第25話 コウノトリ
テニス部の部室に鍵を掛け、高野美知と名乗る女子生徒と会話を試みた。彼女の正体が高野美知のドッペルゲンガーだと頭に浮かんでいたが、ドッペルゲンガーは姿形まで似せる。
そもそも、俺と宮下さんは実際に高野美知に会った事が無い。どっちが本物で、どっちが偽物かすら分からない。動画の方の高野美知が本物だと決めつけていたのも、周囲の人が動画の高野美知を本物として認めていたからだ。
「とりあえず、自己紹介でもしましょうか。俺は門倉冬美。扉の前で通せんぼしてる女は宮下麗香。彼女の方に視線は向けないでください。視線は俺の方に向けたままで」
「……私は、忘れ物を取りに来ただけ」
「この荒れ具合で? 他人のロッカーの中にある物まで床に散乱させて、何を探していたと?」
「言っても信じないし、言うつもりも無い。あんた達には関係ない事」
「そうですね。あなたが高野美知でなかったなら、俺もこんな手荒な真似はしないんですけど。もう一度聞きますが、あなたは、高野美知さんですか?」
「一体何なのさ! こんな真似して……警察に通報するから!」
「じゃあ動画に映っていた彼女は? 彼女も高野美知という名前なんですか?」
「……あんたには、関係ない……!」
反応から察するに、動画に映っていた女子生徒も高野美知で間違いない。そして二人に何らかの関係があると予想している。
「あなたは、もう一人の高野美知さんがキッカケで、全学年で騒動が起きている事を知っていますか?」
「……え?」
「今朝、三年の男子生徒が四階から落とされました。おおかた、高野美知を自殺に追いやった犯人だと思われたのでしょう。聖歌高校は今、犯人探しと冤罪の恐怖で混沌としています」
「もうそこまで……ねぇ、あなたは私の言葉を信じられる?」
「初めからそのつもりです」
「……私は……私達は、同姓同名の双子なの。容姿は似てないし、能力の優劣もあった。私は落ちぶれで、あの子は優秀だった。選ばれるのは当然、優秀な方……私は田舎にいる父方の祖父母に引き取られた。でも、あの子が嫌いなわけじゃない。良い子だし、私の事を好いてくれてた。昔はよく電話もしたし、携帯を持ち始めた中学からはメールのやり取りを頻繁にしてた。あの子、メールでも敬語や句読点を欠かさないのよ。何度も堅苦しいよって言ったけど、頑固でね。本当に真面目で……不器用な子だった」
双子として産まれたにも関わらず、離れ離れとなってしまった片割れとの思い出を懐かし気に語ってくれた。初めは暗い表情だったが、片割れの話に入ると途端に表情が明るくなっていた。
話だけの印象では、彼女の両親はクズだ。双子であろうが、歳の離れた姉妹であろうが、同じ名前を名付けるのはどうかしている。初めからどちらかを捨てる事を決めていて、名前を一つしか用意していなかったのだろう。弱肉強食という言葉があるが、俺達は人間だ。弱者にも強者にも存在意義がある。
「こう言うのは失礼かもしれませんが、今の所、ただの家庭事情なだけですね。信じたくはありませんが、信じられない話ではない」
「……実は、私も聖歌高校に入学するはずだったの。あの子は私と一緒に学校生活を送れると喜んでいたし、私も嬉しかった。入学する前、お互い制服姿の写真を送り合うくらい……でも、私は聖歌高校に入学出来なかった……入学を許されなかったの!」
「両親が関係して?」
「そう。優れた方の高野美知と、劣っている方の高野美知が一緒の学校に入るのが気に喰わなかったみたい。私からすれば、何が気に喰わないか分からないけど。反対を押し切って入学する事も出来たけど、そうすれば祖父母の家を解体するって脅してきたの。祖父母が元々住んでた家は他にあったけど、両親が用意した新しい家に引っ越させた。これがどういう意味か分かる? 父は血の繋がった親を金の力で服従しているのよ!」
「なるほど、クズですね。それで、えっと……もう一人の高野美知さんの反応は?」
「同姓同名だとややこしいよね。私の事は未知で良いよ。呼び捨てでね」
