第34話 バイオレンスな殺戮を

 俺は時間を逆行しているのか。木村一郎の死体を発見した時の俺が、目の前にいる。触れようと手を伸ばしてみたが、手が体を通り抜けていく。一体どうなっているんだ?


 もう一人の俺が部屋から移動し、俺はその後を追った。確か、この後俺は一階に下りて、リビングの三人組に話をしにいったはず。記憶通り、もう一人の俺はリビングに行き、三人の役者と出会った。同じ行動、同じ会話。これまでの記憶を巡っているようだった。


 確認の為、三人を隠した部屋に行くと、扉の鍵は開いており、中には誰もいなかった。南さんが横になっていたはずのベットに触れても、冷たい布の感触しか伝わってこない。


 すると、突然部屋のテレビが点いた。砂嵐の画面を見続けていくと、徐々に砂嵐が解けていき、ソファに座る監督の姿が画面に映された。




『おいおい、ちゃんと台本は読んだのかい? この映画はホラー映画で、君は殺人鬼役なんだ。それなのに犯人探しなんて探偵ごっこしちゃってさ。何度も困るよ!』




「俺に言ってんのか?」




『君の他にいるかい? 頼むよ! さっきみたいにさ、グサッとやるだけでいいからさ!』




「あれは正当防衛だ」




 俺がそう言うと、監督は目と口を大きく開きながら、狂気的な笑い声を上げた。




『ハッ! アヒャヒャヒャ!!! 正当防衛~!? あんなに深く突き刺しておいて、身を守る為にとった咄嗟の行動だと!? 違う違う。あれは、君が明確な殺意を持って行った殺人だ!』




「そんなに俺が人を殺してる所を見たいなら、今すぐ目の前に来いよ」




『俺は監督だ。監督が映画に出るか? 監督は映画製作の中心だ! 映画を完成させる義務がある! 馬鹿馬鹿しい演技を大馬鹿共に見せる役者とは違う!』




 俺はテーブルの上に置いてあった灰皿を手に、テレビの画面を割った。




『なぜ監督の言う事を聞かないんだ!!!』




 今度はベッドの横の棚に置いてあるラジオから監督の声が聞こえてきた。ラジオを壁に投げつけて破壊すると、部屋に入ってきた南さんが携帯電話を俺に見せてきた。携帯電話の画面には監督のものと思わしき目が映っている。




『馬鹿でも分かるように演技指導してやる! 人を殺せ! 殺せ殺せ殺せ殺せぇ!!!』    




 通話が終わると共に、南さんはアイスピックを手にして俺に襲い掛かってきた。アイスピックを振り下ろしてきた手を受け止め、南さんの腹部に蹴りを入れ、よろめいた隙に南さんをテレビに突っ込んだ。ピクピクと感電している南さんを放っておき、俺は部屋から出た。


 部屋から出ると、コテージの中は異常に溢れていた。壁の至る所に目玉のカメラが貼り付いており、床や階段がとめどなく変化している。その異常さに戸惑っているのも束の間、リビングから三人の役者が凶器を持って現れた。その中には、さっきテレビに突っ込んだ南さんの姿もあった。


 消えては現れる床を飛び移っていきながら、階段に辿り着いた。目指すは二階の俺の部屋。そこにある鞄から、功昇先生から借りた物を使う。この状況を脱するには、祓い士の力が必要だ。


 しかし、階段は果てなく上に伸び続け、走って上っても一向に二階に辿り着かない。ペースを落とせば、追ってくる役者に掴まれて、一階に落とされてしまう。一階までの距離は既にマンションの屋上程あり、落ちれば気を失ってしまうだろう。


 息苦しさを耐えながら、ひたすら階段を上り続けていくと、突然階段の段が平らになった。踏むはずの段が無くなり、下に滑ってしまったが、滑り落ちていく方向に運良く一人の役者がいた。刃物を突き刺して踏ん張っている役者の顔を足場にして着地し、手すりを掴んで梯子のように上へ駆けあがる。


 なんとか二階に辿り着くと、廊下が記憶よりも随分と長くなっており、俺の部屋までの道中に大量の役者が配置されていた。全員、手には何かしらの凶器が握られている。




「くそっ! これじゃアクション映画だろうが!」




 俺が走り出すと、先頭の役者の集団が第一波として迫ってきた。数で圧倒的に不利な状況で大事なのは根性。全身刺し傷だらけになるだろうが、覚悟の上だ。


 衝突した瞬間、脇や胸に鋭い痛みが走ったが、歯を喰いしばって意識が器から出ていかないようにする。頭突きや肘で密着している役者を突き飛ばし、体に刺さったままの凶器を抜き取って、役者が動かなくなるまで刺した。


 第一波の役者を全滅させたが、俺の部屋までの道中に、少なくとも五十人はいる。痛みや暴力で頭が馬鹿になっているおかげで、多いのか少ないのかが分からない。


 


「まだ俺は止まってねぇぞ!!! まとめてぶっ殺してやる!!!」




 それからどれくらい経ったのか。気付けば俺の部屋の前まで辿り着いていた。馬鹿になった感覚で誤魔化していた疲労が限界に達し、俺は膝をついた。後ろに振り向くと、凄惨な光景になっていた。




「ハァ、ハァ、ハァ……金に惹かれた結果が……!」




 休んでいる暇は無い。次の役者が投入される前に、早く部屋に入ろう。




「……何かおかしい」




 部屋のドアノブに触れる寸前、俺は監督の言葉の何処かに引っかかっていた。俺に話しかけていた監督の言葉を思い出していくと、とある部分に気になる言葉があった。


 監督は俺に「何度も困るよ!」と言っていた。これまでの推理ごっこを指す言葉だと思っていたが、改めて考えると違和感がある。そもそも、始まりからおかしかった。俺が目を覚まして扉を開けると、木村一郎の死体が部屋に転がってきた。木村一郎を殺したのは俺だが、時系列が合わない。


 違う。難しく考えるのは間違いだ。答えはもっと単純な事。これは現実ではなく、フィクション。監督はあくまで映画を作っている。映画は何度もリテイクを重ねて作り上げる。始まりは、俺が部屋で目を覚ました所から。


 つまり、この部屋の扉を開ければ、また俺は目を覚ます所に戻される。ドアノブに伸ばしていた手を引っ込め、俺は屋根裏部屋がある部屋に入った。


 部屋に入ると、松田さんが屋根裏部屋へと通じる階段をしまおうとしていた。俺は飛び上がって階段を掴み、力一杯引いて階段を戻した。


 階段を上って屋根裏部屋に入ると、薄暗い部屋の中に、眩い光が点いていた。その光の傍には、ハンカチを鼻に押し当てて縮こまっている松田さんがいた。




「お前!」




 俺は松田さんの顔面を蹴った。その拍子に吹き飛んだ眼鏡を拾おうとする松田さんの手を踏みつけ、髪の毛を引っ張って顔を俺の方へ向かせた。


 


「ヒィィ……! ぼ、僕は役者じゃない、カメラマンだ! 僕を殺したら本当に殺人を犯す事に―――ガァ!?」




 床に松田さんの顔を打ち付けると、松田さんは気絶してしまった。俺は屋根裏部屋へ通じる階段をしまい、部屋にあるコードで松田さんの手足を縛って、松田さんが目を覚ますまで休む事にした。

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