第8話 三人寄れば文殊の知恵

「見知らぬ者も増えた事ですし、ここは自己紹介でもしましょうか。私は宮下麗香。次に、先生。お願いします」




「え? あ、あぁ。私は進藤恵。二人の学校の先生で、門倉君の担任です。えっと、じゃあ次は、あなたで?」




「アタシは豊崎桃子だが、今はナナシって名前だ! 冬美とは相棒関係さ!」




「「冬美?」」  




「ちょっと待って。どこの馬の骨とも分からぬあなたが、どうして門倉君の事を名前で呼んでるのかしら?」




「そりゃ相棒だからさ!」 




「答えになってない。私が把握している門倉君の知人関係に、あなたのような人はいなかった。大体、あなたのような野蛮な人間が、門倉君の隣にいていいわけがない」




「それはあんたもだろ? 宮下麗香」




「ふ、二人共落ち着いて! ここはお店の中だよ?」




 沖縄フェア! そういうのもあるのか。料理の名前は聞いた事があるが、実際に口にした事は無いんだよな。未知の料理に冒険するのもいいが、こっちの定番商品も捨てがたい。ハンバーグの中に……バターを入れた料理? これがオススメとして載っているとは、ここは外れのファミレスかもな。


 それにしても、渦中の存在を無視して、ここまでヒートアップ出来るとは、何処の女も怖いもんだ。依頼の出先で知り合った凜歌って奴も、無茶苦茶な奴だった。外面は良いのに思い込みが激しく、最終的には怪異に利用されて……。




「門倉君。今、他の女の事を考えてた?」




「考えてた考えてた。宮下さんソックリな人の事を」




「私ソックリ……!? どうして、私の事を考えないの……!」




「随分と苛立ってるね。牛乳でも頼む? 先生は何頼むか決まりましたか?」




「わ、私はまだ……」




「あ! アタシこれ頼みたい! デラックスプレートってやつ!」




「これ結構量ありますよ? というか、お金持ってるんですか?」




「持ってるから店に入ったんだろうが。程々の迷惑に留めておくのが、アタシのロックさ!」




「程々でも迷惑は害ですよ。あー、どれにしようかな~」




「……なんだか、門倉君慣れてるね? 前にも、こういう女性のトラブルとかあったのかしら?」




 進藤先生、それは誤解を生む発言だ。せっかく話をメニューに移しかけてたってのに、これじゃあ振り出しに戻るじゃないか。




「この際です! 門倉君が知り合った女性について教えてくれますか?」




「教師として、生徒の女性事情を知るのはマズいけど……今は労働時間外だから」




「アタシも聞きたいな! アタシの相棒が、一体何人の女を泣かせてきたかを!」




「……はぁ……全員死にましたよ」




 あれだけ騒がしかったテーブルに、静寂が訪れた。三人共、同じ表情を浮かべて、気まずそうに俯いて、俺から目を逸らしている。


 全員死んだと言った俺の言葉には、特例が数人いる。一人はルー・ルシアン。あとの数人は死んではいないが、人間として生きてはいない。


 いつだったか、ルー・ルシアンが言った。俺は怪異だけでなく、不幸を誘い込む厄病神だと。おかげで仕事は途切れないが、良い思いはしない二つ名だ。第一、それはアイツが俺に埋め込んだ厄物の所為だろうに。


 


「どうします? 黙って食事をするか、死んだ女の最期について事細かに聞かされるか。どっちでもいいけど、いつまでも居座っていたら、そのうち店から追い出されますよ?」




 俺がそう言っても、三人は依然として黙って俯いたままだった。空気は最悪だが、ようやく飯にありつける。三人の料理も俺が適当に決めておこう。


 そうして、俺は店員を呼び出すボタンを押した。押したが、店員がやってくる気配が無い。もう一度押してみるが、店員はおろか、チャイムすら鳴らなかった。


 


「壊れてるのか? じゃあ古風なやり方で呼ぶか。すみま―――あ?」




 立ち上がって店内を見渡すと、俺達以外の客や店員の姿が消えていた。黙っているだけだと思っていた三人を見ると、どうやら眠っているようだった。窓の外に目を移すと、外は夜よりも色濃い暗闇に包まれている。


