第24話 高野美知

 今朝、三年の生徒が四階の窓から落とされた事をキッカケに、学年問わず、一触即発のヒリついた雰囲気が滲み出ていた。みんな、他の誰かの話に耳を傾け、高野美知に関連したワードを聞き逃さないようにしている。それを言ったら最後、窓から落とされた三年の生徒のように、酷い目に遭う。


 たった二日の間に、聖歌高校は混沌と化した。俺は高野美知をロクに知らないから、何がみんなを活気出させるのかが分からない。高野美知について知ろうにも、こうなってしまった以上、聞き出す事は不可能だ。それに功昇先生の話の通りなら、誰の記憶からも彼女に関する情報が消えているはず。


 宮下さんと共に、屋上の柵にもたれかかりながら、主にテニス部が使用しているテニスコートを見下ろした。昨日に引き続き、今日もテニス部の部活動は無いらしい。この調子なら、テニス部が再び活動を始める事は永遠に無いだろう。となれば、あれはただの無駄なスペースだ。




「いつまで続くのかな? 高野先輩を自殺に追いやった犯人探し」 




「今は不用心にその名を出すのは避けた方が良いですよ。何処に目と耳があるか分かりませんから。例えば、屋上の出入口とかに」




「大丈夫。二人のクラスメイトが階段で見張っててくれてるから」




「宮下さんの力で、どうにか鎮静化出来ませんかね?」




「命令出来るのは数人程度。この学校の生徒数と比べれば、小さな力よ」




「肝心な時に役立ちませんね」




「酷いな~。これでも、一応は病気の一種なんだから。それに、好きでもない人の瞳を見るのは、結構酷なのよ?」




 そう言いながら、宮下さんは俺の瞳をジッと見つめていた。いくら見つめても、俺には宮下さんの人を従順にさせる奇病は効かないというのに。


 俺達は昼休みを消費し、午後の授業が始まっても、屋上に留まっていた。授業をサボっているのは俺達だけじゃなく、一クラスで半数程の生徒が犯人探しをしている。授業中に廊下を徘徊している生徒という奇妙な光景が、午前中から既にあった。危害を加えられる事を恐れてか、先生方は何も注意しない。


 ここまで面倒な事態になるのなら、副生徒会長からの依頼を安易に受けるべきじゃなかった。今更後悔したところで、どうにもならないけど。


 うなだれていると、誰もいなかったはずのテニスコートに、一人の女子生徒がやってきていた。




「宮下さん。あれ誰ですか」




「……分かんない。少なくとも、私達と同学年の生徒ではないね」




「先日、俺達は上級生一人残らず聴き取り調査をしたはず。その中の誰にも当てはまらないとなると、聖歌高校の制服を着た不審者か、あるいは」


  


「欠席していた生徒。私達が実際に会っていない生徒は、高野先輩と、高野先輩の友人二人だけ」




「そのどれかでしょうね。いずれにせよ、ようやく進められそうだ」




 俺は一人でテニスコートに向かおうとしたが、拒んでもついてくる宮下さんに根負けし、結局二人でテニスコートへと向かった。


 テニスコートに来ると、屋上から見かけた女子生徒の姿は無かった。周囲を見渡すと、テニスコートの近くに、小さな建物があるのを見つけた。掛けられていた看板を見るに、そこはテニス部の部室のようだ。


 宮下さんに周囲を見張ってもらい、俺は扉に耳を当てて中に誰かいるかを確認する。聴こえてきたのは、ロッカーを開け閉めする音と、一人の女性の声。喋っている内容は分からないが、次々とロッカーを開け閉めする音から、何かを探しているようだ。


 俺は宮下さんに合図を送り、宮下さんを先頭にして、なるべく音を大きく立てながら部室に突入した。意識外からの物音と扉が開く音で、部室内にいた女子生徒は扉の方へ視線を向けた。その視線の先には宮下さんが立っており、宮下さんの瞳を見た女子生徒を拘束する事に成功した。




「門倉君の作戦通り、彼女は私の瞳を見たよ」




「俺は何も言わずに首を振っただけなのに、よく俺の考えが分かりましたね?」




「以心伝心だね!」




「俺は宮下さんの考えが分からないよ。さて、彼女が何者かについて聞いてみましょうか」




「恥ずかしがり屋さんだな~。それじゃあ……あなたの名前を教えてくれませんか?」




「……高野、未知」




 彼女の名前が分かったというのに、俺の頭にはハテナが浮かんでいた。それは宮下さんも一緒のようで、困惑した表情で俺に顔を向けてくる。困惑するのも無理はない。だって、彼女が高野美知なはずがないのだから。


 動画に映っていた高野美知の外見は、短い黒髪で、中性的な顔立ち。背は女性にしては高く、百七十くらいだったはず。


 それに比べ、目の前にいる高野美知と名乗る彼女の外見は、茶髪で後ろ髪を結い、ややメイクが入った女性的な顔。背は俺より少し低いくらいで、百六十前後だろう。彼女の外見は、何一つとして高野美知に結びつかない。 


 そして、一番の疑問は、仮に彼女が本当に高野美知だとして、何故テニス部の部室に忍び込むような真似をしているかだ。開けられた数々のロッカーと、ロッカーに保管されていた物が床に散乱している所を見るに、何かを探しているようだ。




「あの……あなたは本当に、高野先輩、なんですか?」




「うん……」




「……宮下さん。彼女が嘘をついてるっていう事は?」




「ありえないよ。今の彼女は私の言う事を何でも聞く状態。私に従順になった人が嘘をつく事なんて、今まで無かった」




「……じゃあ、彼女が本当の高野美知?」




「そうなるわね。でも、だったら動画に出てた人は誰なの?」




「宮下さん。彼女に動画を見せてください。動画に映っている女性が誰なのかを言ってもらうんです」




 宮下さんは自分の携帯から、高野美知の自殺動画を表示し、彼女に動画を見せながら質問をした。




「この動画に映っている人は、誰ですか?」




「……高野美知」




 俺と宮下さんはお互いの顔を見ながら、眉を吊り上げた。高野美知の自殺動画から始まったこの事件は、簡単に解明出来るものじゃなさそうだ。


 本当に、安易に受けるべき依頼じゃなかった。

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