第20話 疑問

 クラスのみんなに送られたという、高野美知の自殺動画を宮下さんの携帯から見た。動画の再生ボタンを押すと、薄暗い部屋が画面に映し出された。画面外から椅子を引きずってきた女性が中央へやってくる。おそらくこの女性が高野美知だろう。 


 高野美知は椅子に座り、カメラに視線を向けた。虚ろな瞳とは裏腹に、口元は笑みを浮かべている。




『クラスメイトのみんな。テニス部のみんな。雪ちゃん、空ちゃん……お母さん、お父さん。勝手だけど、私はいなくなります。もう、耐えれそうにないから……それじゃあ、バイバイ』




 高野美知は最後にカメラに向かって手を振ると、座っていた椅子に立ち、天井からぶら下がっているロープの輪っかを首に掛けた。動画が一時停止していると勘違いする程、場面が動かないでいると、その時は突然訪れた。椅子から飛び上がった高野美知は、首に掛かっていたロープに引き止められ、宙に浮かんだ。


 ここで、動画は終了した。




「……随分と、悪趣味な動画だ」




「クラスのみんなは、高野先輩と親しかった人が動画を拡散したんじゃないかって言ってる」




「まぁ、ありえない話ではない。ですが、この動画を拡散した犯人は、高野美知です」




「どうして? だって、高野先輩はこうして……まさか、死んでないの?」




「宮下さん。体重はどれくらいありますか?」




「え!? きゅ、急にどうしてそんな事を……!?」




「答えたくないなら、答えなくていいです。じゃあ、例として、高野美知の体重が約四十キロだとしましょう。天井からぶら下がっているロープは、天井に留めた金具から伸びている。木製の天井だ。天井っていうのは、意外と薄い。だから、数十キロの物を吊り下げれば、場合によっては天井の方が音を上げる。しかも、高野美知は椅子からジャンプした。その分、負荷は倍でしょう」




 もちろん、これは俺の憶測だ。だが、動画が終わるタイミングがおかしい。こういう類の動画は、見た者に怨念を飛ばす為に、最期まで記録する。それなのに、肝心の高野美知の最期が動画に収まっていない。


 そして、もう一つおかしな点がある。それは、この動画を誰が止めたかだ。録画の開始と停止は手動で行う。となれば、高野美知以外の誰かがカメラの画面外にいた。


 問題は、どうしてこの動画が全校生徒に送られたかだ。気持ちが悪くなる内容だが、呪いを掛けられた感覚はしなかった。どうやって送ったか、目的は何か。なにもかも分からない事だらけだ。


 まずは、動画内で出てきた手掛かりを順々に追っていこう。高野美知のクラスメイト、部活の仲間、雪と空という友人。




「よし」




「ちょっと待って! 門倉君、何処へ行こうとしてるの?」




「三年の……高野美知のクラスは、どっちですかね?」




「三年のクラスは五クラスよ。今年の新入生は少ないから二クラスなだけで、基本は五クラスなのよ」




「この学校、そんなに人がいるんですか?」




「中学も同じようなものだったでしょう。と言っても、門倉君はよく学校を休んでたから、知らないのも無理ないか……って、そうじゃなくて! 門倉君、高野先輩について聞いて回ろうとしてるでしょ!?」




 常識の無い行動だという事は分かっている。高野先輩が死んでいようが、死んでいなかろうが、少なくともほとんどの生徒は高野先輩が死んだと決めつけている。そんな状況で、俺が高野先輩について聞き回れば、非常識な人間だと非難されるだろう。


 しかし、俺は生徒会から調査を依頼されている。それに、この動画に呪いが無いとは言いきれない。もしかしたら、時間が経過して発動する呪いかもしれない。




「宮下さんのお父さんが淹れてくれたコーヒー。また飲みたいな~。協力してくれたら、今日にでも行きたいくらいだ」




「誘ってるつもり? そんな見え透いた誘い、私が乗る訳ないでしょ! 早く済ませて、家に連れてっちゃうんだから!」




 建前と本音を口に出す人は初めてだ。どっちが建前で、どっちが本音か混乱する。俺の腕に抱き着いている所から察するに、協力してくれるという事だろうか?