「そうですか。それじゃあ、未知が入学出来ない事を知った時の高野美知さんの反応は?」
「……落ち込んでた、と思う。入学式があった日を境に、メールも電話も通じなくなった。多分、両親に言われたからだと思う。でも、最近になって、またメールをくれるようになったの。あの子からのメールが来ている事を知った時は凄く嬉しかったけど……内容が、変だった」
すると、未知は自分の携帯を操作して、問題のメールを俺に見せてくれた。
【お久しぶりです。元気でいらっしゃいますか? 私は、もう耐えられません。周囲の方々の声が、雑音に聞こえてしまうんです。その雑音を掻い潜って、天使の声が聞こえてきます。あなたに私の最期を伝える事だけが、私の最後の願いでした。あなたは全てにおいて私の唯一です。さようなら】
メールの文章を読み終わり、俺は何を言うべきか悩んだ。言葉に詰まった訳じゃなく、文章の何処を指摘するかで迷っている。今、俺は真相を掴みかけている。全体を教えてもらう事は出来るが、そうすれば別の考えが湧き、結局何も分からずじまいになってしまう。真相へ至る最後のピースになりえるワードを選び抜く必要がある。
ここはシンプルに考えよう。今の聖歌高校で起きている騒動は異常だ。ただの一人の生徒がキッカケで、ここまで殺気立つはずがない。それに高野美知についての情報が全て消えているのもおかしい。
となれば、俺が選ぶべき最後のピースは【何故、未知がここに来たか】だ。
「未知はどうしてここに? 心配になって聖歌高校に来たのは察せますが、どうしてテニス部の部室に?」
「……それが、私も分かんないの。ただ、あの子に会いたいと強く想っていたら、自然とここに足が運んだ。ロッカーの物を散乱してまで探していた物も、何を探しているのか自分でも分かってないの」
「……高野美知が見つけてほしがってる?」
「え?」
「むかし大事にしていた物をある日突然見つけた時ってありませんか? 偶然のように思えますが、それは物に誘導されたからなんです。これは俺の憶測ですが、高野美知は未知と再び会う為にここへ誘導させたのではないでしょうか?」
「あの子が……でも、肝心の物が見つからないんだよ?」
「目に映るのが全てじゃない。少し顔に触れますよ」
俺は未知の後ろに立ち、手で未知の目を塞いだ。
「頭の中を全て空っぽにして、高野美知だけを強く想ってください。そうすれば、暗闇の中に一筋の光が見えるはずです。その光を辿れば、高野美知が探させていた物を見つけられます」
「……何も見えない。そもそも暗闇の中で光なんて―――」
「集中しろ。お前は両親のように、高野美知の想いに見て見ぬふりをするつもりか?」
俺が言葉をかけると、未知は口を閉ざして集中し始めた。真相に至る全てのピースは揃ったが、それは真相行きの列車の切符を手にしただけ。ここで言う列車は、未知の事だ。未知が高野美知を感じられなかった場合、この騒動を収める事はほぼ不可能になる。高野美知と深い繋がりを持っているのは、未知だけ。これは賭けだ。
しばらく見守っていると、未知の背筋が伸び始めてきた。ゆっくりと立ち上がり、とある方向に顔を向ける。俺は手を離し、尚も目を閉じている未知の足を進ませた。
「……あなたなの?」
未知の顔は、ロッカーの中の下に向けられていた。後ろから覗き込むと、ロッカーには何も無い……ように見える。俺は目を閉じ、視界を現世から少しズラした。
再び目を開けると、何も無かったはずのロッカーの中に、卵が置かれていた。一見ただの卵に見えるが、殻の中から人の気配を感じる。
「……私も、会いたかった!」
未知は両手で卵を包み込み、殻が割れないように細心の注意をはらって、自分の左胸に卵を押し当てた。まばたきをして現世に視界を戻すと、未知の両手に包み込まれていた卵が見えなくなった。
これでいい。長い間、顔を合わせる事も許されなかった双子の再会なんだ。再会の形はどうあれ、手を伸ばし合っていた彼女達の想いは、ようやく繋がれた。
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