第21話 謎

 豊崎さんの家に招かれた。コンクリートの壁と床。四畳程の部屋の明かりは吊り下げられている電球だけ。物は一切無く、生活必需品である冷蔵庫すら無い。家というより、牢屋だ。


 


「他人を家に入れたのは初めてだ。好きにくつろいで」




 俺は制服のジャケットを座布団代わりにして、冷たい床に座った。一方で、豊崎さんはいつも背負っているギターケースを椅子代わりにしていた。 




「さて、家に呼んだは良いが、ご覧の通り何も無くてね。話す事しか出来ない」




「どうやって生活してるんですか……」




「その日暮らしだよ。日銭を稼いで、居場所を転々としている。ここはアタシの家の一つ。この路地裏は広いだろ? ここには昔、多くの人が住んでいた。子供や、その両親、そしておじいちゃんおばあちゃん。彼ら彼女らの帰る場所だった。時代が変わって、ここには陽が差さなくなった。みんな、暗闇に溶けていった」




「時間に葬られたわけですか」




「不変と思われた物も、いずれ忘れ去られる。記憶に残される為には、誰かが光になるしかない」




 様子がおかしい。いつもなら、聞いていて恥ずかしくなるような発言ばかりなのに。今の豊崎さんは、 魔法が解けたシンデレラだ。魔法によって人の目を浴び、美しい装いで振舞っても、それは決められた時間の間だけ。魔法が解ければ、誰の目も届かない薄暗い世界で、ボロの布切れを服として着るしかない憐れな人物。


 これが、豊崎桃子の本性なのか。ここまで気取られないとなると、長年の積み重ねがあってこそだ。彼女は、一体いつから本性を隠して生きてきたのだろう。




「俺は、豊崎さんについてまだ何も知りません。豊崎さんについて聞きたいです」




「何を聞きたい?」




 俺は考えた。豊崎さんの過去は気になるが、その全てを明かしてもらうには、ここに泊らなければいけなくなる。俺は毛布が無ければ寝れない。毛布が人の体温だと脳に焼き付かせてしまった弊害だ。


 頭の中で候補を選んでいると、とある記憶が割り込んできた。それは豊崎さんと知り合った初めの頃。豊崎さんは俺を聖歌高校へ案内してくれた。




「豊崎さんは、聖歌高校の元生徒だったんですか?」




 道を知っているだけで、その学校の元生徒という証拠にはならない。しかし、案内してくれた時の足取りが妙に慣れていた。何度もその道を通ってきたように。例え外れても、これはリスクのあるクイズじゃない。ノーリスクハイリターンの質問だ。




「生徒……と言ってもいいのかな?」




「違うんですか?」




「いや、聖歌高校にはいたよ。いたけど、ちょっと他の人とは違っててね」




「生徒会、とか?」




「どっちの?」




 豊崎さんの返答に、思わず口角が上がってしまう。豊崎さんは聖歌高校の卒業生で、元生徒会のメンバー。聖歌高校の卒業生だけでも当たりなのに、生徒会の元メンバーでもあるなら、大当たりだ。


 問題は、どうやって情報を手に入れるか。現状、豊崎さんは俺に対して友好的だが、あまり攻め過ぎれば疑惑の目を向けられる。副生徒会長の彼女と未だに繋がっているかもしれない。下手に聞いて、俺が聖歌高校に潜入している不穏因子と気取られないようにしないと。




「実は、校内のあちこちを歩き回っていたら、おかしな場所に連れていかれまして。目を疑いましたよ。瞬きの間に場所が変わるなんて」




「それは災難だったね。本当は知らずに学校生活を送ってほしかったけど、知っちゃったなら仕方ないよね。聖歌高校には、生徒会室の他にも、隠された空間がある。いくつかは生徒会が管理しているけど、ほとんどの空間の居場所や中身は謎のまま。調べようにも、ちょっと危険でね」




「へぇー。そういえば、俺が生徒会室に連れていかれた時、副生徒会長の金髪の女生徒に色々と聞かれたんですが、知ってますか?」




「もしかして、琥珀色の瞳をしてた子? だったら、うん。アタシは知ってる。よく知ってるよ」




「名前は?」




「それは本人に聞いた方が良い。彼女は、面と向かってぶつかってくる人が好きだからね。今みたいに、陰でコソコソしてるのは、彼女にとって好ましくないから。そうか……彼女はまだ、副生徒会長のままなんだ……」




 得られた情報は二つ……いや、三つか。一つは、生徒会でも把握出来ていない空間が存在する事。二つ目は、副生徒会長とはもっと積極的に接しても良い事。三つ目は、豊崎さんと副生徒会長が親密な仲であった事。


 根源が分かる情報ではないが、そこに至るまでの道が少しだけ見えた。小さな一歩に見えるが、見えない道を踏み出せた大きな一歩だ。




「副生徒会長の彼女は怖いくらい真面目そうでしたけど、それに比べて……」




「なんだよ! アタシはアタシだ! アタシが思った道を歩くだけだ!」




「それでこそだ」




「ああ! せっかく自分の意思を持ってるんだ。他人に合わせて生きるなんて、宝の持ち腐れだろ? アタシは豊崎桃子を捨て、名無しのナナシになった! そのおかげで、長年待ち望んでいた相棒と出逢えたんだ! だろ? ネムレ―――」 




「その名を口にするな!!!」




「ヒェッ!?」




 つい怒鳴ってしまった。せっかく貰ったあだ名だが、あの男と同じ名で呼ばれるのは癪に障る。なんでよりにもよってネムレスなんだ。




「ごめんなさい。つい怒鳴ってしまいました。ちょっとその名で嫌な思いをしまして」




「そ、そうだったの? そうとも知らずに、嫌な思いを呼び起こすような真似を……」




 おお、化けの皮が剥がれていく。人は驚くと、隠していた本性が露わになるというのは本当のようだ。変化が面白いから、たまに驚かしてやろう。




「ゴホン! まぁ、あれだ。色々と変な事が隠されている学校だが、表向きは普通の学校だ。あまり気にせず、学生生活を楽しんでくれ。卒業した後、ウジウジと後悔するのは、アタシの相棒には相応しくないからな!」




「激励の言葉、承りました。キリがいいので、今日は帰ります。また、聖歌高校の昔話を聞かせてください」




「おう! またどっかで逢おうな!」




 下に敷いていたジャケットを羽織り、俺は家から出ていった。外はすっかり暗くなっており、明かりの無い路地裏を手探りで歩いていく。


 意外にも、すんなりと路地裏から脱出する事が出来た。複雑な迷路のような構造だったはずなのに、簡単に出れた。後ろを振り返ると、そこには路地裏へと続く道はあるが、その先は建物の壁で塞がっていた。


 俺は今まで、何処を迷っていたのだろうか。

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