 そうして、俺達は三年の教室がある四階へ下りていった。俺も宮下さんも、高野美知がどのクラスなのか分からず、とりあえず手前の教室から聞いて回る事にした。


 教室の扉を開けると、俺達のクラスのように、教室内は高野美知の動画について討論をしていた。俺が教室に入っても、誰も俺を見ようとしない。 




「高野美知の自殺について聞きたい!」 




 全員に聞こえるように大声でそう言うと、全員から鋭い視線を向けられた。俺は背後に隠していた宮下さんを前に出し、向けられた視線を宮下さんの瞳に移した。




「高野先輩が亡くなって、一年の私も残念に思っています。入学して日が浅い私でも、高野先輩が素晴らしい人だと、常日頃から聞いていました。だからこそ、私は疑問に思ってしまうんです。そんな素晴らしい人が、どうして自殺なんて……皆さんが知っている事、思い当たる事があるのなら、教えてくれませんか?」




 宮下さんの言葉を聞いた三年生は、まるでアイドルの握手会のように整列して、一人ずつ宮下さんに教えていく。改めて、宮下さんの奇病から成る人気者の効力は恐ろしいものだ。初対面であっても、瞳を見ただけで従順になってしまうとは。


 三年生の供述を宮下さんの背後で聞いていたが、どれも憶測ばかりで、ロクな情報が無い。




「一年の私にここまでご丁寧に教えてくださって、皆さんはお優しいんですね。まだ疑問は拭えていませんが、少しは楽になった気がします。ご協力、ありがとうございました」




 俺達は教室から出ていき、次のクラスに移った。同じように俺が視線を集め、宮下さんが聞いていく。俺一人で聞いて回っていたなら、ここまでスムーズに事が運ばなかっただろう。


 しかし、全てのクラスに聞いて回ってみたが、これといった情報は手に入らなかった。全員、高野美知に憧れを向けている所為で、高野美知という人物をよく知っていなかった。


 ロクな情報が手に入らないまま、午後の授業が始まってしまい、結局そのまま放課後を迎えてしまった。テニス部から情報を手に入れようと考えたが、高野美知が亡くなった事で、今日の部活動は無くなったらしい。


 残る手掛かりは、雪と空という友達か、高野美知の両親だけ。前者の二人はこの学校の人間なのかは不明で、後者にいたっては高野美知の家が分からないから不可能。宮下さんの協力で楽に調査が進むと思ったが、やはり事はそう上手く運ばないか。


 部活に所属していない俺と宮下さんは一緒に下校する事になり、道を歩きながら、高野美知について話し合った。




「結局、何にも分からないままだね。みんな高野先輩の事が好きなのに、誰もよく知らなかった」




「まぁ、人気者ってそういうものじゃないんですか? 内面を知らないからこそ、外面だけでその人を評価してしまう。容姿が綺麗な人は性格が良くて、容姿が悪い人は性格が悪い。逆の場合もあるし、その通りの事もある。どちらにせよ、この世は外面で差がつく」




「じゃあ、どうして門倉君は人気にならないのかな? 凄く可愛い顔をしているのに」




「性格の悪さが滲み出ているからですよ。あと、可愛いって言わないでください。平気で殴りますよ?」




「そんな事言って、本当は殴るつもりも無いくせに」




「どうですかね。じゃ、俺はこっちなんで」




「え? 私の家に来てくれるんじゃないの!?」




「成果の無い仕事に払う報酬はありません。それじゃ、また明日」




 俺を呼び止める宮下さんの声に振り向かず、俺は全速力で宮下さんから離れた。一応、遠回りで帰ろう。家の場所を突き止められたら、逃げ場が無くなってしまう。


 路地裏に入り、適当に道を進んでいった末、俺は路地裏から出られなくなった。デジャブかな。前にもこんな事があった気がする。


 


「その後ろ姿! アタシだけの相棒じゃないか!」




 馬鹿みたいな声の方へ振り向くと、そこには豊崎さんがいた。豊崎さんは俺の肩に腕を回し、満面の笑みを浮かべた。




「ここで会ったのも縁だし、アタシの家に来いよ!」




「……え?」 

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