中にくっつきながら肩を揉んでくる。このままぶん投げたい気分だが、いつまでもコントをしているわけにはいかない。
「……俺が代わりに言っても?」
「ええ。どうぞ」
「じゃあ、単刀直入に。俺は聖歌高校の裏にある教会の封印を解きます。封印が解かれた後の事を頼みたい」
俺がそう言うと、集落の周囲を飛び交っていた青い光の玉が一斉に俺達を囲い、火花を飛び散らせて脅してくる。副生徒会長はというと、やはり封印の事は知らないようだったが、他の守り人の反応からどれだけ危険な事かを察していた。
「……まず、話を聞きましょう。具体的な協力内容は?」
「教会に封じられてるのは、ちょっと危険な相手でして。学校にいる生徒と教員の安全を守る為、聖歌高校内にある空間に飛ばしてもらいたい」
「人のいない時を見計らって行えばいいのでは?」
「それが、俺にも封印がいつ解けるか分からないんです。封印を解く役割と仕上げの担当は別の人で、予測出来るものじゃないんです」
「空間に強制転移させれば、生徒と教員は混乱する。嫌悪感や恐怖を抱いて、学校から去るかもしれない」
「それならそれでいい。とにかく、封印されているのは危険な相手です。害にも無害になりえる存在ほど、対策はやり過ぎなくらいがいい」
「……話をまとめましょう。あなたは聖歌高校にある封印を解き、封じられた存在を対処する。我々は長年隠してきた聖歌高校の空間に、生徒や教員を避難させる……これで合ってますか?」
「ああ」
「なるほど。であれば、ここで死になさい。門倉冬美」
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