第23話 人が降ってきた
朝、登校していると、空から人が降ってきた。背中から地面に強打した男子生徒は、目と耳から血を流し、腕と足の片方が曲がらない方向に曲がっている。
上を見上げると、四階の窓から沢山の三年生が外の様子を覗いていた。表情には焦りと不安が入り混じり、俺の姿を見るや否や、窓を閉めた。
「なんだっていうんだ……」
四階から落ちてきた男子生徒の様子を観察すると、僅かだが、まだ息をしている。しかし落ちてきたのは四階だ。目に見えない体の内の負傷は酷いものだろう。
服が妙にはだけている。落下したはずみで着崩れたとは考えにくい。上のボタンが二つ取れている事や、襟の後ろ側が立っているのから察するに、前と後ろから激しく絡まれたのだろう。
先日、高野美知の自殺動画が送られたばかりだというのに、もう揉め事か。いや、だからこそ揉めているのか。俺達一年とは違い、三年生は文字通り三年間高野美知の姿を見てきた。犯人探しに精が出るのも頷ける。
「君! 何をしている!?」
三年生の騒ぎを聞きつけてか、数人の先生がやってきた。
「実は―――」
「おい! 怪我人がいるぞ! 早く保健室に運べ! 林先生に診せるんだ!」
そう言って、二人の先生が瀕死の怪我人を雑に持ち上げ、保健室へと運んでいった……いや、普通に救急車だろ。
「この生徒の処分は?」
「処分?」
「教頭先生に判断を任せよう」
「いや、俺は―――」
俺が反論する前に四人の先生が俺を拘束し、手足を掴まれた状態で担がれた。まるで神輿だな。派手な装飾品でも着けてくればよかったな。
くだらない事を考えている内に、俺はとある部屋に放り込まれた。俺を運んできた先生方は、俺を部屋に入れるとすぐに扉を閉めた。いい歳した男女、しかも生徒を導く先生がする行動じゃない。進藤先生に仕事を押し付けていた過去もあるし、何かあっても助けない事にしよう。
乱れた制服を着直し、部屋を見渡してみた。職員室とは雰囲気が違い、書類仕事をするような場所じゃなさそうだ。設置されている棚には様々な物が置かれており、その全てが怪しい物ばかり。お茶を淹れる急須と思わしき物の傍には、何種類もの茶葉がある。
「個室だな。まるで」
しかし、この部屋の主である教頭がいない。捜している間に、教頭が普段座っているであろう椅子に目がいく。映画に出てくる悪役のボスが座ってそうな椅子だ。どうせ持ち主はいないんだし、沸き立つ興味のままに、俺は椅子に座って見た。
「おぉ……これは、悪くない気分だな」
机に乗せた足を組み、背もたれに体を預ける。今の俺は、さながら後継ぎ候補の若頭。厄物が取り除かれたら、その道を進むのも悪くはない。叶うかどうかは別として。
「随分と、態度が良い生徒だな」
椅子の後ろから聞こえてきた男の声に、高揚していた気分が一気に冷めていく。
「おかしいな。さっきまで俺以外誰もいなかったはずなんですけどね」
「私のコレクションを物色し、茶葉を手で掴んだ。持ち主の姿が見えずとも、常識があればするはずない行動だ」
「まだ常識についてはチンプンカンプンな子供でね。店の商品を勝手に使って遊ぶ子供みたいなものさ」
「行動も言動も実に子供らしい。だが、冷静さを崩さない。話を引き伸ばし、相手に付け込もうとする卑しさを持っているな」
「誰にでもそうするわけじゃない。あんたみたいに話してて面白い人にだけさ。功昇先生」
机を蹴飛ばして椅子を回し、後ろに立っていた人物と面を合わせる。目の前には、白い短髪と髭をした強面の中年男性が立っていた。彼は俺が聖歌高校に入学する手助けをしてくれた協力者であり、ルー・ルシアンとは別のもう一人の雇い主。
出会ったのは、とある依頼の誘い役を終えて、ボロ雑巾のように地面に倒れていた時。功昇先生が俺を手当てしてくれた。厄物の効果で遅かれ早かれ再生するというのに、功昇先生は俺の体を傷一つ残さず治療した。意味の無い事だが、何の得にもならない事を功昇先生は俺にしてくれた。