 これが怪異が起こす現象だと、俺はようやく気付いた。進藤先生がいる手前、普通の生徒を演じていた所為で、周囲の気配を怠っていた。本来であれば、店の外からでも察知出来たはず。


 しかし、店内にいた人間が消えたというのに、どうして三人は消えていないんだ? このテーブルが原因か? あるいは、俺の所為か? 情報の無い今、結論を出すのは止めよう。まずは、店内の状況を調べ回らないと。


 席から離れ、店内を一周してみた。出入口はビクともせず、消えた客の痕跡が残されていない。厨房に入ると、営業時間内だというのに、妙に綺麗に整頓された状態だった。


 厨房から出て、ドリンクバーからアイスコーヒーをコップに注いだ。テーブルに上り、注いだアイスコーヒーを飲みながら、周囲を見渡し続けた。


 やはり、何処にも異常性が無い。通常、怪異が起こす現象には、あからさまな何かが何処かにあるが、それが見当たらない。


 あるとすれば、俺達が座っていたテーブル。今も三人は眠ったまま留まっている。




「……ん?」




 テーブルから下りて、三人に近付いた。見ると、三人の口が僅かに動いていた。声が小さく、口にくっつけるくらいまで耳を近付けて、ようやく声が聞きとれた。




『ソウシマショ。サンニンデ』




 背筋に悪寒が走った。俺が後ろに下がったのと同時に、三人は俺に向かって飛び掛かってきた。三人に押し倒され、抵抗する間も無く、腕と足を抑えられてしまった。


 憑依型の怪異。それも三体。実体に憑りつく故に、抑えつけてしまえば祓うのは簡単な怪異だが、肝心の祓う役割の人間がいないこの状況はマズい。




『ドコダ? ドコダ?』




 俺の胸に馬乗りになっている宮下さんが、俺の顔や胸を雑に触ってくる。その手が左胸で止まると、宮下さんは口元を吊り上げた。




『ミツケタ』




 宮下さんは俺の左胸に指を突き立て、物凄い力で指を突き刺してくる。爪が皮を貫通して肉に窪みを作り、指が左胸内部に侵入してくる。痛みで歯が食いしばり、三人に対する遠慮が無くなっていく。


 強引に拘束を振り解こうとした瞬間、宮下さんの様子に変化があった。俺の左胸を貫いていた指が徐々に抜かれ、表情が怒りに変わっていく。




「門倉君に乱暴は……! 私、だけ!!!」


 


 信じられない……自力で憑依した怪異を追い出そうとしている! 相当自我が強くなければ、こんな無茶苦茶は出来ない。


 


「私から……出ていけ!!!」




 宮下さんの叫びに、宮下さんに憑りついていた怪異はおろか、進藤先生と豊崎さんに憑りついていた怪異までもが抜け出た。


 目を覚ました三人は、ただただ唖然としていた。尋常じゃない汗。身に覚えの無い頭痛。眠る前までと位置が違う事。左胸に開いた五つの穴から血を流す俺の姿。




「え……え、え!?」




「ちょっと! 門倉君、大丈夫なの!?」




「……まぁ、慣れてますから」




 はだけた服を着直し、背を向けている宮下さんの肩に手を置いた。




「俺は気にしてないから。むしろ、助かったよ」




「……ごめん」




 空気が一変した。消えた人達が戻り、店内から静寂が消え去った。怪異は祓えていないが、一度鎮めれば、しばらくは身を潜める。それでも、怪異が潜んでいる店に、これ以上長居したくはないな。


 


「悪いけど、今日はこれで解散しよう。正直言って、みんな食事どころじゃないでしょ?」




「ねぇ、大丈夫なの? さっき、血が流れてるのが見えたけど? 病院に―――」




「血が出てるだけですよ。先生の奢りは次の機会にします。また明日、学校で」




 心配する進藤先生に笑顔を向け、落ち込んでいる宮下さんに肩を貸して起こした。豊崎さんにも言葉を掛けようかと思ったが、既に姿は無く、先に帰ったようだ。




「宮下さん、歩ける? 家まで送るよ」




「……歩ける……でも、少しこのままで」




「分かった」




 息を震わせている宮下さんを抱き寄せながら、俺は宮下さんと店を出た。 

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