第33話 既視感

 台本の内容を共有し、俺達はルールを作った。絶対に一人で行動しない。必ず行き先を共有する。台本の強制力がどれ程あるかは分からないが、少なくとも俺は台本から外れた存在だ。俺が木村一郎を殺していない以上、殺人鬼役は別にいる。


 話がまとまり、俺達は二階にある南さんの部屋を訪ねた。俺に対する南さんの信頼は地に落ちているが、だからといって見捨てられない。


 俺は南さんの部屋の扉をノックしたが、返事は無かった。ドアノブを捻ってみると、鍵は開いており、俺の後ろにいる二人のどちらかが唾を飲んだ。


 部屋の中に入ると、部屋は酷く荒れており、あちこちに物が散乱していた。




「南さん、どこに行ったんだろう? まさか、殺人鬼に……」




「……いえ、違うようですよ」




 開いていた窓のすぐ傍にある木を見ると、太い枝が一本折れていた。下を見てみると、折れた枝が地面に落ちていた。南さんが窓から木に移ろうとして、足を乗せた枝が折れたのだろう。この高さからだと、南さんは怪我をしている。




「どうやら、外に出たみたいですね。窓から木に移ろうとして、下に落下したみたいです」




「この高さから? じゃあ、何処か怪我を負ってるに違いない」




「まだこの近辺にいるのかしら? もしかして、もう森の中に入ってるんじゃ……」




「どちらにしても、捜しに行きましょう。足に怪我を負っているのなら、まだそれほど離れていないはずです」




 俺達はコテージから外に出た。月が雲に隠れている所為で、目の前は暗闇に包まれている。持ってきた懐中電灯の明かりは心許なく、一歩先の地面しか照らし出せない。




「南さんは何処まで行ったんだろう?」




「南さんの名前を呼びながら進みましょう。俺が懐中電灯で先導しますので、二人は後ろに。離れないように、二人はお互いの手を握って、空いた手で俺の服を掴んでください」




「て、手を!?」




「恥ずかしがる事ないじゃない。もう子供じゃないんだから」




「……だからだよ」




 俺を先頭にして、俺達は夜の中を探索する事になった。風で揺れる木の葉の音は聴こえるのに、ジメジメとした嫌な雰囲気だけが肌を撫でていく。暗闇の中を進めば進む程、この嫌な雰囲気が色濃くなっていく。振り向いてコテージの方を見てみると、もうコテージの明かりは小さくなっていた。視界不良の所為で、俺達は思っているよりも進んでいるようだ。


 暗闇の中を進みながら南さんの名を呼び続けていると、何処からか呻き声が聞こえてきた。声を頼りにして進んでいくと、木にもたれかかった南さんを発見した。足に明かりを向けると、南さんの左膝から骨が突き出ていた。




「南さん、大丈夫ですか!?」




「ぅ、ぅぅ……」




「……酷い熱。足も……かなり酷い状態ね……」




「コテージに運んで手当てしないと!」




「ッ!? い、嫌だ……! あそこに、戻りたくない……!」




「でも、この足じゃマトモに動けませんよ!?」




「垣田さん。南さんを背負ってください。左足に触れないように注意して」




 南さんは抵抗してきたが、疲労と熱で力が全く入っておらず、呆気なく垣田さんに背負われた。怪我を負っているが、南さんを見つける事は出来た。この暗闇の中で見つけられたのは、幸運な事だろう。


 南さんの怪我が酷い為、急いでコテージに戻ろうとしたが、コテージの光が見えなくなっていた。小さ


かったが、確かにコテージの明かりはさっきまで見えていた。


 誰かがコテージの明かりを消したんだ。戸田さんと垣田さんは声に出してはいなかったが、呼吸が不安定になった事から察するに、コテージの明かりが消えた事に恐怖を感じている。


 さて、これからどうしようか。この暗闇の中、いつまでも立ち往生している訳にはいかない。ここを下っていけば、俺が乗ってきた電車の駅に辿り着けるが、そこまでの道のりを正確に辿れる自信が無い。コテージへの道は分かるが、あの中には誰かがいる。おそらく、その誰かこそ、南さんが部屋から逃げ出した原因だろう。


 俺はコテージに戻る事に決めた。この暗闇の中を一か八かで進めば、最悪な結果を招く事になる。コテージには不安要素が潜んでいるが、部屋には鍵がついている。コテージに入ったら、何処か部屋の中に三人を隠し、俺は犯人を捜せばいい。


 コテージに辿り着き、俺は玄関から一番近い部屋に三人を入れた。そこは他の部屋よりも変わっており、人が住んでいそうな雰囲気がある部屋だった。




「ここに隠れて、南さんの怪我の手当てをお願いします」




「君は?」




「俺は犯人探しです。こう見えて、結構戦えるんですよ」




「……分かった。危なくなったら、すぐここに逃げ込んできて。戸田さんには僕から話しておくよ」




「それじゃあ、気を付けて」




 扉を閉め、中から鍵が掛けられたのを確認してから、俺はコテージ内の散策を始めた。とりあえず電気を点けようとしたが、ブレーカーを落とされているのか、電気が点かない。二階に上り、部屋を一つ一つ確かめていくが、気になる点は見つからなかった。


 やがて俺の部屋に辿り着くと、部屋の扉が閉まっていた。鍵は中にある為、外から鍵を掛ける事は出来ない。誰かが部屋の中にいる。


 扉に耳を当て、中の様子を探ってみた。音は聴こえなかったが、誰かの気配は感じ取れた。ノックしてみたが、物音は一切聴こえない。


 もう一度ノックしようとした瞬間、肩に激痛が走った。見ると、肩と首の中間に、ナイフが刺さっていた。犯人が姿を現した。


 俺は背後にいる犯人を背中で押して壁にぶつけ、ナイフから手を離させた。距離を取った隙に、刺さっていたナイフを抜くと、犯人が再び俺に襲い掛かってくる。飛び掛かってきた犯人を躱して背後を取り、握っていたナイフで犯人の背中を突き刺した。刺したナイフから手を離さずに、犯人を扉の前に押し当て、握り手を叩いてナイフを更に深く突き刺した。


 犯人の手から力が無くなると、扉に顔を押し当てている形になった。その様子を見て、既視感を感じた。俺は以前、同じような体験をした気がする。


 そんな事を考えていると、部屋の扉が開いた。そこで目にしたのは、背中にナイフが突き刺さった犯人を見下ろす俺だった。目の前にいる俺と目が合ったが、あっちからは俺の姿が見えていないのか、すぐに死体の方へ視線を移した。


 間違いない。これは事件の事の始まりの場面だ。

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