「先に潜伏しているとは聞いていましたけど、まさか教頭なんて高い地位にいるとはね。いっそ校長にでもなった方が良かったんじゃ?」
「トップは身動きが取りずらい。適度な権力と立場がベストだ。それに、ここの教頭先生とは、丁度良い出会い方をした」
「本物は今頃ハワイにでも?」
「いや、実家の農家を継ぐらしい。ずっとタイミングを狙っていたようで、私の提案を快く受け入れてくれたよ。それで? 君はどんな問題事を起こしたんだ」
「俺は被害者だ。いや、被害者でも無い。ただ目の前に人が落ちてきただけだ。三年の男子生徒だが、酷い怪我だった。保健室に担ぎ込まれたみたいだが、この学校の保健室は治療室でもあるのか?」
「林先生の所にか。なら、その生徒を心配する必要はない。さぁ、その椅子から離れて、そっちの来客用の方で座って話をしよう」
功昇先生は俺の肩に手を置くと、中央にある机の方へ行った。俺も椅子から立ち上がり、さっきよりも安物の椅子に座る。功昇先生は選別した茶葉を入れた急須を机の上に置くと、俺の向かい側の椅子に座った。
「お茶が出来るまで、数分の猶予がある。その間に、君が今巻き込まれている面倒事を教えてくれるかい?」
「どうして面倒事に巻き込まれている前提で?」
「いつだってそうだっただろ?」
「まぁ、否定出来ませんね。実は、とある生徒についてを調査しています。名前は高野美知。先日、学校内の全生徒に彼女の自殺動画が送られました。ですが、それは恐らく偽の動画。本物の高野美知は、今も生きていると俺は考えています」
「高野さんについては、私も聞いている。だが、彼女についての情報が全く無いんだ」
「情報が無い? 情報が無いというのは?」
「勉学や部活動の成績。電話番号や住所。ここ最近の動向。あるはずの情報が全て消えている。実に妙だろう?」
功昇先生の話を聞いて、三年生からマトモな情報を得られなかった理由が分かった。情報が分からないならまだしも、情報が消えているとなれば、犯人は単純明快だ。
「怪異が絡んでいると?」
「半分は正解で、半分は不正解だ。今回の騒動。高野さんが生きているという君の考えに、私も同意見だ。ただ、その存在は今、目にも見えず、手も届かない場所に閉じ込められている。既に知っていると思うが、ここ聖歌高校には、いくつかの空間がある。その何処かに、高野さんが囚われていると私は考えている」
「アテはあります。先日、夜間に学校に忍び込んだ時、空間に閉じ込められている女生徒と交信しました。助け出す方法が分からない為、放置する結果になりましたが」
「おそらく、それが高野さんだろう。私は空間の存在を知ってはいたが、立場上的にも、疑わしい事は出来ない。先生方が君をここへ運んだのも、問題児を発見次第ここへ連れてくるようにと私が指示したからだ」
「この学校には、そういう空間から観測している奴らがいる。連中の目と耳が学校のありとあらゆる場所にあるんだ」
「心配いらない。ここに置いてある魔除けの効果で、目と耳は封じてある。この隙に、空間の入り方と出かたを教えよう」
「いや、既に方法は知っている。幽体離脱で―――」
「それも一つの方法だが、今から教えるのは、実体のまま空間を出入りする方法だ。それは―――っと、お茶が出来た。伝授するのは後で、まずはお茶を飲む事にしよう。君がどういう学生生活を送っているのかを聞きたいしね」
そう言って、功昇先生はお茶を注いだ茶碗を俺に差し出してきた。こうして合間に雑談を交えるのが功昇先生の良い所だ。ルー・ルシアンとは違って、交流というものを知っている。仕事仲間と言えど、俺達は共に人間であり、好き嫌いがある。どうせなら、好きな人間と一緒に仕事がしたい。
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